私は土のなかのモグラになりたい

今日の歩数は12,601  順調に歩きました

思えば100年まえにはクーラーなど存在しなかったのですから
人類がいかに遠いところまできてしまったかがよく解ります

さて 最近また『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』を
聞き返しています グリール・マーカスによるライナーが『古く奇妙なアメリカ』と
題されているように1920年代や30年代に録音された伝承歌 バラッド 
マウンテン音楽 ジャグ ブルーズなどを集成したこのCD6枚組と接するには
源氏物語のような古典を読むが如き ある種の覚悟が必要です

時代も風習も違う20年代のアメリカ音楽をレベル7が発令されてしまった
21世紀の日本で聞くこと自体 俯瞰すればシュールな光景かもしれませんし
見方を変えれば人間の喜怒哀楽 日々の営みのキホンはそれほど変わって
いないとも言えるわけであり 辛いリスニングのなかに突然親近感を覚える
曲が出てきたりして驚かされるのでした

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確かにここには聞き手を慰撫するようなメロディもなければ シャレたアレンジも
ありません  極端なことを言えば 彼や彼女とのドライブの際こんな音楽をCD
プレイヤーにセットしたら変態扱いされること間違いなしです

しかしこれらの歌には人間の営みを凝縮したかのような根っ子 剥き出しの情感
辛い仕事への嘆き アパラチア山脈での変化していく季節などが脈打っています

前述したグリール・マーカスはかつてこんなことも書いていました

「1928年 バスコム・ラマー・ランスフォードによって広められた『私は土のなかの
モグラになりたい』もまた 恐れに満ちたどうしようもない宿命を感じさせる歌だっ
た この歌い手が何を望んでいるかは明らかだが それを本当に理解するのは不可能
だろう 彼は自分の命から解き放たれて 土のなかのモグラのような取るに足らない
存在 あるいは軽んじられる生きものになりたがっている 何も見たくないし 誰にも見られ
たくない 世界を破壊してしまいたい でも自分は生きながらえていたい」

(ボブ・ディラン&ザ・バンド『地下室』のライナー*より)

要するにマーカスはここで人間とはいかにアンヴィヴァラントな存在であるかを仄めか
しているのですが こうした矛盾のなかに人という生きものの本質を看破してもいる
のでした 

歴史の彼方から聞こえてくるような歌を集成したこの『アンソロジー』には
むろん「私は土のなかのモグラになりたい」(i wish i was a mole in the ground)
も収録されています

そういえば 私が初めて中村まりさんのライヴ演奏に接したのは09年秋のことでしたが
そのとき彼女はオリジナル曲に混ざってこの「私は土のなかのモグラになりたい」を
取り上げていました その不思議な磁力に私は大きく心を動かされたのでした



*『地下室』のライナーノーツには他にもブエル・カージーの「イースト・ヴァージニア」
クラレンス・アシュレイの「クー・クー・バード」 ドッグ・ボックスの「カントリー・ブルー
ズ」が列挙されているが そのいずれもを『アンソロジー』で聞くことが出来る
ちなみにマーカルはそれら20年代のバラッドとディランたちに関して次のように考察
している

「死を受け入れることとは 人生とは何かと誠実に知ろうとすれば必ず付きまとってくる
問題だ そうした神秘性に歌い手たちもまた囚われているのだ それは救いを求めて
いる者たちが 自分たちを見返している空間をふと覗いてしまったときの恐怖でもある」
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by obinborn | 2011-07-13 22:53 | one day i walk | Comments(0)  

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