「エキサイト公式プラチナブロガー」スタート!

ジョン・フォガティ、大地の匂い。

ジョン・フォガティを近作アルバムまで、すべて追いかけている
人ってどのくらいいるんでしょうか?ぼくは実は脱落組で、少し
前にリリースされたセルフ・カバー集もまだ聞いていないという
体たらく。それでも09年の『ライズ・アゲイン』はたまにクリー
デンスのレコード棚から取り出したりしています。彼にとっては
73年の『ブルーリッジ・レインジャーズ』以来、およそ36年ぶり
のカントリー・アルバムであり、自作曲にこだわらず、バック・
オウエンズやウェブ・ピアスといった大御所から、ジョン・デン
バーのBack Home Again、ジョン・プラインのParadiseといった
カントリーと隣近所のシンガー・ソングライターまで幅広く取り
上げています。こりゃ、アメリカの片田舎にあるジューク・ジョ
イントにぴったりの選曲だなあ〜。

とくに嬉しかったのはリッキー・ネルソンのGarden Partyかな。
72年の9月に全米ポップ・チャートの6位へ登り詰めたこの曲に、
フォガティはドン・ヘンリーとティモシー・B・シュミットのコ
ーラスを付けます。さらにデラニー&ボニー作のNever Ending
Song Of Loveや、エヴァリー・ブラザーズのWhen Will I Be Lov
edへと連なっていくからもうたまらんです。また演奏陣では今
をときめくバディ・ミラーgやグレッグ・リーズsteel.gといった
アメリカーナの新世代が、まったく違和感なく溶け込んでいると
ころに、つい感じ入ってしまったり。

思えばカントリー音楽特有のバタ臭さが苦手だったぼくを、い
つの間にかカントリーの世界に誘ってくれたのがクリーデンス
でした。思いっきりブルージーなスクリーミン・ジェイ・ホウ
キンスのI Put A Spell On Youや、デイル・ホウキンスのSuzie
Qの悪魔的ギター・ソロの一方、彼らはフォガティの自作Lodi
でワンナイト巡業を繰り返す音楽家の悲哀をカントリーのメロ
ディに託しました。先のリッキー・ネルソンに従えば、彼の61
年曲Hello Mary Louを選曲し、ケレン味ないアレンジで堂々と
演奏しました。

ブルーズとカントリーというアメリカ音楽の水脈を見渡す。そ
のことに少しも躊躇しない。何故ならそれはジョン・フォガテ
ィという男の生命線だから。時流におもねることがないという
意味では、レヴォン・ヘルムがそうだったように、今日もフォ
ガティはアメリカーナのまま、大地に立ち、夕暮れを見つめ、
今夜もまたステージに立ち、人々の阿鼻叫喚をそのまま受け止
めていきます。

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# by obinborn | 2016-08-25 17:31 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

不幸な国に断層ばかりが積み上げられていく

日刊ゲンダイとかリテラといったメディアは基本「反権力」の
為ならあることないこと何でも書きまくるというスタンスなの
で、ぼくは全く信用していません。ゲンダイなどは民主党に政
権交代した時も鳩山や管や野田をボロクソ叩いていたから、け
っして自民〜アベ憎しに限らないんですよ(笑)昔からゲンダ
イに一貫しているのは「社会の木鐸たる大新聞・マスコミは何
をやっているのか!」というスタンスを、せいぜい二流の学者
と大学教授のコメントで補完する誌面作りで、綿密に取材する
チームなど持ってないから、せいぜいサラリーマンの鬱憤払し
〜ガス抜き程度に終始してしまっています。

後進のリテラもまったく同じ。五輪閉会に関する記事も醜かった
なあ〜。とにかく彼らには「アベ叩き」しか念頭にないから、
始めから結論ありきの恣意的な文意にならざるを得ないんです。
確かにアベちゃんのマリオ化〜土管を潜っての華々しい登場は
極めて悪趣味でやり過ぎとぼくも思いました。しかし、オリン
ピックの次期開催国として日本の首相が、アスリートたちから
バトンを繋ぐというのはフラットに見ればごく自然なセレモニ
ー。そこに過剰な政治色を読み取るリテラの”妄想”こそ、メディ
アとしての客観性に欠けるのでは?

そりゃ”アンダーコントロール”されているらしい原発事故の処
理もままならない我が国の状況でネガティブな感情に駆られる
気持は解ります。五輪に膨大な費用を掛ける金があるなら被災
地へというメンタリティもごく一般的なものでしょう。しかし
ながら、決定した東京五輪にことさら否定的な言葉ばかりを連
ねるのが何かの解決になるとは、ぼくにはとても思えない。一
国の首相が自国のアスリートたちをねぎらうのは、血の通った
人間通しの当然の感情です。それはアベを好きか嫌いかという
以前の問題なんだよね。今日もまた世間がリベラルと保守との
間で分裂している。互いを罵る言葉は際限なく続き、けっして
歩み寄ることはありません。

ぼくたちはこんな不幸な国で互いの断層ばかりを築き上げてい
る。

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# by obinborn | 2016-08-23 17:47 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

ロジャー・ティリソンとフォー・トップスの不思議な関係

フォートップスのモータウン・ナンバー(作曲はスティーヴィ・
ワンダー)を何故スワンパーのロジャー・ティリソンがカバーし
たのかは長年の謎だった。それでもロジャーと親交があったザ・
バンドのリック・ダンコが憧れたベーシストはモータウンのジェ
イムズ・ジェマーソンであり、ザ・バンドはマーヴィン・ゲイの
「ドント・ドゥ・イット」を好んで演奏してた。また『ロック・
オブ・エイジズ』の拡大版では、遂にフォートップスのこの曲を
演奏する彼らの姿を確認することが出来た。となると、ジミー・
マーカム・タルサ・レビューが解散してからのロジャーが、同バ
ンドにいたリヴォン・ヘルムの誘いでウッドストックに移り住ん
だ頃、ザ・バンドの連中とフォートップスやマーヴィン・ゲイの
曲を練習していた微笑ましい姿が見えてくる。

ザ・バンドの名曲「ザ・ウェイト」について作者のロビー・ロバ
ートソンはこう述懐している「ぼくはあの曲でカーティス・メイ
フィールド(当時インプレッションズ)のギター・リックを真似
した。それをステイプル・シンガーズ風のゴスペル・ソングと結
び付けてみたのさ」このような優れた折衷感覚が、ロックという
雑食音楽の胆だと思う。ともすれば泥臭いと語られがちなザ・バ
ンドの音楽だが、インプレッションズやフォートップスのノーザ
ン・ソウルの隠し味を忘れてはなるまい。そもそもリック・ダン
コのよく弾むベースは、ダック・ダンの寡黙なそれとは対照的に
メロディックな輪郭を描くものだったから。

当初はロビー・ロバートソンがプロデュースする予定だった『
ロジャー・ティリソン・アルバム』(70年)に収録されたフォ
ートップスのLOVING YOU IS SWEETER THAN EVERは、ボビ
ー・ブルースのフィドルとジェシ・エド・ディヴィスのバンジョ
ーによって半ばブルーグラス化されている。それでも豊かなリズ
ムの彩りに心を奪われる。自分のなかで勝手に線引きしていた南
部と北部の地図が、一瞬にして塗り替えられる。それは筆者にと
ってあまりに鮮烈な体験だった。

メイコン一帯で鳴らしていたグレッグ・オールマンが、ファース
ト・ソロ『レイドバック』で、東海岸で注目され始めたバジー・
フェイトンをギターに起用したこと。ヤング・ラスカルズを範に
したと思しきイングイ兄弟のソウル・サヴァイヴァーズが、マス
ル・ショールズ詣をしつつも、新たにフィラデルフィアのシグマ
・スタジオへと活路を見出していったこと。ロジャー・ティリソ
ンとザ・バンド周辺には限らない。ウィルソン・ピケットがそう
だった。アーチ・ベル&ザ・ドレルズがそうだった。多くの南部
人がノーザン・ソウルにも心開いていった。その化学反応(ケメ
ストリー)こそは、従来の音楽地図をどんどん書き換えていった。


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# by obinborn | 2016-08-21 18:55 | one day i walk | Trackback | Comments(1)  

ロジャー・ティリソンwithラリーパパのライブ盤に寄せて

ラリーパパのマネジャーをなさっている柳本さんが『ロジャー
・ティリソンwithラリーパパ』のサンプルCDを送ってくださっ
た。そう、ロジャーが03年の6月に来日公演を行った際のライ
ブが時を経て遂に音源化されることになったのだ。今こうして
聞いていると、当時自分が会場に行かなかった(行けなかった)
ことが悔やまれる。オクラホマの砂埃に吹かれたようなロジャ
ーの塩辛くザクザクしたギターの弾き語りは、彼が地元で普段
行ってた素の演奏を想像させるほど。「こんばんは。私はジョ
ニー・キャッシュです」とジョークのMCで始まり、オリジナル
に交えてエルヴィス・プレスリーの「ミステリー・トレイン」
やリトル・ウィリー・ジョンの「オール・アラウンド・ザ・ワ
ールド」を歌っていく姿が、40年代生まれの南部人そのままを
気取りなく伝えている。

もうひとつの大きな価値は、セカンド・ステージで日本が誇る
ラリーパパ&カーネギーママが、ロジャーのバックを務めたこ
とだろう。彼らの実力は狭山のハイドパーク・フェスやマーク
・ベノの来日公演時にぼくも感銘を受けたが、ここでのロジャ
ーのサポートも心が籠った清々しいものであり、いかに彼らが
ロジャーやスワンプ・ミュージックを愛しているかを感じるこ
とが出来る。とくにザ・バンドでお馴染みの「ゲット・アップ
・ジェイク」やジェシ・エド・ディヴィスのヴァージョンが細
胞のように染み込んでいる「ロックンロール・ジプシーズ」が
奏でられる頃には涙腺がウルウルしてしまった。当時会場にい
らっしゃった方々なら、なおさらに違いない。ちなみにラリー
パパの演奏を気に入ったロジャーは、こんなエピソードを語っ
ている「彼らはまるで私の息子たちのようだ。ラリーパパを連
れてアメリカに帰りたい」

悲しくもロジャーの死去によって、その夢は永遠に果たされな
い約束、傷だらけの片道切符、架けられることのない橋になっ
てしまった。しかし、それでもこの『ロジャー・ティリソンwi
thラリーパパ』が今秋(9/25)リリースされる運びになったこと
を喜びたい。ぼくたちは大きな存在を失ってしまった。それで
もロジャーの音楽は、暮らす土地や人種の違いを軽く飛び越え
ながら今日も胸を焦がしていく。それがタルサのジューク・ジ
ョイントであれ、梅田の呑み屋であれ。そしてラリーパパたち
は、今日も夢の跡地を追いかけてゆく。それが証拠に彼らの全
国ツアーはこの10月から始まる。

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# by obinborn | 2016-08-19 17:48 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

AORと私の交差点

『レココレ』最新号のAOR特集を興味深く読んだ。スワンプが
看板?のぼくとAORとでは相性が悪いと思われている方がいら
っしゃるかもしれないが、名盤ガイドのなかには自分の愛聴盤
もある程度の枚数があり、AORというジャンルが元々はシンガ
ー・ソングライターのアップデイト版だったと思い至った次第。
以前もここで金澤氏と話したように、ジェイムズ・テイラーや
ネッド・ドヒニーといった黒人音楽の素養があるSSWの場合は、
ブルーアイド・ソウルの発展形として楽しむことも出来よう。
彼らに特有のハネ〜シンコペーションの感覚こそ、優れたAOR
の証。そういう意味ではR&Bを根っ子に持つボズ・スキャッグ
スが時代とともに洗練されていった歴史にAORが凝縮されてい
る。リズムに対して自覚的だったという意味では、フィービー・
スノウやポール・サイモンも先駆的な存在だっただろう。

これまでヘッド・アレンジでのんびりとやっていた人たちが、
70年代の中盤を過ぎた辺りから、音楽産業のスピード化によっ
て効率が求められていく。そういう意味では譜面が読めないタ
イプは次第に淘汰され、スコアに対応出来るスタジオ・ミュー
ジシャンたちへと徐々に世代交代していったのかもしれない。
だからAORを深く愛する人でも、AORを基本的にはスタジオ・
ミュージックと認識されていることが腑に落ちるのだった。そ
れはグレイトフル・デッドがジャム演奏に価値を求めていった
姿とはどこまでも対称を描く光景に違いない。

個人的にはロビー・デュプリーやマイケル・マクドナルドのリ
フが広く流布され、使い回されるようになった頃からAORがつ
まらなくなったと感じている。これは何もAORに限った現象で
はなく、多くのポップ音楽が二匹めのドジョウを狙うという悪
癖から逃れられないわけだけど…それはともかく、ぼくが最良
のAORとして思い浮かべるのは、マーク・ジョーダンの『マネ
キン』(78年)だ。スティーリー・ダンを育てたゲイリー・カ
ッツのプロデュースなれど、スティーリー色は巧妙に避けられ、
あくまでジョーダンのソングライティングを活かすべく、TOT
O周辺のプレイヤーが控えめで含蓄ある演奏に終始する。そん
な知的なエレメントが好きだった。どこかの誰かを糾弾するの
ではなく、ただ虚ろに漂うジョーダンの歌に心を寄せることが
出来た。そんな風に感じた日々がまるで昨日のようだ。

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# by obinborn | 2016-08-17 17:27 | one day i walk | Trackback | Comments(1)  

一拍のニュアンス

オンとオフしか選択ぜず中間は排除。このように行間が読めなく
なった背景には、即時性が強く、しかも匿名で物を言えるネット
の影響があるのだろう。まともな人間であれば、その人が総意と
してどういうことを言いたかったのかを汲むものだが、文脈を無
視してワンフレーズのみに反応しジャッジし、果ては炎上へと持
ち込む風潮が当たり前になってしまった。そういう意味では昨日
挙げたミスチルの桜井さんがおっしゃるように「人々は解り易い
ドラマを求め過ぎている」のかもしれない。そこから零れ落ちて
しまう逡巡のほうが遥かに大事なのにもかかわらず。

行間を音楽に置き換えてみよう。私達は通常意識せずとも裏拍と
いうものを感じている。フリーの「オールライト・ナウ」のドラ
ムスが好例だと思うが、頭一拍を抜かすサイモン・カークに譜面
では表現出来ないタメを発見し、それがいわゆるグルーヴの根源
となるのだ。ビートルズの「抱きしめたい」やストーンズの「ブ
ラウン・シュガー」のイントロを聞いてみよう。ジョンにせよ、
キースにせよ、頭の一拍を深呼吸するように念頭に置きながらも、
実際のギター・カッティングは裏拍から入っている。それを感じ
るか感じないかで、それぞれの曲に関する理解はまるで違ってく
るはず。行間を読めない人は、きっと裏拍のニュアンスや醍醐味
は解らないのだろう。まして旋律というAA'BA形式でなく、モー
ド(旋回)のなかで音楽を捉えたマイルズ・ディヴィスやスティ
ーヴ・ウィンウッドの”圧倒的な自由”など、耐性がないだけに「
難しい〜」の一言で済ませてしまう恐れがある。

インスタントな会話から濃密な関係が生まれないように、譜面ば
かりを追いかけていても、けっしてグルーヴは生まれまい。その
ことを胆に命じておきたい。

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# by obinborn | 2016-08-17 13:14 | one day i walk | Trackback | Comments(2)  

ウィルコ・ジョンソンは帰っていく故郷のことを考えさせる

ウィルコとロジャーの『GOING BACK HOME』(2014年)を
LP盤で入手!リー・ブリローと喧嘩別れした後はずっと自ら歌
ってきたウィルコが、やっと本格的なヴォーカリストと出会え
たという意味で、本作はエポックだった。まるで溶接工のよう
にタフなロジャーの歌を得て、ウィルコのマシンガン・ギター
も水を得た魚のよう。二人の出会いは英MOJO誌の授賞式での
こと。むろんそれまでも互いを認識していただろうが、二人は
「お前もR&Bが好きなだけやん!」とすぐさま意気投合したら
しい。アルバムの主旨はウィルコのこれまでのキャリアを振り
返るもので、フィールグッド時代からソロまでの代表曲がリメ
イクされ、そこにウィルコ永遠のアイドルであるボブ・ディラ
ンの「窓から這い出せ」が加わる。また本作での演奏は盟友ノ
ーマン・ワット・ロイbにディラン・ハウdsと、あくまでウィ
ルコ・ジョンソン・バンド主導で録音されている。当時末期の
癌と宣告された(のちに誤診と判明)ウィルコの気持を汲めば、
まるで自分の家族のように、長年苦楽を共にした仲間と最後に
なるかもしれないレコーディングに臨んだのは当然の選択だっ
たろう。わずか2年前のこととはいえ、そんなことひとつひと
つを思い出しているうちに胸が一杯になってくる。アルバムが
Going Back Homeに始まり、All Through The Cityで終わると
いう構成が実に泣かせる。つまりドクター・フィールグッド最
初期のナンバー2曲を最初と最後に据えることで、ウィルコが
青年期を駆け抜けたフィールグッズへのオマージュになってい
るのだ。その想いが聴こえる人にはちゃんと届くことだろう。
付属されたブックレットにはウィルコとロジャーそれぞれの若
き時代の写真が添えられている。私がザ・フーの『ライヴ・ア
ット・リーズ』に夢中だった頃、あるいはフィールグッズの登
場に衝撃を受けた頃、まさか二人が21世紀になってから心を通
わせ、新たな名盤を産み落とすとは想像も出来なかった(長生
きはするものだ)片やスタジアム・ロッカー片やパブ・エリア
と、ロジャーとウィルコでは置かれた環境こそ異なるものの、
費やされた長い歳月の間にもたらされた寛容な心が、この二人
をしっかり結び付けた。まるでブリティッシュ・ロック50年の
歩みを凝縮するかような『GOING BACK HOME』は、私に帰っ
ていく場所や故郷のことを思い起こさせる。

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# by obinborn | 2016-08-12 17:55 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)  

言葉は言霊(ことだま)です

今年前半の報告:77枚の音源(LP/7's/CD)を買い、18回のライブ
に行き、31冊の本を読みました。お誘い頂いたDJは7回でこれも
嬉しかったです。あと大阪に二度ほど出張して自分がけっして嫌
われていないのを確認出来たことは大きかったですねw 逆に反省
しなきゃいけないのは、愚痴が多くなってしまったこと。夜9時
を過ぎるとすぐ眠くなってしまうこと(笑)

言葉は言霊(ことだま)です。ネガティブな見解を言い連ねてい
くと人は去っていきます。でも何か少しでも自分の心を震わせる
ものに気持を寄せた時、人々が笑みとともに集まってきます。ぼ
くはSNSから、少なくともそのことを学びました。こんな不完全
な私ですが、今後ともよろしくね!

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# by obinborn | 2016-08-09 17:21 | one day i walk | Trackback | Comments(2)  

8月7日はパブロック・ナイトのリハでした!

7日は渋谷のバーTANGLEにてパブロック・ナイトの公開リハー
サルでした! TANGLEさんは今日初めてお伺いしたのですが、気
さくなみおさんとマイケルさんのお陰ですっかり打ち解け、ぼく
はビールを6杯も飲むほどでした。リハとは言えDJ諸氏は皆気合
い入りまくり!負けていられないなあ〜(笑)以下ぼくのプレイ
リストです。写真はみおさんと。

DAVE EDMUNDS/CRAWRING FROM THE WRECKAGE
DUCKS DELUXE/LOVE'S MELODY
FLAMIN' GROOVIES/BLUE TURNS TO GREY
EDDIE& THE HOTRODS/THE KIDS ARE ALRIGHT
DR.FEELGOOD/WATCH YOUR STEP
NICK LOWE&LOS STRAIGHTJACKETS/HALF A BOY& ...
GERAINT WATKINS/MOUSTIQUE
(B TO B)
DAVE EDMUNDS/SHOT OF R&B
NICK LOWE&LOS STRAIGHT JACKETS/RAGING EYES

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# by obinborn | 2016-08-08 01:11 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)  

8月6日のザディコキックス

昨年11月のSQUEEZEBOX NIGHT以来、久し振りにザディコキッ
クスのライブを6日は東長崎の納涼大会にて。やはりステージ慣れ
しているのだろう。リハとサウンド・チェックの時間もないとい
う制約された条件にもかかわらず、キックスはこの夜もクレオー
ル・ダンス・ミュージックの数々で会場を湧かせた。バンド・リ
ーダーであるアコーディオン奏者の中林由武にとっては、まさに
地元に錦を飾る貴重なパフォーマンスだったに違いない。わずか
20分という持ち時間にもかかわらず、手を抜くことなくバンド全
員が駆け抜けたことを嬉しく思う。わけても最近の中林がよく使
用するサスティーン・サウンドは、かのスティーヴ・ジョーダン
を彷彿させるほど。彼らがいつも行っているラブボード(洗濯板)
でお客さんに参加を呼びかける場面も、ごくごく自然に商店街の
空気を温めていった。
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# by obinborn | 2016-08-06 23:24 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

カープの世界

広島カープ快進撃記念!というわけで、米カープ唯一のアルバム
(Epic 70年)を3枚揃えてみました。オクラホマ州立大学に通う
学生たちによって66年に結成された旨が裏ジャケットに書かれて
いますので、巷で言われるところのザ・バンドのフォロワーとい
うよりも、ルーラルなロックを演奏してたら、たまたまザ・バン
ドに似てしまったというのが本当のところかもしれません。そう
した意味では西海岸のクローヴァーやエッグス・オーヴァー・イ
ージーと同じ匂いがプンプンします。あるいはもっと後進のブル
ー・ジャグとか。

70年当時日本盤としてリリースされたかどうかは寡聞にして知り
ません。そんなマイナーなバンドが今もこうして語り継がれてい
るのは、渋谷のロック喫茶ブラックホークが選ぶ99選というミニ
コミに紹介されたことが大きいでしょう。その誌面で今は亡き同
店のオーナー松平維秋さんは「埃っぽく、ハーモニーは汚れ、サ
ウンドは土臭く、洒落たところの一片もない粗野な演奏で、彼ら
の育ったテキサスの大地の歌を聞かせてくれます。ザ・バンドの
やんちゃな弟で、現在彼らがどうしているか知るよしもありませ
んが、この7年間ブラックホークでコンスタントに支持されてき
ました」と書かれています。実際21世紀になってからもスワンプ
好きから愛されているのは、ひとえにこの冊子の影響力ゆえでし
ょう。

筆者は当時から必ずしもブラックホーク的な物差しに同意してい
た訳ではありませんが、やはり無形有形に同店から影響されてき
たのでしょう(若者は仮想敵を作りがちだ)それを一言で言えば
「世間の流行がどうであれ、自分は自分の好きな音楽を聞くのだ」
という一点だったと思います。今と違って情報が少なかった70年
代に書かれた松平さんの評文を腐すことはしたくありません(カ
ープはテキサス出身ではないにしても、です)松平さんや、中村
とうようさんのような頑固オヤジが亡くなってしまって寂しい。
そんなことを思いながら、夏の夕暮れ時に一杯引っ掛けながら、
ぼくはカープの土の匂いのするアルバムを聞いています。

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# by obinborn | 2016-08-03 17:18 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

都知事選を振り返って

都知事戦終盤での野党共闘の綻びは醜いものだった。宇都宮
と鳥越との内紛はもとより、民進の岡田が次回の党代表には
候補しないと投票日前日になって表明するなど、首を傾げざ
るを得ない事態が続いた。これでは敵前逃亡と罵られても仕
方あるまい。肝心の鳥越にしてもアンチ安倍政権を掲げるだ
けで、とても真剣に都の政策を考えているとは思えなかった。
しまいには大島など離島に限っては消費税を半額にするなん
ていう荒唐無稽を言い出す始末だ(苦笑)

結局そうした事態を有権者の多くはしっかりと冷静に見定め
ていたのだろう。鳥越が集めた票の倍以上で小池が圧勝した
事実は重い。アンチ鳥越の無党派層の何割かが批判票として
小池に投じた事実が、今回の都議選の屈折した様相を端的に
物語っている。筆者は一年前からこのFBで「民共合作」を批
判してきたが、とくに口に出さずとも同じような思いで野党
共闘のインチキ臭さを感じていた方々は多かったのだ。そも
そも自衛隊を認めないと党要綱にある共産と、改憲派が多い
民進が手を結ぶというのがいかにも打算的ではあるまいか。
それとも現在のリベラルは、そんな偽善から目を逸らすほど
衰えてしまったのだろうか。

真のリベラルとは、ただ闇雲に9条を守れと叫んだり、沖縄
の声を聞けと正義を振りかざす勢力ではない。そうした問題
意識を共有する一方で、日米安保条約の価値や南シナ海で脅
威となっている中国の危険な動きを察知する能力が求められ
ている。横須賀に米の大型空母が入港していることが、アジ
アの抑止力になっている現実を見つめよう。中国がチベット
の人民を迫害した事実を、自分たちの国の問題としてイマジ
ンしてみよう。

個人的な告白になってしまい恐縮だが、私の父は丸山眞男と
親交のある言論人だった。その一方で祖父はかなり初代の自
衛官だった。そんな左と右とが入り混ざった環境に育った私
は、いつしか複眼的な思考を身に付けていったのだと思う。
今回の知事選で都民は、思い入れの激しいジャーナリストよ
りも現実的に物事を考えられるリアリストを選択した。むろ
ん小池には日本会議との深い繋がりがあり、その右翼思想が
いつ剥き出しになるか解らない危険を孕んでいる。それでも
都民が彼女を選んだのは、自称リベラルたちへの深い失望が
あったからだ。そのことを受け止めたい。

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# by obinborn | 2016-08-01 08:28 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

7月30日のアレックス・チルトン〜パワーポップ・ナイト


今日(30日)は渋谷の喫茶スマイルにてアレックス・チルトン
〜パワーポップのDJナイトでした。会場は立ち見でぎゅうぎゅ
うなほどの大入り!今は亡きアレックスの音楽を愛する人々が
こんなにもいることに筆者は思わず胸が一杯になってしまった。
それもこれも若い世代の人たちが流行に左右されず、REM以降
のカレッジ〜オルタナ・シーンにしっかり耳を澄ませながら、
ビッグ・スターやアレックスを辿っていった証左であろう。時
代の脚光を浴びなかった故に、アレックスはいつしかメンフィ
スのアンサング・ヒーローとなり、その音楽は若い連中へと確
実に受け継がれていったのだ。気取らない態度といい、どこか
ぶっきらぼうな佇まいといい、アレックスの音楽に常に流れて
いたのは、ごくナチュラルに自分と向き合い、他人の曲も自分
の歌と変わらずに愛でる心だったと思う。DJの皆さん、アレッ
クス愛に貫かれた素晴しいライブを繰り広げたビート・キャラ
ヴァンの四人、わざわざ集まってくださったお客様、スマイル
店主の北山さんetc…ほんま楽しかったです!帰りの電車のなか
筆者は思わず感動の涙がこぼれてきてしまいました。皆また会
おうぜ!That's Nice ! 以下私のプレイリストです。
*   *   *
ALEX CHILTON/THE OOGUM BOOGM SONG
ALEX CHILTON/LITTLE GTO
ALEX CHILTON/GUANTANAMERICA
BOXTOPS/SOUL DEEP
ALEX CHILTON/PARADISE
ALEX CHILTON/SUMMERTIME BLUES
ALEX CHILTON/LET ME GET CLOSE TO YOU
ALEX CHILTON/HOOK ME UP
ALEX CHILTON/TRAMP
ALEX CHILTON/COME BY HERE
(one more mile to go)
ALEX CHILTON/SEPTEMBER GURLS

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# by obinborn | 2016-07-31 01:44 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)  

7月19日の木下弦二

梅雨の終わりを告げるかのように、この日夕方の東京には豪雨
が降り注いだ。そんな悪天候の只中、道に迷っていた筆者を迎
えにわざわざ駆け足でやって来て、道案内するのが木下弦二ら
しい。東京ローカル・ホンクでのスリーデイズを無事終えた彼
は、19日神田小川町のショーンという小さなバーで弾き語りの
ソロを行った。しかも普段の木下が看板とするセミアコではな
く、プラグド・インのアクースティック・ギターを使用すると
いう、極めてレアな驚きとともに。

雨の火曜にもかかわらず会場は満員だ。きっとホンクでの彼と
はまたニュアンスが異なる弦二の姿を確かめようとした方々が
集まったのだろう。実際彼は普段のソロがそうであるように、
仲井戸麗市の「スケッチ'89.夏」をはじめ、松任谷由実の「9月
には帰らない」細野晴臣の「住所不定無職」などカバー曲を交
えながら、澄み切った歌声を響かせていった。以前からたまに
取り上げてきた「上を向いて歩こう」にしても、単に永六輔の
死去という直近の話題としてではなく、混乱した今現在の日本
の写し絵となって、こちらの五臓六腑へと確実に染み亘ってく
る。弦二が直截的なプロテストソングを歌い、この世界のあり
方に異議を申し立てることは一切ない。それでも彼の優れたオ
リジナル曲は、「身も蓋もない」であれ「いつも一緒」であれ、
何かを聞き手の心に宿していく。言葉が平易であればあるほど、
弦二がギリギリまで削ぎ落したソングライティングを心掛け、
実践していることがよく解る。

アンコールの声に応えて彼が用意したのは、スティーヴィ・ワ
ンダーのYou're the Sunshine of My Life。そう、ワンダーが73
年の3月に全米ポップ・チャートの一位へ押し上げた名曲であ
る。このハッピーソングでは、明るく無邪気な戯れが深い喪失
と隣り合わせになっている。そんな複雑で傷だらけの様相を、
木下弦二は笑顔のなかに、暖かい太陽のなかにそっと包んで
いく。

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# by obinborn | 2016-07-20 02:06 | 東京ローカル・ホンク | Trackback | Comments(0)  

中井大介の新作『SOMEWHERE』に寄せて

中井大介さんが、彼の新しいアルバムを送ってくださった。
紹介記事を書くために以前からMP3音源で接していたとは
いえ、最終ミックスを経た音像で聞く『SOMEWHERE』は
やはり格別だ。ぼくのリコメンドは以下の通りです。

丁寧に織り込まれた音たち。
光の束となってきらめいていく言葉たち。
何が正しくて、何が間違っているのかは誰にも解らない。
昨日よりも今日のほうが確かだとも言いきれない。
中井大介はそんな毎日のなかから歌を拾い上げ、
物言わぬ貨物船や愛おしい人々に眼差しを注いでいる。
(小尾隆・音楽著述業)

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# by obinborn | 2016-07-17 17:17 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

7月16日の東京ローカル・ホンク

16日は東京ローカル・ホンクのワンマン・ライブを高円寺の
JIROKICHIにて、たっぷり3時間堪能した。先月のツアー最
終日には気の毒なほど声帯を痛めていた木下弦二だが、この
日は彼本来のイノセント・ヴォイスが復活。四人の演奏もビ
シっと引き締まり、最近では躊躇なくベストと呼べる内容に
なった。楽曲もうずまき〜ホンクの20年以上を凝縮するかの
ように、うずまき時代の「おいのりのうた」から弦二の最新
ソロ・アルバムに収録された「また会おう」までが、しっか
りと組曲のように束ねられていった。

初期の無邪気な「海辺の家の一週間」もあれば、苦みに満ち
た最新曲の「身も蓋もない」や「ダーク・マター」での哲学
的な洞察もある。そうしたソングライティングの変化や、渋
味を増したこの夜の演奏が、見事なまでに彼らの成長過程を
捉えていた。彼らの世代には珍しく、人力による生きた演奏
に持てるすべての力を注ぎ込んだ情熱がたっぷり。やや大袈
裟に言えば、かつてザ・バンドも成し得なかった領域にまで、
今現在のホンクはしっかりと足を踏み込みつつある。

自分の窓から見える光景をしっかり歌詞に書き留め、それら
を柔らかな旋律とグルーヴのある演奏で飛躍させていく。言
葉で言えば簡単かもしれないが、実はあまりに困難な課題へ
とホンクは立ち向かい修練を重ねてきた。しかも最初に楽器
を手にした時の初々しさを彼らが見失うことはない。それは
きっと、メジャーになるかインディのシーンに留まるかとい
った大雑把な二元論ではあるまい。自分たちの好きなことや
愛する光景を彼らは守る。それはすなわち、自分がどうして
も好きになれないことや、暗い情感には囚われまいとする心
映えだ。東京ローカル・ホンクは多くを語らずとも、名もな
い花に水を差すように、枯れた土地に雨を降らせるように、
長い歳月に亘って演奏してきた。その価値を思わずにはいら
れない。今頃楽器の搬出はもう終わっただろうか。夜が明け
れば彼らのバンは明日の公演地である水戸へ向かう。一期一
会に笑みを交わしながら。「ハイウェイソング」を口ずさみ
ながら。

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# by obinborn | 2016-07-17 01:49 | 東京ローカル・ホンク | Trackback | Comments(0)  

髭スワンプのボビー・ランスさん

ボビー・ランスは71年の『ファースト・ピース』は持っていま
したが、72年のセカンド『ローリン・マン』は先日大阪出張の
際やっと入手することが出来ました。前作はマスル・ショール
ズでの録音で、バリー・バケットやフッド=ホウキンズなどい
わゆるスワンパーズと合流して作られたもの(デュエイン・オ
ールマン参加説あり)でしたが、『ローリン・マン』では一転
してニューヨークのアトランティック・スタジオでのロケーシ
ョンが組まれました。前作のようにスタジオメンの力を借りる
のではなく、無名ながらも自分の仲間たちとともに録音した点
に好感が持てます。ヴァン・モリソンでいえば、彼が自分のバ
ンドで臨んだ『ヒズ・ストリート・クワイア』にも通じる”親和
力”がポイントですね。

所属レーベルもコテリオンから親会社のアトランティックへと
移籍(昇格?)し、レコード会社から期待を寄せられていた当
時の様子が伺えます。自らギターやピアノを弾くランスですが、
やはりその強烈に泥臭いヴォーカルが最大の魅力でしょう。70
年代前半は彼のようなダミ声の持ち主が、ロック・シーン全体
のダウン・トゥ・アース志向と相俟って脚光を浴びましたが、
ランスもまたそんな一人でした。前作でのこなれた名人芸と違
い、より求心力を増した歌が全編にビシバシと漲っています。
ちょっとメロウなコード感のあるLAST STOP CHANGE HAND
Sではイントロのギター・ハーモニクスから思い切り気持を持っ
ていかれますし、ゴスペル・ライクなHE PLAYED THE REALS
での希求するかのような感情表現も見事。そしてスライド・ギ
ターが炸裂するブギウギ・ロックンロールのYOU GOT TO RO
CK YOUR OWNの骨太な味わいはまさにランスの真骨頂であり、
レコーディング・スタジオの熱気が伝わってくるようです。

残念ながらランス本人の詳しい経歴は不明ですが、契約レーベ
ルから想像するに、かのジェリー・ウェクスラーに見出された
たのかもしれませんし、彼の出資協力を得てキャプリコーン・
レーベルを設立したばかりのフィル・ウォルデンの審美眼に
叶ったという可能性もあります。いずれにしても、今ではもう
滅多に出てこない”真性スワンプ”の記録がここにはあります。
マスル録音の『ファースト・ピース』のほうが人気は高いよう
ですが、そうした話題抜きに自分のバンドで勝負に出たこの
『ローリン・マン』に、ランスの男気を感じずにはいられませ
ん。個人的にはボビー・ウィットロックの『ロウ・ヴェルヴェ
ット』(これも自分のバンドでの録音)と並ぶ愛聴盤になりそ
うです。ローウェル・ジョージを彷彿させるランスの髭面も最
高!きっとこれからも髭スワンプの知られざる名盤として語り
継がれていくことでしょう。

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# by obinborn | 2016-07-16 16:11 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)  

7月14日のツル&ザ・シスター・レイ/サーディン・ヘッド

14日は元住吉のPOWERS2にてツル&ザ・シスター・レイと
サーディン・ヘッドのツーマン・ライブを。まずはシスター
・レイのノイジーでパンキッシュな演奏にヤラれた!バンド
名から容易に想像出来るように、彼らはヴェルベッツやルー
・リードに倣った大音量ロックを炸裂させた!しかし単なる
轟音には終わらず、ツルのギター・パートひとつ取っても考
え抜かれた経験値を感じさせる。とくにヴェルベッツWhat's
Goes Onの痙攣するようなビートは、60年代のN.Yファクト
リーにあった鋭さを運んでくるかのようだった。

対するサーディン・ヘッドは、筆者が現在最も注目している
ジャム・バンドだ。二本のギターの駆け引きと多彩なビート
を繰り出していくリズム・セクションは、ときに激しくぶつ
かり合いながら、ときに息を呑むようなメロディックな輪郭
を共有しながら、スリリングな音模様をどこまでも自由に描
き出す。最も叙情的な曲Blow Rippleでコーラスが加わる以外
はすべてインストゥルメンタルなのだが、デッドのDARK S
TARやクリムゾンの『太陽と戦慄』に幻惑されたかつての音
楽少年は、サーディンが放出し続ける雄大かつ繊細な音の塊
に今日も心震わせたのだった。彼らは一体どんな音楽を聞い
て育ち、どんな演奏にインスパイアされてきたのだろう? 
いつかそんなことを四人と語り合ってみたい。

アンコールでは先に演奏したシスター・レイのツルをステー
ジへと呼び戻したサーディンが、ツルとともにデヴィッド・
ボウイのHang on YourselfとHeroesの2曲を演奏。とくに
テンポを落としながら迫る後者では、三人のギター奏者が
ソロ・パートを分け合うなど、この夜ならではの感動的な
場面が繰り広げられていった。

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# by obinborn | 2016-07-15 06:12 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)  

追悼:スコティ・ムーア

スコティ・ムーアが亡くなったことをRollingstoneのTWで
知った。84歳だった。言うまでもなく50年代のエルヴィス
をビル・ブラック(b)、D.J.フォンタナ(ds)とともに支え
たギタリストであり、ロカビリー〜ロックンロールに与え
た影響力は計りしれない。例えばジョン・フォガティやデ
イヴ・エドモンズのギター奏法ひとつ取っても、ムーアや
マール・トラヴィスやチェット・アトキンスなしには成り
立たないほどのものだった。

以前ムーアに電話インタビューしたことがある。確か90年
代に彼を囲むトリビュート・ライブがリリースされた時だ
ったと記憶する。その時「64年に出たあなたのソロ・アル
バムを持っています」と伝えたら、ムーアが「きみは熱心
なコレクターだね!アメリカ人にとってもこのレコードは
レアなんだよ」なんてお世辞を言ってくれたっけ。

ナッシュヴィル・カントリーの名プロデューサー、ビリー
・シェリル(コステロ『ALMOST BLUEも!)を迎えたそ
の『THE GUITAR THAT CHANGED THE WORLD!』は、
「ハウンド・ドッグ」や「冷たくしないで」といったエル
ヴィス縁のヒット曲をインストに翻訳したもので、まさに
ムーアが奏でるギターの色艶を堪能出来る聖典だ。

そのアルバムの裏面にはこんな記述がある「彼らは旅に出
たけどいつも傷心だった。ツアーで稼いだお金はガソリン
代に消えた。そう、エルヴィスたちはスコティのおんぼろ
車で旅をしたのさ。彼らの稼ぎは一晩65ドル。そのうち12
ドルをエルヴィスが受け取った。スコティとビルは6ドルず
つだった。やがてスコティの車が壊れると、エルヴィスが
やっと中古のリンカーンを買えたんだよ…」

そんな50年代のメンフィスの日々に思いを馳せると、どう
しようもなく感慨が押し寄せてくる。誰も歩かなかった道
を彼らは歩き、その轍には後進たちが続いていった。偉大
なるシンガーの隣では、いつも名脇役がしっかりギターを
弾いていた。その人の名はスコティ・ムーア。私はこれか
らも彼のことをけっして忘れないでしょう。今まで本当に
ありがとうございました。

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# by obinborn | 2016-06-29 18:00 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)  

6月25日のイトウサチ&ブンケンバレエ団/双六亭

25日は自由が丘のマルディグラにて、イトウサチ&ブンケン
バレエ団と双六亭のツーマン・ライブを。まずはリンダ・ル
イスを彷彿させるイトウの無垢なソプラノ・ヴォイスが染み
渡る。抑揚の付け方ひとつひとつに歌詞と合致する豊かさが
あり、新井健太のウッド・ベースと、井上文貴のアクーステ
ィック・ギターが見守るように支えていく。東京ローカル・
ホンクのメンバー二人による歌心あるプレイには、ソングラ
イターとバイ・プレイヤーの最良の連携を見る思いがした。
イトウの歌世界は自分の視界に映るものを丁寧に温めていく
ものであり、その自問やスケッチする対象にはとって付けた
部分がまったくない。極めて意志的な彼女の眼力もこちらの
薄暗い心を射抜くかのよう。

対する双六亭はすっかり馴染みになったフォーピースのロッ
ク・バンドだ。個々のメンバーにはキャリアに準じた高度な
演奏力がある。それでも、彼らは精緻な地図に逆らうが如く、
ザラザラとした剥き出しの荒ぶるロック心をとても大事にす
る。そんな直感に賭けていく姿は最高の時のニール・ヤング
&クレイジー・ホースを彷彿させる。緩急と起伏に満ちた楽
曲に、メンバー全員が鋭く瞬時に反応していくミュージシャ
ンシップ。その尊さを思わずにはいられない、6月最後の土
曜日だった。

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# by obinborn | 2016-06-26 04:42 | タマコの人々 | Trackback | Comments(0)  

新しい世代の歌

昨日はせっかく頂いたライナーノーツ原稿の依頼を断って
しまった。当該アーティストのそのアルバムは大好きで思
い入れもあるけれど、彼が生前に残したアルバムすべてを
持っているわけではない自分には、ちょっと荷が重いなと
感じたから。やはりこういう判断は直感で決めるしかない。
ぼくを推薦してくださった業界の重鎮やレコ会社のディレ
クターには、ホント申し訳ないと思っている。

そんなモヤモヤとか薄暗い心を見透かすように中井大介は
こう歌っている「耳触りの良い言葉を並べては/これが歌だ
とすかして笑う/何処かで見かけた気はしていても/諦めた思
いで背を向ける」(雲の向こうの星)と。むろん彼がこの
ヴァースに込めた気持とぼくのそれとでは、置かれた状況
は違うことだろう。それでも、誤解を含め聞く者それぞれ
の事情に思わず当てはまっていくのが歌の素晴しさだ。

2013年に発売された中井のファースト・アルバム『nowhe
re』にその曲は収録されている。ぼくよりずっと新しい世
代の人が、きちんと自分の目で物事を見つめ、自分の言葉
と旋律で歌を携えていく。暗い夜道を照らし出す月のよう
に。故郷の町を吹き抜ける風のように。

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# by obinborn | 2016-06-23 00:24 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

追悼:ヘンリー・マッカロック

悲しいことに大好きなヘンリー・マッカロックさんが6月14日、
北アイルランドの自宅で息を引き取りました。近年は心臓発作
を起こし倒れるなど体調に不安を抱えていましたが、残念なが
らその日が訪れてしまいました。享年72歳。長年に亘るパート
ナーだったジョシー夫人に看取られ、最後の朝を迎えられたこ
とがせめてもの救いです。

地元アイルランドでスウィニーズ・メンというフォーク・グル
ープを組みキャリアをスタートさせたマッカロックは、60年代
半ばにジョー・コッカーのバンドに加入。69年の夏にはコッカ
ーとともにウッドストック・フェスティヴァルに出演しました。
いつしかコッカーの元から離れ、他のメンバー(ニール・ハ
バード、アラン・スペナー、ブルース・ロウランド)とともに
独立したマッカロックは、遂にグリース・バンドを結成。彼
らのファースト・アルバム『Grease Band』(71年)は、英国
スワンプの記念碑的な作品として今なお愛されています。グリ
ース・バンドが解散してからのマッカロックは、ポール・マッ
カートニー&ザ・ウィングスに参加。名曲「My Love」で聞か
せたギター・ソロは語り草になりました。何でもポールによれ
ば「オーケストラとのリハで、彼はすぐさまあの素晴しいソロ
を編み出したんだよ!」とか。75年にはソロ・アーティストと
して独立し、これまた名作『Mind Your Own Business』を生み
出す一方、フランキー・ミラー・バンドやロニー・レインの
ロケット69に合流し多くの信頼を勝ち得ました。以降ソロ・ア
ルバムを順調にリリースし、遺作となってしまった『Poor M
an's Moon』(09年)など、彼らしい朴訥としたヴォーカルと
ギターが年齢とともにますます味わい深くなってきた大傑作
でした。

05年の10月には待望の来日。ごくプライヴェイトな観光目的
の旅行だったみたいですが、池袋のレコード店で行われた弾
き語りのライブ&サイン会は熱心なファンたちが多数詰めかけ
る、忘れられないものとなりました。その時もしっかり「間」
があり、タメの効いたオブリガートを弾いてくれたへンリー
さん。今まで本当にありがとうございました。あなたは永遠
の一番星です。心からご冥福をお祈りします。

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# by obinborn | 2016-06-15 04:16 | one day i walk | Trackback | Comments(2)  

ジョン・セバスチャン「Stories We Could Tell」

ジョン・セバスチャンのバックカタログが現在どうなっている
のか気になって、amazonで検索してみたら軒並みMP3音源ば
かりで複雑な気持になった。彼に限らず、今後はこうした傾向
にますます拍車が掛かるのだろう。だが何も気にすることはな
い。ダウンローディングの音質に満足出来ない人のために中古
レコ屋さんがあるのだし、アナログ・レコード復活の兆しも嬉
しい。いたずらに状況を細かく分析するより、音楽そのものが
「こんなにもいいんだよ!」と、しっかり語り伝えていくこと
のほうが案外突破口になるのでは、と思っている。

セバスチャンにとって3作めとなる『TARZANA KID』は74年
にリリースされた。当時国内盤の発売が見送られてしまい、ぼ
くはだいぶ後になってから輸入レコードを新宿のCISCOで買っ
た。生粋のニューヨーカー〜都会っ子であり、ラヴィン・スプ
ーンフルで洗練された音楽を歌ってきた彼が、ジミー・クリフ
のSitting in the Rimboやローウェル・ジョージのDixie Chicken、
あるいはカーター・ファミリーでおなじみのWild Wood Flower
などを取り上げていることに驚かされた。むろんスプーンフル
時代から彼はブルーズやジャグなど、自国アメリカの古い音楽
に着目してきたのだが、表看板はあくまでDo You Believe In M
magic?、Daydream、Summer in the Cityといったポップ・ヒ
ットの数々だっただけに、びっくりさせられた。

アーシーな指向性を深めた頂点は、A面最後に収録されたFace
of Appalachiaだろうか。セバスチャンとローウェル・ジョージ
が手を携えながら作った楽曲であり、ローウェルがスライド・
ギターを弾き、デヴィッド・リンドリーがフィドルを奏でるそ
の演奏からは、70年代を模索していったセバスチャンの姿が
浮かび上がってくる。そういえば当時の彼には、第一期リトル
・フィートが息詰まっていたローウェルに声を掛け、フィル・
エヴァリーを誘いながら三人で新しいグループを組む計画が
あったとか。久し振りに復活したエヴァリー・ブラザーズが
セバスチャンのStories We Could Tellをアルバム・トラックと
して配したのも、まさにこの時期。三人によるそのバンドは
結局夢のままに終わってしまったが、その断片をこの『TAR
ZANA KID』に聞き取ることは可能だろう。

『TARZANA』アルバムに収録されたStories We Could Tellの
作者版では、フィル・エヴァリーがセバスチャンと声を合わせ
ながら、こう歌っている「たとえ強風が吹き荒れ/悪い予感に
苛まれる日々があったとしても/ぼくは投宿先のベッドで/我々
が今朝も健在だと知ることでしょう/ぼくたちが伝えられるの
はそんな歌なのさ」

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# by obinborn | 2016-06-14 18:57 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

6月12日のカヌーとホンク

12日はパイレーツ・カヌーと東京ローカル・ホンクの2マン
・ライブを渋谷のB.Y.Gにて。いやあ〜楽しかったなあ!昨
夜のthe BM'sに続いて、自分のフェヴァリット・グループを
観れたこの喜びといったら!新作『What Do We Have To P
rove?』を携えて京都から久し振りに来てくれたカヌー。彼ら
とは以前から仲が良く、幾多の共演を積み上げてきたホンク。
アンコールでは2つのバンドが合体し、ホンクの「夏みかん」
とレディ・ガガのBorn This Wayを束ねていく。ホンクの木下
弦二が優れたマンドリン奏者や、リゾネイターの達人たちに、
「もっと!」とソロ回しを2コーラスに亘って呼び掛けてい
く場面に、彼らならではのハートウォームな連携を思った。

終演後はぼくも最近では珍しく打ち上げに参加。ビールを3
杯!ハイボールを重ねつつ、締めは赤ワインで。みんなが交
わし合う言葉たちからも、音楽そのものがしっかり聴こえて
きた。写真はぼくが心からリスペクトしている名ドラマーの
お二人と。左がホンクの田中クニオさん、右がカヌーのヨッ
シーこと吉岡さん。お二人の歌心ある抑制されたドラムスを
同じ時間に耳にした幸せ!そのことをずっと覚えておきたい。

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# by obinborn | 2016-06-13 01:34 | 東京ローカル・ホンク | Trackback | Comments(0)  

6月11日の青山陽一the BM's

11日は十条のシネ・ソトにて青山陽一the BM'sを。個人的
には約一年ぶりの再会となったが、精緻な密度を保ちつつ
どこまでも奔放に弾け飛んでいくリズムの波に包まれた。
カルテット編成による研ぎ澄まされたその音群は、ロック
やファンクが切り開いてきた道のりに多くを負いつつつも、
自分たちのイディオムとして生かしていこう!という気概
に満ちたものであり、ちょっと目頭がじ〜んと潤んでしま
ったほど。

第一部をMG’s、トラフィック、ボビー・ウーマック、ロン
・ウッド、ハウリン・ウルフ、ザ・バンドそしてリトル・
フィートと、これまで青山が触発されてきた偉人たちの楽
曲で連ねる一方、第二部をオリジナル曲で堂々と固め打ち
していく構成は、青山陽一がこれまで辿ってきた長い道の
りを聞き手たちに想像させるものだった。洋楽ファンにと
っては第一部だけでも満足だったろう。それでもパート2
のほうが俄然生き生きしているところに今現在のthe BM's
の逞しさを思わずにいられない。とくに近作『ブルーズ・
フォー・トマト』前後から新たに加入した千ヶ崎学のエレ
クトリック・ベースは、その音域の豊かさといい、歌心の
確かさといい、新生KIRINJIの一員として抜擢されたことに
頷かれる方々も多いはず。凹凸に溢れた彼のベースライン
の数々。それらをファンたちはしっかり聞き取った。

昨年シングル盤がリリースされたFreezer Bag、ファスト
なテンポで甦ったFreedom、あの懐かしいTragic Magic、
リフの応報がやがて視界を広げていくBycicle、そしてこ
の日初出となった新曲You Know What I Meanに、アンコ
ールの壮大な幻想曲「難破船のセイラー」。それらは今日
もなお、音楽という抽象画として結晶する。聞き手たちに
想像の翼を与えていく。ステージ終盤には青山が喉を痛め、
会場を埋め尽くしたすべてのファンを心配させたが、その
アクシデントを補うかのように、彼はシグネチャーとなる
テレキャスターで、虹のように鮮やかなシングルノートと
カッティングを、どこまでもどこまでも織り成していった。

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# by obinborn | 2016-06-12 01:12 | 青山陽一theBM's | Trackback | Comments(0)  

書き手として、26年間を振り返ってみた

音楽に関する原稿を書き始めた26年前に、とある先輩から
アドバイスを頂いたことがある。それは「これなら任かせ
ておけ!」という分野を作ることと、「けっして何でも屋
にはなるなよ!」という助言だった。幸いにもぼくはそれ
をずっと守ってきた。唯一意外に思われそうなのが、かつ
てキング・クリムゾンのかなり長いテキストを寄稿したこ
とかもしれないが、それとて一時の彼らが好きだったから
に他ならない。

むろんライターによってアプローチが違うことはぼくも認
める。ある者は生活のため、好きでもないヴィジュアル系
Jポップのバンドに密着して提灯記事を書きまくる。またあ
る者はビッグネイムのアーティストに特化した企画をプレ
ゼンする。その領域を侵害したりはしない。でもぼくには
それがどうしても出来ないんだなあ〜(笑)広く多岐に亘
って多くの音と触れ合いながら、時代を俯瞰する視点は書
き手の必須条件だろうが、それを実際に原稿という形で落
とし込む際には、細心の注意が必要だろう。まるで一夜漬
のようにwikiをコピペしたような文章は、その音楽の熱心
なファンであればあるほど、いとも容易く見破る。鋭く刺
さるナイフのように看破する。

慌ただしい日々のなか、自分らしさを保つのは大変なこと
だと思う。でも一番大事なのは好きなミュージシャンやバ
ンドに対し、自然に向き合い、彼らが放つひとつひとつの
言葉や音を丁寧に拾い上げていくことだ。思わず青臭いこ
とを書いてしまったけれど、ぼくはこれからもそんな気持
を大事にしていきたい。今日はずっと曇りの天気だったけ
れど、ジェリー・ガルシアのギターを聞いていたら、坂道
の彼方に大きないわし雲が見えてきた。

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# by obinborn | 2016-06-06 18:26 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

追悼:デイヴ・スゥオブリック〜あなたの音楽に出会えて良かった

デイヴ・スゥオブリックがフェアポート・コンベンションに
初参加したのは1969年7月のことだった。マーティン・ラン
ブルを交通事故で失うという悲劇に見舞われ、存続するかど
うかの瀬戸際に立たされていたバンドは、ある日トレヴァー
・ルーカスの家にスゥオブリックを呼び、一緒に音を奏で始
めた。彼の楽器はヴァイオリン。その調べはいつしかフェア
ポートの一翼となり、バンドを黄金時代へと導いていく。69
年の夏から秋にかけて彼らがレコーディングに取り組んだ『
リージ&リーフ』アルバムは、やがてフェアポートの記念碑
となった。

そのスゥオブリックが亡くなってしまった。近年は足腰が衰
え車椅子に座るなど体調が心配されたが、とうとうその日が
訪れてしまった。『リージ』のB面に収録された「タム・リ
ン」で枯れ葉のように舞うスゥオブリックのヴァイオリンが
大好きだった。そのフレーズはときにイングランドの凍て付
いた大地を思わせた。寒さにじっと耐える冬ザクロのような
孤独を醸し出した。そしてロック・バンドにヴァイオリン奏
者がいてもいいんだ!という発見は、後進に勇気を与えてい
く。この日本に限っても、はちみつぱいがそうだった。彼ら
を母体にしたムーンライダーズがそうだった。彼らの仲間の
あがた森魚がそうだった。

『リージ』アルバムのジャケットをかざしてみる。フェアポ
ートのメンバーは自分たちの新しい音にきっと手応えを感じ
ていたのだろう。そんな気持を物語るようにメンバー6人の
顔がしっかりと写し出されている。サンディやリチャードと
いった顔役はもとより、バンドの母体を支えたサイモン・ニ
コルがいる。頑固そうなアッシュレイ・ハッチングスがいる。
重厚なドラムスを叩くデイヴ・マタックスがいる。そしてデ
イヴ・スゥオブリックがいる。皆んながいる。誰一人として
欠けていない。フェアポートの音楽はこれがトラッドでこれ
がロックだというつまらない論議や、アクースティックかエ
レクトリックかという退屈な垣根を飛び越えながら、今日も
なお迫ってくる。そのど真ん中には確かな腕のヴァイオリニ
ストがいた。スゥオブリックさん、今までありがとうござい
ました。あなたの音楽に出会えて良かった。

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# by obinborn | 2016-06-06 12:29 | one day i walk | Trackback | Comments(0)  

ディノ・ダネリのこと


「ディノ・ダネリのドラムスにはスタジオ・ミュージシャン
にはけっして出せない奔放さがある」武蔵小山のレコード店
ペットサウンズの森勉さんが、そうお書きになられていたの
を読んだ時、ああ、この人は本当にラスカルズを愛されてい
るんだな、と心底嬉しく思ったことがある。

1960年代にはザ・バーズの「ミスター・タンブリンマン」の
ように、メンバーのマイケル・クラークではなく、スタジオ
集団レッキング・クルーのハル・ブレインが”虎”となってド
ラムスを叩いているようなケースが少なくなかった。まだ音
楽ビジネスが未熟であり、ミュージシャン自身が主導権を握
るような状況はなかった。

そんな時代のなか、66年にデビューしたヤング・ラスカルズ
は健闘した。アトランティックという自覚的なレコード会社
と、トム・ダウドやアリフ・マーディンといった優秀なスタッ
フに彼らは恵まれた。でもそれだけのことではない。自分たち
の歌を自分たちの演奏で届けたい。そんな想いはニューヨーク
周辺のクラブ・サーキットでトップ40を演奏しながら修行を
積んだメンバーたちのプライドでもあっただろう。しかも彼ら
の場合、フェリックスがハモンド・オルガンのフット・ペダル
で低音部を支えていたから、専任のベース・プレイヤーはいな
かった。ベース奏者が示す明確なラインなしで、ドラムスに向
かっていったディノ・ダネリは一体どんな心持ちだったのだろ
う。

アルバム『COLLECTIONS』は「ダンス天国」でB面の最後を
閉じる。その演奏のなか、ヴォーカルのエディ・ガバルッティ
がメンバーを紹介していく。そう、「オン・ドラムス、ディノ
!」「オン・オルガン、フェリックス!」といった具合に。
それはとても誇らしい光景だった。ぼくがかつてリンゴ・スタ
ーやチャーリー・ワッツのドラムスに心揺さぶられたのと同じ
ように、ディノは情熱とともにしっかりバスを踏み、スネアを
刻み、ここぞという展開でトップ・シンバルの音を高らかに鳴
らしている。

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# by obinborn | 2016-06-06 00:45 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)  

ヤング・ラスカルズと私

昨日はダスティ以外にも3枚ほど買ったんだけど、とくに
嬉しかったのは、ヤング・ラスカルズの『COLLECTION』
だった。1966年にシングルGood Lovin'でデビューした彼
らは、全米一位に輝いたその曲を収めたアルバムをリリー
スした後、あまり間髪を置かずにセカンド作『COLLECTI
ON』のレコーディングに取り組む。前作同様まだまだカバ
ー曲が多く、ここでもクリス・ケナーの「ダンス天国」や
マーヴェレッツの「海のなかには魚がいっぱい」あるいは
バディ・ジョンソンのSince I Feel For Youといった演目に
頼っている。そのクラブ・バンド然とした匂いはパブ・ロ
ックを愛する者の一人としてむろん大歓迎!それでもこの
アルバムの価値は優れたオリジナル・ナンバーにあると思
う。メンバーのフェリックス・キャヴァリエとエディ・ブ
ルガッティが共作したWhat Is The ReasonやLonely Too
Long、そしてLove Is A Beautiful Thingは、以後も長らく
ラスカルズのステージを支え続ける名曲となった。

イタリア系のアメリカ人としてニューヨークに育ったラス
カルズのメンバーは、人種差別に対してもヴェトナム・ウ
ォーに関しても敏感に反応していった。やがて生まれた
「希望の光〜A Ray Of Hope」は、混迷する時代に投げか
けられた架け橋となる。チャック・ベリーやレイ・チャー
ルズの自伝映画でも描かれていたように、60年代に於いて
はライブ・コンサートに入場出来ないアフロ=アメリカン
たちが多くいた。シスター・ロゼッタは乗るバスのシート
に差別があることに抗議した。ガーランド・ジェフリーズ
は自分を乗せようとしないタクシーが、次の角で白人を招
く場面を目撃している。その傷付いた心はどれほどのもの
だっただろうか。

「ぼくたちラスカルズは黒人を規制する会場では、もう二
度と演奏しない」フェリックスはそう発言し、その結果と
して彼らは活動を制限され、袋小路へ追い込まれ、いつし
か解散してしまった。ブラック・ミュージックから恩恵を
授かり音楽の道を志したイノセントな若者たちが、やがて
暗い時代へと吞み込まれていく。音楽を聞いていてダンス
するハピネスと同じくらい、悔しさや罪悪感を噛み締める
のはいつもそんな時だ。

まだ20代半ばだったフェリックスはWhat Is The Reason
でこう歌っている「恋に落ちるのに理由なんてないよね!」
と。そのごくシンプルな歌詞が、聞き手たちの経験を伴い
ながら、もう少しだけ重層的な表情を帯びていく。ヤング
・ラスカルズはぼくに、自分が何故ロック音楽を好きにな
ったかを、今も鮮やかなまでに思い起こさせてくれる。

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# by obinborn | 2016-06-05 14:33 | rock'n roll | Trackback | Comments(0)  

6月3日のロックンロール

今日(3日)は約一ヶ月ぶりに自由が丘のバードソング・カ
フェに。いや〜楽しかったなあ!店主の梅澤くんともお客さ
んとも、音楽を通していろいろな会話が出来た。ぼくの場合
ただひたすら音だけに集中したいのなら、自分の家に籠って
聞けばいいだけのハナシなんだけど、やはり一歩外に出て、
自分以外の第三者と触れ合ってみることを大事にしている。
「私キンクスが大好きなんです」とか「昔レコ屋でバイトし
てビリー・ジョエルのバックオーダーを取りまくったんです
よ」とか。あるいはぼくと梅澤くんでデレク・トラックスに
関する認識の違いを確認し合ったり。そうした会話自体がぼ
くにはとても貴重な音楽として聴こえてくる。生身の言葉と
はそういうものであり、ぼくは大瀧詠一のロンバケ・アルバ
ムをパチンコの景品として受け取った学生時代の思い出まで
つい語ってしまった(笑)

そうやって音楽は人々それぞれが体験した人生のサウンドト
ラックになり、自分でも忘れていた体験として閉ざされた扉
を叩いていく。こんな厳しい時代に”酒飲んで音楽聞いて”な
んて甘い!と言われることは熟知している。でもそんなもっ
ともらしい意見はどこかインチキで窮屈でもあろう。バー・
カウンターの向こうから、隣に居合わせたぼくとは初めての
お客さんから、生きた言葉たちがきちんとはね返ってくる。
ぼくはそのことを覚えておきたい。

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# by obinborn | 2016-06-04 00:27 | one day i walk | Trackback | Comments(0)