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one man dog, obi one blog 2 小尾隆の日誌
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Darlin' Be Home Soon
今年前半に発売されたロック・アルバムのなかでも頭一つ抜けているな、と
感じさせてくれたのがドクター・ジョンの新作とテデースキ・トラックス・
バンドのライヴ盤だった。ドクターは徹頭徹尾攻めの姿勢に出たことが吉と
なっているし、テデースキたちは2月に行われた日本公演の様子が未だ鮮や
かに焼き付いている。

そんなテデースキ・トラックス・バンドのライヴ作『Everybody's Talkin'』
は、昨年のツアーからいくつかの録音を選りすぐったCD2枚組なのだが、
演奏のニュアンスといい選曲といい、日本公演の内容とほぼ重なるだけに
思わぬ置き土産といった感じだ。

素晴らしかったその公演についてはかなりの文字数を費やしながらこのlogで
既に書いてしまっているため、ここではポイントを絞りたい。そう、彼らが
演奏するラヴィン・スプーンフルの「Darlin' Be Home Soon」が秀逸なのだ。

ジョン・セバスチャンの弾き語りを中心にオケを被せていったような原曲と
は打って変わり、骨太かつ柔軟なバンド・サウンドそれも長尺演奏へと大胆
に改変された「Darlin' Be Home Soon」をこうして聞いていると、原曲をた
だなぞるようなカヴァー曲とはまったく違う地平のことを思わずにはいられな
い。コフィ・バーブリッジのエレピに導かれてスーザン・テデースキが噛み
締めるように歌い始める導入部から、デレク・トラックスのスライド・ギタ
ーが次第に熱を孕んで舞い上がっていく後半まで、その歌はまた違う物語を
奏で始めてゆく。

恋人に帰郷を誓うこの歌が、どういう背景から生まれてきたのかを私は知ら
ない。他愛ない日常から生まれたものかもしれないし、故郷から遠く離れた
ヴェトナムの地で愛する人へと思いを馳せる青年をイメージしたのかもしれ
ない。私はそこに正解を求めない。何故なら歌詞や音の像というものには
無限のメタファーがあり、それを邪魔したくはないから。ラヴィン・スプー
ンフルのこの曲がチャートで健闘していたのは1967年の2月。人々はどん
な思いでこの歌に耳をそば立てていたのだろう。

テデースキ・トラックス・バンドはおよそ10分以上にも亘ってこの”ちっぽ
けなラヴソング”(Silly Love Song)に新たな生命を宿していく。激しく燃え
尽きていくようなデレクのギターを聞けば、この曲に込められたひどく切実な
表情に気が付かずにはいられない。

思えば”home"という単語がこれほどまでに苦みや切迫した感情とともに響く
とは、他ならぬ私自身が思ってもみないことだった。



# by obinborn | 2012-05-26 18:32 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
マスル・ショールズDJ!@自由が丘バードソング・カフェ
お陰様で大盛況のうちに終了しました!^0^
来て頂いた皆様、DJの荘さん、奥山さんありがとうございました!!
(しかしその後メールで解ったのですが、荘さんの奥様がとある輸入レコード店
に入り浸っていた私のことを覚えてくださっていたとのこと。人の縁の不思議を
感じる今日この頃です)
以下、私の”マスル”リストです。

*     *     *

The Rolling Stones/You've Got Move
Ronnie Hawkins/Down In The Alley
Lulu/Feelin' Allright?
Staple Singers/I'll Take You There
Eddie Hinton/We Got It
Bobby Womack/One More Chance Of Love
Paul Simon/St Judy's Comet
Boz Scaggs/Might Have To Cry
Orleans/Tongue-Tied
Tony Joe White/If I Ever Saw A Good Thing
Jeanie Greene/Only The Chiidren Know
Percy Sledge/I'll Be Your Everything
Dan Penn/Let Them Talk
James & Bobby Purify/I'm Your Puppet
Levon Helm/Play Something Sweet
Barry Goldberg/Silver Moon


シスコのCBSスタとシェーフィールド、アラバマのマスル。
ボズ72年作はその二カ所でロケーションが行われた。
後者ではピート・カーのオブリが”歌伴ギター”の極致を聞かせる。
その光沢のあるトーンといい、選び抜かれたフレージングといい、
思わずため息が出そう。
# by obinborn | 2012-05-26 00:07 | one day i walk | Trackback | Comments(1)
Big News From London Town
以前からメールのやりとりをさせて頂いているロンドン在住の知人
(チャーリー・ハートの友人)から、何とも嬉しいニュースが届き
ました。

再結成されたスリムチャンスがときどきゲレント・ワトキンスを加え
ながらギグを始めた様子はご存知の方も少なくないと思いますが、そ
んな彼らの新作が英国で5月末にリリースされ、またそれを記念する
ライヴが6月9日にロンドンのヴェニュー、Half Moonにて行われる
模様です。



なお現在クリス・ジャガーとオーストラリアをツアー中のチャーリーは、
日本でロニー・レインやスリムチャンスの音楽が受け入れられているこ
とにとても嬉しい驚きがある様子で、いつかは日本にも行きたいとの旨。
楽しみになってきました! 




# by obinborn | 2012-05-22 22:03 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
Music Talks Itself
人の話を聞くのがいつしか好きになっていた。
私自身に語るべきものがあまりないせいなのかもしれないが、
音楽家や編集者たちに話をお伺いすることは理屈抜きに楽しいものだ。

いつしか雑誌媒体とは別にインタヴュー記事を熱望するようになっていた。
むろん雑誌での取材には価値があるし、私はつい先日デヴィッド・ブロムバーグの
取材原稿を編集部に送付したばかりでもある。

しかし(というか当たり前のことだが)、私が好きな人すべてに雑誌が企画を通せる
わけではない。そんな欲求不満をグチるのではなくプラスに転化出来ないだろうか。
私が自主取材を始めるに当たって思ったのは、およそそんなことだった。
いわば逆転の発想であったし、私自身が失うものもそれほどないという気持ちになった
とき、不思議なほど晴れやかな心に満たされた。

以下の人たち(敬称略)への取材を私は自身のblogで行ってきた。
その中間報告がこれだ。
それぞれの記事に関しては、弊logのカテゴリ欄から「インタヴュー取材」の
部分をクリックして頂ければと思う。
音楽家はその音楽がすべてを語る(Music Talks Itself)というのは本当のことだが、
取材や記事もまたその手助け(テキスト)となることだろう。

木下弦二(東京ローカル・ホンク)
中村まり
中原”moo"由貴(タマコウォルズ、青山陽一the BM's)
山本智志(音楽ジャーナリスト)
井上文貴(東京ローカル・ホンク)
新井健太(東京ローカル・ホンク)

これからも楽しみにしてください^0^




# by obinborn | 2012-05-20 20:09 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)
19日
19日は狭山フェローズのDJにお起し頂いた皆様、ありがとうございました!
お陰様で楽しく回せました!

以下”ギター達人”のプレイリストです。

(Prt:1)
1Rory Garagher/Cradole Rock
2 同/Going Back My Home Town
3 Rod Stewart/Gasolline Alley(Ronnie Wood)
4 同/Country Comfort
5 Ronnie Wood/Far East Man
6 仲井戸麗市/One Nite Blues (Chabo&春日博文)
7同/さらば夏の日’64
8荒井由実/何も聞かないで(鈴木茂)
9Staple Singers/I'll Take You There(Eddie Hinton)
10Wilson Picket/I'm In Love(Bobby Womack)
11 Little Milton/Baby I Love You



(Prt:2)

1Bo Diddley/Bo's Guitar
2 同/Willie And Lillie
3 James Taylor/Nobody But You(Danny "Cooch" Korchmer)
4 Jackson Bronwne/Love Needs A Heart(Cooch! Now On This!)
5 The City /I Don't Belive (Cooch Talks Itself!)
6 Carole King/苺のジャム(Cooch With O'blien&Larkey!!)
7 Danny Korchmar/Ego Tripper(Rebel With Cause!)
8 Loggins& Messinna/Travelin' Blues(Jim Messinna)
9 Arex Chilton/There Will Never Be Another You
10 Warren Storm/Tennessie Blues(Sonny Landreth)
11 Arlo Guthrie/Cooper's Lament(Jesse Ed Davis)
12 Jesse Ed Davis/Natural Anthem
13John Lennon/Stand By Me(Jesse Ed Davis)


~En〜
1Warren Zevon/Wild Ages(David Lindley)


# by obinborn | 2012-05-20 02:05 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
やりたいことをやるだけさ。
ただいま”ギタリスト”を鋭意選曲中!



ポンコツ・ロックの守護。あるいはロウ・ファイの先駆。
必要なことを歌い演奏するだけといった佇まいは、無駄なことは一切しまい
という心映えと同じ。

道はなかったが、不思議なことに彼が歩いた後には道が出来た。
それはまあどろんこ道であったりするのだが、何も舗装された道路だけが
好まれるわけではないだろう。

だから人々は今日もまた敬意を込めてその人の名前を呼ぶ。
「やあアレックス、元気かい?」


# by obinborn | 2012-05-19 12:38 | rock'n roll | Trackback | Comments(2)
People Gonna Talk その2
昨日(17日)はさるバンドマンと飲みまくったのであるが、いやあ〜、
楽しかったなあ(^0^)

「どう、そろそろ呑み行かね?」(語尾上げで)
「オビさん、オレ安い店知ってますぜ!」

という会話ののちに実現した今回の飲み会。いくら相手がリスペクタブルで百戦錬磨
の腕達者であっても、腹を割ってハナシ合えば互いに音楽青年のなれの果て(笑)。
ハナシは近況からダン・ペン99年冬の九段会館、あるいは「奴がバイトしてる
店に今度一緒に行かね?」(語尾上げで)まで、大変盛り上がったのでした
(ついでながら私は生ビール200円!×3に麦焼酎×2でほろ酔いに)。

帰り道、私は彼の音楽の成り立ちを少しだけ理解出来たような気がした。

というわけで枕が長くなってしまったが、明日フェローズ@狭山でDJをします。
今回は”ギタリスト特集”ということで、私が愛する少々偏屈なギター弾きたちを
トークを交えながらご紹介していきたいと思っています。

ギターに関しては”歌伴”が好きと思われている私ではあるが、実は10代の頃
のギター英雄といえば間違いなくロリー・ギャラガーその人であったわけでして、
そこら辺、どうしても直球派にシンパシーを覚えるのだが、それはまあそれとして
(笑)、ロック音楽に情熱が漲る狭山の愛すべき方々とともにお皿を回します。
よろしくお願い致します。





# by obinborn | 2012-05-19 06:21 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
語られてきたことすべてが、今そこに。

左からチャールズ・ラーキー、クーチ、そしてキャロル・キング。

東海岸出身の彼らが初めて西海岸の空気に触れながら作った、68年のアルバムだ。
職業的作曲家からシンガー・ソングライターへ。
キングのキャリアにとってはそんな時代に向き合っていく橋渡し的な作品でもあるが、
けっして巧くはないソバカス声が、手探りのなかでむしろ多くのことを語りかけてくる。

『たんぽぽのお酒』を読み返すように、投函されなかった手紙をしたため直すように、
人々はやや顔を赤らめつつも「雪の女王」や「私は従うために生まれてきたわけじゃない」
を聞きながら、封印された昨日の自画像を今日も発見することだろう。

# by obinborn | 2012-05-19 01:41 | one day i walk | Trackback | Comments(2)
月と専制君主
「月と専制君主」クロスレビュー



動き出していく言葉たち。輝き始める音楽たち。
小尾 隆

『月と専制君主』というアルバム表題がいいなあ、とまずは思った。月というロマンティックで普遍的な存在に対して、不気味で邪悪なイメージがある専制君主という言葉。そんな相反する要素をメタファーのように結び付けていくところに、佐野元春という詩人の天賦の才があると思う。月に関しては初期の歌に登場していた向こう見ずなカップルたちが大人になった姿を伝える近年の「月夜を往け」を思い起こしてもいいし、専制君主については奇しくもこの原稿を書いている時点でエジプトを追われつつあるムバラク大統領の圧政を連想してもいいだろう。「月と専制君主」のオリジナル・ヴァージョンを初めて耳にしたのはもう20年以上も昔のことだが、鋭角的かつ重厚だった89年版に対して、今回再録音されたニュー・ヴァージョンは、アコースティックかつソウルフルで柔らかい響きに包まれている。そのためか"歩いてゆこう"という聞き手たちへの呼びかけは、以前よりも優しく親しげだ。

 アルバムの全曲が過去の作品のリメイク、いわゆるセルフ・カヴァーとなった『月と専制君主』は、そのような発見に満たされた"新作"といっていいだろう。比較的新しい曲でも初めて世に出たのは11年前の「クエッチョンズ」であり、最も古いナンバーを探せば27年も前の「日曜の朝の憂鬱」となるが、佐野本人にとっても今の気持ち、現在の声で過去の自分の歌に再び向き合いたい、リアレンジしてみたいと思うのは極めて自然な欲求であったに違いない。古い歌に新しい息吹を与えるといった表現はいささか陳腐だとしても、彼はその行為にけっして臆することはなかった。最近行われた幾つかのインタヴューのなかで佐野は本作に関して、「最初は気楽にやってみようと思っていたのですが、途中からどんどん作業にのめり込んでいきました」との旨を語っている。その過程とは取りも直さず、彼が歌の意味を再発見しながら、改めてその歌の核心へと踏み込んでいった時間に他ならなかっただろう。そのようにして佐野元春はかつての歌を手元で温め直す。聞き手たちが馴染んだ曲を再発見する。そうしたサークル(円循)を経ながら歌が再び光を取り戻し、河口へと辿り着いていく。そうした"気付き"こそが『月と専制君主』という作品集の太い生命線ではないだろうか。互いにやり過ごしてきた歳月や、重ねていった試練を振り返ればなおさらのことだ。

 変化していった声に関していえば、佐野は多くのヴェテラン・ヴォーカリストと同じように戸惑った時期もあったようだが、近年やっと今の自分の声と歌い方に自信を持てるようになったと率直に語っている。それを何より証明するのが『The Sun』に『Coyote』といった傑作アルバムであることは言うまでもあるまい。年輪を感じさせるビター・スウィートなヴォーカルと思索的な方向性を深めた楽曲との拮抗。世紀が変わってからの佐野元春の新たな魅力とはそのようなものだが、その2枚の延長線上にこの『月と専制君主』を位置付けてみれば、視界はよりくっきりと晴れ渡っていくのではないだろうか。そう、21世紀という荒野をこの作品とともに"歩いてゆこう"。

 ご存じのように、ラヴ・ソングの文体を纏いながら歌に重層的な広がりを持たせる作風は、佐野元春というソングライターの大きな特徴のひとつ。そうした意味ではこのアルバムが「ジュジュ」に始まり、「レインガール」で幕を閉じることは、とても興味深い連鎖である。両者とも一見他愛ないアバウト・ア・ガール・ソングであり、ティーンエイジ・ロックンロールの体裁を保っているものの、前者の男の子は世界が静かに朽ちていくのを見つめながら"君がいない"と大切な何かの不在を嘆いているし、後者の青年はレインガールと踊ることを夢見ながら"同じ言葉を繰り返している愚かなひとたち"(政治家であれ宗教家であれ)を観察しているといった具合なのだ。スキッフル・ビートからモータウン・サウンドの黄金律へとリフレッシュされた「ジュジュ」。ファストなポール・マッカートニーといった風合いから寛いだワルツへとスロー・ダウンされた「レインガール」。どちらも"大人になった"ぼくたちにぐっと寄り添い、微笑みかけてくれるような仕上がりといえる。ちなみに「月と専制君主」を含めたこれら3曲のブラン・ニュー・アレンジは、2010年の秋に行われたコヨーテ・バンドとのクラブ・サーキットでも披露されたが、裏メロを見事に拾い上げた「ジュジュ」のコーラスや、ツアー終盤には各楽器のソロ・パートまで加えられた「レインガール」の響きが実に新鮮だったことを、ぜひ付記しておきたい。

 数多い元春クラシックスから比較的地味なナンバーが選ばれているのも本作の傾向といえるだろうが、「クエスチョンズ」「彼女が自由に踊るとき」そして「C'mon」がセレクトされたことには驚かされた。いずれも佐野の周りに不穏な空気が立ち込めていた時期の作品であり、彼のキャリアのなかでは必ずしも高く評価されてきたとは言い難いアルバム『Time Out!』(90年)と『Stones And Eggs』(99年)からの選曲だが、今回の新たなレコーディングによって、歌われていることの精度がいささかも損なわれていないことが逆に証明されたようなものだ。歌詞を拾ってみれば、ぼくたちはいつも部屋の壁際に追いつめられているし、この世界が今日もたそがれていくのを眺めているだけなのだ。希望が込められた「彼女が自由に踊るとき」でさえ、そこに彷徨っているのは不自由でうまく踊れないといった現実の気配である。3曲ともにオリジナルでのニュー・ウェイヴ的なエッジの立ったサウンドとは対を成すように、テンポを落とし言葉を噛み締めるようなニュアンスが醸し出されている。歳月を味方に付けたといった印象も間違いではあるまい。

 さて、音楽面でのクライマックスは何といっても「ヤングブラッズ」だろう。近年では「観覧車の夜」を思わせるような大胆なラテン・グルーヴに導かれた重心の低い演奏がとにかく圧巻であり、鋼のようなWisdom、輝き続けるFreedomというリフレインはついに永遠のものとなった。これは些細なことかもしれないが、同曲のオリジナル・ヴァージョンが同時代のスタイル・カウンシルとの類似を意地悪く指摘(不思議なことにそういうことをあげつらう人たちに限って、佐野がどういう言葉を選び取り、何をどう届けようとしているのかに関心を示さないのだ)されたことを思えば、まさに借りを返したと言わんばかりの力強い仕上がりだ。それでも佐野は音楽の継承が相互影響によって為されてきたことを熟知している音楽家である。今回もホーン・アレンジがスライ&ザ・ファミリー・ストーンの「エヴリディ・ピープル」に触発された旨を記すことを忘れず、ポップ音楽への切れ目のない献身を見事に表明しているのだ。69年に「エヴリディ・ピープル」が歌われたように、2011年には新たな「ヤングブラッズ」が奏でられ、同じように心の守護や人々の繋がりを訴えかける。素敵じゃないか!

 佐野らしい詩情と世界への考察は「夏草の誘い」「日曜の朝の憂鬱」「君がいなければ」でも遺憾なく発揮されている。ここら辺の選曲は、やはり最もファンの胸にすっと降りてくるような気がする。そして聞き手はやがて発見する。昔も今も佐野が一貫して"君"に語りかけていることを。彼は今でもときどきステージで思い出したようにハーモニカを吹く。先に少し触れた2010年秋のツアーでも、「サムディ」でハーモニカを吹き、ときに言葉以上の気持ちを伝えていたが、今回の「日曜の朝の憂鬱」でのハーモニカもまた感動を呼ぶことだろう。

 ボブ・ディランであれ、ルー・リードであれ、ブルース・スプリングスティーンであれ、キャリアを積んだミュージシャン/パフォーマーにとって過去のレパートリーとどう向き合っていくかは大きな課題であるが、佐野もまたそうした領域に足を踏み入れてきたかと思えば、ある種の感慨も湧く。どうか思い起こして欲しい。彼が長いキャリアの節目節目でヴァージョンの改編を大胆にも行ってきたことを。何よりもザ・ハートランドとの熱演がライヴの記憶のなかで焼き付いている「ガラスのジェネレーション」や「きみを探している」を、あえてザ・ホーボー・キング・バンドとともに再録音するなどのチャレンジングは、自らの肖像が錆び付いてしまわないための迂回であり決意だったのだ。そうした意味では今回のセルフ・カヴァー集も、けっして奇をてらったものではないことに思い至るはずである。そう、ロック音楽とは思い出という壁に張り付いている名詞ではなく、いつでも新しい季節に向かって動き出していくための動詞なのだから。

 レコーディング・メンバーについても書いておこう。ベイシックな固定メンバーは井上富雄、古田たかし、長田進、Dr.kyOnというもうすっかりお馴染みの人たちだ。ザ・ホーボー・キング・バンドから佐橋佳幸が参加していない点については、彼が奏でるギターの優しい音色や鳴りが好きな方には残念かもしれないが、ザ・ハートランド時代を支えた長田進のアグレッシヴなギターを久しぶりに聞ける喜びはけっして少なくない。あの黙示録的な「欲望」のイントロダクションから、今回の「クエッチョンズ」や「C'mon」まで、長田独特のギター語法は今日も健在だ。この4人による編成がライヴの場で最初に実現したのは、2010年3月に行われたアニヴァーサリーの第一弾"アンジェリーナの日"でのことだったが、佐野自身はこのバンド編成を、「ハートランドとホーボー・キング・バンドの合体なんだ」と簡潔に説明する。いずれにせよ、キャリアの長さ故にこうした贅沢な人選も可能なのだろう。

"がんばれベアーズ"にも喩えられた若く勇敢だったザ・ハートランド。成熟したテイストとともに柔らかいサウンドスケープを描き出していくザ・ホーボー・キング・バンド。そして最近では一世代若いコヨーテ・バンドを率いながら、あえて粗い目のザクザクとしたオルタナティヴ・ロックに挑戦する佐野元春。そうした側面から彼の旅を振り返ると、"いつもバンドとともに"といった姿勢がくっきりと立ち上がってくる。一緒になって腕を磨き、喜びも悲しみもバンドとともに分け合ってきた彼らの姿は、ぼくに友情とか信頼といった懐かしい言葉を思い起こさせる。

 プロ・トゥールズ一台あれば簡単に音が作れてしまう今の環境にあっても、佐野はバンドとともにスタジオで練習し、手振り身振りを交えながら以心伝心となるまで音を固め、録音テイクを重ねていく。演奏がうねりを見せ始めるまでをしっかりと見届ける。たとえランニング・コストが掛かろうとも、アナログの質感を大切にしたエンジニアを立てることで、彫りの深い音を響かせるのである。

 イメージの飛躍に溢れた歌詞の素晴らしさは勿論のこと、かくの如く音の建築士としてもけっして妥協することなく歩み続けてきたのが佐野元春という人だ。『月と専制君主』には埃を被った部屋の奥から古い歌を探し出し、新しい時代に向けてもう一度解き放とうとする気持ちが満ち溢れている。その息吹をどうか感じ取っていただきたい。

2011年

(佐野元春のオフィシャル・ページへの寄稿文を転載させて頂きました)
# by obinborn | 2012-05-18 20:54 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)
人々はそう話すけれど
私のこのブログは同時にCDショップ・芽瑠璃堂さんのホームページにもUPして
頂いているのだが、その芽瑠璃さんにもページをお持ちの福岡英朗さんが、先日
私が紹介させていただいた森さんの本と照らし合わせるように思考されていた。

福岡さんは、自分がもし東電の社員だったら、自分がもしペットを置いていく
よう指導せざるを得ない市や村の職員だったら、と仮定しながら書かれていく。
普段私が言っていることの繰り返しになってしまうが、声高にノー・ニュークス
とか、東電を解体せよとか叫ぶことはカンタンだ。そこには被害者としての立場
はあっても、都市で享楽的な生活を送っている加害者としての視点は見事なまでに
スルーされてしまっているから。

実は福岡英朗さんの演奏は数年前に所沢のMOJOで一度だけだが聞いたことがあり、
また紹介もして頂いたのだが、それはまた別のハナシとして、もっと多くの人々が
一方的な立場からではなく福岡さんのように内省的に思いを馳せて頂ければ、と願
わずにはいられない。



# by obinborn | 2012-05-17 05:01 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
ビートという共通分母〜相互影響のなかで音楽を考える
『レコード・コレクターズ』6月号でサエキけんぞう氏がストーンズ
「(I Can't Get No)Satisfaction」(65年6月に米チャート・イン)と
スティーヴィ・ワンダー「Uptight(Everything's Alright)」(66年1月)
とに共通項を見いだしていらっしゃったことが大変興味深い(幸いなこと
に先月号のような巣鴨プリズン級の噴飯モン発言はなかった)。

実は私もさる2月のテデースキ・トラックス・バンドのライブ・ルポでまった
く同じことに触れていたから(彼らが「Uptight」を演奏した故)。つまり
この2曲の共通点は”頭打ちビート”なのでした。

サエキ氏も対談で述べられているように、マーサ&ザ・ヴァンデラス
「Dancing In The Street」(64年9月)の頭打ちに影響されて「Satisfaction」
が生まれたというのも、あながち珍説とは言えまい。

もう少し飛躍させればオーティス・レディング「Respect」(65年10月)も
頭打ちであり、「Satisfaction」症候群と考える見方も出来るだろうし、逆に
同曲に影響を与えた曲として「Dancing In The Street」のみならず、私はフォー・
トップス「I Can't help Myself」(65年5月)辺りも入れたいのだが、
これはチャート・インの時期が「Satisfaction」とあまりに近すぎるかな?

いずれにしてもこの頭打ちスネアを4拍並べるというスタイルは、2拍めと
4拍めを強調したいわゆるバックビート(ロック・ビート)とは異なるだけに、
当時かなり画期的だったはず(後年「Miss You」で実践するディスコ・ビート
〜バスドラで4拍連続〜との表裏関係!)。

理屈ばっかり言っているようですが(笑)、こうした相互影響という観点から
音楽を定点観測する方法は、研究のうえで最もベーシックなものだと思う。
エルヴィスがすべてを始めた!とか、ビートルズが変革を先導したのだ! といった
ヒロイックな見方(英雄奇譚〜実は大嘘)ばかりをしていると、どうしても同時代の
横のつながりを見失いがち。

そうではなく、同時代のウネリとして何かを感じ取っていくほうが遥かに視野が広が
る。う〜ん、ベニー・ベンジャミンとチャーリー・ワッツとがようやく繋がったわい!
私も未だ勉強中です(笑)。





65年の夏から66年の冬にかけて全米で大ヒットしたのがこの2曲。約半年の間
に起こったこの”化学反応”を感じ取りたい。

追記:『レココレ』のベーシスト特集では小山哲人さんのジャック・キャサディ評
が個人的には大ツボ! 小山さんとはストーリーズ@下北で昔よく飲んだなあ〜と
いう回想はともかく、ツナ「Sea Child」のエレベは凄いよ!!

# by obinborn | 2012-05-16 15:22 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
Looks Like Rain
せっかくのバイト定休日というのに今日は朝からずっと雨だった。
前日のムーさん誕生日記念?のニシノユキヒサ・ライヴ@赤坂グラフィティにも
雑用で顔を出すことが出来ず我が身の不運を呪うばかりなのだが、こんな日だと
よけいに延々と続く長尺演奏でトリップしたくなるという次第。

というわけで久し振りに部屋のデッド・コーナー(と言うほどのもんじゃありませんが)
から引っ張り出してきたのがDicks Picksシリーズだったのである。多少の演奏ミスも
補正せず、とにかくその年その日の公演全容をありのままにフル収録しようじゃないか!
というデッドヘッズのコンセプトのもとに始まったこの大河シリーズだが、ひとまず終わり、
今はより音質が向上したRoad Tripsシリーズにとって代わられつつあるのだが、それは
ともかく私が今日ずっと放心状態で聞き入っているのが、73年10月19日にオクラホマ
のフェアグラウンド・アリーナで行われた公演を収録したvol.19の3枚組なのだった。


ディスク:1
1. Promised Land
2. Sugaree
3. Mexicali Blues
4. Tennessee Jed
5. Looks Like Rain
6. Don't Ease Me In
7. Jack Straw
8. They Love Each Other
9. El Paso
10. Row Jimmy
ディスク:2
1. Playing In The Band
2. China Cat Sunflower
3. I Know You Rider
4. Me And My Uncle
5. Mississippi Half-Step Uptown Toddeloo
6. Big River
ディスク:3
1. Dark Star
2. Mind Left Body Jam
3. Morning Dew
4. Sugar Magnolia
5. Eyes Of The World
6. Stella Blue
7. Johnny B. Goode

73年秋のUSツアーであるからむろんミッキー・ハートは一時離脱しているわけだが、
あの名作『ヨーロッパ'72』にも近い時期のライヴだけに、インプロヴィゼーション・
パートはむろんのこと、いわゆる歌モノに聞き出せる鷹揚さが心に染みるんだなあ〜。
今日の天気ではないが、ボブ・ウェアが歌う「Looks Like Rain」なんてちょっとした
名曲だと思う。

各地の駅で旅人はデッドという長距離列車に乗り込む。
シスコ発のその列車はダラスにも行くし、ニューオーリンズにも向かう。
ときにレイク・チャールズまで走り、ときにトロントの雪のまえで立ち往生する。
乗車席ではガルシアがギターを弾いている。ビル・クレイツマンとフィル・レッシュ
がトランプに興じている。ボブ・ウェアがスティームの音を聞きながらもの思いに沈
んでいる。メンバーに加わったばかりのドナ・ゴドショウが隅っこでコーラス・パート
を兄のキースとともに確認し合っている。

グレイトフル・デッドとはおよそこんなイメージのグループだ。
あなたは今日もその列車に乗り込み、自由という音を聞き取る。
私もまた車窓ごしに揺れる稲穂を見ながら、収穫の季節を待ちわびている。

# by obinborn | 2012-05-15 21:00 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
あの太いベースの音がもう聞こえない。追悼:ドナルド”ダック”ダン
以前イアン・マクレガンにインタヴューをしてベーシストの話になった時、
彼が「ベースって他の音に隠れるくらいでちょうどいいんじゃないかな」と
語ってくれたことが忘れられない。マック曰く「自分はこんなに巧いんだぞ!
みたいなプレイヤーは好きじゃない」とも。

むろんその音楽の種類やバンドなりユニットなりが目指す方向性によっても
ベースやドラムスといった楽器の立ち位置は自ずと変わってくるだろうが、
マック自身がバイ(脇役)・プレイヤーに徹してきた鍵盤奏者だけに発言には
重みがあったし、寡黙なベーシストへの共感のようなものすら汲み取れたものだ。

大変残念なことに、13日未明ドナルド”ダック”ダンが投宿先で急逝した。
スタックス・レビューとしてエディ・フロイドやスティーヴ・クロッパーたち
と東京で3日間の公演を終えた翌日のことだった。享年70才。

個人的には昔ブルーズ・ブラザーズで来日した時に渋谷公会堂でその勇姿を見た
のが最初で最後になってしまったが、奇しくも明日発売される『レコード・コレ
クターズ6月号』の”20世紀のベスト・ベーシスト&ドラマー100”特集で、
私自身もダック・ダンに一票を投じたばかりのことでもあった。


(一段列中央に位置する山高帽がボンゾ。すぐその上にダック・ダンが見える)

言わずもがなブッカー・T&MGズの一翼としてメンフィス・ソウルの歴史を一身
に担った大立者であり、その後はリヴォン・ヘルム&RCOオールスターズ、ブルーズ・
ブラザーズなどでも親しまれた。またあまり語られることはないが、エリック・
クラプトンの『マネー・アンド・シガレッツ』アルバム(83年)では、珍しいことに
相方のドラマーとしてロジャー・ホーキンズとコンビネイションを組むなど、ちょっと
した変化球も悪くなかった。あるいはジェシ・エド・ディヴィス『ウルル』(72年)
のボトムを支えたのがダック・ダン&ケルトナーのコンビだったことを誇らしく思い
たい。あのニール・ヤングでさえ2000年のロード・ロック・ツアーで登用したのは
ダンとケルトナーを含めた総力戦であったし、『Are You Passionate?』(02年)でも
ヤングが欲したのは他ならぬダック・ダンのファットな音だった。そんなこと一つ一つ
が次々と思い出される。

スタンド・プレイは皆無だが、アル・ジャクソンの引き締まったドラムスとセット
になったダック・ダンのベースは、いつも温かく柔らかい輪郭を描いた。
オーティス・レディングやサム&デイヴが気持ち良くシャウト出来たのは、MGズ
というでっかい屋台骨があったからだと信じたい。

先のマックの発言に添って言おう。ベースやドラムスといった楽器を単体として
音楽から抜き出すことに私もまた殆ど意味を見いだせない聞き手の一人だ。しかし
もしMGズのあの無駄のないグルーヴにダック・ダンのベースがなければ、その音楽
はずいぶん寂しく、また貧弱なものになっていただろう。


(かのベリー・ゴールドJr.がラジオでも低音ブイブイ!を目指してフロム・デトロイト
R&Bを作り上げたことは有名なハナシ。顔見せで紹介しているとはいえ、You-tuでの
凹凸のない音だと何とも情けないもんである)

その人のありがたみとか体温が、彼や彼女の不在によって証明される。そんなテーゼ
は何もダック・ダンに限ったことではないし、多かれ少なかれ私たちはそれぞれ喪失
を繰り返すことで毎日を噛み締めるのだろうが、先に伝えられたクリス・エスリッジ
(彼にも一票を入れました)やリヴォン・ヘルム(勿論一票!)の訃報といい、
今回といい、時代が音を立てながら激変していることを感じずにはいられない。

音楽再生の変化もまた同じことかもしれない。i-podやパソコンのmp3音源で音楽を聞く
環境が当たり前になってしまった昨今、こうした職人的な演奏家の本当の凄さや腕前が
実感として聞き取れなくなってしまっているとしたら、何とも皮肉で寂しい話ではない
だろうか。ダイナミック・レンジや音圧が重宝されないフラットなエンジニアリングで
は、ダック・ダンのぶっとい音や”ブレ”までは拾えないのだ。



(L to R:ジャクソン、ジョーンズ、ダンそしてクロッパー)
オリジナルMGズ71年の最終作。表題曲「Melting Pot」が20年後にブレイク・ビーツ
として世界中で使い回されることになるとは、当人たちでさえ予想出来なかっただろう。
弾かないこと、叩かないことがプレイすることと同義である。そんなストイックなまで
に研ぎ澄まされた黙示録として、これ以上のものはあるまい。
# by obinborn | 2012-05-14 12:33 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
エディはどこに?
とある雑誌からの依頼でアメリカ南部を感じさせるロック・アルバムの選盤を
している最中なのだが、それらは編集部のテーマや意向もあり60年代から70
年代いっぱいまでにリリースされたものに限定して欲しいとの旨。そんな要請
のなか、それでは21世紀になってからの南部エポックは何だったかなあ? な
どと考えてみたところ、真っ先に思い浮かんだのが『The Country Soul Review』
(04年)なのだった。

ダン・ペンの総合プロデュースのもと、トニー・ジョー・ホワイト、ジョージ・
ソウル、ラリー・ジョー・ウィルソン、ドニー・フリッツといった60年代から
活躍してきた生え抜きたちが各自の新録音で臨んだこのアルバムは、ヴェテラン
勢ならではの円熟した味わいと過ぎ去っていった日々へのいささかの哀愁がない
まぜになった得難い作品であり、私自身今でも折に触れて聞き直すほど。

わけてもダン・ペンが枯淡の境地を聞かせる「Chicago Afterwhile」と「Rest
Of My Life」は彼の近作とも響き合う独白や回想が溢れ出す佳曲であり、一時は
命が危ぶまれるほどの病から帰還したドニー・フリッツがアーサー・アレクサン
ダーに捧げた「Adios Amigos」を歌う姿とともに、アラバマ白人ソウルの傷だら
けの歴史を物語っている。



ボニー・ブラムレットが歌う「エディはどこに:Where's Eddie?」も涙なし
には聞けない歌だろう。エディ・ヒントンとドニー・フリッツの共作となるこの
曲は、ドニーが来日した際筆者に語ってくれたところによると、二人がメンフィ
スまで一晩中ドライブしてから地元のマスル・ショールズへと帰ってきた際に生
まれたという。旅の興奮からかエディは自分の庭にあった木に登る。ドニーはま
だ夜が明けないなかで、一体エディはどこに行ってしまったんだろう? と心配
する。そんな他愛ない歌だ。

イギリス人の歌手ルルが、70年にマスル・ショールズを訪れた際に吹き込んだ
この「エディはどこに?」には、彼らのそんな若き日の放蕩ぶりが記録されてい
る。誰にだってかくれんぼやキャンプファイヤーの日々があったのと同じような
ものだ。しかしボニー・ブラムレットがここで歌う同曲では、そうした無邪気さ
が消え去り、今は亡きエディを追悼する歌へと変貌している。

そのどちらのヴァージョンが優れているとか、どちらの歌が深く染み入るのかとか、
そういうことを語りたいのではない。ただこの私に言いたいことがあるとすれば、
木登りしたエディも、ドニーと夜通しメンフィスまでドライブしたエディも、もは
や対岸にいるということだけだ。

そんな気持ちを見透かすかのようにボニー・ブラムレットは歌う。
「エディはどこに?」


# by obinborn | 2012-05-12 19:33 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
通りは陽射しに満ちて
10日は佐野元春&ザ・ホーボー・キング・バンドをビルボード東京にて。

3月から三ヶ月連続して東京および大阪の同会場で行われてきた今回のラ
イヴもいよいよ千秋楽近く。この日私が見たのはセカンド・ショウのほう
だったが、程よい熱気に満たされた一夜となった。

ライヴごとに異なるテーマを設けて、それを二つのバンドを使い分けなが
ら実践する。それが21世紀を迎えてからの佐野元春およその道のりだ。荒削りな
コヨーテ・バンドと手練手管のホーボー・キング・バンドとはいわば対照的とも
言える存在であり、そんな若さと円熟という両極がともにロック音楽の特性である
ことは確かなのだが、今回行われた”Smoke & Blue"ツアーは後者の味わい
を惜しみなく出し尽くすものとなった。ライヴ・レストランという会場設定も
さることながら、佐野自身すべての曲をシットダウン形式で弾き語るなど、寛
いだ雰囲気のなかにキャリアを滲ませるといった趣向が強い。一つの区切りと
なった昨年の30周年アニヴァーサリー・ツアーで壮大な音楽地図を描き切った
彼としては、ここら辺で異なるアプローチを、それもなるべく親密にファンと
触れ合うような形で行いたかったのではないだろうか。

そうした意図は「マンハッタン・ブリッジにたたずんで」や「情けない週末」
といった初期の名曲はもとより、「だいじょうぶ、と彼女は言った」や「七日じゃ
足りない」といったやや脇道に位置する作品をも大胆に組み込んで新たな流れ
を生み出していったセット・リストから十分汲み取れた。熱心なファンへの
サービスといったこと以上に、昨年のセルフ・カバー・アルバム『月と専制君主』
で得られた手応えがまだ生々しく残り、彼自身が古い歌やあまり出番のない曲
を慈しんでいる証なのかもしれない。古い歌の新しい解釈。悪くないじゃないか。
一曲一曲に込められたストーリーがオリジナル・アルバムのシークエンスとして
ではなく、一期一会のライヴでの連なりのなかで、あるいは激しく揺れ動いてゆ
く時代のうねりのなかで、また別の意味を携えていく。そんな場面に立ち会い、
感じ入ることが出来る聞き手たちもまた、もう一人の歌の併走者だ。

しかも今回のホーボー・キング・バンドは、専任ギタリストが欠席するなか佐野自
らギターを弾く機会が増えた。そのせいか編曲も曲の骨格が浮き彫りになるソング
ライター的なものへとシフト。そんな意味では、今回新たに帯同することになった
笠原あやのが奏でるチェロの響きは、確実に歌詞の含みやメロディの揺らぎにまで
接近していった。また昨年のツアーでは「欲望」や「君を連れてゆく」などのシリ
アスな楽曲が震災後の多くの人々の心情に寄り添ったが、今回そうした辛辣な選曲
は雨という暗喩を用いたオープニングの「Please Don't Tell Me A Lie」のみ(自
問的な「ウィークリー・ニュース」が中盤に登場する日もあったが)に留められ、
むしろファッツ・ドミノに会釈するような「君の魂 大事な魂」や、無邪気なラヴ
・ソングが主人公の成長や失意ともにもう少し広がりを持ち始めた「二人のバース
ディ」といった歌が、心に染み込んで手足をじわじわと温め直していく。

人を動かすのが極めてシンプルな動機であるように、美しい曲はどうやら人々を
時間の埋め合わせ的なチープ・トークから救い出し、もっと遥か先を見渡そうと
とする風向きへと手を差し伸べていくようだ。

佐野にとって母親の世代である雪村いづみを特別ゲストに招き、まずは「L-O-V-E」
を、次に佐野が戦後という時代や雪村に思いを馳せて作ったというスウィンギーな
新曲「トーキョー・シック(街に出掛けようよ)」を、そして「恋人になって」を
束ねた終盤の3曲は、まさに今日という日のためのハイライトとなった。スライ&
ザ・ファミリー・ストーンのカバーも印象的だったスタンダード曲「ケ・セラ・セラ」
が本日の最終曲となったが、そこでも佐野は再度雪村を呼びこの歌を分かち合った。

重荷を引き受け、ときに時代の先鋭的な部分を切り取ってきた佐野が、雪村という
昭和歌謡のプリンセスをリスペクトすること。それは懐古趣味でも片思い的回想で
もなく、血の通った人々や無垢なもの、あるいはこれから始まっていく物事に対す
るもっと本能的な部分での肯定だ。とくに「トーキョー・シック」は、佐野の初期作
で活写されていた街のイメージとも確実に響き合うのが面白い。雪村いづみといえば、
ロック世代にとってはキャラメル・ママ(のちのティン・パン・アレイ)とコラボ
レイトした74年のアルバム『スーパー・ジェネレーション』で親しまれてきた人で
もあるが、モダンな佇まいといい、明るくあろうとする心映えといい、この日のわずか
な時間からもそんな思いは伝播していったと思う。事実、聞き手を佐野の新宿ルイード
時代へと連れ戻していくミッチ・ライダーの狂騒的なロックンロール・メドレーと
雪村の歌との間に距離は一切なかった。

大事な思いや愛おしい人々がときに激しい情動によって守られる。振り返ってみれば
佐野元春はデビューした1980年の時点から、そのようなアクティヴな実践者であり、
献身的な守り手であった。たとえ大衆が佐野に冷笑的な態度を示した時でさえ、彼は
いつもの”ちょっと気の利いたやり方”で萎れかけた草木に雨を降らせた。その土地
が枯れているのであれば、誰に頼まれるわけでもなく水を撒いた。佐野がいなければ導
かれることがなかった場所があり、光景がある。私はそのことを今日も思い、明日もま
た発見していくことだろう。



   
# by obinborn | 2012-05-11 01:45 | rock'n roll | Trackback | Comments(4)
昨日帰った家に今日はもう帰れない。
森絵都『おいで、一緒に行こう〜福島原発20キロ圏内のペットレスキュー』
(文藝春秋 2012年)を読了。サブ・タイトルにもあるように、当地で行方不明
になった犬や猫を探し出すボランティアへの同行取材記だ。

この緊急時に犬や猫のことなんてと思う人もいるかもしれないが、読み進めれば
犬や猫の足取りを辿ることが結局それを取り巻く家族の物語になっていることに
気がつくだろう。ここで何も森さんは即席な文明史論を打ち出すわけでも、声高にノー・
ニュークスと叫ぶわけでもないが、目線を四足動物へと落としているだけに伝わって
くるのは、人々のもう二度と戻らない日常のささやかな光景だったりする。

取材は(当初の計画から大きく逸脱して)およそ一年に及んだそうだが、スイッチが
入ると居ても立っても居られなくなる性分が彼女らしい。現地では警官による立ち入り
規制をはじめとするトラブルも頻繁だったらしいが、ありのままを包み隠さず、平易と
いうか、ざっくばらんな文体で書き留めている。

結果として行政の対応の鈍さや日本という国の隠蔽体質も浮かび上がってくるのだが、
それが本書の主旨ではあるまい(そういう本なら他にも沢山出ている)。私は少なくと
も森絵都という作家の理解者でありたいと願っている一人だが、かつて『つきのふね』
や『永遠の出口』を書いた彼女の奥底に流れるものを垣間見たような気がした。

ばらばらにされたもの。行き場がない思い。もう未来なんか永遠にやってこないという
諦観。そりゃそうだろう、犬も猫もそして人々も昨日帰った家に今日はもう帰れないの
だから。



# by obinborn | 2012-05-10 00:54 | one day i walk | Trackback | Comments(2)
精緻な地図には頼らずに。
がむしゃらな憧れがその音楽をとてつもないリアルに導くことがある。
76年にデビューしたオレンジ・カウンティ・ブラザーズは、さしずめ
そんなバンドの筆頭格だっただろう。

砂埃舞うテキサス一帯の音楽をある種の切迫感とともに目の前に差し出す。
そんな意味で、オレンジは唯一無比というよりは正直過ぎるようなバンドだった。
求められたものを演奏するのではなく、自らが求めたものを歌う。その行為の
迷いのなさや、ゴツゴツとした情感に私は今でもときどきひどく無口になって
しまう。

精緻な地図には頼らない。時代という窓に出入りすることもない。
そんな彼らの心映えに私は一体どれだけ励まされてきたことだろう。
飯田雄一の骨っぽくざらついた歌には、でっかい太陽がとてもよく似合う。

とても不思議なことなのだが、彼らの陽気なカウボーイ・ソングスの数々
には何故か悲しみの表情が宿っている。


76年の12月にサンフランシスコで録音されたオレンジの2作め。のちに
久保田麻琴によるリミックス・アルバムも制作されたが、まずは本家本元
のこちらから。ゲストではホットリックスのマリアン・プライスがヴォー
カルでいい味を出している。

# by obinborn | 2012-05-08 21:12 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)
Back Street Confidential〜裏街道の機密事項
顔見せ的なゲスト・アルバムの氾濫に食傷気味のアナタにもお薦め出来る
のが、ジェリー・リー・ルイス73年の渡英セッション『In London』だ。

かくいう私も昔中古屋で勝手にジョ・ジョ・ゼップのアルバムと誤解して
しまい、みすみす聞く機会を逃してしまったのだが、その後新宿ユニオンの
所詮投げ売りの床下ダンボール〜3枚で1,000円コーナーにて無事救出した
次第なのだった。

リズム隊がチャス・ホッジズとケニー・ジョーンズという豪華だか裏街道だ
か微妙な組み合わせにニンマリされた方は、大正解。ルイス自身が50年代
の威風堂々ぶりとはまた違う、もう少し余裕を持った音楽との接し方をして
いることもあって、この半分パブ・ロック的なヨレヨレ感溢れるリズム隊と
やさぐれた笑みを交わしている。

ギターで大きく貢献しているのはロリー・ギャラガーとアルバート・リー
だろう。とくにロリーのボトルネック奏法によるアーシーな味付けは、「ルイス
はサン時代だけでいいんじゃね?」(語尾上げ)的なイメージとは裏腹の
もう少しだけポンコツ・ロック的な心情と触れ合うようだ。

なかにはデラニー・ブラムレットやクラウス・フォアマンが参加していたり、
選曲にゴードン・ライトフット「Early Morning Rain」(これがなかなかの出来)
が何故か混ざるといった意外性もありながら、全体としては「オイラ、本国じゃ
落ちぶれたスターだけど、ヨーロッパじゃまだまだ威張れるもんね〜」的な
憎めない虚栄心が、「ジェリーさん、あなたと一緒に演奏出来て光栄です」といっ
た後続者たちのリスペクトの気持ちと微妙に混ざり合って、なかなか得難い人間臭さ
を快活なピアノ・ロールとともに醸し出す。

とくに当時全盛期を迎えつつあったロリーのせっかちなギターは、すぐにそれと
解るもの。たとえ相方がアルヴィン・リーやアルバート・リーだったとしても、
ロリーの骨っぽいフレーズが随所から飛び出してくるのが嬉しい。そのことだけでも
この忘れられがちな記録(もしくは親善試合)に感謝したい。



# by obinborn | 2012-05-08 13:16 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)
day at the dog races
A:「まあまあ、そう熱くなりなさんな」

B:「でも残念なのは肝心のダニー・コーチマーのギターについての話に
なるのではなく、○○VS小尾みたいな野次馬的な興味に結局なってしまう
こと。そこら辺ってネットというかとくにTwitterの即時性は怖いなあ、と」

A:「確かに。キング「No Easy Way Down」でのクーチのgはやはりいいで
すよね〜とか具体的な話になればともかく、テーマからどんどん逸れていく。
クーチのこういう歌伴がいいとか、そうでもないとか。小尾さんはそういう話
を望んでいるわけでしょ?」

B:「みんなヒマなんすかね(笑)。自分のことは棚に上げて場外乱闘を楽し
みたい。どうしてもそんな流れになってしまう。でもそれは音楽じゃない。
単なる覗き趣味やタブロイド紙的な時間の浪費でしかない。挙げ句の果てには
あいつは単にもっと注目を浴びたいだけなんじゃないか、もっと評価されたい
のが目的なんじゃないか、なんていうトンデモ感想も出てくる。阿呆か。
せっかくユーチューを数点貼って具体的な素材まで提供しているわけですから、
そこら辺はもう少し考えて欲しいですね」

A:「しかし一方で熟慮している人というのも必ず何%かはいて、そういう人たち
は軽卒にはネットには出てこないことを忘れちゃいけないよ」

B:「うん、それはこれまでの体験からも解ります。”小尾さん、何があったの?
飲みに行こうよ”というハナシに当然なるからね。やはりそういう生の声がぼく
は一番好きですね。音楽バーに乾杯! そこには本当の話がある。本当のことが
語り合える」

A:「ただ小尾さんの場合、あらかじめ標的を定めていたんじゃないかと思われる
節もある」

B:「むしろ当然の行為ではないでしょうか。いろいろな過去の集積が人の現在を
作り上げているからこそ、”ああ、こいつまたこんなこと言ってやがる”って思われてしまうんです。そういう意味ではそりゃ、
こっちにも鬱積した気持ちがあるぶん余計カチンと来る。人間ってそういうもの
です。自明のことですが、演奏家と書き手とは互いにリスペクトし合うことで
関係が成り立っているんです。
だからそれぞれが”じゃあ弾いてみろ!”とか”それなら書いてみろ!”とは通常は
言わない。ぼくは木下弦二に”歌を歌ってみろ!”と言われたことはないし、中原由貴
に”ドラム叩けるんですか!”と怒られたこともない。彼らはただミュージシャンとし
て自分たちの音楽を感じて欲しい、それも出来れば時間をかけて丁寧に聞き取って欲し
いと願っているだけなんだと思います。でもクーチの歌伴はダメだなんて断定されたら、
そこまで言うなら、じゃあお前が弾いてみろよ!っていうハナシになりかねませんよね」                                                                       
A:「素直にクーチの歌伴はいいですね〜と言っていればここまで噛み付かれなかっただろ
うに(笑)」

B:「だからそこら辺の真意が全然見えないんです。彼なりに歌伴の基準を満たすハードル
があるのかもしれないけれど、クーチの場合どこから切っても完璧ですからね。あとこれ
はぼくの個人的な意見なのですが、なまじ楽器がいじれる程度で演奏家に楽論で立ち向か
うのはどうかな? と思う。これはぼくが音楽を一枚の絵として感じたり、大きな流れや
うねりのなかで受け止めたいと思う書き手だから余計にそうなのかもしれないけど」

A:「例のドロップDチューニングが云々とか?」

B:「短いアルバム紹介文のなかでたまたま自分が知っている奏法を披瀝するなんて自己
満足以外の何者でもないし、すごくダサイなと感じます」



A:「ところで、Twitterは何で止めちゃったの?」

B:「直接のきっかけは自分のパスワードを忘れてしまい参加出来なくなったこと
です(笑)。でもそれが良くも悪くもTwitterを考え直すきっかけになりました。
むろんぼくも最初は楽しんでいたんです。とにかくリアクションが早いだけに
ある種の中毒性がある。ハマる。友だちが増えたような錯覚に陥る」

A:「でもその割に浅い。深くはコミット出来ない。理解も寛容もない世界という
か、人の発言に共感してリツィートするにしても、微妙なズレみたいなものまで
は書き込めないわけだから。まあ、twitterに人生を求める人はいないでしょうけ
どね(笑)」

B:「結局はそういうことだと思っています。すごく抽象的に言えば砂漠なんだなあ。
だいいち、ぼくみたいな50がらみのオヤジがガールズ・トークに
付いていけるはずもないし(苦笑)」

A:「ちょっと話は逸れますが、明らかに自分の資産価値をすり減らしているような
人もいますよね。振幅というものを考慮しても、昨日同意したことと今日言ってる
ことがまるで違うような」

B:「ぼくはけっして自分がリア充だとは思わないけど、他人がどういうランチを
食べようが、どういう行きつけの店があろうが、まったく関心がありません」

A:「アラブの春がTwitterやFacebookでより加速したことについては?」

B:「動機と媒体が同期し、高い社会意識と結び付いた結果でしょうね。アラブの
人々のまえには圧政がまずあった。止むに止まれぬ思いがあった。そこら辺の野次馬
とは覚悟が違います」

A:「もう少し気楽になってもう一度使ってみたら? 開ける視界があるかもよ」

B:「う〜ん、でもTwitterを使っていた約1カ月半で1年半ぶん楽しんだという思い
がぼくにはあります。それは心地好い時間だったけれど、その反面他人に自分を合わ
ていく時間でもあった」

A:「残りの週末をどう過ごされますか?」

B:「尊敬する森絵都さんの新刊『おいで、一緒に行こう』を読みたいと思っていま
す。これは森さんが福島に残された犬や猫、その飼い主たちを追ったルポルタージュ
なのですが、声高な主張ではなく落とした目線が森さんらしく、いいなあと思って。
No Nukes !っていう旗を振ったりすることはある意味すごく楽なんです。正義顔をす
ればいいわけですから。じゃあ、あなたは犬や猫の目線に立って震災後の物語を引き
受けられるだろうか。これからもずっとずっと想像していけるだろうか。ぼくにも自
信はありません」



(ひとまず了)


# by obinborn | 2012-05-04 04:28 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)
ウェールズからやってきた男
さっきアマゾンのダグ・サームをチェックしていたら、めんたんぴん『LIVE!』が
ヒットして思わず大笑いしてしまったのだが、こういう愛嬌は悪くない。
それではエタ・ジェイムズを検索していてゲラント・ワトキンスに辿り着くかとい
うと、残念ながらそんなことはないのである。エタの持ち歌としてあまりに有名な
「At Last」を演奏しているんだけどね。

先日書いたようにゲラントといえば、パブ・ロック界の裏番長的な立ち位置という
イメージがすっかり浸透したと思う。初来日がデイヴ・エドモンズと一緒。次から
はニック・ロウ御一行とともに。そんなことからもすっかり親しまれてきたゲラント
だが、ルーツ・ライクなバラム・アリゲイターズの世界からはやや離れ、ここ数枚
のソロ・アルバムではすっかり枯れた、大人の味わいを醸し出すことに成功している。



08年に発表されたこの最新ソロにしても、ニック・ロウの近作と歩調を合わせたかの
ような枯淡が心地好い。なかにはソウルⅡソウルばりのブリティッシュ・ソウル
「History」のように目一杯よそ行きの服を着ている曲もあるんだけど、それすらもお茶目
に映るという役得ぶりだし、全体としては無駄のない引き締まった本当の意味でのAOR
になっている。

そして注目したいのは「Fools Like Me」や「Jenni」でゲラントが自ら弾くギターだ。
鍵盤楽器のオーソリティである彼だが、たまに無骨なまでのギターをかき鳴らす
ステージでの姿を思い起こす方がいらっしゃるかもしれない。
ここでのギターがいいんだ! 本業以外の楽器を手にした時のぎこちない喜び。そんな
ニュアンスがひしひしと、ひたひたと伝わってくる。こういう小技が他の曲でギターを弾
くスティーヴ・ドネリーやマーティン・ベルモントといい対比を見せている。
他にもゲラントがギターを弾く曲はあるのだが、いわゆる”ヘタウマ”的なほっこり
感が一番良く表れているのが、この「Fools Like Me」や「Jenni」だと思う。

思えばパブ・ロックのメンタリティを演奏面から突き詰めて考えてみると、それは
上手過ぎず、されどしっかり演奏しろよ、という世界観に行き着くのではないだろうか。
これは単に個人の嗜好や好き嫌いの問題という以上に、その人がどういう場所で本当に
安らぐことが出来たり、どんな人たちと心からの笑みを交わせるのかという切実さにも
似ている。あるいは逆にその人がどういう世界が嫌いで、どんな営為に対して怒るのか
ということとしっかり結び目を作る。他の誰でもないその人の自画像を描き切る。

昔から女性の名前をタイトルに冠した歌にはいい曲が多いと言われる。それはきっと
思い入れという時にやっかいなものをストレートに投影しやすいからかもしれない。
そんなことを思いながら私は今ゲラントが俯き加減に歌う「Jenni」を聞き、
彼が弾くたどたどしいギターや、彼が辿ってきた長い道のりのことを考えている。

# by obinborn | 2012-05-03 14:03 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)
ウォーレンさんの窓辺から
ウォーレン・ストームもまたルイジアナのスワンプ・ポップを代表する
シンガー&ドラマーだ。
彼の50年代のキャリアはまた別の機会に譲るとして、今回はストームが
80年にリリースしたアルバム『Sincerly』に触れておこう。

というのも今をときめくサニー・ランドレスが本作に参加し、ドブロや
エレクトリック・スライドで大活躍しているから。
私がランドレスの名前を初めて知ったのは確かジョン・ハイアット『Slow Turning』
だったと思うが、それと前後してルイジアナのケイジャン・バンド、
ボーソレイユのアルバムでそのプレイを聞くようになった。

白眉はボビー・チャールズ(ストームとは高校が同級)の「Tennessee Blues」
だろうか。ゆる〜く、されど粘っこいフレーズを醸し出すランドレスのギターが
味わい深い(最近の彼は弾き過ぎだと思う)。

他にはチャック・ベリー「Roll Over Beethoven」、ジェリー・リード作でマイク・
フィニガンの名唱でも知られる「Misery Loves Company」、デイヴ・エドモンズ
もファーストで演奏していた「I'm A Lover Not A Fighter」(ここでは作者がプロ
デューサーのジェイ・ミラーになっている)辺りに注目を。フロイド・クレイマー
風のゆったりとしたピアノが聞ける「I'm Busted」もなかなかの出来。

どこまでも迂回しながら地続きでしかないような気持ち。
昨日見た窓を今日もまた見つめるという諦観のようなもの。
溜め息もまた深呼吸と同じような苦い伴侶なのだ。
そのような感情にストームの音楽はきっと寄り添っていくことだろう。




# by obinborn | 2012-05-02 21:36 | Trackback | Comments(0)
ダニー・コーチマーは歌伴がダメなのか?
というわけで私はとくに歌伴ギタリストが好きなのだが、世の中には
「案外ダニー・コーチマーって歌伴がダメなんだよね。実は我が出る人なんで,,,」
(レココレ5月号p79より)と発言する大変残念な方もいらっしゃるのでした。

さすがイカ天の元審査員、米米クラブのプロデューサーさんは見る観点が違うなあ〜
とか、『スウィート・ベイビー・ジェイムズ』の短いレビューでドロップDチューニン
グ(学生さんだって知っとるワイ)を得意げに解説してくれた人は言うことが違うワイ、
とひとしきり感心したのですが(笑)、冗談はともかく、果たしてコーチマーは本当に
歌伴がダメなのか? まずはこの曲を聞いてから皆さんに判断して頂きましょう。



スクラーのフェンダー・ベース、カンケルのブラッシングとともにここでのクーチは
私の耳には完璧な歌伴として聞こえます。仮にH氏の発言がスティーヴ・ジョーダン
との近年のセッションなどを念頭に置いたものだとしても、フライング・マシーン
〜ザ・シティ〜ジョー・ママ〜ザ・セクションなどクーチのキャリアをちゃんと追って
いれば、こうした暴言は出てこないはず。それとも彼と私とでは”歌伴”の定義自体
が違うのでしょうか(爆)。確かにコーチマーの場合、いわゆる歌伴以外の部分では
かなりロックし弾きまくる(C&Nの「Love Work Out」などが典型。しかも同曲では
リンドレー、クロスビーとともに三つ巴だ)のだが、コーチマの中心はあくまでスタジ
オ・プレイヤーとしてのものであり、少なくとも「歌伴がダメ」ということにはならな
い。ダメなのはお前の頭のほうだろうが! クーチに関してテキトーなこと言われて、
テキトーなこと書かれて、この俺が黙っているとでも思ったら大きな間違いだぜ! 
そういえばいつだったか、レココレにくだらないライナーは一掃すべきだなんて
偉そうなこと書いていたよな。じゃあ、お前の書いたものは果たして一体どれだけ時代
に対する耐久性があるのかね?


あるいはフライング・マシーン時代のJT。ここでのクーチのさりげなさはどうだろう。
スプーンフル「つらい僕の心」でのヤノフスキーにも似たギターです。


この曲なんかも典型的な”歌伴”ギターですね。左チャンネルから聞こえるクーチの
オブリが美しい。


こちらは弾きまくるほうのクーチ。パーソネルにはクロスビーとともにwarpath
(戦う、ケンカ腰の)guitarと記載されている。

昔から機を見るに敏なだけのイヤな奴だと思っていたが、H氏に抗議したい。

追記:ここで文句を言うばかりじゃ何も始まらないので、先ほどレココレ編集部の方
に、「レターズ」として以下のメールを差し上げました。(小尾隆)

*     *     *


レコード・コレクターズ編集部さま

いつもお世話になっています。

『20世紀のギタリスト100人』特集を興味深く拝見しました。ランキング
という行為自体には否定的な意見もあると思うのですが、選者各自の嗜好や
審美眼が浮き彫りになったという意味で価値ある企画だったのではないでし
ょうか。私自身まだそのプレイを聞いたことがないギタリストも数人いたり
して、大いに刺激を受けました。

 ただ残念だったのは、対談の席で○○○○氏がダニー・コーチマーに関し
て「案外、歌伴がダメなんだよね。実は我が出る人なんで、、、」と発言さ
れていたことです。

 言うまでもなくコーチマー(通称クーチ)は、歌伴ギタリストとして70年
代初頭に頭角を現した人です。彼が所属したスタジオ・メン集団、ザ・セク
ションと歌手との関係は、まだまだスタジオ・ミュージシャンの意義が曖昧
だった時代に新鮮な空気を運び込んでいきました。たとえばジェイムズ・テ
イラーの「ノーバディ・バット・ユー」、たとえばジャクソン・ブラウンの
「ラヴ・ニーズ・ア・ハート」。それらの曲から汲み取れるのはまさに歌手
とぴったり息のあったクーチの控えめで的確な歌伴ギターなのです。

 仮に○○氏が弾きまくるクーチ(クロスビー&ナッシュ「ラヴ・ワーク・
アウト」や近年に於けるスティーヴ・ジョーダンとのセッション)を念頭に
置きながら言ったことだとしても、フライング・マシーンを皮切りに、ザ・
シティ、ジョー・ママそしてザ・セクションとキャリアを進めていったクー
チの仕事をトータルに見渡した場合、歌伴での彼こそが評価され信頼を勝ち
得てきたことは紛れもない事実でしょう。

 ○○氏がどういう文脈のなかで何を言いたいのかを私なりに察しようとも
しましたが、少なくとも「歌伴がダメなんだよね」に頷くクーチ・ファンは
いないと思います。ジェイムズ・テイラーの音楽に理解を示されている氏だ
けに、今回の発言は残念であり、また不用意なものとしてしか映りませんで
した。 

 *    *    *

その後、編集部から(少なくともフェアであり誠実であろうとする)お返事
を頂きましたので、ここにご報告致します。

いつもお世話になっております。
レコード・コレクターズ編集部の○○です。

ご連絡、貴重なご意見をお送りいただきましてありがとうございます。
編集部一同で「レターズ」をたしかに拝読させていただきました。

たしかに、私ごととしましては、キャロル・キングの曲やJTの曲に
おけるダニー・コーチマーの歌伴感覚のすばらしさに打ちのめされ、
大学生時代も何度かバンドで彼らの曲を演奏したことがありましたが、
とても真似などできるものではなく(そりゃそうですよね…)、歌に寄
り添うギターを弾く人としては、私の中では5本の指に入っている、
憧れのギタリストの一人です。


選者各自の嗜好、ということで言いますと確かに小尾さんにご指摘い
ただいたようにスティーヴ・ジョーダンとのセッションなどを念頭に
置いて発言されたことである可能性は高いと存じます。私が担当した
座談会ではなかったとはいえ、その場で、あるいはゲラの段階で編集
者としては、「読者に少しでも誤解を与えてしまうような表現」であ
るならば、それを回避するような形で誌面とする必要はあったのでは
ないか、と考えさせられました。「執筆者の嗜好」と「読者が誤解し
てしまうかもしれない表現」の境界線を判断するのはやはりなかなか
難しいところでもあるのですが、そうした細部に気を配っていくのも
編集の仕事であるかと思いますので今回いただいたご意見を元に、今
後はなるべくご指摘いただいたような部分にも気を配って雑誌作りを
進めていけるよう精進いたします。貴重なご意見をいただきまして、
まことにありがとうございました。


# by obinborn | 2012-05-01 08:19 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)
ジョーンズヴィルから来た男、トミー・マクレイン
連休の最中に起きた関越の高速バス事故は衝撃的だった。
背景には規制緩和の果て故の過当競争もあるのでは、などなどとは
新聞やテレビでも解説されていることなので省略するが、私の身近な
ところで言えばミュージシャンのツアー移動が心配である。なるべく
声を掛け合うとか、ときに運転を交代するとか、慣れに任せず常に最善の
策を取っていただきたいと願わずにはいられない。

で、スワンプ・ポップのお話の続きなのですが、今日はトミー・マクレイン
のことに少々触れておこう。すごく久し振りに彼のリイシュー・ベスト(英
Ace CH285)を聞き直しているのだが、ジョニー・アラン以上のteardropper
(泣き節歌手)ぶりが、ほんわかしたルイジアナ・サウンドとともに楽しめる
盤としてオススメです(CDのことは良く解らないが、きっと同種のベストは
発売されていると思う)。

曲もボビー・チャールズでお馴染みの「Before I Grow Too Old」、サニー&
ザ・サンライナーズのお箱「Talk To Me」、ロバート・パーカーのニューオー
リンズR&B古典「Barefootin'」などを歌っている。そして一番の聞きものは
ファッツ・ドミノに捧げた「A Tribute To Fats Domino」だろうか。その曲で
はドミノの「Goin' Home」「Poor Me」「Going To The River」をメドレーで
繋いでいる。こんな選曲からもルイジアナ・スワンプ・ポップの音楽地図は容易
に描けるはずだ。



ギターという観点から見るとダグ・サーム風味満点の「My Heart Remembers」
に聞ける甘いトーンでちょろちょろとオブリを奏でる部分が、(誰が弾いているの
かはまだ調べていないが、ブギ・キングスのギターだろうか?)かなり好き!   
ブルーグラス業界の無味乾燥な高速ギターとはどこまでも対照的なこの”低速”
ぶりはデイヴ・メイソンやヘンリー・マカロックもしくはウェイン・ベネットが
お好きな方なら解って頂けると思う。むろん私も低速で連休を過ごします(笑)。                                                                   

# by obinborn | 2012-05-01 04:29 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
ジョニー・アランはワトキンスさんがお気に入り!
1950年代に栄華を誇ったのが南西ルイジアナのスワンプ・ポップだ。
クッキー&ザ・カップケイクス、トミー・マクレイン、ウォーレン・ストーム
辺りが日本では比較的有名であろうか。

音楽的には同じルイジアナ州のニューオーリンズR&Bとの関連を考えれば、
その像を結びやすい。そう、ファッツ・ドミノのピアノ3連をよりヴォーカル・
オリエンテッドに置き換えたのがスワンプ・ポップと言えるだろう。
ストームとは高校で同級だったボビー・チャールズにしても、チェス時代の作品
などスワンプ・ポップの流れのなかに自然と収まるかも。



ジョニー・アランもまたそんなスワンプ・ポップを代表する一人。そんな彼が
91年に渡英した際のライヴ盤が英Aceより遂にリイシューされた。ルイジアナの
ピアノ・ロッカー、ウィリー・イーガンズにチャーリー・ハート(ex:スリムチャンス)
が助演したり、ドクター・ジョンのイギリス公演をディズ&ドアメンがサポートする
など、ルイジアナ周辺の音楽家と英パブ・ロック界との強い結びつきが勿論ここでも
聞き出せる。


(91年の12月4日にロンドンのロイヤル・ナバール・クラブで行われたライヴを収録。
ガルフ・コースト一帯を代表するナンバーが全18曲!)

アランをここでサポートするのはバラム・アリゲイターズのゲレント・ワトキンス
(註1)だ。
彼のピアノやアコーディオンは、アランのもうひとつの声になるほどの親和性を
見せている。またここではドラムスのボビー・アーウィン(ロバート・トレハーン)も
名を連ねるなど、現在のニック・ロウ・バンドに在籍する二人がこのルイジアナ・
シンガーに貢献していることに、パブ・ロックの奥深さを感じずにはいられない。
あるいはここでサックスを吹いているニック・ペントロウも、以前からディズたちの
レコーディングにも参加するなど、パブ・サーキット繋がりを伺わせる。

そのアラン自身も79年のアルバム『Louisiana Swamp Fox』でロウの「I Knew The
Bride」をカバーしている。ジム・フォード作の「Ju Ju Man」にしてもロウが在籍
していたブリンズリー・シュウォーツのヴァージョンを参考にしたと思しきアレンジ
であることなどに興味は尽きない。


(79年のJin盤は地元ルイジアナ州クロウリーの録音だが、そこはかとなく漂う
”裏バプ・ロック”的な匂いが好事家の心をくすぐる。というかこの家族写真のよう
なジャケットは、所詮アートな鼻持ちならない連中の出鼻を挫くことだろう)

ルーラルな風情や哀愁の3連符バラードとともに、チャック・ベリーの数ある楽曲の
うちからカントリー色の強い「Promised Land」を料理し、このロックンロール巨人
がザディコ〜ケイジャンと親戚であることも自然に浮かび上がらせていく。そういえば
アランはこの曲のシングル・レコードを英国のインディペンド・レーベル、スティッフ
からリリースしていたのだった。


(アラン・オン・スティッフ! 同レーベルの第一号がロウ「So It Goes」だったこと
も何やら符合めく)

ベリーの曲に感じられるカントリー色(「Plomised Land」「It Don't Take But A Few
Minits」「You Never Can Tell」など)がニック・ロウのそれこそ「I Knew The Bride」
辺りに影響を及ぼしているのではないか? などなどを想像すると思わずニンマリして
しまう^0^のだが、アランを介してベリーとロウの音楽的な共通点を探ってみるのも
あながち間違いではあるまい。

音楽は理屈じゃない。そりゃそうだろう。しかし丁寧に人脈図を追いかけていけば自分
でも思いがけない驚きの光景に出会えることもまた事実なのだった。
そう、あのピート・フレイム氏が書いたファミリー・トゥリーのように!
Roll'em, Mr.Pete !

(註1)ゲラント・ワトキンス
英国のパブ・サーキットで活躍するウェールズ州出身の鍵盤奏者。
古くはロン・カバナ率いるジュース・オン・ザ・ルースに客演するなど地味な存在
だったが、デイヴ・エドモンズ・バンドに参加した80年代前半頃から一般的にも知ら
れるようになり、以降もビル・ワイマンのウィリー&ザ・プア・ボーイズや、ニック・
ロウのインポシブル・バードに参加する一方、自身のルーラルな音楽趣味を活かした
バラム・アリゲイターズを率いるなど、パブ・ロック・ファンの信頼を勝ち得た。
近年ではポール・マッカートニーやヴァン・モリソンといった大物のレコーディング
にも駆り出されるなど注目を浴びている。ガルフ・コーストの音楽に敬意を払った
ピアノやアコーディオンはむろんのこと、温もりのあるハモンド・オルガンにも評価
が高い。


# by obinborn | 2012-04-29 13:50 | one day i walk | Trackback | Comments(2)
4月28日
池袋のフロウでコスモポリタン・カウボーイズを。



カントリー・ミュージックに憧れて音楽を始める人もきっといるだろうけれど、
パンクやフリー〜アヴァンギャルドの世界からカントリーへと辿り着いた人は
あまりいないのではないか。

そんな後者の匂いをハル宮沢率いるコズモズはいつも感じさせ、納得させ、
ときにしみじみと泣かせるのだが、宮沢がストラトキャスター一本で全編を
通した今夜もまた痛快極まりないものだった。

スライやスタッフやクリームの語法をカントリーに混ぜるということ以上に、
他人が書いた曲の他人の物語を自分に引き寄せるといった切迫感が何よりも
胸を打った。そして宮沢のイガラっぽい歌声には、彼がやり過ごして来た歳月が
しっかりと宿っていた。

それがイアン・マッコールの「Dirty Old Town」であれ、
それがオレンジ・カウンティ・ブラザーズの「これこそ男たちの人生」であれ、
それらが昨日ではなく今日の歌として聞こえたことがとても嬉しかった。

ぼくがコズモズのライナーノーツを書かせて頂いてからはや5年以上が経つ。


パラフレーズから渋さ知らズまで東京アンダーグラウンドの放蕩息子、ハル宮沢と。

# by obinborn | 2012-04-29 02:03 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)
DJのお知らせ
◎5月19日sat 19時〜@狭山fellows
http://park.geocities.jp/rockinfellows/

特集:私の好きなギタリストたち
DJ:小尾隆&狭山の皆さん
『レココレ』20世紀のギタリスト100人と連動した企画です。
徹底的にこだわり抜いた選曲でお届けします!

◎5月25日fri 19時〜@自由が丘birdsong cafe
http://birdsongcafe.sunnyday.jp/

特集:マスル・ショールズ&南部サウンドの世界
DJ:奥山和典 荘治虫 小尾隆
以前からリクエストがあったマスル・ショールズ・サウンドを
中心とした一夜がいよいよ実現!



その頃にはみなさんゴールデン・ウィーク疲れでしょうか? 日雇い労働者
の私としては”困った週間”の終わりでむしろ歓迎なのですが、それはともかく
ぜひこの機会に遊びにきてください。お待ちしていま〜す^0^


アーロの語り継がれるべき73年作。「Cooper's Lament」ではエドが左チャンネル
でリードを弾き、右ではクーダーが裏拍に乗っかったリズムを取るという悶絶級の
セッションが展開されている。ギターのショウケイス的な意味合いよりも歌心が
遥かに勝った古典。これを聞けば誰もがエドというオウラホマ州タルサ出身の男を
思い起こし、胸を焦がすことだろう。


# by obinborn | 2012-04-28 02:19 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
追悼:クリス・エスリッジ
クリス・エスリッジが23日に息を引き取ったらしい。



インターナショナル・サブマリン・バンド(ただしレコーディングには不参加?)
からフライング・ブリトー・ブラザーズへ、グラム・パーソンズと活動をともに
したり、ジョー・スコット・ヒルらとLAゲッタウェイなるセッション・バンドを
組んだり、60年代末から70年代前半までのロスのシーンでは中心的なスタジオ・プ
レイヤーでもあった。


左からクレイナウ、エスリッジ、(デルモ二人を挟んで)パーソンズ、ヒルマン
(サンフェルナンド・ヴァレーで温めたカントリー・ソングの数々はキリスト
教原理主義に怯える「Sin City」、徴兵の知らせを告げる「My Uncle」、
エルヴィス・コステロのヴァージョンでも知られる恋愛歌「I'm Your Toy」
などなど。後年は”屋号出してます”的なバンドになってしまったのが残念だが、
ブリトーズの真髄を聞くならエスリッジ、ヒルマン、パーソンズが揃って
いたこの時代だろう)


ブッカー・T&プリシア・ジョーンズの2枚組やジーン・クラークの
『ホワイト・ライト』で聞けるエスリッジの”語らない”ベースが大好きだ
った。そして彼の何よりも誇らしい仕事として挙げられるのは、ライ・クー
ダーを支えてきたことだろう。ライのファースト(70年)からチキン・アル
バム(76年)までは、南部ロケーションを敢行した『流れ者の物語』(72年)
を除けば、殆どすべてにエスリッジがベースで貢献している(以降ライのベー
シストはティム・ドラモンドになり、やがてホルヘ・カルデロンに)。

つまりライの盟友であるジム・ケルトナーのドラムスと常にセットとなっていた
わけであり、その膨らみのある太く温かいアンサンブルはそのまま初期のライに
とって骨格となるものだった。

余談ですが、「ベースなんてみんな同じくね?」(語尾上げで)と仮にでも
思っている方がいたら、弊log内にあるアラケン(新井健太)さんのインタビューを
ぜひ読んでみてください。多少大袈裟な言い方をすればベーシストの選択にさえ、
その人となりが現れるのでは。

エスリッジもまた歌伴の鑑のようなベーシストであり、そういう質実剛健な
部分がぼくは好きでした。

ご冥福をお祈りします。


(71年にアトコ・レーベルから発売された『L.A Getaway』は、サンディエゴから
やってきたジョー・スコット・ヒルをエスリッジとジョニー・バーバータ(タートルズ
〜CSN&Y)が囲んだLAスワンプ黎明期の総力戦。ペン、レベナック、トゥーサンなど
広く南部を見渡した選曲に、ブラックベリーズの女声コーラスも魅力的だ。
ゲストの鍵盤奏者はレベナック、オールダム、ネクテルなど。オーバーダブの段階では
クラレンス・ホワイトの”ベンド・フェンダー”も加えられた。なおこの録音が終わっ
てからジョーはキャンド・ヒートとともに欧州ツアーへと旅立つ)


(『L.A Getaway』に付けられていたブックレットより。エスリッジはときにキーボード
も弾いたが、ヘンリー・ディレツによるポートレイトはそんなこともまた物語る)

# by obinborn | 2012-04-26 15:03 | one day i walk | Trackback | Comments(4)
4月24日〜チャック・Eは私に首ったけ
昨晩に引き続き、午前一杯リッキー・リー・ジョーンズ(79年)の
新規ライナーノーツ原稿の執筆を。

彼女のデビュー・シングル「恋するチャック」(Chuck E's In Love)
は、当時FM局を中心にガンガン流されていたと記憶する。

”チャック・E.は私に夢中。きっと私に首ったけ”

そんなフレーズがウィリー・ウィークスのフェンダー・ベースとともに
弾き出されていく、いなせなラブ・ソングだ。

それでも求愛されたリッキー・リー自身は態度を留保する。
チャック・Eにしてみれば、永遠に続くようなじれったい時間であり、
きっと苦しみ抜いた日々だっただろう。

顛末がこの歌のなかで明かされることはなかった。
そこにぼくはリッキー・リーという女性の大きさや、ソングライターと
して守るべき領域なり、喉元に押さえた心持ちを感じてならない。

相手を傷つけまいとする態度は、ときに残酷でときに不遜だ。
それでもリッキー・リーは気持ちを留保しながら歌う。

”チャック・Eは私に夢中なの!”



# by obinborn | 2012-04-24 23:47 | one day i walk | Trackback | Comments(0)
楽しい歌がもう聞こえない。追悼リヴォン・ヘルム
「ぼくが生まれた時、親父はアーカンソー州イレイン近くにミシシッピ・
デルタの畑を借りて、綿を作っていた。デルタの風景はみんなが普段接して
いるものとはまったく違う。だからまず、ぼくが育った頃の南部の農村の
様子から話そう。綿が王様でロックンロールがまだ生まれてまもない頃の
話だ。
 そこはバイユーと小川と堤防と水路が続く広くて平坦な世界で、綿と大豆
作りに世界一適した豊かな農地だ。16世紀に初めてスペイン人がやってきた
時、デルタの糸杉の森にはチョクトーやチカソーやナチズといったミシシッピ・
インディアンが住んでいた。彼らは天文学や魔術に関するとても大きな土まん
じゅうを作っていた。ぼくの祖母のドニー・ウェッブはチカソーのインディアン
だった。フィリップス郡の住民の多くと同じように、ぼくにもインディアンの
血が流れている。
 想像してみて欲しい。見渡す限り続く綿畑。砂利の道。ピーカンの森。
井戸の小屋。葛のつる。小作人たちの粗末な小屋。土地を借りて耕作する者たち
の農家。水がいっぱいの田んぼ。世界一大きな空。すぐそばにあるミシシッピ川
は、まるで内海のようにまわりとは違う独自の気候だ。夏には気温が木陰でも
華氏110度を超える。綿の土地。ぼくたちは綿作りの農民だった」



「ぼくはいつもドラマーばかりを見ていた。というのもホーンやリズム・
セクションのなかで、ドラムが一番かっこいいと思ったからだ。シンバル
の響きやドラムが弾ける音。それはぼくの心のなかでは土曜日の夜や楽し
い時間と同じ意味を持っていた。
 ぼくが好きだったのはルイジアナ州ビロシキからやって来たF.S.ウォル
コット・ラビット・フット・ミンストレルズだった。ロックンロールはど
こから生まれたのか? 人からそう訊かれるとぼくはいつも昔見た南部の
メディソン・ショウやワイルドなミッドナイト・ランブルを思い出すよ」

「金曜の夜が最高に華やかな時間だとすれば、日曜はいつも停滞の時だった。
朝寝をしたり、カジノをやったり、レッド・キャップ・ビールを飲んだり、
テレビを見たりする時だった。その時だけがぼくたちのツアーのなかで、
とても静かで、そして移動していない時間だった。当時結婚したロニー・
ホーキンスはやがて金曜の夜よりも日曜を選ぶようになった」

リヴォン・ヘルム(『ザ・バンド:軌跡』音楽之友社 94年より)


(78年にABCレコードから発売されたソロの2作目。スティックを持つ
ジャケットとは裏腹に、ウィリー・ホールとロジャー・ホウキンズにドラムズ
を委ねている。そんなことひとつひとつにも、リヴォンの広く音楽を見渡す心
を感じてならない)

「どの時点だったかは覚えていないが、ぼくがホークスを抜けている間に
リチャードがドラマーをやっていたことを聞かされた。実際叩かせてみせたら、
それがすごく良かったと聞かされた。ゆったりとドラムを叩き、少しビートから
遅れるがそれがとてもいいのだと。彼は何の訓練も受けていないのにむずかしい
左手の動きをマスターし、ピアノの楽節に似た価値あるフレーズを叩き出した。
それは他の誰も真似出来ないものだった。だからぼくたちはこの曲ではリチャ
ードのほうがいいドラムを叩くから交替しないほうがいいという判断をするよう
になり、バンドには二人のドラマーがいることになった。ステージでリチャードが
ドラムを叩いている時、他の楽器を持たなければいけないのなら、マンドリンが
音楽全体によい影響を与えるだろう。ぼくはそう考えた」


(やはりそういう意味で「トゥ・キングダム・カム」のドラムスはリチャードだろ
う。かくの如く未だに多くの謎解きの発見に満たされた作品。ブラウン・
アルバムに連なる物語歌は「ザ・ウェイト」や「カレドニア・ミッション」くらい
で、むしろ「イン・ア・ステイション」での独白など一人称による歌も多い)

「ビッグピンク・アルバムは68年の7月1日に発売されたが、バンドの名前が
クラッカーズでないことにぼくたちは驚いた。<ザ・バンド>それがぼくたちの
名前だった。それはウッドストックの人たちがぼくたちを呼ぶ時の名だった。
キャピトルのデスクの向こう側の人たちはクラッカーズという名前でレコードを
発売したくないと考え、勝手に名前を変えたのだ! ザ・バンドという名を初めて
聞いた時、ぼくはショックを受けた。それはわざとらしく尊大で、俺様たちは凄い
んだぞと言わんばかりの威張った感じがする。それはぼくたちが付けた名前じゃない。
ぼくはクラッカーズを主張した」

「ジョージ・ハリソンは68年の秋、ウッドストックにやってきた。彼と
エリック・クラプトンが新聞で誉めてくれたことをぼくたちは喜んでいた。
ビートルズからファンだと言われるのは大きな励みになる。ジョージやエリ
ックたちと一緒にレコーディングをしようという話もあった。イギリスの
ミュージシャンとアメリカのミュージシャンが一緒になり、ビールを飲みながら暖炉
のそばで寛ぎながらジャムをする。考えるだけでもゾクゾクするだろ?」

(上記書:原題は"Levon Helm And The Story Of The Band"より)


(言わずと知れた69年の”ブラウン・アルバム”。大分水嶺を超えて旅をする男
が行く先々で出会うのは、安酒場の賑わい、南北戦争の回想、雨乞いをする男、
不誠実な召使い、年老いた船乗りなど。そうした題材が”若さ”を売り物に
するロック音楽のなかから出て来たこと自体が驚きだった。アルバムの最後は
収穫の季節を待ちわびる農夫の祈りで終わっている)

「ぼくとリチャードはホテルの部屋で85年のツアーがとても厳しくて自分たち
がないがしろにされていることを語り合った。リチャードが言うんだ。
『リヴォン、自分がもうだめなんじゃないかと思うことくらい人間を傷付ける
ものはないと思わないか? そういうことを考え始めると大きな穴に入って抜け出
せなくなってしまうんだ』ぼくはリチャードに言った。『おまえの言いたいこと
はわかる。堕ちていくと感じるのも不思議じゃないよ。でもちょっと待ってくれ。
たとえくだらないラウンジのような場所でのプレイでも、自分を試すいい機会だ
と考え直そうよ。楽器をセットして神経を集中し、10数曲を演奏すること。
ボールを抱えてエンドゾーンに倒れ込む少年と同じような喜びを味わえるまで、
何度も何度も試すんだ!』あと数週間でリチャードは43歳になるところだった」

*     *     *

リヴォンはいろいろな意味で大きく、逞しい人だったと思います。
いつも自分たちをすくっと見渡していて、しかも大樹のように根を張っている。

ドラマーとしての手癖が一番良く解るのはザ・バンドの「クリプル・クリーク」に
「ドント・ドウ・イット」そしてソロになってからの「シング、シング、シング」
辺りかもしれません。カウベルの使い方も上手かったし、シンプルかつ粘っこいビート
を次第にグルーヴさせていく名人でした。そして人懐っこいあのサザーン・ヴォイス。
チャック・ウィルスの「ロックンロール・シューズ」で聞ける明快で抜けるような声
も良かったし、ニューオーリンズの賑わいを伝えるような「オフェリア」も格別でした。

ザ・バンドが解散してからオリジナル曲にこだわらず、より広範のブルーズやR&B
を演奏していったことも、突き詰めて考えれば常に自分たちの音楽がどういう場所
から生まれてきたのかを厳しく見つめ、日々更新していく作業のようだった気が
します。それは喩えれば自分たちが耕した土地を涸らさせまいとする思いにも似ている
のではないでしょうか。

こんなことを書いていても、今はただただ悲しくて仕方ありません。
90年代の再編ザ・バンドを渋谷のクアトロの最前列で観たこと、それもステージ
右端にセットされたリヴォンのドラムスのまえに陣取ったことを、ふと思い出しました。


# by obinborn | 2012-04-22 12:52 | one day i walk | Trackback | Comments(2)
4月21日
本日は自由が丘のバードソング・カフェにて久し振りのDJでした。
お陰さまで立ち見が出るほどの満員御礼! 生ビールも劇的に売り切れ^0^
皆さん、ありがとうございました。
以下は私の選曲です。
*   *   *
Every Brothers/So Sad
Ralph Mctell/San Diego Serenade
G.T.Moore/Otis Blue
Lindisfarne/All Fall Down
Etta James/At Last
John Hartford/Gentle On My Mind
Bob Dylan/Mr.Bojangles
Arlo Guthrie/Cooper's Lament
Carp/The Great Kansas Hymn
Marc Benno/Hey There Señorita
久保田麻琴と夕焼け楽団/That Lucky Old Sun
Levon Helm/Violet Eyes
~~
Jackie De Shannon/What The World Need Now Is Love


ピラ/ワロンカー体制を更に推し進めたアーロの73年作。
「Cooper's Lament」ではジェシ・エドとクーダーのギターがスリリングに
交差し、「Gate Of Eden」ではクーダーのボトルネックとクラレンスの手数
の多いリックが好対照を描くなど、さながら西海岸系ギタリストの名鑑といった
ところ。
# by obinborn | 2012-04-22 01:08 | one day i walk | Trackback | Comments(0)

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