自己憐憫を超えて〜ランディ・ニューマンのまなざし

ぼくたちが最初に会ったあの夜
きみはプリンセスのようだった
きみは髪をひっつめにしていた
ああ 忘れられないよ

でも今のぼくはひどく酔っぱらっている
こんな状態じゃないと きみがどれだけ大事だなんて
言えやしないんだ

初めてきみに会ったとき きみを愛していた
今でもそう思っていたいよ、マリー
初めてきみに会ったとき きみを愛していた
今もそう思っていたいよ、マリー

きみは花のようで 川のようで 虹のようだ
でもぼくはときどき混乱してしまう
そうなんだ わかるだろう?
ぼくは弱虫で怠け者で きみをこんなにも傷付けてしまう
何しろきみの忠告を聞かないし
恐るべきことに きみにソッポを向いたりもする

でも愛しているよ マリー
きみを初めて見た夜のように
きみが髪をひっつめにしていたあの頃のように

ランディ・ニューマン「マリー」
アルバム『Good Old Boys』(74年)に収録

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〜解説〜

忍び寄る歳月を感じさせる独白の歌である
初めてのときと今現在とが対比されるのだが
それを説明的なリリックで語るのではなく 俳句のような簡素さで表現する
それこそがニューマンの上手さであろう

これほど”気配”を感じさせる愛の歌にはなかなかお目にかかれない
この歌は中年男が妻に独白するという手法でニューマンが語るのだが
妻の言葉は一切出てこない 
だが彼女の気配が隅々にまで感じられるし
ニック デカロの弦アレンジと指揮はその場を包み込む

その場のことをぼくは考える

この夫婦はリヴィングルームでお酒を飲んでいるのかもしれない
この夫婦は週末に地元の映画館で名作でも観ているのかもしれない
この夫婦は近所の退屈なバーで杯を重ねているのかもしれない

『佳き時代のボーイズ』
そんなアルバム表題にもニューマンの自嘲と内気な心が秘められた

ちなみにグリール マーカスはニューマンに関してこう述べている

「ずっと変わらない冷静な目で世の中を見つめながら その奥にピュア
で温かい人間味を持ち続けている唯一の人物だ」

そして佐野元春はぼくにこう語りかけてくれた

「自分が悲しい、自分が寂しいなんてどうでもいいんです お嬢さんの
日記じゃあるまいし、、、ランディ ニューマンやディランそしてトム ウェ
イツ、、、彼らは物語を紡ぐことが出来る もし目の前に打ちひしがれて
いる人がいるなら 彼らはその人を慮る 彼らはそういう発想をするので
はないでしょうか? ぼくは彼らからソングライティングを学びました」
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by obinborn | 2011-01-15 19:02 | one day i walk | Comments(2)  

Commented by CAKE at 2011-01-17 16:44 x
個人的にも大切なラヴソングのひとつです。

「今もそう思っていたいよ」という言い回しが、独白してる男の繊細さも我儘さも包括していて、とても他人とは思えません。

同時に「思っていたいのに思い難い」何か、の存在も暗に感じられたりしませんか(佐野元春いうところの『生活といううすのろ』なのかも)。
Commented by obinborn at 2011-01-17 19:42
ある程度機微を感じる年齢になると その人が実際に発した言葉
だけではなく その人が本当に言いたかった想いを汲み取れるよ
うになる そうした二重構造のようなものがニューマンにはあって
しかも彼はそれを簡素なリリックを用いて表現出来る

言葉を発していない彼女の”気配”や”積もってしまった埃”
までが漂ってくるようです

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