4月27日そして追記

朝刊の文芸時評で斎藤美奈子さんがなかなか鋭いことを書かれていた

斎藤さんはこう筆を進める

「先の戦争の後、『文学者の戦争責任』が取りざたされた時期があった。
ならば『文学者の原発責任』だって発生しよう。安全神話に加担した責任。
スルーした責任。(中略)文学の人は文学だけを追求していりゃいいんだよ、
という態度は『文学村』の内部の言語である点において『原子力村』と同質
ではないか?」

この引用のなかの「文学」を「音楽」や「ボブ・ディラン」に置き換えてみれば
ここのところぼくがずっと抱えていたモヤモヤは幾ばくかすっきりする

早いハナシ、どの分野に於いてもオタクは駄目だということだと思う
ギター・オタクが音楽全体を見渡せないように 理系科学者が文明的な史観
に立てないように とことん内向きな精緻はときにこうして大きな間違いを起こす
それはミクロ対マクロのような形で ぼくらの生活全体に関わってくるのだ

ことさらディランに問題を絞ってみても この20年近くでディランをめぐる”情報”
に特化した人はいくらでもいたけれど ディランの歌を直感的に しかも虚心に
受け止めた音楽評論家やファンがどれほどいたことだろう  

中国当局の”検閲”を受け入れたディランの殆ど笑えない冗談のような あるい
はシュールな未来図に関して ディランを語る立場にいる人たちがスルーしてい
る樣は 弊logのコメントでvietnamcowboysさんが発言してくださったように
割り切れないものをやはり感じてならない

これはラップに詳しい人が必ずしもラップを取り巻く社会全体を広く把握出来る
わけではないという構造と恐ろしく似ている ちなみにラップに関していえば 
ぼくはルー・リードの「ワイルド・サイドを歩け」にその発芽を見るのだが 
ギャングスタ・ラップの”村”のなかではどうなのだろう? 

話は変わる

フィービー・スノウが脳内出血による合併症によって死去した 享年60歳
立ち位置としてはフォークやブルーズに影響を受けた人だと思うが
パースエイジョンズからビリー・ホリディ楽団のテディ・ウィルソンまでを
従えた音楽性の豊かさに思いを馳せたい
彼女が弾くギターにしてもリズミックな彩りに満ちていた
ああ、このシンコペ感覚!

それはサム・クックの「good times」をカバーした演奏に聞き取れるし
後年ケニー・ヴァンスのライヴに飛び入りしてサムの「you send me」を歌う
フィービーには思わず頬が緩んだものだった

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ニューヨークのA&Rスタジオで録音されたフィービー73年のファースト
相方ギターの人選はデヴィッド・ブロムバーグからスティーヴ・バーグ
(スティーヴ・フォーバートとの仕事で有名)、そしてデイヴ・メイソンまで

(追記)

ディランの中国公演に関する擁護派が批判派に対して
「もはや反戦歌やプロテスト・ソングの時代ではない」とか「あるがままに今の
ディランを受け入れるべき」とか問題をすり替えている現状が残念でならない

私が問題にしているのはあくまで中国当局の検閲を受け入れたディランに
関してであり そうした事態に関して発言しない(もしくは容認する)といった態度
はこれまた諦観を伴った自主規制ではないか? という懸念なのだ

中国当局の”圧政”に関してはみなさんご存知の通りだが
擁護派がそれらとディランとの関わりを語ることなく
朝日新聞の紋切り型記事(『フォークの神様』云々)批判と同列にしてしまっている
のは本当に不幸なことだと思う

また補足的に言えば一般新聞の記事というものは音楽専門雑誌と違い
ディランのことをまったく知らない人にも解りやすく簡潔に伝えなくてはいけない
使命がある 従ってこの記事を”時代錯誤的”という観点で批判しこと足りるわけ
ではない むしろディランのこれまでの歩みを限られた誌面で凝縮したという見方
も出来るくらいだ

ディランの初期キャリアに於いて言われたプロテスト歌手というイメージにいつま
でも引きずられるな それは当然そうだろう
しかしそのことを受け止めることが検閲問題をスルーする保険にはなるはずも
ない どうか問題をはき違えないでいただきたい
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by obinborn | 2011-04-30 04:57 | one day i walk | Comments(20)  

Commented by ちーくん at 2011-04-27 22:02 x
フィービーが亡くなったんですか。知らなかった。残念です。
一寸変わった立ち位置の人で、ある意味クセのある人でしたけど、そこが良かったんですよね。

「文学者の原発責任」は「知識人の原発責任」とも言い換えが可能です。戦争や貧困といった事象に比べ、原発を正面切って語る知識人が少な過ぎる。環境、文化を語る上で避けては通れない話題のはず。
そして、人の責任のような言い方をしている今の私にも最後には跳ね返ってくる。我々は余りにも原発を語らぬまま許してきてしまった。被害者であるながら加害者でもある。
Commented by obinborn at 2011-04-28 01:10
フィービーはやはり東海岸の人というイメージがぼくの場合、
圧倒的に強いです このファーストでもフィル・ラモーンがエンジニア
を担当したり、A&Rスタで録音したせいもあるのでしょうが、
ジェイムズ・テイラー(ボストン出身)同様にリズムに対する認識が
実に鋭く ブラック・ミュージックの影響を受けていることが伝わって
きます
原発については需要と供給がどちらが先かという卵とニワトリの関係
のような論争に終始してしまい その「もし、、、」の場合の恐ろしさ
を文明的なコンテクストのなかできちんと語ってこなかったことが
こういう結果を招いてしまいました 80年代にあれだけ問題視され
ながらもその後沈黙することで加担してきたのです
それにしてもディラン・オタクたちの情けなさは目に余ります
Commented at 2011-04-28 22:46 x
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Commented by obinborn at 2011-04-28 23:25
ぼくは今のところtwitterは(功罪を含めて)やっていないので詳細は
解らないのですが すでにそんな状況なのですね なんとなく想像
出来ますが きっと低次元レベルの話であるのでしょう(苦笑)




Commented at 2011-04-29 09:38 x
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Commented by obinborn at 2011-04-29 09:59
vietnamcowboysさん
お心遣いいただきありがとうございます
叩かれても叩かれても起き上がるのがオビですから(笑)

一点よろしいでしょうか?
今回のディランの中国公演の擁護派でがっかりさせられるのは
反戦歌やプロテスト・ソングの時代ではないといった主旨とすり
替えている点です 元々ディランはメッセージ色の濃い「風に吹か
れて」でも「激しい雨が降る」でも暗喩を込めて広義の歌へと
昇華させることに長けた音楽家ですよね そんなことも解らずに
批判派を”時代遅れ”とすり替える彼らの論理に底の浅さが透け
て見えるようです ぼくらが言っているのはあくまで検閲という問題
なのにもかかわらず、です
Commented at 2011-04-29 11:30 x
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Commented by obinborn at 2011-04-29 17:07
再度、vietnamcowboysさんへ

その後気になってこの問題の検索をかけてみたのですが
音楽に政治を持ち込むなとか時代は変わったとか稚拙な感想
ばかりであり(苦笑) ディランを今の中国でどう捉えるかというパ
ースペクティヴに立った視点のものは殆どありませんでした 
音楽ファンである以前に社会人であれば中国がノーベル賞作家
を収監したりチベット人を弾圧していることくらいは視野に入って
くるはずですが そうした中国の現在に切り込むような論考も残念
ながら見受けられません あと野次馬的には朝日新聞のやや紋切り
型の記事にもともと政治的な立場が異なる扶桑社(フジ=サンケイ・
グループ)の雑誌が噛み付いたことくらいですかね
とりあえず現状報告をさせていただきました
Commented by obinborn at 2011-05-01 09:04
昨日件の記事が掲載された『en-taxi』(扶桑社)を立ち読みしましたが
朝日新聞への当てこすりに終始するシロモノでがっくりさせられました
肝心の検閲問題をスルーするばかりか筆者のディランに対する視座
がまったく見えてこないのでした 何かジャーナリズムの劣化を象徴
しているなあ
Commented at 2011-05-01 18:34 x
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Commented by obinborn at 2011-05-01 19:20
筆先も一歩間違えれば大衆操作に成り得る ある意味”言葉”に
すがっていれば思想統制も出来てしまう それだけ一個人という
のはどんな時代であれ弱いのかもしれません 今回の朝日と扶桑
のやりとりにしても 読み手が安易に感情移入するのは危険だと
思います 肝心なのは「じゃあ、あなたはどう思っているのですか?」
ということなのにもかかわらず
Commented by obinborn at 2011-05-03 06:37
検閲をめぐるディランの記事をあらためて整理すると 取り上げた
朝日は報道の一環としてその任務をまっとうに行ったに過ぎません
それに対して認識が古いだシーラカンスだとイチャモンを付けた
扶桑の位置というのは問題の核心を隠蔽しかねないとも思います
たまたま覗いた関西のラジオ・パーソナリティNY氏のブログでは
扶桑のこの記事に「大きく頷いた」とありますが サクサクと同化/
共感するその姿勢に報道者としての危うさを感じてなりません
繰り返しますが問題は”フォークの神様”云々の表現方法にあるの
ではなく、検閲を受け入れたディランであり、それを私たちがどう
受け止めるかでしょう
Commented by obinborn at 2011-05-03 08:05
昨日(2日)はたまたまキヨシローさんの命日だったが ディランの検閲
問題をスルーするような人間がキヨシローの生き様に同化するなんて
いうのはまさに滑稽そのものだ それは単に亡くなった偉人を記号とし
て美化しているに過ぎない そう言われても仕方ないだろう
Commented at 2011-05-03 09:58 x
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Commented by obinborn at 2011-05-03 10:38
エジプトやチュニジアでの民衆革命、つまり”アラブの春”の余波を
恐れている中国当局ですが ディランというアイコンを利用してガス
抜きするというのは大いに考えられる展開ですね そして勿論市場
拡大に伴って米中双方の思惑が合致したとなればなおさらでしょう
いずれにしてもロック音楽の変節を象徴するような しかも覚えて
おかねばならない検閲公演でした 何ともTangled Up(ねじれ)
を感じずにはいられません
Commented at 2011-05-03 12:15 x
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Commented by obinborn at 2011-05-03 12:49
私はその映画を残念ながら見逃しています(「アイム ノット ゼア」の
ほうは見ました)が きっと騙し絵のようにさまざまなメタファーに満ち
た内容なのでしょうね それにしてもセットリストのみに特化し 世界
情勢のなかでディランを捉えることが出来ない音楽評論家たちには
失望しています 私が知りたいのは「彼らの頭のなか」です(笑)
Commented at 2011-05-14 10:12 x
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Commented by obinborn at 2011-05-14 11:40
たとえ間違った報道であったとしても自称ディラジニストたちの
社会的問題意識のなさが図らずしも露呈された形になりました
音楽だけ聞いてりゃいい、という音楽評論家の態度にがっかりさ
せられました
Commented at 2011-05-14 13:53 x
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