2月7日

皆さんご存知のように連合赤軍の指導者、永田洋子死刑囚(65歳)が
5日に獄中で静かに息を引き取りました

テレビではコメンテイターが「ひとつの時代が終わった」という表現をして
いましたが ぼくは何だか違和感を拭えないのです 時代云々ではなく
こうした狂気というものを人間は誰もが秘めているという事実を見つめな
ければ何も解決しないと思うからです むしろこんな重苦しい時代だから
鬱屈したものがいつ噴き出すか解らない(アキバ事件のように)怖さが
あるように思うのです

「永田死刑囚は同志の指導者として次々とメンバーに”総括”の名の下に
自己批判を迫った 総括はエスカレートし 他のメンバーに”総括援助”と
称して暴力を加えさせるようになった 何人も取り囲んで殴打し 緊縛して
極寒の山中に放置した 死亡すると穴に埋めた 兄弟でアジトに潜入した
同志もおり  弟は兄を泣きながら殴った 妊娠8カ月で総括を迫られ暴行
を加えられて死亡した女性もいた こうして仲間を死に追いやった革命思想
は あさま山荘での壮絶な銃撃戦で途絶えた」(毎日新聞2/6より抜粋)

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この事件が起きた71〜72年当時 ぼくはまだ中学生でしたが そのおぞまし
さは鮮明に覚えています やや見て来たような言い方になってしまうかもしれ
ませんが ぼくが漠然と組織や集団というものに怖さを感じ 距離を置こうという
本能が働き出した理由には やはりこの事件が影を落としているのかな? と
考えることがよくあります 

今の若い人たちにあの時代の”空気”を伝えるのは難しいと思うのですが
ぼくに連合赤軍の事件から学んだことがあるとすれば イデオロギーにがんじ
がらめになった組織への嫌悪と懐疑です やや形は違いますがオウム真理教
の醜悪な事件も”洗脳”や”組織への絶対服従”という意味では 問題は同じ
ところにあるといっていいでしょう

「きみは革命が必要だという でも物を破壊するっていう考えには賛同出来な
いね それよりもアンタの心を解放したらどうなんだい?」(ジョン・レノン「レボ
リューション」68年7月)

「電話が鳴っている 電話が鳴っている だけど今夜は毛沢東とは話したくない」
(ローウェル・ジョージ「アポリティカル・ブルーズ」72年)

ぼく自身は固定化された人間関係を好みません ちょっと暗い見方になって
しまいますが(笑) どんなに仲の良い友だちでも歳月とともに齟齬が生まれて
くる場合もあるし 価値観が微妙に違ってくるのは仕方ないのです 逆にそれ
を見ないで体裁を取り繕うようになると無理が出て来て第一楽しくないです
からね(let it flow, let it grow〜流されるのではなく、自然のままに)

作家の辺見庸さんはかつて「人間はここまで残酷になれるのか それに立ち
向かう武器は人間はこんなにも優しくなれるのか、という気持ちだけだ」
と話されていました 詳細は忘れてしまいましたが 確かイラク戦争勃発時
に寄せたコメントだったと記憶しています

たまたま同じ毎日新聞に紹介されていたのは詩人、茨木のり子さんの本
でした そこにはこんな詩が引用されていました  彼女が戦後十年経った
31歳の時に書いた詩です
この蒼茫感を共有出来る人とは友だちになれそうな気がします


  わたしが一番きれいだったとき
  まわりの人達が沢山死んだ
  工場で 海で 名もない島で
  わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

  わたしが一番きれいだったとき  
  だれも優しい贈り物を捧げてはくれなかった
  男たちは挙手の礼しか知らなくて
  きれいな眼差だけを残し
  皆 発っていった

 「わたしが一番きれいだったとき」

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「茨木は人に対してけっして崩れることのない人だった いつも親切だった
確かに世の中にはこういう人がときどきいる  そしてそういう人の本質は
良質な”保守”性にあるんじゃないだろうか たとえば世界や他者への信頼感
や情緒の安定 生活への保守的態度 他者への共感性 責任の自覚  この人
が詩という形式を選んだのはなぜだろう? 研ぎ澄まされた表現とともに彼女
のなかにあるのは自律や抑制だ」(小西聖子 毎日新聞2/6より抜粋)

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by obinborn | 2011-02-07 13:48 | one day i walk | Comments(0)  

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