「ほっ」と。キャンペーン

以前勤めていた会社が自己破産した

以前勤めていた会社が倒産した。帝国バンクの情報によると14億6000万の負債を抱え、
2月10日東京地裁に破産を申し立てたらしい。出版不況が叫ばれて久しいが、その波は
じわじわと業界を浸食し、私が長年お世話になった職場も例外を免れられなかった。93
年度が売上げのピークであり、以降は次第に下降線を辿っていった点もインターネットの
到来とほぼ歩を一にしている。ネット検索をし、ただ同然で地図の入手が出来て、旅行に
まつわる観光ポイントや宿泊手続きが得られる昨今、書店に足を運び対価を支払い道路地
図やガイドブックを購入しようとする人はあまりいないだろう。ちなみに昨年度決算時の
売上げは約30億まで低迷。これは最盛期の三分の一の数字だったと報告されている。畑
違いとはいえ、その構造はダウンローディングという音楽配信によってCDの売上げが伸
びず、レコード会社が苦境に陥っていった90年代末以降と似ているかもしれない。

私が社の異変を感じ取り退職したのは2007年の2月だったが、まさかそれからちょうど
10年後に自己破産するとまでは正直読み切れなかった。リストラを断行し不動産を売却し
全国規模だった支店を統廃合するなど、規模を縮小しながらもサヴァイヴァルしていくの
かな?と漠然と思っていたからだ。ただ、99年前後を境にこの会社は新卒採用を一切しな
くなった。新しい世代に未来投資出来なくなった企業を、第三者がどう見るのか?いかに
ジャッジするのか?不吉な兆候はこの頃から既にあった。やがて資金繰りが悪化し、幾つ
かの取引先から関係の見直しを迫られ、競合他社との得意先の争奪戦に敗北していった。

それでもかつて苦楽を共にした社を悪く言う気にはなれない。私以外にも社を去った者は
多く、今は教師、公務員、著述業など皆それぞれの道を歩んでいる。結局、会社から去る
のも社に残るのも個人の人生選択の一つでしかないのだろう。いつか皆と懐かしく飲み明
かせる日が来るのを願っています。

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# by obinborn | 2017-02-19 08:35 | one day i walk | Comments(0)  

2月12日〜本日のレコ捕獲

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ラリーパパの東京公演は本当に素晴しいものだった!詳しくは
拙稿を読んで頂くとして、会場でイラストレーターのS氏や日
本コロンビアのディレクターE氏らとお話し出来たことも有意
義だった。仮にお世辞半分としても「オビさんは自分でチケッ
トを買ってライブに行かれる」とか「サラリーマン出身なので
音楽業界の悪癖に染まっていないところが好き!」なんて言わ
れると自然に溜飲が下がります。打ち上げではガンホさんに向
かって「きみのギターはデュエイン・オールマンみたいだね!」
などと宣うジジイ=私でした(笑)

翌日の12日はライブの余韻を噛み締めつつ、新宿までレコハン
に。今日はそれほどの成果を上げられなかったものの、ユニオ
ンにてグレアム・パーカー&ザ・ルーモアの12インチ「HEY
LOAD DON'T ASK ME QUETIONS」と、米マーキュリーの
『HEAT TREATMENT』の2枚を入手した。いずれの曲もすっ
かり身に染み込んでいるけれど、12インチ及び米盤のダイナミ
ックな音で聞けるのが嬉しい。2枚計で¥1,188!その後は近
所にあるアサヒのビアホールへと駆け込みました!

ぼくが尊敬する米国の音楽評論家、故ポール・ウィリアムズは
かつてこう言っていた。「無心になって聞いてごらん。言葉が
出てくるのはそれからでいい」と。その通りだとぼくは思う。
音楽評論家は聞き手を侵害してはいけないし、かと言って自分
の主張や見解を述べずにいる訳にも行くまい。ぼくが大好きな
東京ローカル・ホンクやラリーパパたち。それがもっと多くの
人々に伝わったら、どんなに素敵なことだろう。



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# by obinborn | 2017-02-12 20:20 | one day i walk | Comments(0)  

2月11日のラリーパパ&カーネギーママ

まさに感動の夜だった。昨年復活を遂げたラリーパパ&カーネギーママの東京公演。11日の青山の月見ル君想フは見事なまでの大入りとなり、確かなうねりに満たされた。普段CDで接するよりずっと骨太で逞しい音群があり、アメリカ南部のスワンプ・ロックへの理解があり、しかもラリーパパの場合、それらを自分たちが暮らす日本の町並へと重ね合わせていく繊細さがある。洋楽への憧れとオリジナル曲との超克はジャパニーズ・ロック永遠の課題であろうが、東京ローカル・ホンクが実践しているように、ラリーパパたちもまたその問い掛けにしっかり応えてくれた。音楽的にはレスポールの特性を生かし切ったガンホの伸びやかで光沢のあるギターを特筆したい。あるいはチョウ・ヒョンレとスチョリとで硬軟を使い分けるヴォーカル・パートのコントラストのこと。黙々と横揺れビートを供給し続けるリズム隊の貢献のことを。かつて共演したオクラホマのソングライター、ロジャー・ティリソンから「自分の息子たちのようだ。アメリカに連れて帰りたい」とお誉めに授かったラリーパパだが、この日もロジャーのGet Up Jake、Calling OnYou、Rock'n Roll Gypsiesなどを織り交ぜながら、今は亡き彼を偲んだ。チョウ・ヒョンレがソロで弾き語ったOne Good Friendを聞いていると様々な思い(人種融和と文化の壁など)が往来する。最後に個人的な事項になってしまい恐縮だが、ぼくがラリーパパと再会したのは、2000年頃にぼくが書いたラリーパパの記事をチョウがしっかり覚えていてくれたから。自分がつい忘れがちになってしまっていたことを他の誰かが記憶に宿している。これほど書き手を励ますものはない。そう、チョウはメールにこう書いていた。「これまでの恩はしっかり音楽で返します!」と。
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# by obinborn | 2017-02-12 09:59 | one day i walk | Comments(0)  

今日の15曲〜自宅DJ

昨日は週に一度の休肝日だったので、今日は少し早めにビールを
頂きつつ自宅DJを(笑)7'sで以下の15曲を回そうと思ってます!

*      *      *

BOBBY BLAND/YUM YUM TREE(DUKE)
LITTLE MILTON/LET'S GET TOGETHER(CHECKER)
JAMES BROWN/NIGHT TRAIN(KING)
JAMES BROWN/I CAN'T STAND MYSELF(KING)
BO DIDDLEY/SOUL TRAIN(CHECKER)
BO DIDDLEY/I CAN TELL(CHECKER)
THE COASTERS/I'M A HOG YOU BABY(ATCO)
DON COVAY/TAKE THIS HURT OFF ME (ATLANTIC)
OTIS CLAY/TURN BACK THE HANDS OF TIME(ELKA)
JACKIE MOORE/PRECIOUS,PRECIOUS(ATLANTIC)
SOUL SISTERS/I CAN'T STAND IT(SUE)
MARVIN GAYE/I'LL BE DOGGONE(TAMLA)
MARVIN GAYE&TAMMI TERREL/YOU'RE ALL I NEED GET BY(TAMLA)
FOUR TOPS/LOVING YOU IS SWEETER THAN EVER(TAMLA)
THE CARTER BROTHERS/SOUTHERN COUNTRY BOY(COLEMAN)

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# by obinborn | 2017-02-08 17:48 | one day i walk | Comments(0)  

2月4日の捕獲とDJ

まずは新宿ユニオンでポール・ジェレミアのファースト『JUST ENOUGH』
(Folkways)を発見!勿論以前から持っていた盤だが、ジャケ状態が美品
だったのでつい2枚めを購入してしまった。欲しがっている誰かがいたら
いつか譲ってあげたい。次は下北沢に移動し、フラッシュにて7'sを6枚。
チャック・ベリー「ROCK'N' ROLL MUSIC」ボビー・ムーア「SEARCHIN'
FOR MY LOVE」ジェイムズ・ブラウンの「THERE WAS A TIME」と「NIG
HT TRAIN」リトル・ジョニー・テイラー「EVERYBODY KNOWS ABOUT
MY GOOD THING」キャロル・キング「IT MIGHT AS WELL RAIN UNTIL SE
PTEMBER」と、短時間のわりになかなかの捕獲だった。

次は同じ下北のメンフィス兄弟。にて隅田監督の定例DJ会に参加。途中か
らは他所で回されていた山名昇さんも合流し、楽しい夜になった。私は7's
でジェフ・ベック・グループ「JAILHOUSE ROCK」クリーデンス「TRAVE
LIN' BAND」ザ・バンド「TIME TO KILL」オールマンズ「RAMBLIN MAN」
ビートルズ「I SAW HER STANDING THERE」「WE CAN WORK IT OUT」
「PAPERBACKWRITER」オリンピックス「GOOD LOVIN'」マッコイズ「
HANG ON SLOOPY」の計9曲を。

来てくださった皆様に感謝します。ありがとうございました!

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# by obinborn | 2017-02-05 06:31 | one day i walk | Comments(0)  

バードソング・カフェ14周年おめでとうございます!

バードソング・カフェの開店14周年おめでとうございます!

私が初めてお伺いしたのはまだお店が自由が丘に移転される
以前、中目黒にあった04年でした。記憶が正しければ、ある
ライブの帰りの電車で山本シラス君から「こんな店が出来ま
した。今度一緒に行きませんか」と教えてもらったのがきっ
かけでした。あれから既に13年も経ってしまったとは…。時
間の流れとは本当に早いものですね。

音楽バーの使用法は人によって様々でしょう。家ではなかな
か聞けないからとか、仕事帰りの息抜きとか、あるいは新譜
の情報入手が目的とか。どれもよく解ります。私の場合は家
にあるコレクションとバードのそれが重なる部分が多いので、
どちらかと言えば店主である梅澤くんをはじめ、お客さんと
の「会話」を楽しみたいからです。実際故中村とうよう氏が
おっしゃっていたように、一人音楽と向き合う時間は孤独その
ものです。それが音楽ライターの場合、下調べ、聞き比べ、
実際の原稿書きの仕事と重なってきますから、余計他人の声
が恋しくなるのかもしれません。

しかも梅澤くんの場合は音楽以外でも、文学から政治まで、
あるいは馬鹿っ話から人生に対する態度まで、しっかり自分
の言葉で語れる人でした。と同時に人の話に耳を傾ける聞き
上手でもありました。必ずしも互いの意見が全て一致してき
た(そんな人いるのかな?)わけではありませんが、何より
大事なのは生きた言葉の往来では? そんな気持は年月とと
もに強くなってくるばかり。これは人生の半分をとっくにや
り過ごし、残された時間のことを意識するようになったこと
と関連するのかもしれませんね。

いずれにせよ、私たちは戦後10数年経ってから生まれ、多感
な時期にロック音楽と接し、啓発されながらここまで生き伸
びてきました。何人かの友人を対岸に見送ってきました。だ
からこそある「今、この時」に感謝したいと思っています。

あっ、とうようさんも大好きだったリンダ・ルイスの名作『
ラーク』を写真に選んだのは、勿論バードつながり!可愛い
猫のシェリーちゃんが店内を駆け巡っていたのが、つい昨日
のことのように思えます。

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# by obinborn | 2017-02-02 17:42 | one day i walk | Comments(0)  

デヴィッド・リンドレー『WIN THIS RECORD!』

リンドレーの『WIN THIS RECORD!』(82年 アサイラム)
にサインをして貰ったのは、彼がエル・レイオー・Xを率い
て来日した89年のこと。キーボードがイアン・マクレガン
だったこともあり、東京公演のすべてに駆け付けたものだ。
カミさんの名前も併記されているから、もし別れた時はど
うしようかな(笑)

それはともかく思い出深いLPだ。エタ・ジェイムズのSO
METHINGS GOT A HOLD ON ME、タイロン・ディヴィス
のTURNING POINTといったR&B、ワイルド・チュピトラ
ス〜ネヴィル・ブラザーズでおなじみのBROTHER JOHN、
トゥーツ&ザ・メイタルズのレゲエPREMATUREといった
カバーからリンドレーのオリジナルまで、まさに大衆音楽
の五目飯といった塩梅。演奏をサポートするのはヒスパニ
ックのホルヘ・カルデロン(ソロ『シティ・ミュージック』
あり)、マザーロード出身のウィリアム・スミッティ・ス
ミス(アラン・トゥーサン制作のソロあり)、キング・クリ
ムゾンを脱退して渡米したイアン・ウォーレスなど。また
ゲストとしてブッカー・T・ジョーンズが、TURNING POIN
Tでシンコペイト効きまくりのオルガンを弾いている!

前作『化け物』同様に一番感じるのは、リンドレーがかなり
のレゲエ好きだということ。ROCK IT WITH Iの途中ではダブ
にまで挑戦している。これは当時の非黒人系としては、クラ
ッシュの『サンデニスタ!』佐野元春の「クリスマス・タイ
ム・イン・ブルー」同様、かなり先駆だったんじゃないかな。
「渡英してテリー・リードと活動していた頃、レゲエに出会
ったんだ。それはぼくにとってかなり衝撃的な体験だった。
イギリスではプリンス・バスターやデズモンド・デッカーな
どスカも大好きになったよ!」06年の取材時にそう語ってく
れたことは今でもよく覚えている。

いち早く中近東音楽を取り上げていたサイケ・ポップ・バン
ドのカレイドスコープでプロ・デビューし、英国で試行錯誤
を繰り返し、その後はジャクソン・ブラウンとの共演で一躍
有名になっていくリンドレー。この『WIN THIS RECORD』
は以降ワールド・ミュージックに食指を伸ばしていく彼の原
点なのかな?そして重要なのは常に陽性のスライド・ギター
とお茶目なヴォーカルで聞き手の心をほぐしてくれること。
出会えて良かったと思えるアーティストの一人だ。

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# by obinborn | 2017-02-02 14:28 | one day i walk | Comments(0)  

キング・クリムゾン『アースバウンド』

ジョン・ウェットンの追悼(皆さんのいいね!に感謝)から
は少し離れますが、さっき一番好きなクリムゾン・アルバム
『EARTHBOUND』を取り出し今聞いています。72年に行な
われたアメリカ・ツアーから2~3月のフロリダやデラウェア
での公演を収録したこのライブ盤。もう完全にぶっちぎれま
くり!以前はブートレグのみで流通し、やがてアイランド系
列の廉価レーベルHELPからやっとこさオフィシャル化された
作品ですが、この元祖メタルの衝撃といったら!

メンバーはフリップ以下、コリンズ=バレル=ウォーレスと
いう布陣。貴公子グレッグ・レイクの代りにやけくその変態
ブルーズを歌うボズ・バレル、以降イアン・マシューズのA
OR名盤『スティーリン・ホーム』まで触手を伸ばしていく
メル・コリンズ(ホワイト・ソウルのココモのメンバーでも
あった)のアルト、テナー、バリトン・サックスの呻き声、
そして馬力に任せたイアン・ウォーレスはドタバタしまくり
でバスドラをキックします。それらがフリップの細~いギタ
ーと混然一体となり、いつの間にか巨大なカオスとなってい
く様が感動的。とくにB面2曲めGROONでのウォーレスの
ドラムス・ソロは圧巻の一言です。

とても健全なる男子女子、つまり「きみのことを一生守るよ」
とか「愛がすべてさ」(古っ~)とか薄~いリリックを口ず
さむような方々にはお薦め出来ませんが、人生の深遠や薄幸
そして明日なき21世紀という荒野を駆け巡る者たちにとって
は、またとないスターレス&バイブル・ブラック(星なき夜
と黒い聖書の物語)になるでしょう。

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# by obinborn | 2017-02-01 19:21 | one day i walk | Comments(0)  

犬と道

俺は犬と一緒に歩いた/俺は犬と一緒に歩いた/ある日のこと道端で杖付き老人と会った/老人は俺の犬を殺めてしまった/次の日から俺は一人で歩いた/風が吹き雲は鉛色になった/俺は初めて寂しさを知った

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# by obinborn | 2017-02-01 17:33 | one day i walk | Comments(0)  

追悼:ジョン・ウェットン

ジョン・ウェットンを追悼しながら『太陽と戦慄』(73年)
を聞き始めました。恐らく多くのプログレ・ファンが彼の名
前を知ったのはこのアルバムが最初のことだったと思います。
ウェットンはBook of SaturdayにExilesという2つの叙情曲
及びメタル・ヌーヴォー的なEasy Moneyの計3曲で男臭いヴ
ォーカルを取り、他の即興的なインプロヴィゼーション曲群
との見事な均衡を保ちました。また演奏面で言えば、硬質な
音色で広いレンジを駆け抜ける彼のエレクトリック・ベース
は、オカズを狂おしいまでに叩きまくるビル・ブルフォード
のドラムスと抜群の相性を示しました。そこにフリップの神
経症ギター、デヴィッド・クロスのヴァイオリンとヴィオラ、
ジェイミー・ムーアのパーカッションがせめぎ合い、音とい
う絵の具を使いながら抽象画を描いていきます。そこには静
と動の鮮やかな対比があり、同時代のマイルズ・ディヴィズ
のようなエレクトリックな混乱があり、使用する楽器が違え
ばフォーク・エリアのペンタングルの方向性に行っていたか
な?とも夢想します。

いずれにせよ、私にとってはまさに”10代の名盤”のひとつ。
以前ブログの個人史欄My Profile欄に記しましたが、高校生
の時この『太陽と戦慄』を買い爆音で聞いていたのですが、
息子の将来を案じたのか父親から激しく叱責されました。そ
んなことも懐かしい思い出です。なお、父はこの1月に没後
8年を迎えました。早いものです。クリムゾンとオールマン
を遂に理解し得なかった彼ですが、遺品を整理しているうち
に机からは何とボブ・ディランのベストCDが出てきました。

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# by obinborn | 2017-02-01 13:12 | one day i walk | Comments(0)  

移民の目

エリック・アンダーソンが2000年に発表したアルバムでは、
一曲めにEyes of the Immingrantという新曲が歌われていた。
それは遥かアイルランドから海を渡り、アメリカに辿り着い
た移民をテーマにした歌だった。この例に限らずアメリカと
は多民族からなる複合国家であり、そこに掲げられた多様性
への理解はこの国の根幹を成すものとなった。その土台が今
崩れつつある。排外主義的なトランプと、彼の悪夢的な入国
拒否の政策に私は抗議します。

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# by obinborn | 2017-01-31 07:35 | one day i walk | Comments(0)  

陶守正寛さんとの対話:高橋健太郎に抗議する

陶守正寛
(1月28日:高橋氏のツイに)横から失礼します。小尾さんは、全然ネトウヨなんかではないですよ。ただ、典型的な左翼思想の人が嫌いなだけだと思います。

小尾
陶守さん、ありがとうございます。そもそも実際に会って話したことがない相手に対し「ネトウヨだ!」「ネトウヨかも?」などとレッテルを貼ること自体失礼極まりなく、思慮のなさと知性の欠落を感じます。また本来「ネトウヨ」とは在特会などの主張と同期する民族的な排外主義者のことであり、人種融和を願う私の考え方とはまるで異なります。

陶守
小尾さんがネトウヨ的(というか右翼的)な行動をしているのを見たことがありませんし、そもそもそういう思想の持ち主だとも思っていませんので口を挟みました。高橋氏の返答があったのは今まで気づいてませんでした。しかしあの内容(左翼思想の逆張りなど)、僕には理解不能です。うーむ。

小尾 
私もまったく理解不能ですね。何だかんだ屁理屈付けて呟いていますが、要は自分の意に沿わない同業者を貶めたかったのでしょう。個人の思い込みで「ネトウヨ」認定された私は大迷惑。29日の朝氏のツイに抗議し謝罪を求めましたが、30日朝の時点でまだ返答を頂いていません。

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# by obinborn | 2017-01-30 10:38 | one day i walk | Comments(0)  

VIVA、ミスター山名昇!

今日は山名昇さんこそ最高の音楽評論家であることが
逆説的に証明されました!山名先生のマニアックな拘り、
収集熱、広範な知識には昔から一貫した熱量があり、ち
ょっと世の中を斜に見る態度もまた、好ましいものとして
映ります。私は80年代に先生が『寝ぼけ眼のアルファッ
ファ』を自費出版された少し後に直接お話しする機会を
得て、以来ときどき(近年はごくたまに)お酒を飲んだり
DJをご一緒させて頂いてます。私は氏が最も得意とされる
ジャマイカ音楽には詳しくないのですが、パブロックから
その下地となるブルーズ/R&Bまで、これほど気が合う同
業者も珍しいと思われます。以前三鷹のバイユーゲイトで
「タカシ!いいぞ!」と呼んでくれたり、もうサイコー!

少しだけマジな話をすると、ロジカルな大風呂敷を広げる
のではなく、本当に自分の好きな音楽をとことん追求して
いく、その心映えにかつて音楽青年だった頃の面影を感じ
るから慕っているのかもしれません。山名さん、先日私は
マッコイズHANG ON SLOOPYの7'sを回しましたよ。それ
ではまたいつか。お元気で。

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# by obinborn | 2017-01-30 01:50 | one day i walk | Comments(0)  

日曜日のボ・ディドリー

今日は江古田のハロー・オールドタイマーでランチした後、
隣町・東長崎のクレオール・コーヒーに行ってきました!
たまたまパブロック好きのAさんが来られて、久し振りに話
せたことが嬉しかったです。まあ世の中いろいろな人たちが
います。楽しい人、寂しい人、威張る方、謙虚な方etc…Aさ
んは間違いなく楽しい方ですね。彼は以前ぼくがパブロック
のDJを天辰さんと一緒に開催した時に来てくださり、以来
東京ローカル・ホンクやパイレーツ・カヌーなど互いが好き
なバンドのライブ会場でお会いしてきました。

すごくバック・トゥ・ベーシックなことに立ち返ると、ニン
ゲン素直に音楽を楽しめなくなったらオシマイです。そして
もし自分が間違った行いをして人を傷付けてしまった場合、
ちゃんと相手に謝れるかどうかも。誰もが自分が可愛く自分
を守りたい気持から逃れられませんが、肝心な時に人に対し
て「ごめんなさい、ご迷惑をお掛けしてすいませんでした」
と言えるかどうか。ぼくはそこに人の度量(のようなもの)
を見てしまいます。

つまらないこと書き連ねてスミマセン!ところで今日クレオ
ールではボ・ディドリーのシングル盤SOUL TRAIN(Chess〜
69年)を購入しました。ソウル音楽の有名なTV番組と関係あ
るのかどうかはよく解りませんが、いわゆるボ・ビートでは
なく、ミッドテンポで粘る曲調が新鮮です。オルガンの導入
もファンキーなサウンドのなか映えていますし、誰が吹いて
いるのか解らないへたっぴいなハーモニカも、ガレージ・ロ
ックの匂いを運んできます。こりゃ次のDJで「使えるぜい!」

今晩はもう少しだけビールを飲み、休日の音楽を楽しもうと
思っています。

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# by obinborn | 2017-01-29 18:15 | one day i walk | Comments(0)  

今宵はライノ・レーベルの大河シリーズ『SOUL SHOTS』を!

今日は群馬県の沼田まで義父の一周忌法要に行ってきました。
普段電車に乗らない生活をしているので弱冠疲れましたが、
家族・親族のみんなと会えて良かったです。法要後は地元の
老舗:網元で鰻を。これがまた美味しかったのでした。

京都の音楽通&ベーシストTANYさんのツイを見て、久し振り
に米ライノが87年前後にリリースした『SOUL SHOTS』を聞
き始めました。60〜70年代のR&B〜ソウルのヒット曲を網羅
したこのシリーズ、さっき棚から引っぱり出したら、Vol.1か
ら飛び飛びで7枚ほどありました(汗)

個々の素晴らしい楽曲についてはあえて触れませんが、一枚
ごとに「ダンス・パーティ」「インストゥルメンタル」「ス
ウィート・ソウル」「ブルー・アイド・ソウル」など必ずテ
ーマを設け、それに沿った選曲がされている点に興味を覚え
ました。細かいことを言えば「俺なら違うセレクトをする!」
という気持も弱冠ありますが、それを言ってしまうのは禁猟
区。だったら自分でCDRなりカセットテープを作ってみなさ
い!っていうお話ですよね(笑)

80年代後半のライノ・レーベルと言えば、まさに自主独立の
気風に溢れたインディの会社でした。その功績の多くはリイ
シューにありましたが、ロスアンジェルスに拠点を置くレー
ベルだけに、チカーノの新世代をコンパイルした”新録音”を
何気に出していたことは、もっと語られていいような気がし
ます。

いずれにせよ、まるでヒット・パレードのように幾多のR&B
〜ソウルの名曲群を聞けるのはすごく嬉しいものです。今夜
はこの『SOUL SHOTS』のシリーズでガンガン行きます!

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# by obinborn | 2017-01-28 20:09 | one day i walk | Comments(0)  

編集者と私


Kさんは07年から08年にかけて私の書籍を担当してくださった
編集者です。具体的には増補改訂版の『Songs』を手始めに、
『U.S Records』『U.K Records』と計3冊の作業に関わって
頂きました。私が掘っている音楽のことを殆ど知らない方(
そりゃそうですよね)でしたが、どこまでも一生懸命に、とき
に私の文章の誤りを優しく指摘する、ありがたい存在でした。

時を経て、ある日自由が丘にあるバードソング・カフェで久し
ぶりに彼女と再会しました。何でも今現在は出版業界から足を
洗い、別の職業に就いているとのこと。私もフリータイムの音
楽ライターとして将来を案じ、まったく異なる職場を見つけま
した。そこには時間という名の堆積があったように思います。
Kさんとはバードソング・カフェが移転する以前、まだ中目黒
にお店があった頃から、よくミーティングを重ねました。向こ
うがどう思っていたのかは解りませんが、夏目漱石の話をした
り、「私は海外旅行なんかに興味はありません。小説を読む時
間を大事にしたい」と言っていたことは今でもよく覚えていま
す。

二時間ほどお酒を飲み会話をした後、私は一足先に店を出まし
た。Kさんはバー・カウンター席を離れ、地下から階段を登っ
てきてくれました。それだけではありません。別れの挨拶をし
てからふと振り返ってみると、彼女はまだそこに立ったまま、
私に手を振っていました。


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# by obinborn | 2017-01-28 01:21 | one day i walk | Comments(0)  

ロニー・レインのこと、学生時代の記憶

夕暮れの陽射しが少しずつ伸びてきました。さっきビールを
飲み始め、我が最愛の人、ロニー・レインの『ANYMORE F
OR ANYMORE』(74年)を聞いています。彼のことは音楽
誌等に沢山の記事を書いてきましたので、もう言い残すこと
は殆どありません。ですから今日は少々脱線して、ごく個人
的なことをメモしていきたいと思います。

私が最初にこのレコードを聞いたのは、大学時代の友人S君
が貸してくれたからでした。あれは確か79年の夏休み前後の
ことでした。S君とは音楽サークルで知り合ったのですが、
皆がドゥービー最高!イーグルス抜群!と騒いでいるなかで
殆ど浮いた存在でした。何せ卒業アルバムの記念写真にマッ
ド・エイカーズの『ウッドストック・マウンテンズ』を掲げ
るような男ですからね。でも私は何故かそんなS君に注目し
ていました。彼とよく話してみると児童文学を愛するナイー
ブな青年でした。S君とよくつるんで大学近くにある江古田
のロック喫茶クランで語り合い「吉祥寺の芽瑠璃堂にエディ
・ヒントンのカット盤が入荷したらしい。オビ君、ぼくは今
日バイトがあるから2枚買ってきてね!」なんていう会話を
しました。

あの時代から40年近くの歳月が流れ、お互いの連絡は少しず
つ途切れていきました。S君はさる有名なタレントさんと幸せ
な結婚をし、私もまた妻を得ました。80〜90年代は仕事の忙
しさもあってか、完全に交流は絶えてしまったのです。ところ
が運命とは本当に面白いものですね。S君が下北沢のロック・
バー、ストーリーズに通っていて、時々「オビ君に会いたいな
あ」なんて言っていることを、ヘタウマ・スワンプ・ギタリス
トのY君や『ワルボロ』でおなじみの映画監督Sさんが教えてく
れたのです。ストーリーズの店主である落合さんも何気に動い
てくださいましたし、S君と同じ文学部のIさんとは本当に偶然
にも、藤沢のケインズというバーで出会い、S君の話題に花を
咲かせました。

私が2008年に3冊めの著作を出し、そのトーク・イベントが
新宿のディスク・ユニオンで催された時、その長く失われた
友人のS君が来てくれたことは本当に嬉しかった!実際彼は
私の音楽嗜好に決定的な影響を与えた人物であり、あの夏に
ロニーのLPを貸してくれたことを、今も鮮やかに思い起こす
ことが出来ます。でもそれ以上にS君から教わったのは「時
代なんてナンボのもんじゃい?ぼくは流行で動かないのさ」
という人生への真摯な眼差しでした。しかも彼の場合、常に
伏せ目がちであり、控えめであり、デリケートな心のありか
のことを熟知していました。

そんなことを思い出しながら聞くロニー・レインは特別です。
都会の喧騒、あるいは世間の流行に背を向けて旅立つ男たち
を捉えたアルバム・ジャケット。それがすべてを物語ってい
るような気がします。

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# by obinborn | 2017-01-27 18:18 | one day i walk | Comments(0)  

グレッグ・オールマンの『レイド・バック』を再訪してみました

「深夜のホテルの一室で、グレッグ・オールマンが音を
消したままテレビを観ている。そのブラウン管の明かり
が照らし出す彼の疲れた横顔は、メイコンの月夜の墓地
のように蒼白い」これはかつてまだ使い走りの記者に過
ぎなかった若き日のキャメロン・クロウがローリング・
ストーン誌に寄稿した文章ですが、ツアーに明け暮れる
グレッグの孤独を写し取った名文だと思っています。

彼が初めてのソロ・アルバム『レイド・バック』を発表
したのは、オールマンズが『ブラザーズ&シスターズ』
をリリースしたのと同じ73年のことでした。まさか新生
オールマンズのカムバック作の前に出すわけにもいかな
かったので、発売は『ブラザーズ〜』の後になってから
のことでしたが、ジョニー・サンドリンをプロデューサ
ーに迎え、ジョージア州メイコンのキャプリコーン・サ
ウンド・スタジオで録音されたという点で両者は共通し
ます。時期は微妙に違っていたのでしょうが、バンドの
新作と前後してグレッグがソロ作のために時間を割いて
いたことは興味深い現象ですね。

本作にはかつてオールマンズで歌っていた「ミッドナイ
ト・ライダー」と「プリーズ・コール・ホーム」の再演、
アワーグラス時代にロスアンジェルスで修行していた頃
に知り合った旧友ジャクソン・ブラウンの「ジーズ・デ
イズ」、フォンテラ・バスとボビー・マクルーアが65年
の3月にヒットさせたR&B「ドント・メス・アップ・ア
・グッド・シング」、カーター・ファミリーを始めとし
て多くの人々に親しまれてきたカントリー・ソング「永
遠の絆」、既にカウボーイを立ち上げていたスコット・
ボイヤーの「オール・マイ・フレンズ」、残りの2曲が
当時グレッグと結婚したばかりのシェールに捧げたと思
しき「マルティカラード・レディ」に「クィーン・オブ
・ハーツ」というグレッグの書き下ろしでした。

オールマン・ファミリーからチャック・リーヴェル、ジ
ェイモ、ブッチ・トラックスの三人を招集しつつも、グ
レッグはバンドとの違いを明確にするために、アトラン
ティック・ジャズを中心に鳴らしたデヴィッド・ニュー
マンのサックスや、当時ニール・ラーセンらとともにフ
ルムーンを結成していたバジー・フェイトンのギターを
随所に配していきます。米南部ロックならではの寛ぎ(
それこそレイド・バック!)を基本としながらも、時々
洗練されたアーバンなテイストが加わった点に、本作の
意義があるのかもしれません。

とくに「クィーン・オブ・ハーツ」に於けるバジー・フ
ェイトンのギター・ソロとオブリガートは屈指の名演!
フェイトンといえばボブ・ディランの『新しい夜明け』
(70年)やラスカルズの『アイランド・オブ・リアル』
(72年)に起用され、少しずつ頭角を現してきたプレイ
ヤーですが、グレッグの「クィーン・オブ・ハーツ」も
また”名盤の陰にフェイトンあり!”を世間に知らしめて
いきました。このバラードは途中でイン・テンポとなり、
デヴィッド・ニューマン(当時は『ダグ・サーム&バン
ド』=73年にも参加)のサックスがここぞとばかりに吹
きまくるのでした。

『レイド・バック』にはいわば米南部ロックと都会的な
テイストの抱き合わせがあり、超克があり、グレッグは
そのなかで歌唱に思いの丈を込めていきます。高校時代
に本作やエリック・クラプトンの74年作『461オーシャ
ン・ブルーバード』と出会ったことは、私に歌とギター
との幸せな関係を考えさせるきっかけになりました。グ
レッグの歌の彼方から今宵もメイコンの月が立ち登って
くるようです。

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# by obinborn | 2017-01-27 01:55 | one day i walk | Comments(0)  

オールマン・ブラザーズと私

しかし中学〜高校と進むにつれて自分の手持ちのLPが
5枚から10枚へと少しずつ増えていくのは、これから
未来を開いていくようなドキドキ感があって、今から
振り返ればいいものでした。よく知り合いの(尊敬す
る)音楽家たちに「生涯の5枚は?」なんて訊くので
すが、そういう時に相手がどうしても音楽体験の初期
に接したアルバムを選んでしまうのは、最も多感だっ
た時期に聞いたが故、記憶の底にしっかり刻まれてい
るからでしょう。

私がオールマンズを知ったのはデュエイン・オールマ
ンとベリー・オークリィーが相次いで事故死してから
のことであり、その悲劇を乗り越えて再出発した『ブ
ラザーズ&シスターズ』(73年)が最初に買った彼ら
のレコードでした。シングル・カットされた「ランブ
リン・マン」が73年の9月に全米チャートの第2位に
輝き、またオールマンとデッドとザ・バンドで60万人
を集めたワトキンス・グレンのコンサートがウッドス
トック・フェスの集客を超えたと話題になった頃です。
そんな情報は所沢の田舎に住む私にもラジオを通して
伝わってきたのでした。

最初にA面一曲めの「虚しい言葉」を聞いた時は、デ
ィッキー・ベッツが弾くダル丸出しのスライドギター
の印象が強く「何てもっちゃりとした音なんだ!」と、
エッジの効いたブリティッシュ・ロック(クリーム、
フリー、ジェフ・ベック・グループ)と比べてしまい
ひどく落胆させられました。まだ自分には”ファットな
横揺れ”なんていう語彙はありません。しかしそのイモ
で田舎臭い音楽が、以降の私の音楽嗜好を明確にして
いったのですから面白いですよね。

デュエインに代わるギタリストをあえて補充せず(レ
ス・デューイックの「ランブリン・マン」へのゲスト
参加はありますが)、新たにチャック・リーヴェルの
ピアノを迎えたことからも解る通り、ギター中心のジ
ャム・バンド指向が弱まった一方、グレッグ・オール
マンの、あるいはディッキー・ベッツのヴォーカルを
聞かせようというソング・オリエンテッドな姿勢を感
じます。とくにボビー・ブランドで知られる曲をグレ
ッグが歌うブルーズ・ナンバー「ジェリー・ジェリー」
は感動的。ここら辺の良さは加齢ごとに染みまくるよ
うな気がします。とっくに当時の彼らの年齢を自分は
超えているのにね(笑)

以前もブルーズの古典的な名曲「ストーミー・マンデ
ィ」を取り上げていたオールマンズ。しかしながら原
作者であるT・ボーン・ウォーカー版というよりは、ボ
ビー・ブランドのヴァージョンに近い彼らの歌と演奏
を耳にしていると、メイコンで育ったオールマン兄弟
の音楽地図がくっきり見えてくるようです。そう、リ
チャード・マニュエルがそうであったように、グレッ
グ・オールマンもまたボビー・ブランドやレイ・チャ
ールズに憧れた青年の一人だったのです。

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# by obinborn | 2017-01-26 18:02 | blues with me | Comments(0)  

追悼:ブッチ・トラックス

ブッチ・トラックス(写真右端)が亡くなってしまった。
享年69歳。オールマン・ブラザーズ・バンドのドラマー
として、結成された69年からずっとリズム・パートの一
角を担ってきたメンバーだった。とくにジェイモとのツ
イン・ドラムス(パーカッション)は米南部ロックのダ
イナミズムを伝えるとともに、ジャズ的なアプローチも
示す確かな技術があり、90年代以降に隆盛を極めたイン
プロ〜ジャム・シーンの礎となった。なおご存知のよう
に、現在大活躍しているデレク・トラックスはブッチの
甥っ子である。

悲しくなって『フィルモア・イースト・ライブ』のLP盤
を部屋から取り出してきた。忘れもしない高校2年の時
に所沢のヤマハ楽器でぼくはこのアルバムを購入したの
だった。ベリー・オークリーの弾力あるベースと同期し
ながら舞い上がっていくブッチやジェイモのリズムがあ
ってこその、デュエイン・オールマンであり、ディッキ
ー・ベッツだった。今でもそう思う。

小川洋子の自伝的な小説『ミーナの行進』のなかには、
ある日撮った家族・親族との記念撮影を振り返りながら
主人公が呟く場面がある「みんないる。誰一人欠けてい
ない」と。そのことを反芻しながら『フィルモア』のジ
ャケットを眺めていると、何とも言えない感情に襲われ
てしまう。確かにみんないる。時計回りにデュエイン、
ジェイモ、グレッグ、ベリー、ブッチ、そしてディッキ
ー。みんなまだ20代の若者たちだった。

ブッチさん、今まで素晴しい演奏の数々を本当にありが
とうございました。「エリザベス・リードの追憶」序盤
での秘めやかなパートから、次第に熱を帯びていくあな
たのドラムスが大好きでした。

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# by obinborn | 2017-01-26 02:59 | one day i walk | Comments(4)  

ヴァン・モリソン『KEEP IT SIMPLE』

ヴァン・モリソンの近作では『KEEP IT SIMPLE』(08年)も
いいですね。9年前のアルバムを”近作”と呼ぶかどうかはとも
かく、自分の感覚ではつい最近のことのような気がする。この
盤以降モリソンは『アストラス・ウィークス再現ライブ』『B
ORN TO SING』『DUETS:RE〜』そして昨年の大傑作『KEE
P ME SINGING』をリリースしていく。とかくベテラン勢は10
数年ぶりの新作といった間隔になりがちだが、モリソンの場合
はずっと快調にキャリアを進めてきたことが解る。

内容は完全にオリジナルの新曲集といった塩梅だ。ロニー・ド
ネガンとのスキッフル・ライブやカントリー大会の『YOU WI
N AGAIN』と『PAY THE DEVIL』ですっかりルーツに立ち戻っ
たモリソンが、シンプルなコンボ編成で自分の歌に取り組んで
いる。ジョン・プラタニア(g)デヴィッド・ヘイズ(b)といっ
た70年代初期からモリソンを支えてきた最古参のメンバーもい
れば、ミック・グリーン(ジョニー・キッド&パイレーツ〜パ
イレーツのg)やゲラント・ワトキンス(デイヴ・エドモンズ〜
ニック・ロウ〜バラム・アリゲイターズのkbd)と、パブ・ロッ
ク界隈のキー・パーソンもいる。以前から少しずつモリソンが
切り開いてきたカレドニアソウルと大衆路線の融合かな。あま
り語られないのが残念だが、かつての名盤『INTO THE MUSIC』
で大活躍した女性ヴォーカリスト、ケティ・キッスーンも久し
ぶりに参加し、過日と変わらぬ瑞々しい歌唱を披露している。

なおアナログ盤のみD面に、08年の1月にブラックプール・オペ
ラ劇場で行われたライヴから3曲が収録されている。とくに名
曲AND THE HEALING HAS BEGUNが、かつてほど重くなく、
ペダル・スティールの楚々とともに響き渡る様は格別!そう、
前述した79年の名作『INTO THE MUSIC』で親しまれた曲だ。
そのスタジオ・アルバムで起用されていたケティが、歳月を経
てここでもモリソンとともに歌っている。音楽を聞いていて心
温まるのはこんな時だ。以前『バック・コーラスの歌姫たち』
という裏役シンガーにスポットを当てた映画があったけれど、
ケティ・キッスーンもまた素晴しい!

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# by obinborn | 2017-01-25 02:06 | one day i walk | Comments(0)  

アイズリー・ブラザーズ『ライヴ』〜黒人音楽の沸騰点へ!

歳のせいか、最近陽射しの強さが気になってきた。とくに
冬が侮れない。南向きの部屋では昼間ずっとカーテンを閉
める次第だ。かつてこんなことはなかった。ぼくは以前告
白したように緑内障であり、定期的に眼科検診を受けてい
る身だが、他の疾患を誘発しないようせめて気を付けたい。

今日の午後はずっとアイズリー・ブラザーズ『ライヴ』(
73年)を聞いていた。録音場所は残念なことに明記されて
いないものの、比較的小規模のクラブで行われたらしい親
密感は、容易にカーティス・メイフィールドやダニー・ハ
サウェイのライヴ作を思い起こさせるものだ。

アイズリーズといえばヴォーカル・グループとしてモータ
ウンに所属しながら「ツイスト&シャウト」や「ディス・
オールド・ハート・オブ・マイン」をヒットさせていた60
年代に始まり、90年代以降露になったブラコン〜H路線ま
で様々な顔がある息の長いヴォーカル&インスト・グルー
プだが、やはり独立レーベルのT・ネックを興してニュー・
ソウルの時代と同期していった70年代前半の時期に、ぼく
は一番親しみを覚える。

ジミ・ヘンドリクスの「マシーン・ガン」でアーニー・ア
イズレーのエグいギターが炸裂する。JBばりのファンク・
ナンバー「イッツ・ユア・シング」は高らかに公民権運動
と結託する。そして白人ロックからスティーヴン・ スティ
ルス「愛への讃歌」とボブ・ディランの赤裸々なメイク・
ラヴ曲「レイ・レディ・レイ」が選曲される。さらにはニ
ール・ヤングの「オハイオ」が学園闘争の時代を反映する。
そのどれもに高らかな信念(少なくともぼくたちはこうで
ありたいという願い)があり、音楽的にはソウルとロック
との幸せな結婚がある。

自覚的なアーティストは時代を切り取ると同時に、そうし
た時代の状況に流されないよう、音楽としてのクォリティ
をしっかり掴み取る。そうしたトータルな観点で振り返っ
てみると、この『アイズリーズ・ライヴ』が時の流れを超
え、今なお当時を知らない若者たちから支持されている理
由が判る。そこにはリズムのさざ波があり、劇的な興奮が
あり、ファンク音楽ならではの連帯と陶酔がある。

目はすっかり悪くなってしまったけれど、自分の耳で偏見
なく音楽を聞き取る能力は失いたくない。そんなことをふ
と思う一月終わりの季節だった。


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# by obinborn | 2017-01-24 18:29 | one day i walk | Comments(0)  

遥か、ラクーンに

(東日本大震災時に友人から貰ったメールを再録します)

だんまりをしてすみません。
被災地へのおこころづかいありがとうございます。
先日やっと故郷・陸前高田で家族と対面できました。
それまでは毎日映像を見るたび泣いて暮らしていましたが
行く道の、自衛隊の皆さんやタンクローリー、
救援物資を運ぶトラックの逞しい姿に何度勇気づけられたことか。
皆さんの善意のライン。
そうでした、心が折れたなんていっている場合ではないのでした。
頭は冷たく心は熱く。やることは山積みです。
まだ音楽などを楽しめる余裕はありませんが
もう少し経って、気持ちをくんでくれるのも
傍にいてくれるのも必ず音楽だと思っています。
それぞれの思いを胸に前へ
どんなに厳しいときも生き抜いてゆきましょう。

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# by obinborn | 2017-01-22 19:19 | rock'n roll | Comments(0)  

B.J.トーマスのこと

今日は奥田英朗の『向田理髪店』を読了。北海道の過疎地を
テーマにした連作短編で、小さい町ならではの人間関係の温
かさと疎ましさがユーモアとともに描かれていた。現実とし
ては財政破綻に陥った夕張市を想定したのではないだろうか。
僕が奥田さんで偉いなと思うのは、いわゆる自己憐憫に終始
しがちな私小説ではなく、人々が求めている”物語”を洗い直
しながら紡いでいること。行間に温かさが滲む。ほんのりと
した湯加減に包まれる。

B.J.トーマスの歌にも同じようなことが言える。彼は60年代
の後半から70年代にかけて全米チャートを賑わしたシンガー
であり、代表曲「雨に濡れても」を両親のレコードで聞いた
若い人たちも少なくないだろう。B.J.の場合自分の歌を自分
で作るシンガー・ソングライターではなかったけれど、その
確かな歌唱が多くの人々の心を捉えた。SSWの時代には随分
と”ヘタウマ”が跋扈した。それでも同時代を駆け抜けたB.Jは
歌そのもので、確かなテナー・ヴォイスで、聴衆たちを魅了
していったのだ。

そんなB.Jにとって73年の『SONGS』はメジャー・キャリア
の後半戦だった。ウェイル=マンの曲を、ゴフィン=キング
のナンバーを、あるいはマーク・ジェイムズやバリー・ゴー
ルドバーグの曲を、B.J.はしっかり自分の歌へと昇華させる。
まさにシンガーならではの矜持、ここにあり。

温かい部屋で立派なオーディオ装置に囲まれるのが歌ではな
いだろう。深夜のラジオで、町の片隅で、本物の歌は人々の
凍て付いた心を溶かしていく。B.J.トーマスはそれが出来る人
だ。北の町の寒さを思う。B.J.のことを思う。

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# by obinborn | 2017-01-22 18:59 | one day i walk | Comments(0)  

リベラルというねじれのこと、逆説のこと。

オハイオ州といえば僕なんかの世代はどうしてもニール・
ヤングの「オハイオ」を思い起こしてしまう。そう、同地
のケント大学で行われたデモ集会に警察が発砲し、四人の
学生が殺された事件をヤングは扱い、その歌に権力の横暴
への怒りを込めたのだった。そこでは当時のリチャード・
ニクソン大統領が名指しで批判されている「鉛の兵士たち
とニクソンがやってきた。四人が殺された。信じられるか
い?」と。

あれから45年以上の長い歳月が経ち、僕は久し振りにオハ
イオの名前を耳にした。かつては鉄鋼業が栄えた州だった
が、産業はすっかり寂れラストベルト(錆び付いた地帯)
と呼ばれるようになったエリアだ。21日の朝日記事の通り、
この町の人々の多くは仕事を失い、トランプが掲げる「ア
メリカを取り戻そう!」に共鳴し、地域代理人に自分たち
の未来を託したのだった。

暮らしたことがないアメリカに気持を寄せるのは危険なこと
だ。僕はオハイオの失業者たちの成り立ちを実感として理解
していないから。それでも思う。人種融和や多様性を掲げた
理想主義の以前に「仕事が欲しい!」という願いが切実であ
ることを。今日は多くのリベラル・左派の論者のページに当
たってみたけれど、どこもトランプ新大統領を感情的に貶め
る内容ばかりで、冷静な理論を伴って説明したものは皆無だ
った。そのことをとても残念に思う。

第一リベラルとは、オハイオの取り残された人々のような弱
者へと寄り添う思想であり行動原理ではなかっただろうか?
それがいつしかねじれを起こし、逆説的な説法となり、大衆
の心とかけ離れてゆく。そんなことを感じずにはいられない
寒い冬の一日だった。

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# by obinborn | 2017-01-22 04:14 | rock'n roll | Comments(0)  

真冬のカーレン・ダルトン

今日は寒かったのでカーレン・ダルトン。言わずと知れた
ウッドストックならでは手作りの質感と幽玄的なヴォーカ
ルの取り合わせが頂点に達している。30歳ちょっと過ぎの
カーレンがまるで達観した老女のように歌っている。湿性
フォークの先駆として今なお語り継がれているのは、そん
なミステリアスな存在感ゆえだろう。とくにザ・バンドの
IN A STATIONが秀逸。ジョージ・ジョーンズのカントリー
TAKE MEからマーヴィン・ゲイのR&B曲HOW SWEEET
IT ISまでの広角な選曲、2つのバンジョー・チューンの枯
れすすきのような味わいも格別で、SAME OLD MANでは
ホーリー・モーダル・ラウンダーズのスティーヴ・ウェバ
ーがアレンジを担当している。またアルバムの随所で印象
的なヴァイオリンを弾くボビー・ノコトフは、ザ・ロケッ
ツ〜初期クレイジー・ホースの作品でもおなじみだ。

ちなみに本作にフレッド・ニールはこんな讃辞を寄せてい
る「カーレンは60年代初期に私が自分のスタイルを模索す
る最中で最も影響を受けた重要なシンガーです。ある夜私
は彼女をヴィレッジのクック・アンド・ブル(のちのビタ
ー・エンド)に連れていきました。カーレンは私のBLUES
ON THE CEILINGを歌ったのですが、あまりにも感情を込
めて歌ったので、作者の私でさえその曲を作ったのは彼女
ではないか?と思うほどでした」

フレッド・ニールが言うように「他人の曲を自分の歌のよ
うに歌う」点に、カーレンの美点が凝縮している。そんな
彼女に引き寄せられるように、プロデューサーのハーヴェ
イ・ブロックス(エレクトリック・フラッグ〜ファビュラ
ス・ラインストーンズ)が貢献した。エイモス・ギャレッ
ト、ポール・バタフィールド、ジョン・ホール、ジョン・
サイモン、リチャード・ベル、ビル・キースetc...といった
ニューヨーク〜ウッドストック・エリアの演奏家たちが脇
を固めた。カーレン・ダルトンの『IN MY OWN TIME』は
そんな時代のモニュメントであり、その輝きが失われるこ
とはないだろう。

ジョン・ホールは言う「カーレンの歌に合わせてギターを
弾くのは大変だった。彼女のヴォーカルは限りなく飛翔し、
どこに着地するか予想出来ない種類のものだったからね」
フレッド・ニールの讃辞とともに、ジョン・ホールによる
回想(聞き手は筆者・99年)もまた、カーレンの歌唱を上
手く捉えていた。

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# by obinborn | 2017-01-21 02:03 | blues with me | Comments(0)  

リアリストの思考

かつてサラリーマンの平均年収は600万だった。ちょっと身
振りがいい企業で700〜800万だったと記憶する。若い人は
知らないだろうが、一億総中産階級と呼ばれた高度成長時代
である。以降バブルの栄華と退潮、リーマン・ショックを経
て、日本経済は低迷の一途を辿っている…というのが大筋で
の見立てである。私がとくに指弾したいのは小泉・竹中内閣
時代に推し進められた新自由主義だ。この愚策によって非正
規労働者が増え、彼らは企業の単なる雇用調整弁の対象とな
り、不安定な生活を余儀なくされた。アルバイトの時給を現
在1,000円と仮定したら、今や年収200万も夢のまた夢だろう。

一体どうしてこのような世界になってしまったのだろう?
年末から新年にかけての朝日の論調は醜くかった。要するに
かつての栄華を振り返るのではなく、低成長時代を受け入れ、
それに合わせて自身の私生活もシフトせよ、という説教だっ
た。身の丈にあった暮らしといえば何やら文学的だが、実際
は「お前の未来などない」という死刑宣告であり、恫喝であ
る。きっとこの状況のままではバブルを謳歌し優雅なセカン
ド・ライフに手を出している団塊の世代と、現在の若者たち
との間で階級闘争が発生するだろう。そう、村上龍の近未来
小説のように。

若い人と話していて心が痛いのは、もう年金なんか当てにし
ていないという恨み節があること。それだったら今この一瞬
を享楽的に刹那的に楽しめばいいという逆張りがあること。
そこに、かつて日本を支えた中間層の心の豊かさを伺うこと
は出来ない。内田樹や想田和弘といった”リベラルな”論客が
成長しなくてもいいという新たな神話に歩を合わせている様
などまさに噴飯モノであり、知性の退廃という他ない。金銭
で買えないものがあると流布するのは、持っている者たちの
戯れ言に過ぎない。もっと平たく言えば、ある程度の蓄えが
あってこそ心の平静が保たれ、それが音楽や文学といったカ
ルチャーに結び付き、知的な思考の源泉となる。私のような
リアリストは少なくともそう考える。

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# by obinborn | 2017-01-19 01:25 | one day i walk | Comments(0)  

追悼:リチャード・イングイ〜あなたに出会えて良かった

リチャード・イングイの訃報が届いた。チャールズ・イング
イとともにソウル・サヴァイヴァーズのヴォーカルとソング
ライティングを担った素敵な兄弟だった。ガレージ・バンド
に始まり、アラバマのフェイム・スタジオを訪れ、最後には
フィラデルフィアの地でシグマ録音を敢行する。その歩みに
ブルーアイド・ソウルの時代が凝縮されていたような気がし
てならない。ぼくが彼らを知ったのはブルーズ・ブラザーズ
がEXPRESSWAY TO YOUR HEARTを取り上げていたから。
ソウル・サヴァイヴァーズの原曲は67年の9月、全米チャー
トで堂々の4位に輝いた。既にヤング・ラスカルズはデビュ
ーしていたけれど、サヴァイヴァーズの情熱もなかなかだっ
た。リチャード・イングイさん、豊かな音楽のありかのこと
をぼくはあなたから学びました。願わくばその土地がこれか
らも耕され、来るべき収穫の季節を迎えますように。

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# by obinborn | 2017-01-17 02:19 | one day i walk | Comments(0)  

音楽ビジネスの変遷と自分

輸入盤店の老舗である新宿レコードが代替わりするニュース
を今朝聞きました。ぼくが最初にお店を訪ねたのは大学生の
時で、確か高田馬場での会合の後ブルース・コバーンのLPを
買ったと記憶しています。けっして閉店ではなくあくまで世
代交代とはいえ、ひとつの時代が終わったことを実感させら
れます。レコード店だけではありません。レコード会社、音
楽雑誌、そして肝心の音楽家などあらゆるミュージック・ビ
ジネスに関わる人たちが、今変革の時代に晒されています。

個人的なことで恐縮ですが、音楽の文章を書き始めてから今
年の2月で27年めを迎えます。まあぼくの場合は有名な音楽
評論家の方々と違って、好きな音楽自体がマイナーな分野(
SSW、スワンプ、パブ・ロック、ルーツもの)に偏っていた
せいか、今でもほとんど零細企業のようなものですが、その
間に出会った友人たちは何よりもぼくの宝だと思っています。

そもそもぼくはサラリーマン出身なので、いわゆる音楽業界
の慣習(夕方におはようございますなど)に未だ馴染めない
部分があります。またミニコミ誌を作っていたこともあり、
いつでもそっちに戻っていけるという感覚があります。譬え
が適切かどうか判りませんが、ロス・ロボスが「オレたちは
クラブで演奏することから始まった。売れなくなったらまた
いつでもバー・バンドに戻っていくよ!」(セサース・ロサス)
と発言したことに頷くのです。

ぼくが現役で頑張れるのは正味あと10年前後かな。お陰様で
幾つかの成果を書籍という形で残してこれました。レコード
会社も音楽出版社もかつての栄華を懐かしむのではなく、適
正規模に戻り、もっとマイナーな音楽を開拓していければど
んなに素晴しいことでしょう。

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# by obinborn | 2017-01-16 09:52 | one day i walk | Comments(0)  

1月15日:パワー・ポップとパブ・ロックの合同新年会DJでした!

本日(15日)は渋谷TANGLEにて、パワー・ポップとパブ・
ロック・チームの合同新年会DJでした。来てくださった方々
ありがとうございました!以下私のプレイリストです。
*    *    *
UTOPIA/I JUST WANT TO TOUCH YOU
EDGER WINTER GROUP/RIVER'S RISING
RICK DERRINGER/ROCK'N' ROLL HOOCHIE KOO
THE McCOYS/HANG ON SLOOPY
DAVID BOWIE/HERE COMES THE NIGHT
THE WHO/PICTURES OF LILY
THE WHO/I CAN SEE FOR MILES
THE WHO/MY GENERATION
RASPBERRIES/GO ALL THE WAY

〜ONE MORE MILE TO GO〜

GRAND FUNK RAILROAD/ THE LOCO-MOTION

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# by obinborn | 2017-01-15 23:56 | rock'n roll | Comments(0)