ギターを弾かないジミー・ジョンソン

デニー奥山さんが ジミー・ジョンソンは実は裏方でギターは殆ど弾いて
いないのでは? とご自身のblogで指摘されていた

なるほど そう考えるとすっきりする  マスル・ショールズのセッション・
メンのうち 「これがジミーの音!」と言い切れる者はまずいないんじゃないか
とぼくも思うのである 弾いてもリズム、ロウ・ポジションでのアルペジオくらい
あとはエディ・ヒントンやピート・カーらの名手にお任せだった、、、というのが
どうやら本当のところらしい

奥山さんのこの見解を決定的に裏付ける盤がトラフィックのライヴ・アルバム
『オン・ザ・ロード』(LP2枚組)である

トラフィック72年初頭のツアーは 前2作で知己を得たマスル・ショールズ・
サウンド・スタジオの面々(ホウキンス、フッド、バケット)がリズム隊でサポート
し トラフィック史上もっとも安定したグルーヴが肝となったのだが
そのツアーから4月の西独公演の模様を収めたのがこの『オン・ザ・ロード』だ

件の人、ジミー・ジョンソン氏は ゲイトフォールド・ジャケでしっかり名前入りで
写真が紹介されている  しかし演奏には一切加わっていない もしやと思い
今日リマスターCDで全編聞いてみたのだが 見事なまでに皆無なのでした、、、

それでもこうしてツアー・バスでの楽しげなスナップが残されているくらいだから
やはり裏方であり かつマスルの精神的な支柱であったのかもしれない

こういうフリー・フォームな演奏では自分の出番はないと奥ゆかしくも考えたの
だろうか
ツアー中はミキサー卓でもいじっていたのだろうか

話は変わるけれども ここでのトラフィックは完璧な演奏を聞かせる
バケットにオルガンを任せた安心感もあってか ウィンウッドは歌/ギター/ピアノ
でのびのびと個性を際立たせ 英米混成の今でいうミクスチュア・ロックの先駆と
なった

全編大枠だけを決めたようなインプロヴィゼイション主体の長尺演奏だが
楽器どうしのせめぎあいというよりは 懐の深いリズムの波のなかをウィンウッド/
キャパルディ/ウッドがゆったりと自由に泳いでいる点がトラフィックらしい  
そうした意味ではガーナ出身のパーカッション奏者、リー・ボップの存在が鮮やか
に浮かび上がってくる作品でもあるだろう

とくにD面すべてを占める「low spark of hi heeled boys」の素晴らしさといったら!

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『アウトバーン』みたいなジャケットですが これはクラフトワークではありません
上部に映るアルバムはマスル好きにはもはや説明不要でしょう
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by obinborn | 2011-07-20 18:14 | one day i walk | Comments(2)  

Commented by Almost Prayed at 2011-07-21 19:06 x
“On The Road”において、ジミー・ジョンスンは「ミキシング」となってますね。スティーヴ・ウィンウッドもさすがに彼にまでギターを弾かせては「オレのすることがなくなる」と思っていたのかはわかりませんが(笑)。

当時、トラフィックと同じように大編成のバンド演奏に向かっていた存在にジョン・メイオールがいますが、そちらがジャズとブルーズの折衷みたいな音を出していたのに対して、トラフィックは、以前にも書きましたけど、ジャズともロックとも判然としないような不思議な感覚の音を出していましたね。マッスル・ショールズの人々を呼んだんだったらもっとどっぷりと南部風味の音にのめり込むのが普通だと思うのですが。招かれた彼らも「変だなぁ」と思いながら仕事していたかもしれませんね(苦笑)。

それにしても、他にドラマーを呼ばれて、ステージではドラムをほとんど叩けなくなってしまったジム・キャパルディには不満はなかったのでしょうかね。でも、彼の最初期のソロ作はマッスル・ショールズ録音だったことを考えると、特に意には介していなかったのでしょうかね。それも不思議ですね(笑)。
Commented by obinborn at 2011-07-22 17:37
先ほど確認したところ 確かにsound mixing担当としてジミーの名前が
ありました そんなところからも”裏方”的な彼の立場が感じられますが
確か『スタックス・レコード物語』にジミーがジャマイカで買い込んだ
スカ/ロックステディのレコードを他のマスルメンに配ることで ステ
イプル・シンガーズ”i'll take you there"のレゲエ・ビートが生まれた
というくだりがあるように 欠かせない人だったのでしょうね 楽器を弾かなくともトラフィックの欧州ツアーに同行したこの記録がそれを物
語っています
おっしゃる通り マスルを起用したからといって即サザーン指向とは
ならない部分にトラフィックという集合体の不思議で ときに掴み所
のない(されど高度な)音楽性を感じてなりません やはり表向きや
フォーマットとしての”ソウル”ではけっしてなく もっと抽象化された
密度が非常に高い演奏だと思います それもこれもウィンウッドの
本能的な閃きでしょうね 21世紀の最初の10年で最も重要なア
ルバム『nine lives』を聞いていると この『on the road』の延長
に少しの揺らぎもなく立っている彼の姿を感じてなりません

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