6月25日の木下弦二

25日は木下弦二のソロ・ワンマン・ライブを高円寺のペリ
カン時代にて。まるで青年がそのまま大人になったような
無垢な声とギターに酔いしれた。写真に映っている木下の
シグネチャーとなるセミアコではなく、今回はアクーステ
ィック・ギターを用いての弾き語りであり、まるでアント
ニオ・カルロス・ジョビンからカエターノ・ヴェローゾへ
と連なっていくブラジル音楽のような、豊潤な音楽世界が
瑞々しかった。そう、この人にいつも感じるのはカエター
ノに似た音楽的な引き出しのことだ。

2時間半ほど、きっと25曲以上歌ったのではないだろうか。
うずまき時代の初期作「おいのりのうた」もあれば、彼が
「今一番歌いたい」と前置きした新曲の「Dark Matter」あ
るいは、あの懐かしいポリスの「孤独のメッセージ〜Mess
age In The Bottle」やジョン・レノンの「ジェラス・ガイ」
が終盤に飛び出し、荒井由実の「翳りゆく部屋」や太田裕
美の「木綿のハンカチーフ」が、不意打ちのように聞き手
たちの心の奥底を揺さぶっていく。

そんな場面の連続だった。音楽が古いとか新しいとかでは
なく、どれだけ人々の記憶に留まるか。まるで俳句のよう
に研ぎ澄まされた「またあおう」や東京ローカル・ホンク
の代表曲「遠い願い」を耳にすると、木下弦二という希有
なソングライターの骨格に触れる思いがする。その歌は今
日も普段の暮らしのなかに染み込み、昨日とそれほど変わ
り映えしない町の景色を彩り、人と人との交差点や分岐点
をそっと照らし出す。


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# by obinborn | 2017-06-26 00:14 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

6月25日の木下弦二

25日は木下弦二のソロ・ワンマン・ライブを高円寺のペリ
カン時代にて。まるで青年がそのまま大人になったような
無垢な声とギターに酔いしれた。写真に映っている木下の
シグネチャーとなるセミアコではなく、今回はアクーステ
ィック・ギターを用いての弾き語りであり、まるでアント
ニオ・カルロス・ジョビンからカエターノ・ヴェローゾへ
と連なっていくブラジル音楽のような、豊潤な音楽世界が
瑞々しかった。そう、この人にいつも感じるのはカエター
ノに似た音楽的な引き出しのことだ。

2時間半ほど、きっと25曲以上歌ったのではないだろうか。
うずまき時代の初期作「おいのりのうた」もあれば、彼が
「今一番歌いたい」と前置きした新曲の「Dark Matter」あ
るいは、あの懐かしいポリスの「孤独のメッセージ〜Mess
age In The Bottle」やジョン・レノンの「ジェラス・ガイ」
が終盤に飛び出し、荒井由実の「翳りゆく部屋」や太田裕
美の「木綿のハンカチーフ」が、不意打ちのように聞き手
たちの心の奥底を揺さぶっていく。

そんな場面の連続だった。音楽が古いとか新しいとかでは
なく、どれだけ人々の記憶に留まるか。まるで俳句のよう
に研ぎ澄まされた「またあおう」や東京ローカル・ホンク
の代表曲「遠い願い」を耳にすると、木下弦二という希有
なソングライターの骨格に触れる思いがする。その歌は今
日も普段の暮らしのなかに染み込み、昨日とそれほど変わ
り映えしない町の景色を彩り、人と人との交差点や分岐点
をそっと照らし出す。


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# by obinborn | 2017-06-26 00:14 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

モーリー・ミューライゼン「もう時間がないよ」

73年9月20日のことでした。ジム・クロウチと彼のOne Man
Bandを乗せた飛行機は、ルイジアナでの公演に向かうべく出
発したのですが、離陸に失敗しクロウチと彼のギタリストで
あるモーリー・ミューライゼンの命が永遠に奪われてしまう
惨事となってしまいました。クロウチが所属するabcレコーズ
は、彼の新曲Time In A BottleがTVドラマ『She Lives』に使用
され親しまれてきたにもかかわらず、シングル・カットするの
を躊躇していました。クロウチたちの訃報を受けてabcは急遽
Time In A Bottleをリリース。皮肉なことにこの曲はクロウチの
死後、73年も暮れかけようとしてしていた12月に全米第一位を
記録します。彼にとっては「リロイ・ブラウンは悪い奴〜Bad
Bad Leroy Brown」(73年の6月に全米一位)に続く特大級ヒ
ットとなりました。

クロウチとともに飛行機に乗っていたモーリー・ミューライ
ゼンのことに触れておきましょう。彼はクロウチのバンドに
雇われる以前、70年にキャピトル・レコードと契約。ソロ・
アーティストとして『MAURY MUEHLEISEN』(Capitol ST
644)を発表しています。東海岸の俊英デヴィッド・ブロム
バーグやエリック・ウェスズバーグらが全面的に協力したフ
ォーキーで優れたアルバムでした。繊細な歌声と卓越したギ
ター、そして何よりソングライターとしての才能の閃きが感
じられます。

クロウチとともに事故に遭った73年の9月、ミューライゼン
はまだ24歳になったばかりの若者でした。アルバムに添えら
れたブックレットにはこんな直筆が残されています「ぼくの
両親に捧げます/また滞在時間のために/そしてナンシーへ/
でもこれは”愛”なんかじゃないんだよ」(モーリー)アルバ
ムの最後にはI Have No Timeという曲が置かれています。

「ぼくに時間があったら/どうか朝日が昇る時に立ち会わせて
おくれ/きみの心を知ることが出来たなら/夕暮れ時まで安息し
たいよ/ぼくたちは休日を得た/とても大事なホリディさ/でも
ぼくにはもう時間がない/まったく時間がないんだ/子供の頃は
世界はおもちゃのようなものだと信じていた/でもある日突然
きみがやって来た/もしもぼくに時間があったなら/きみのため
に別の歌を歌おう/知っているでしょう?/ぼくがいつでもきみ
のところに戻っていくことを」(I Have No Time)


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# by obinborn | 2017-06-23 13:20 | one day i walk | Comments(0)  

6月22日の東京ローカル・ホンク

22日は東京ローカル・ホンクのワンマン・ライブを渋谷の
B.Y.Gにて。聞き馴れた歌があった。数回めに接する新し
い曲もあった。その一つ一つが初めて聞く音楽のように響           き渡り、染み込んでいく。時にホンクの歌は一番触れて欲           しくない部分、もっと正確に言えば、毎日の慌ただしい暮
らしのなかで避けて通っているところを、容赦なく照らし
出す。例えばこの夜オープニングに選曲された『ハイウェ
イソング』はどうだろう。その歌にはこんな一節がある「
いくつも通り過ぎていく/分岐点と交差点/一生にたぶん一
度だけすれ違う旅人たち/闇を突き抜ける光になって飛んで
いきたい/夜が終わるところまで」

柔らかい音像とともにそれらの歌詞が、今日も生きてくる。
あるいは生かされているという実感とともにぼくがおざな
りにしてきた過去や今現在に迫る。そう、いつまでも枕元
に残ったままずっと癒えない古傷のように。弾力があるベ
ース、まるでもうひとつの歌のように背後から打ち鳴らさ
れるスネアのワンショット、あるいは巣立ちする鳥のよう
に舞い上がっていく二本のギター。それらひとつひとつを
愛でずにはいられない一夜だった。


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# by obinborn | 2017-06-23 04:22 | one day i walk | Comments(0)  

ステイプル・シンガーズ I'LL TAKE YOU THERE

ステイプル・シンガーズとの出会いは映画『ワックタックス』
でのことでした。その際に彼らが歌ったOha-La-De-Laが抜群
のゴスペルで、それほど間を置かずに英ロックのハンブル・パ
イがカバーしたこともステイプルズへの興味を繋げてくれまし
た。そんな彼らの代表作が『BE ALTITUDE:RESPECT YOURS
ELF』(STAX 72年)です。制作はスタックスを70年代に導い
た功労者アル・ベル。テネシー州エリアの彼はステイプルズを
アラバマ州のマスル・ショールズまで連れていき、レコーディ
ングを行いました。そんな音楽的な冒険心が嬉しいですね。例
えば彼ら最大のヒット曲I'LL TAKE YOU THERE(72年4月に全
米1位)ではレゲエの跳ねるリディムが強調されていますし、
歌とギターとの掛け合いのなかで「もっと弾いて!」とメイヴ
ィス・ステイプルがエディ・ヒントンに語りかける場面もたま
らないスリルとなっています。アルバム表題には『志を高く:
あなた自身を大事に』と掲げられ、60年代から脈々と続く公民
権運動を持続せんとする意志を感じ取ることが出来ます。とこ
ろで彼らは以降76年に映画『ラスト・ワルツ』に出演。ザ・バ
ンドの名曲THE WEIGHTを見事にゴスペル化したヴァージョン
が高く評価されました。いわばTHE WEIGHTの芯にあるものを
探り当てたわけです。そんなゴスペルとロックとの幸せな結婚
から学ぶものは少なくない。今はそんなことを思っています。

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# by obinborn | 2017-06-22 01:41 | one day i walk | Comments(0)  

グラム・パーソンズ『GP』

今日も進歩しないおびっちはグラム・パーソンズ『GP』
(73年 Reprise)を聞いています。ザ・バーズ『ロデオ
の恋人』に参加したグラムは68年の英国ツアーの際、ロ
ンドンでストーンズとくにキース・リチャードと仲良く
なり、彼らにカントリー音楽の素晴しさを教えました。
また帰国してからは、やはりザ・バーズを脱退したばか
りのクリス・ヒルマンと意気投合してフライング・ブリト
ー・ブラザーズを結成します。しかしグラムは2枚のア
ルバムを発表後またもやバンドから離脱し、いよいよソ
ロ活動に備えました。その最初の成果が『GP』です。

収録曲をチェックしていくとオリジナルに混ざって、ボビ
ー・ベアのSTREET OF BALTIMORE、カール&パール・
バトラーのWE'LL SWEEP OUT THE ASHES IN THE MOR
NING、ジーン・ピットニーとジョージ・ジョーンズがデュ
オで歌ったTHAT'S ALL IT TOOKと3曲も正調ホンキー・ト
ンク・スタイルのカントリーを取り上げているのが興味深い
ですね。グラムの場合はクラレンス・ホワイトと違い、あ
まりブルーグラスには興味を覚えなかったみたいです。こ
こら辺はヴォーカリスト= GPとギタリスト=クラレンス
の立ち位置の違いを計らずも示しているような気がします。

カバーといえば意外なことにJ.ガイルズ・バンドのCRY ON
E MORE TIMEを歌っているのが面白いです。彼らが71年の
『MORNING AFTER』で発表したウルフ=ジャストマンの
書き下ろしでした。ここら辺はストーンズとの交流同様に
グラムがロック世代であることを物語るものでしょう。彼
のオリジナルでは単独で書いたA SONG FOR YOUとTHE
NEW SOFT SHOEのバラード2曲が秀逸で、憂いのあるヴォ
ーカルが一段と映えています。またフライング・ブリトー
時代の盟友クリス・エスリッジ(L.Aゲッタウェイ、FBB、
ライ・クーダー・バンド)との共作SHEは、ブッカー・T・
ジョーンズ&プリシア・クーリッジがカバーしています。
その盤にクリスがベースで参加している関係で「ちょっと
オレらの曲いいでしょ?使ってみる?」なんて会話があった
のかもしれませんね。そんな想像が音楽の楽しさです。カ
バーと言えばエルヴィス・コステロも本作からSHEと、HO
W MUCH I'VE LIEDを採用。またFBB時代にグラムとクリス
・エスリッジが作ったHOT BURRITO#2(I'M YOUR TOY)
を歌うなど、かなりの愛情を寄せています。

『GP』自体の音楽性は多くの曲でエミルー・ハリスとデュ
エットするなど、カントリー音楽の伝統のひとつ二重唱へ
の敬意が汲み取れます。70年代前半は数多くのカントリー
・ロックが生まれましたが、こういうクローズ・ハーモニ
ーにまで本格的にアプローチした者はあまりいなかったと
記憶しています。先ほど触れたホンキー・トンク・スタイル
(バック・オウエンズやマール・ハガードらのベイカーズ・
フィールド・カントリー)の実践然りです。

最後に余談ですが、78年にローリング・ストーンズはもろ
ホンキー・トンク・スタイルの名曲FAR AWAY EYESを発表
するのですが、「俺は今ベイカーズ・フィールドに車を走ら
せている」という歌詞が泣かせます。つまり今は亡きグラム
への追悼の意が仄めかされているのです。とくに彼に捧ぐと
明記されているわけではありませんが、大袈裟なトリビュー
トではなく、”ちょっと気の利いたやり方”に胸が熱くなって
しまいました。たぶんミックもキースもこの曲を書き上げた
時は達成感があったんじゃないでしょうか。そんなことを思
い出しながらこの『GP』を聞く夕暮れ時です。

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# by obinborn | 2017-06-20 18:38 | one day i walk | Comments(0)  

午後6時過ぎのジム・パルト

ぼくのブログのほうにJIM PULTEについて教えてください
というコメントを頂いた。どれだけ彼にとって有益だった
かは心もとないのだが、自分がもうすっかりそういう役回
りになっていることを実感させられた。元々パルトは西海
岸の垢抜けないカントリー・ロック・バンド、サウスウィ
ンドでベースを担当していた人で、とくに目立った実績を
残したわけではないのだが、ソングライターとしての才能
を買われたのか、71年にユナイテッド・アーティスツ・レ
ーベルと契約し、初のソロ・アルバム『OUT THE WINDO
W』をリリースした。

このアルバムが話題になったのは、何と言ってもジェシ・
エド・ディヴィスが制作し、幾つかの曲で彼ならではのギ
ターを弾いていたからだろう。バックの演奏もリー・スク
ラー=ジム・ケルトナーによる骨のあるリズム隊を大きな
背骨としながら、ドクター・ジョンのピアノが踊り、ラリ
ー・ネクテル(ブレッド)が繊細に鍵盤を奏でるといった
素敵なものだった。加えて当時新進気鋭だったベン・シド
ランによるピアノ/オルガンの貢献といったら!

そんな子細の数々をアルバムのジャケットを眺めながら
音とともに反芻していった日々が懐かしい。とても雨期
とは思えないほど快晴だった夕暮れ時に、再び『OUT T
HE WINDOW』をレコード棚から取り出してみる。窓の
彼方には自分の影絵のようなものが映し出され、近くの
時計は、午後6時が過ぎたことを告げている。


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# by obinborn | 2017-06-19 18:26 | one day i walk | Comments(0)  

1975年のイーグルス

たまには原点に戻ってイーグルスを。昨年『文藝別冊』の
イーグルス特集に寄稿させて頂いたことはすごく嬉しかっ
たです。あれは確か75年の夏だったと思います。同じ高校
の友人と所沢から西武新宿線に乗り、新宿に出来たばかり
のブールヴァード通りを確かめに出掛けたのです。まだ『
スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』が公開される遥か
以前のことです。それから馴れていない喫茶店でコーヒー
を飲み、今ではもう内容を忘れてしまった会話をしました。
何しろ鉛筆一本転がるだけで楽しかった頃でした。その帰
り道に偶然、イーグルスのTAKE IT TO THE LIMITが街角か
ら流れてきたのです。その歌はランディ・マイズナーによっ
てこう歌われていきます「もし明日すべてのパーツが粉々
に砕けてしまっても、きみはまだぼくの側にいてくれるか
い?ぼくをハイウェイの彼方に連れていって。何かの標識
が見えたらいいな」と。

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# by obinborn | 2017-06-18 17:58 | rock'n roll | Comments(0)  

ブリンズリー・シュウォーツ、幻のラスト・アルバムが発売された!

やっと届きました〜!ブリンズリーズ幻のラスト・アルバム!
簡単に曲をメモしておきましょう。WE CAN MESS AROUND
は作者ニック・ロウのヴァージョンが『ショウマンの悲劇』
で聞ける他、ザ・ルーモアがファーストで取り上げています。
ロウ=イアン・ゴムの名曲CRUEL TO BE KINDは初期の貴重
なもの。AS LOVERS DOはデイヴ・エドモンズがシングルの
B面に採用したロウ=エドモンズ曲。EVERYBODYはトミー・
ロウの歌でおなじみのオールディーズです。R&Bの曲として
はヴァレンチノズのチェス吹き込みIT'S ALL OVER NOW、
ウィリアム・ベル&ジュディ・クレイのスタックス録音PRI
VATE NUMBERがとくに光っています。またガーネット・シ
ムズの持ち歌として知られるI'LL TAKE A GOOD CARE OF
YOUも良いですね。これは近年のゴムがジェブ・ロイ・ニコ
ルズとの共演盤で歌っていました。

ロウ=ゴムの隠れた名曲GOD BLESS (WHOEVER MADE YO
U)などを聞いていると、長年に亘ってイアン・ゴムが本作の
アルバム化にこだわってきた理由が解るような気がします。
これは推測に過ぎませんが、CRUEL〜(恋する二人)が共作
にもかかわらず、ロウが先にソロ・アルバムで発表してし
まった悔しさもあったのではないでしょうか。ソングライタ
ーとしてゴムはロウ同様にブリンズリーズの音楽へと貢献し
てきました。そんな思いを汲み取りたいものです。

ブリンズリー・シュウォーツは『すべては終わった』を未発
表のまま、75年3月ロンドンのマーキー・クラブでのギグを
最後に解散しました。ニックはこう回想しています「もう
長髪のヒッピー・ロックの時代は終わりつつあったんだ。ぼ
くたちのバンドにしても、子供が生まれてツアーに出るのを
嫌がるメンバーも出てきた。あれが潮時だったのさ。ぼくは
まるで一人ぽっちで大地に立っている老人のような気持だっ
たんだよ」


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# by obinborn | 2017-06-18 13:31 | rock'n roll | Comments(0)  

フレッド・ニールのブルーズが風を切る

60年代前半のグリニッチ・ヴィレッジ。その活況はどれだけ
のものだっただろうか。以前デヴィッド・ブロムバーグが再
来日した際インタビューする機会があったのだけど、「ぼく
は大学を辞めてヴィレッジのフォーク・シーンにどっぷり浸
った」「ジェリー・ジェフ・ウォーカーと一緒にコーヒー・
ハウスで歌っていると、客席にはボブ・ディランがいたのさ。
彼が声を掛けてきたんだよ!」と懐かしそうに話してくれた。

フレッド・ニールの『ブリーカー&マクダガル』は、そんな
ヴィレッジの息吹を伝えるアルバムだろう。ジャケットには
寒さに負けずにブリーカー・ストリートとマクダガル通りの
交差点に立つフレッドの姿が映し出されている。片手に握っ
たギターケースだけは離すまいといった決然とした表情もい
い。フレッドの奏でる音楽はフォーク・シーンのなかで常に
異質であり尖っていたことだろう。12弦ギターの変則チュー
ニングによるモーダルな奏法はブルージーかつサイケデリッ
クな革新的なものだった。そんな彼に影響されて、ティム・
ハーディンやティム・バックレー、デヴィッド・クロスビー、
ジョニ・ミッチェルらがその才能を開花させていった。とく
にカーレン・ダルトンはフレッドと親しく、彼の代表曲Blues
On The Ceilingをデビュー・アルバムに吹き込むばかりか、
逆にフレッドが直々にライナーノーツを寄せるほど彼女に期
待を込めた。また震えるようなギターの響きはラヴィン・ス
プーンフルのザル・ヤノフスキーの奏法にも受け継がれてい
った。

今日こうして久し振りに『ブリーカー&マクダガル』を聞き
直すと、何だかたまらない気持になってくる。そういえば先
日惜しくも亡くなられた鈴木カツさんは事あるごとにフレッ

ドの素晴しさを語っていたっけ。ちょっと余談になってしま
うけれど、カツさんも妙な取り巻き連中に囲い込まれなけれ
ば、ぼくとの友好関係はもっと続いていただろう。そんなほ
ろ苦さを含めながら、今日もフレッドの風を切るようなブル
ースが聴こえてくる。街角に立つ青年は群れていない。たっ
た一人でこちらを向いている。


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# by obinborn | 2017-06-18 06:21 | blues with me | Comments(0)  

英国流ミクスチャー・ロックの雄、ファミリーの自由な世界

梅雨期にもかかわらず今日は夏みたいな陽気ですね。こういう
時は初期のビーチ・ボーイズでも聞けば快活な気持になるので
しょうが、いかんせん私はネクラ/ジメジメ/ナーバス三連発の
性格なので、そうは問屋が卸しません(笑)というわけで連日
英国変態ロックの雄ファミリーの音楽にハマっています。ファ
ースト『MUSIC IN A DOLL'S HOUSE』(68年)に続く彼らの
セカンドが『FAMILY ENTERTAINMENT』(69年)です。メン
バーはファースト同様、チャップマン=ウィトニーのソングラ
イティング・コンビを中心に、リック・グレッジb、ロブ・タ
ウンゼントds、ジム・キングkbd saxといった5人で、その後
のメンバー交代の兆候はまだ感じられませんが、グレッチはや
がてブラインド・フェイスに誘われ、また渡米してグラム・パ
ーソンズ『G.P』のプロデュースをグラムと共同で手掛けてい
くので、初期ファミリーの姿を捉えたという意味では厳密には
最後の作品になるかもしれません。前作を手掛けたデイヴ・メ
イソンとジミー・ミラー(ストーンズ、トラフィック)に代り、
ここではグリン・ジョンズ(ストーンズ、ザ・フー、スティー
ヴ・ミラー・バンドなど)がプロデュースを担当しています。

とにかくこれほどの変態ロックも珍しいでしょう。普通のスト
レートアヘッドなロックはせいぜいSECOND GENERATION
WOMANくらいで、あとはチャップマンのアクの強い声にメロ
トロンがドラマティックに被さったり、シタールが怪しく舞い
上がったりしながら、独自の演劇的なサウンドを盛り上げてい
きます。かと思えば以降の歩みを物語る米スワンプの温もりが
アクースティック・ギターやハーモニカ、バンジョーの響きの
なかに感じ取れます。またスティール・パンを使用した曲も
あるのですが、即陽気なカリプソになるはずもなく、大英博物
館の迷宮に誘うような摩訶不思議で重厚長大なミクスチャー・
ロックがこれでもかというくらい過剰に展開されていきます。
SUMMER '67という曲ではアラブ〜中近東の音階をオーケス
トレーションによって補強し、まるでレッド・ツェッペリンの
名曲「カシミール」を予見するかのようです。また中世趣味
という点ではクィーンの先駆かもしれませんね。

ときどき「チャップマンよ、きみは一体何をやりたいのかね?」
とツッコミを入れたくなる場面がなきにしもあらずですが、
彼に「これが俺たちのロックだ!」と言い返されたら頷くしか
ありません。思えばロックとは本来こういう自由な音楽であり、
黒人音楽からクラシックまで様々なエレメントの折衷に真価が
問われたものでした。またそんな創造力をレコード・カンパニ
ーが許容する風通しのいい時代でもありました。陰々滅滅とし
た暗〜いロックですが、聞いているとあら不思議、何だか勇気
が湧いてきました。そう、ロックは何をやってもいい音楽であ
り、アーティストは日々真っ白なキャンバスに向かって絵を描
いていけばそれでいいのです。マーケッティングに浸食されな
い領域。その”自由”を精一杯受け止めたい。そんな風にオビン
は思いましたとさ。

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# by obinborn | 2017-06-16 17:31 | rock'n roll | Comments(0)  

共謀罪に関するメモ

何か重要な事件や政局の動きがあった時、私は見解の違う新聞
を読み比べるようにしています。まあ今どき紙媒体としての新
聞にどれだけ影響力があるかは疑問ですが、それでも読まない
よりはマシでしょう。解りやすく言えば朝日・毎日VS読売・サ
ンケイといった具合にリベラルと保守の両論を知ることで自分
の意見を深めていくことが肝要かと思っています。

ところが、これを出来ない人達が案外多いようですね。ネット
を見ても、自分の気持を代弁してくれるテキストのみを紹介し、
違う見解には耳を傾けないのです。これは感心しません。まし
て「いいね!」してくれる同調者のみに優しくし、異なる立場
の人との付き合いを敬遠したり排除したりする態度では見聞を
広めることは恐らく難しいでしょう。

共謀罪法案に関して一言だけ言っておくと「ラインをするだけ
で捕まるよ」「戦前の治安維持法が復活だ」というプラカード
を見かけましたが、ちょっと針小棒大な気がしました。今回の
法案の骨子はいわば刑法の転換であり、国家を転覆するような
テロ等の案件について、今までは事件が実行されてから初めて
罰せられたものを準備段階で摘発するという大転換です。これ
をどう評価するか(しないか)を、識者の方々にはもう少し解
りやすく丁寧に説明して欲しかったです。逆に言えば旧態依然
とした感情論がとても多かった。

明日から暗黒時代がやって来るなんていう脅しに屈せず、昨日
までそうしてきたように私は”語って”いきます。ところで今度
の都議選が都民の一人として気になります。例えば小池さんが
共謀罪に関して明確にスタンスを打ち出せば、自民・公明との
対立軸がもっと鮮明になるのでは?とふと思うのでした。

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# by obinborn | 2017-06-16 06:17 | rock'n roll | Comments(0)  

ジェシ・エド・ディヴィス、再び

ジェシ・エドの『キープ・ミー・カミング』はお茶の水のデ           ィスク・ファイルで86年頃に買い、それ以来の大愛聴盤だ。
多分に顔見せ的なセッションに終始した英国録音のファース
トも好きだが、マイアミ録音のセカンド『ウルル』、LAのパ
ラマウント・スタジオで吹き込まれたサード『キープ〜』で
ジェシは格段の成長を遂げた。その一例としてリズム・セク
ションの強化が挙げられる。『ウルル』ではダック・ダン=
ジム・ケルトナーのコンビが大活躍して太いグルーヴを生み
出していたし、この『キープ〜』ではボブ・グラウブ=ケル
トナーにすべてを委ねることでビシッとした統一感を醸し出
している。いくらギターが優秀でもベースとドラムがアホだ
ったら音楽は成り立たない証だよね。ボブはのちにロッド『
アトランティック・クロッシング』で名を成した西海岸の中
堅どころのプレイヤーですわ。一曲めのBIG DIPPERがインス
トで始まり、次にジェシの飾らないヴォーカルが染みるShe'
s A Painへと連なっていく展開が考え抜かれている。BIG〜で
は多くの曲をジェシと共作したジョン・アンジェロのハーモニ
カに味がある。そのアンジェロが単独で書き上げたWHO PUL
LED THE PLUG?のゴスペル・フィーリング(&ライブ仕立て)
がじわりと染み入ったり。

個人的に一番グッと来るのはNATURAL ANTHEM(自然讃歌)
かな。スタジオ内でのメンバーの歓声から入り、一度イント
ロを失敗してやり直す部分まで克明に記録されている。過剰
にクリアかつピッチの補正ばかり行っている昨今の毒にも薬
にもならないポップ・ミュージックとは音楽の下地が違う。
きっとどこまでも自発的な演奏を重視したかったのだろう。
そんな優れたインスト曲だ。もう一曲オイラがとくに好きな
曲を挙げよう。それはアンドレ・ウィリアムズ作のBACON
FATで、この曲はサー・ダグラス・クィンテットが全国区に
羽ばたいていったファースト・アルバム『THE BEST OF SI
R DOUGLAS QUINTET』時のセッション(但しアルバム未
収録、シングルB面のみ)で録音している。またジェシの恩
人であるタージ・マハールも『GIANT STEP』で選曲した。
こんな接点が面白い。ちなみにアンドレはガレージ・ロック
愛好家から再評価されているブルーズマンで、ザ・フーもア
ンドレのDADDY ROLLING STONEを初期にカバーした。

自分なりにジェシ・エドが参加したレコードはジーン・クラ
ーク、ジム・プルト、ロジャー・ティリソンの”ジェシ三大
プロデュース作”を始めとして、アーロ・ガスリーの名盤『
最後のブルックリン・カウボーイ』からアルバート・キング
の『LOVE JOY』まで集め聞いてきたけど、それでもまだ足
りない部分はあるだろう。まして彼の出自となる黙示録的な
ネイティヴ・アメリカンの音と詩の朗読(ダブ・ポエットの
ようなもの)を理解出来ているかと言われれば心もとない。
それでもオイラは今日もまたジェシの人間味溢れる歌と、ま
るで肉声のようなギターに胸を焦がされ続けている。一音一
音に”言葉”を持たせた丁寧な運指、スライド・バーによる中
間音のアプローチ。そんな個性を知らされたのはジェシ・エ
ド・ディヴィスがまさに初めてだった。

「俺はビートルズじゃないぜ。ローリング・ストーンズのメ
ンバーでもない。だから俺は自分のブルーズを歌う。ただそ
れだけさ」アルバム『ウルル』に収録されたRED DIRT BOO           GIEで、ジェシはそう歌い出す。独立独歩の宣言。誰にも浸食
されない世界観。そうした思いが73年の『キープ・ミー・カ
ミング』へとしっかり受け継がれていった。


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# by obinborn | 2017-06-15 17:38 | one day i walk | Comments(3)  

追悼:ロザリー・ソレルズ

「アイダホ・ステイツマン」誌が伝えるところによると、
フォーク・シンガーのロザリー・ソレルズが亡くなった
らしい。彼女は60年代の中盤から活動し始め、ユタ・フ
ィリップスに認められフォーク・レガシー・レーベルと
契約。67年に『IF I COULD BE THE RAIN』をリリース
した。73年にはウッドストックで録音された『WHAT E
VER HAPPENED TO THE GIRL THAT WAS』(Paramo
nt)が、ロック・ファンからも注目を集めた。本作を制
作したマイケル・カスケーナは元々ジャズ畑の出身だが、
当時はボニー・レイットやエリック・カズそしてクリス・
スミザーを手掛けるなど、フォーク/ルーツ・シーンから
も重宝されるプロデューサーになっていた。ぼくもそう
した興味からソレルズの歌に接するようになったと記憶
する。

本作に収録されたゲイリー・ホワイト作のNobody'sは、
当時デヴィッド・ブロムバーグ・バンドも取り上げていた
曲で、その繋がりに興味を持った。また気骨あるフォーク
・ブルース歌手、ポール・ジェレミアのElegant Hoboを
初めて知ったのは、ここでのソレルズ・ヴァージョンが
最初だった。彼女の音楽に欠かせないミッチ・グリーン
ヒルの端正なギター、ハーヴェイ・ブルックスの抑制さ
れたベース、エリック・カズの知的なピアノがソレルズ
の歌を際立たせていた。

以降はフィロに移籍して『TRAVELIN' LADY』『ALWAY
S A LADY』『MOMENTS OF HAPPINESS』『TRAVELIN'
LADY RIDES AGAIN』など、より自然で良質なアルバムを
作った。世代的にはぼくの二周りほど上の人だったので
全面的に感情を託すような聞き方は出来なかったが、それ
でもヴィブラートの掛かった震えるような発声、たおやか
に大地を撫でていくような歌唱、暮らしや人々をじっくり
と見つめた多くの自作曲に惹かれ、ケイト・ウルフやメア
リー・マッカスリンら女性フォーキーたちとともに、ぼく
のターンテーブルの上で彼女のレコードは回り続けた。

きょうびフォーク・シンガーであり続けた行為は大変なこ
とだったと思う。それは実生活と歌とが乖離しない態度、
虚勢のなさ、私は星くずのように瞬きながら消えていく小
さなものなの、と静かに見つめる自己申告に他ならなかっ
た。彼女が教えてくれたものがあるとすれば、知られてい           ないものに真実が宿るとでも言いたげな心映えだろう。ソ
レルズが恩人のユタ・フィリップスと出会ったのは1965年
のソルト・レイク・シティだったという。彼女の歌は今そ
の土地に還っていくようだ。風が吹き、無数の花々が咲き、
蝶たちは昨日と同じように宙を舞っている。


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# by obinborn | 2017-06-14 05:01 | one day i walk | Comments(0)  

レコード整理とスティーヴ・イートン

今朝は皆さんにぼくのばっちい部屋をお見せしちゃったので、
午後から名誉挽回すべく力入れてレコ整理&掃除に取り組み
ました。同業の方なら実感して頂けると思いますが、ライナ
ー1本書くだけでも様々なレコ&書籍を取り出してくるわけ
です。それが先月は6本続き、おまけにDJ用に持ち出したLP
をそのまま放置していたので、まあごちゃごちゃは必至です
な。でも掃除して気分転換になって良かったです。自分で持
っているのを忘れていたSTEVE EATONの『HEY MR.DREA
MER』(Capitol 74年)が奥のほうから出てきたし。今聞き
始めたんですが、プレAORの素朴な雰囲気がいいですなあ〜。
マイケル・オマーチアン(kbd)やマイク・デイジー(g)
も参加しているから、当然のことながらゲイター・クリーク
〜ケニー・ロギンスとの接点もあったんでしょうね。そんな
想像をしながらの”聞き直し”が楽しいです。さあ、これから
ビールで乾杯です!🍺

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# by obinborn | 2017-06-13 17:00 | one day i walk | Comments(0)  

人生の漂流者たち


TWやFBを閲覧していると、みんなの人生が楽しく快活なのに
比べて自分がひどくつまらない毎日を送っているように錯覚し
てしまう。勿論実際には皆それぞれ孤独や焦燥を抱えながら生
きているのだろうが、情報が加速度を付けて迫ってくるSNSで
は美味しい料理、楽しいライブ、最新の映画といった話題が最
大公約数的に強調されることもあって、それに乗れない自分が
拒絶されたような気持になってしまうのだ。ところが多くの人
は毎日退屈な労働を繰り返し、休日でもそれほど娯楽に使うお
金があるわけではない。よほど能天気な人でない限りそうした
日々から思考を深めていく。人生の漂流者とはそういうものだ。


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# by obinborn | 2017-06-13 06:54 | one day i walk | Comments(0)  

ネット時代に問われる知性

『現在ビジネス』を読んでいたら、ネットの影響によりいつの

間にか”検索タイプ”の人が増え、自分の頭で思索を深める力が
弱まってしまったとの記事があった。また検索行為とは同時に
すぐ回答を求めがちな傾向と結びつきやすいため、余計に自分
自身で考える想像力が失われつつあるとも指摘されていた。以
前私はここで炎上ネタと大衆心理について書いたが、気に喰わ
ない相手に標的を定めて集中砲火し、一時のカタルシスを得る
のは(自戒を込めて)止めておいたほうがいい。

個人の思想/信条というものはそれぞれが育った時代や環境、あ
るいは近くにいた者の影響などが微妙に入り混ざりながら形成
されるものであり、直接話しをしたこともない他人がいとも簡
単にジャッジを下すのは傲慢だろう。ましてそのジャッジが有
名人によって為される場合は、それこそ自分では何も考えない
者がリツイや「いいね!」で付和雷同的に加担しながら一気に         増幅してしまう。例えば学園闘争の時代にイヤな思いを体験し

た者はそれがトラウマとなり、どうしても集団的な考え方とは
距離を置き、いつの間にか個人主義者の道を歩み始める。逆に
今という厳しい時代はデモに行って頭数になるのが一番現実的
な選択肢だと主張する者もいるだろう。

実はこのような話を先日居酒屋で交わしたのだが、直接膝詰め
て語り合うのはいいものだ。ちょっとしたすれ違いがあればす
ぐその場で是正出来る。物事を弁証法的に検証し俯瞰する力を
鍛えることが出来る。もっと平たく言うなら「ああ、そういう
見方もあるね!」「なるほど!」の世界だ。

ネット時代にはそれに向かう知性もまた同時に問われている。

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# by obinborn | 2017-06-13 05:39 | one day i walk | Comments(0)  

それはスポットライトではない

昔『マガジン』の内表紙に「夏になると冬を思ってしまう。
冬になると夏が恋しくなる。俺は馬鹿なのかね」という秀逸
なコピーがあって感心したものだが、そのくらい実際のニン
ゲンというのは周回遅れなのかもしれない。私は昔から最新
トレンドを追いかけている連中には興味がなく、昨日と同じ
ようにSame Old Bluesと呟くJ.J.ケイルのような人を俄然贔
屓にしてきたなあ。賢明なる読者の方々ならとうにご存知の
ことと思うが、私の音楽嗜好は77年であろうが2017年であろ
うがまったく変わらない。ルイジアナの湿地帯で日がなバイ
ユーを見つめ縁側に座っているようなブルーズマンに憧れた
まま、今日まで過ごしてきたのだった。

先日ほぼ同級の友人に会った時、その老け具合に驚かされた
のだが、言葉に出すのをぐっと堪えた。彼から見れば私だっ
て同じようなものだろう。まあそういう局面で人の知性なり
奥ゆかしさなりが試されるのかもしれない。私にはむしろ50
代になっても若ぶってる奴のほうが奇異に映る。10代に出会
った音楽・文学・映画などを大きな背骨にしながら、これか
らも慎ましく暮らしていきたい。私が願うのはそういうこと
だ。このジェリー・ゴフィンも、20代の青二才の時より今の
ほうが遥かに染み亘るワイ。

「それはスポットライトではない/街灯でもない/やっと解っ
たのさ/それはきみの瞳に輝く光/ねえ、ぼくが言いたいこと
がうまく伝わるかい?」(IT'S NOT A SPOTLIGHT/GERRY
GOFFIN)


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# by obinborn | 2017-06-12 11:33 | one day i walk | Comments(0)  

百田尚樹氏の講演中止に思うこと

百田尚樹氏の講演が中止になりました。普通こういう場合
「良かったね〜、あの差別主義者の講演がなくなって」と
言うのが一般的に受け入れられると思います。あるいはス
ルーするのが一番賢いのかもしれません。でもぼくはたと
え極右主義者による極端な見解であっても、発言する機会
を抹殺してしまったことそれ自体は良くないと思いますよ。
まして百田氏は今回「マスコミのあり方」をテーマにした
講演をする予定だったと伝え聞いています。別に彼が学生
を煽動しようと企てたわけではありません。念のため言っ
ておきますが、ぼくは百田なんか大嫌いで軽蔑しています。          でも個人の好き嫌いや主義主張の違いから彼の発言の機会           を奪うのは違うと思います。ある思想家の言葉を思い起こ           さずにはいられません「私はきみの意見には到底同意出来
ない/きっとこれからもずっとそうだ/でも、きみがそれを
言う機会は死ぬ気になって守るだろう」


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# by obinborn | 2017-06-11 08:06 | rock'n roll | Comments(0)  

ファミリー『MUSIC IN A DOLL'S HOUSE』に関するメモ

今回デイヴ・メイソンの原稿を書いていて思わぬ収穫となっ
たのが、デイヴがプロデュースしたファミリーのデビュー・
アルバム『MUSIC IN A DOLL'S HOUSE』(Reprise 68年)
でした。ディープ・フィーリングを経たデイヴ・メイソンは
67年にマネージメントを通して、当時スペンサー・ディヴィ
ス・グループに在籍していたスティーヴィー・ウィンウッド
と出会い、意気投合してトラフィックを結成します。しかし
デイヴはファースト・アルバム『ミスター・ファンタジー』
を発表直後にグループを脱退してしまい、自らのソロ・シン
グルの制作やファミリー『MUSIC〜』のプロデュースを手掛
ていきます。その後再びトラフィックに戻り彼らのセカンド
作『トラフィック』(68年)に参加したデイヴですが、これ
また一時的なことでした。いろいろ調べてみたのですが、ど
うやらスティーヴィーの心がトラフィックから離れ、エリッ
ク・クラプトンやジンジャー・ベイカーらとのブラインド・
フェイスに向かったことへの反発があったようです。ワイン
ダー・K・フロッグのミック・ウィーバー(のちにヘンリー
・マカロックのソロ作に参加)や、トラフィックのクリス・
ウッドやジム・キャパルディと新しいバンドを画策したのも、
どうやらそうした理由らしいです。

そんな混沌した時期に残されたファミリーの『MUSIC〜』を
聞いていると、何となくデイヴの”心の揺れ”が伝わってきま
す。サイケディリックとクラシック音楽と米スワンプが微妙
に融合した世界を、ファミリーはこのデビュー・アルバムで
展開していきます。何しろロジャー・チャップマンのヴォー
カルはジェスロ・タルのイアン・アンダーソンばりに演劇的
で、いわゆる米南部のオーティス・レディングやオーティス
・クレイと直結する要素は少ないのですが、そんな部分にこ
そ、ぼくはブリティッシュ・ロックの匂いを感じずにはいら
れません。個人的にはグループ後期の『IT'S ONLY A MOVIE』
や『BAND STAND』の骨太な演奏のほうが遥かに共感するの
ですが、サイケの季節を彩ったこの『MUSIC〜』が妙に心に
引っ掛かってくるのでした。




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# by obinborn | 2017-06-10 19:25 | one day i walk | Comments(2)  

6月9日に聞く『ファースト・ステップ』

9日は久し振りの友だち2名と宴を囲み、飲みまくりました。
ぼくは生ビー×4、ハイボール×3、ジントニック×1といった
塩梅。いやあ〜楽しかったなあ!話題は煙草文化の許容から音
楽のもたらすイマジネーション、行き過ぎたポリコレまで飛び
まくりでした(笑)また少々マジメな話をするならば、誰かの
頭数になるだけのデモ行進より、個人の思考を鍛えましょうよ
ということまで、4時間があっという間に過ぎていきました。

家に帰って取り出すのはフェイシズの『ファースト・ステップ』
(70年)です。これがまた染みまくるのです。ジェフ・ベック
・グループのメンバーだったロッド・スチュワートとロン・ウ
ッドが、スモール・フェイセズの残党だったケニー・ジョーン
ズ、イアン・マクレガンそしてロニー・レインの三人と合体し
てフェイシズは産声を上げたのです。当時はスモール・フェイ
シズがあまりに有名でしたから、彼らのアメリカ盤(写真)で
は、せっかくの新たな門出にもかかわらず、Small Facesの表記
が為されてしまう混乱ぶりでした。

きっと心細いデビューだったと想像します。まだ何者でもな
い。何も持っていない。そんな20代前半の若者たちの音楽
地図として、これ以上のものはないと思います。この『ファ
ースト・ステップ』には、英国ならではのブルーズ・ロック
の湿り気と憂鬱があります。のちに”世界一陽気で大酒飲み”
のロックンロール・バンドとして世間に知られる以前のナイ
ーブな揺らめき。葛藤。自信のなさ。それらが今なお胸に迫
ってくるのです。例えばレイン=ウッド作のNobody Knows
はどうでしょう。

 ここでずっと待っているけど/無駄に終わるのかもしれな
 いね/ぼくに会ってくれるかい?/きみに触れてもいいかい
 ?/誰も来ないし誰一人去らない/このいらだちをどうにか
 しておくれ/幸せとか悲しみとかがどっち付かずのまま/
きっと善良なる神様がいるんだろうね/でも混乱と幻想が
 混ざり/そして歳月だけが流れていく/多くの名声とかそう
 いうくだらないものが部屋を満たす/そんな時こそぼくは
 キーを変えて歌いたいのさ(Nobody Knows)


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# by obinborn | 2017-06-09 22:40 | one day i walk | Comments(0)  

アンタだって叩けばホコリくらい出てくるだろ?

ある方の言葉が印象に残った「世間の人は皆清廉潔白で後ろ
めたいことはないのかな?批判し過ぎじゃないかな」と。彼
がどういう気持を込めて書いたのかは解らないけど、きっと
広義に解釈出来る含みを持たせたかったのだろう。実際ぼく
もSNSで他人の批判ばっかりしている人を見ると、「ほお〜
さすが人格者は言うことが違いますなあ〜」と皮肉を言いた
くなることがしばしばだ。とくに政治や社会問題に関しては
ノンポリ層への喚起が必要なのに、自分ガー、正義ガーとば
かり叫んでいると大概の人は疲れてしまい、伝わるものも伝
わらないと思う。ぼくが政治のようにデリケートな問題はな
るべくお会いして直接話しましょうよ、と提案するのはそう
意味なんです。

ぼくは「誤解」という言葉があまり好きではないから、東浩
紀さんが使われるところの「誤配」と読み替え使用するけど、
SNSでのちょっとした音楽会話のなかでもこっちの意図がう
まく届いていないと感じることがある。むろん同時に相手も
ぼくにそう思っていることも度々あるに違いない。そういう
意味で「誤配」なんかしょっちゅうだ。長く一緒に暮らして
いるカミさんだって100%理解出来ているかと問われれば、
自信がない。見ず知らずの方ならなおさらですよね。

冒頭の言葉に戻すと、行き過ぎた清廉潔白やポリコレという
のもどうかなと常日頃からぼくは感じている。実際アメリカ
ではヒラリーさんの偽善主義みたいなものに対する反発が高
まり、揺り戻し現象が起こりトランプの本音主義(彼には呆
れるけど)が支持されちゃったんだから象徴的だよね。あの
大統領選の苦い教訓を生かしていければいいのに。もっと卑
近なことで言えば芸能人の不倫や不祥事を狙い打ちする”炎上”
エンタメというのも、今やすっかり当たり前になってしまった。
みんな匿名故に責任を感じなくていいから、もうどんどん叩
きまくるのみ。そういう世界に馴れてしまうと、もう本当に
その人の品性は育たないだろうね。それを青筋立てて批判す
るのではなく、「アンタだって叩けばホコリくらい出てくる
んちゃう?」とユーモアを込めるのがぼくのやり方です。

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# by obinborn | 2017-06-09 07:31 | one day i walk | Comments(0)  

2月11日のラリーパパ&カーネギーママ

今年前半のハイライトは2月11日に青山の月見ルで行われた
ラリー・パパ&カーネギー・ママのWelcome Backツアーだ
ったかもしれません。自然なバンド・サウンド、日常を見つ
めた歌詞、けっして偉ぶらない態度と幾つかのユーモア。彼
らはそれらを携えながら、久し振りの東京にやってきたので
した。ぼくが昔、彼らのために書いた原稿をチョウさんが覚
えていてくれたのがきっかけで、マネジャーの柳本さんとは
以前からネットで語り合う仲間でした。そんな偶然の数々に
導かれながら、彼らと再会を果たしたのです。会場に流れた
ジョン・セバスチャンのWelcome Back(おかえりなさい)
を反芻しながら、ぼくは帰路に着きました。


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# by obinborn | 2017-06-08 18:11 | Comments(0)  

カープの世界

6月に入ってからのビール・発泡酒の値上げは痛いです。
ぼくの近所にはスーパーが三店ほどあるのですが、軒並み
10円くらい上がってしまいました。これらが音楽バーや飲
み屋さんまで影響を及ぼしていくと思うと…。そんなイヤ
な気持を吹き飛ばすべく、絶好調の広島カープを祝うべく?
アメリカ南部のイモ・バンド、カープを聞き始めました。
オクラホマ州立大学に通う学生4人によって1966年に結成
されたカープが、晴れて大手レーベルのエピックと契約し、
ダニエル・ムーア(ジョー・コッカーのマッド・ドッグス
&イングリッシュメン、abcからソロ作あり)のプロデュー
スによるアルバムを発表したのは72年のことでした。

カープの音楽は埃っぽく無骨なロックで、女性にモテそう
な洒落た要素は皆無(オイラと同じじゃん、エ〜ン泣)で
す。でもこのスルメ味が繰り返し聞いているうちにジワジ
ワと染み込んでくるのです。とてもミシュランで推薦され
るレストランにはなれそうもないけど、下町で愛される食
堂みたいな。その食堂には今日もいろいろな人たちが訪れ
ます。風采の上がらない大学教授、地元の商店街のおじさ
んたちから、午後の授業を終えた食欲旺盛な高校生たちま
で様々です。「御飯のお代りは自由です!」なんていう貼
り紙があったりしてね。

何回か聞き直してみると、ハーモニー・ヴォーカルに気を
遣っている様子や、ゲストに招かれたペダル・スティール
・ギターの名手スニーキー・ピート・クレイナウ(フライ
ング・ブリトー・ブラザーズ)の隠し味などが、じわりと
染み込んできます。目に浮かぶのはやはりアメリカ中西部
の風景でしょうか。ぼくは単なるアホなので、彼ら唯一の
このアルバムを3枚持っています(←いい加減にせい!)
それはともかく、ザ・バンドやエッグス・オーバー・イー
ジーの気楽な後継者といった感じのカープが愛おしくてな
りません。とりあえず缶ビーとハイボールで彼ら唯一のア
ルバムに乾杯!のオビンなのでした。


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# by obinborn | 2017-06-08 17:28 | rock'n roll | Comments(0)  

6月に聞くエリック・クラプトン

昨夜のロス・ロイヤルズ・フレイムズとロス・ペリキートズ
のライブは最高!でした。方やスワンプ・ポップに、もう片
方はテックス・メックスに特化したバンドで、フレイムズの
田中のん氏のリバーヴ掛けまくりギター(一部アーミング)
やペリキートズの橋本さんのバホ・セストの響きがとくに心
に残りました。むろん他バンド・メンバーの皆さんもですよ。
終演後近所の友だちのSくんと会話出来たことも嬉しかった
です「俺らはあそこまで陽気になれない。ジメジメしている
よね〜」と互いの古傷を舐め合うのでした。

ぼくに関してはスワンプ・ポップにせよテハーノ音楽にせよ、
通り一遍の知識があるだけで、とても彼らのような情熱と実
践には敵いません。敵うわけがないのです。そういう意味で
Sくんが「オビさんはやっぱロックですよね」と言ってくださ
ったのが嬉しく、また少しの恥ずかしさを伴うものでした。
ぼくは今でも『ライブ・クリームvol.2』や『461』アルバムが
好きですし。

自分のなかの”ジメジメ"としたものを見つめるのは大事なこと
かなと思ってます。エリック・クラプトンもまたそんな一人で          すよね。彼は黒人音楽の聞き手から揶揄され、80年代にはコ
マーシャリズムに走ったことを批判されたりしました。それで
もエリックは少しずつ自分の音楽を温め、鍛えていったのです。
自分のコンプレックスや”ジメジメ”を把握しながら、です。ぼ
くがE.Cに関して共感するのは、きっとそんな部分かもしれませ
ん。自分のブルースって、そういうことだと思っています。

というわけで、E.Cの『安息の地を求めて〜There's One In Ev           ery Crowd』を今日もまた取り出すオビンでしたとさ。


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😅



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# by obinborn | 2017-06-08 12:07 | blues with me | Comments(0)  

追悼:鈴木カツさん〜今までありがとうございました

鈴木カツさんが亡くなられた。ここ数年は闘病生活を余儀なく
され、ご自宅近くの茅ヶ崎から外に出られることもままならな
くなっていた。ぼくがカツさんと出会ったのは確か95年のこと。
今はもう疎遠になってしまった中山義雄くんと一緒に、築地に
あるカツさんの音楽バー、Any Old Timeに出向いたのが最初だ
ったと記憶する。それからしばらくAnyに通い、親しくさせて
頂いた。

こればかりは正直に告白しなければならないだろう。そうして
仲良くなったカツさんとぼくとの間に亀裂が生じたのは、07年
の7月のことだった。今でもはっきり覚えている。改訂/増補版
として10年ぶりに再刊が叶った拙書『Songs〜70年代アメリカ
ン・ロックの風景』に対して彼が文句を付けたのだった「表紙
のデザインはちゃんと精査したのかい?」「ぼくは今いちだと思
うよ」それがカツさんの言い分だった。その後次第に交際は途切        れていった。いささか心ないdisり合いをソーシャル・ネットで
互いにやり合った。

それでも昨年の12月、体調をかなり崩されているカツさんを
見舞いに行った。彼は茅ヶ崎駅までわざわざぼくを出迎えてく
ださった。握手をした。これまでの非礼をぼくは詫びた。カツ
さんは穏やかに受け止めてくれた。同行して頂いた芽瑠璃堂の
長野和夫さん、イラストレイターの菅野カズシゲさんと、駅ビ
ルの上階にある鮨屋で円を囲み、旧交を温め直した。わざわざ
お土産として茅ヶ崎名物の魚の煮干しと、エディ・ジェファー
ソンのriverside原盤、そして英Mojo誌が企画したボブ・ディラ
ンのトリビュート作『再訪:Blonde On Blonde』を頂いた。カ
ツさんのご著書『ぼくのアメリカ音楽漂流』にサインをしてく
ださった。

こうして95年から22年もの間に、ぼくはどれほどのことを得
たのだろう。一体どれほどのものを失ってしまったのだろう。
焦らない、急がない。答えはぼく自身が出していかなければ。
写真はその時のスナップ。菅野カズシゲさんがシャッターを
押してくださった。鈴木カツさんのご冥福を心からお祈り致
します。カツさん、聴こえていますか?今まで本当にありが
とうございました。


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# by obinborn | 2017-06-06 18:08 | one day i walk | Comments(0)  

喜びと悲しみ〜Sさんとフェイシズのこと

旧知のSさんからメッセンジャーで連絡を受けた時はとても
嬉しかった。彼は以前池袋の音楽バーのコック係を担当され
ていて、その美味しい料理と陽気な性格がぼくは大好きだっ
た。そんな彼と音信が途絶えてから久しかっただけに、ぼく
を覚えていてくださったことに、心温まる思いがした。

人間、毎日生きていればいい時も悪い時もある。楽しいこと
も辛いこともある。今朝だってぼくはバイト先で内装業者さ
んと居住者さんとの狭間に立たされたばかりだ(結果丸く収
めました)そんな時は誰もがささくれだってしまう。でも互
いに少しの知恵を出してみようよ、というのがぼくの考え方
だ。

記憶って素敵だな。誰かが自分を覚えていてくれる。彼や彼
女らが、たとえぼくみたいな”つまらない男”であったとして
も、覚えていてくれる。声を掛けてくれる。ときに「ねえ、
今度久し振りに飲もうよ!」とラインをくれる。ぼくはその
心の動きのひとつひとつを大事にしたい。ぼくが父親の葬儀
の際、喪主として述べたのはおよそ次のようなことだった「
父は亡くなりました。それでも皆さんそれぞれの記憶のなか
で、きっと生き続けることでしょう。時々父のことを思い出
して頂ければと願っています」と。

Sさんの陽気のなかに秘められた悲しみが見える。フェイセ
ズの馬鹿騒ぎ的なロックンロールとイカしたR&Bの彼方に
メンバーそれぞれの悩みや葛藤がやがて見えてくる。もし誰
かに声を掛けられたなら、せめて笑顔で返す気持を持ちたい
ね。Cheers!My Old Pal !


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# by obinborn | 2017-06-06 12:54 | rock'n roll | Comments(0)  

クレイジー・ホースとハル宮沢のことを考えてみた

今一番欲しいアナログ盤はクレイジー・ホースのセカンド
『LOOSE』なんだけど、4月27日に石塚浩子さんの個展に
行く際に立ち寄ったお店では6800円もしたので仕方なく諦
めた。未開封のシールド付きだったからなおさら高かった
のだろうけど、昔は投げ売り同然だったし、今も探せば500
円で購入出来ると思う。値段的な口上はともかく、ワーナー
の名盤探検隊でCD化された際に初めて聞いて”震えた”。勿論
前身バンドのロケッツや彼らのファーストは大好きだったけ
ど、本作は70年代に何故かタイミングを逃し聞かないままだ
った。きっとダニー・ウィットンが亡くなったクレイジー・
ホースなんて...という先入観に囚われていただけなのだろう。
私はそんな自分の浅はかさを呪った。ダニーに代わる新しい
ギタリストのグレッグ・リロイとジョージ・ウィッセルの二
人がかなり貢献しているし、多くの曲でソングライティング
を手掛けているのも頼もしい。むろんタルボット=モリーナ
の馬力あるリズム隊は、まるでB級食堂のA定食のように力強
く優しく、身体ごと安心して委ねられる感じかな。

この人達はきっとロック音楽の未来を透視するなんていう視点
とは無縁に、自分たちの音楽を楽しみ慈しんでいるだけなんだ
と思う。その心意気が頼もしい。アルバム表題の如くルーズで
タフな演奏の味わいといったら!まるで一番いい時のハル宮沢
のコスモポリタン・カウボーイズのようだ。荒ぶる心も穏やか
なカントリーもそのまま出しちゃう不器用な部分は両者に共通
するものだろう。この時期のクレイジー・ホースのライヴはき
っと無敵だったに違いない。細かいことは気にしない。その代
り俺たちはラウドで行くぜ!そんなことを無言のうちに言い含
めた姿がもう圧倒的に美しい。

余談だが、ハル宮沢は日本のロックの埋もれがちな才能の一人。
この人はこんなことまで考えていたのかと思わせるナイーブが
激しいノイズの彼方から見えてくる。あるいはハンク・ウィリ
アムズの曲に託した喜怒哀楽が聴こえてくる。彼と出会った時
は、まるでたまたまクラスが違って話す機会に恵まれなかった
ハイスクール時代の友だちだと直感した。そしてクレイジー・
ホースとハル宮沢は、これからもきっと怒りや喜びや悲しみ...
それらすべてを音楽に託していくことだろう。


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# by obinborn | 2017-06-03 17:09 | rock'n roll | Comments(0)  

さようなら、こんにちは。

昨日から今日にかけて、尊敬するお二人のミュージシャンから
励ましの言葉を掛けて頂きました。一人はとても優れたソング
ライター。もう一人はほぼ同級の気の置けないギタリスト。と
ても嬉しかったです。

自分が「音楽と政治」について迂闊に発言してしまったことが
今回の”騒動”を呼び起こしてしまいました。本当に申し訳あり
ませんでした。自分としてはひとつの歌なり、ひとつのフレー
ズなりが何らかの党派性を帯びてしまうことの危険を言い当て
たつもりだったのですが、騒動は飛躍し、誤解されつつ、あっ
と言う間に拡散されてしまいました。

それに対してぼくは言い訳をしたくありません。また自分の
正しさを言い連ねることもしたくありません。むしろ自分が
苦難に陥った時、友人たちが掛けてくれた言葉や思いのほう
がじわりと染み込んできました。この感覚って一体何なんで
しょう?

いつかまた、皆さんとお会い出来たならすごく嬉しいです。

小尾 隆


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# by obinborn | 2017-06-02 19:02 | one day i walk | Comments(0)  

6月1日はデイヴ・メイソンの原稿を

今日はずっとデイヴ・メイソン『流れるままに〜Let It Flow」
のライナー原稿を書いていました。スペンサー・ディヴィス・
グループI'm a Manのセッションにデイヴ、ジム、クリスの3
人が合流したことを機にトラフィックが生まれ、すぐにデイヴ
が数回の脱退劇を繰り返しながら渡米し、西海岸を新たな拠点
としてソロ活動へと踏み込む...。そんな彼のキャリアを音とと
もに追いかけてみました。お陰様で?『ヘッドキーパー』や
キャス・エリオットとのデュオ作などへとつい脱線。筆を止め
て聞き入ってしまうこともしばしば(笑)それでもこうした聞
き直しによる再発見は楽しいですね。どこか憂いを秘めた彼の
旋律や間合いのあるギターが、アメリカの風に吹かれることで
科学反応を起こし、才能がやっと開花する。その頂点とでも言
うべきアルバムが77年にリリースされた『流れるままに』でし
た。表題曲を当時カリフォルニア・ジャムで熱演したデイヴの
姿が今も筆者の胸に焼き付いたまま離れません。


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# by obinborn | 2017-06-01 19:27 | one day i walk | Comments(0)