中村とうようさんのこと その2

先日書いた中村とうようさんの記事には大きな反応がありました
それもこれもやはり氏の影響力ゆえでしょう

ありていなことを確認しておきます

音楽はただ聞くだけでもむろん楽しいものですが
一定の探究心を持って接していけば より視界が広がるばかりか
自分でも予期しないような意外な発見が待っています

ひとつの音楽が生まれてくる背景にはさまざまな事象があり
それらを想像してみる知的好奇心が最も大事なものかもしれません

言うなれば 音楽評論とはそのような指南として存在します
ときに培った知識や鍛錬された耳が音楽を聞くうえで背中を後押し
してくれることもあるでしょう

音楽に理屈なんかいらない 楽しめればそれでいい
と言う人たちはいつの時代にもいます
それはそれでひとつの真実かもしれません 

しかしながら 音楽を聞いていくうえでの各自の感じ方を知ることは
けっして無駄なこととは言えないはずです

毎日をただ面白おかしく暮らしたいという刹那的な人たちにとっては
とうようさんの批評精神など 恐らく飯の種にもならないものでしょう
しかしそのような人たちも固有の文化なり時代のなかの一部であり
心の底では人生に対する暗い恐れを抱いているのかもしれません

現代の社会を一定のストレスなしに生きていくことは極めて困難です
どんな人であれ(持つ者であれ持たざる者であれ)そこから逃れるこ
とは出来ません

音楽もまたそのような社会性と密接に結びついています
こうした観点を常に忘れることなく ポピュラー音楽を広く研究したのが
中村とうようという人だと私は思っています

そういえばブルーズという音楽にも 自分が依って立つ場所を揺さぶら
れるような歴史があります 音の彼方にあるバックグラウンドへと思いを
寄せてみる そこから何かが始まるのかもしれません

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戦前ブルーズを体系的に俯瞰した3枚組『RCAブルーズの古典』(75年)はその後
CD化されるなど未だに根強い人気を持つ マガジンの増刊として74年の11月に
発売された『ブルーズのすべて』も当時格好のテキストとなり ブルーズ音楽への理解
を深めた
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by obinborn | 2011-08-03 02:08 | one day i walk | Comments(2)  

Commented at 2011-08-04 08:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by obinborn at 2011-08-04 12:18
jerryさま、ありがとうございます
あれは80年代の半ば、パパ・ウェンバ&ヴィヴァ・ラ・ムジカのライヴ
があった時でした 終演後の後楽園ホールのロビーで(主催・後援の)
とうようさんが「どなたか財布を落とされた方はいらっしゃいますか〜」
とサイフを手に掲げ「いらっしゃらなければボクが使っちゃいますよ〜」
とユーモアたっぷりに声を上げていらっしゃいました その姿がどこに
でもいる普通のおじさんっぽくて 妙に親近感を覚えたことを 最近
思い起こしました とうようさんの自死が残念でなりません

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