月夜を往け

ー以前、佐野さんは「もしジョンレノンと共演出来たら ぼくは
他愛のないロックンロールを一緒に演奏したい」とおっしゃって
いましたね

佐野:ぼくなりのユーモアの感覚かもしれません 暗い感情や
ネガティヴな情感で人々と結びつくのはぼくは嫌なんです
こんな重苦しい時代だから 悲しい歌を書けと言われれば
100曲書ける でもぼくはしない  しかし一方で ハピネス
喜び ジョイ 、、、そうした肯定的な様々なものは本当にいろいろな
形をしていると思っている

ー70年代には自己憐憫のようなフォーク音楽もありました

佐野:今のロックもそうですよ 自分のことしか歌っていない
愛を歌ったリリックがあるけれど ぼくはちっとも愛を感じないし
それに対する批評もない

ー佐野さんの視点はいつも”きみ”と”ぼく”の関係を築くことに
注がれていますね

佐野:ディランやトム ウェイツやランディ ニューマンが何で優れてい
るかというと 彼らがストーリーテイラーだからなんだよね
彼らは物語を紡ぐことが出来る  自分が悲しいとか 自分は怒っている
なんてどうでもいいんです
むしろ人々のことに彼らの関心は常に払われています
もし目の前に打ちひしがれている人がいたら その人の物語を書いて
みよう 彼らはそういう発想をするのではないでしょうか?
そして聞き手はその歌に描かれている人々の人生を慮ることが出来る
ぼくは彼らからソングライティングを学びました

ー佐野さんの「月夜を往け」を初めて聞いたとき ぼくはザ ロネッツの
歌った「ビー マイ ベイビー」の約束のこと そしてザ バーズが”どこにも
いく宛がないから きみのジングルジャングルの朝に連れていっておくれ”
と歌う「ミスター タンブリンマン」のことを思い起こしました まるで彼らが
この「月夜を往け」に生きているような、、、 
そういう思い込みを持つ聞き手に対してどう思っていますか

佐野:ぼくは好きです 何故なら音楽を作るという行為も作家の妄想から
生まれてくるものだからです それを「見ろ、これが俺なんだ!」と言わん
ばかりに大袈裟に出す人もいれば 謙虚なままの人もいる ぼくはそれを
少しシャレた感じでやりたいんですね きみの領域を犯してまでぼくは
自己主張をしないよ そんな態度かもしれません ぼくの音楽にもそれが
現れているのではないでしょうか? 最新流行の服に袖を通すよりも
自分が慣れ親しんだシャツを着るのが遙かに自然で気持ちがいいように
ぼくも自分の音楽をそんな風にデザインしていきたいんです
でも 一番気を付けなければいけないことは、、、それが趣味の領域で
終わってしまってはいけない 音楽はディレッタントの慰みものなんかじゃな
いんだ その先に何か切り拓くものがあればいいな ザ ロネッツを知らない
12歳の女の子がぼくの「月夜を往け」に合わせて踊ってくれたらいいな

佐野元春  拙者による取材時に(07年5月)

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by obinborn | 2010-10-17 17:19 | rock'n roll | Comments(0)  

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