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ロング・インタヴュー、中村まり(下巻)

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☆☆☆☆歌い始めた頃はもがき苦しんでいました

ーーさて、ここでロンサム・ストリングスのお話はひとまずおしまいにして、中村まりさんの音楽について伺っていきたいと思います。中村さんにはいろ
いろな魅力があると思いますが、ぼくがやはり一番感じ入る部分は、時代や
 流行にはけっして流されまいとする悠然とした佇まいです。それは意識して のことではなく、やはり地のものなのでしょうか。

「もうそのままですね、本当に。だから逆に無理はしていないんだと思います。時間を掛けて、自分のやりたいことと少し得意なことが一致したのが今の音楽スタイルだったんですね。
私自身はよく指摘されるようにことさらブルージーな歌い方を意識しているわけではありません。それよりも体を使う楽器としての声をどうやったら正しく響かせることが出来るのだろうか、装飾なく自然に声を出していくにはどうしたらいいんだろうか、といろいろ試行錯誤していった結果、現在の歌唱法に辿り着きました。またギターという楽器に関しては、歌の伴奏者であり理解者であるといった”二つで一つ”といった関係性がとくに好きですね。例えば今ご指摘があったように、ギターの表現方法のひとつとしてスライド奏法もいいなあとは思うのですが、歌とギターが無理なく一番寄り添える方法が、私の場合フィンガー・ピッキングのスタイルだったんですよね。ミシシッピ・ジョン・ハートにしてもドク・ワトソンにしても、歌とフィンガー・ピッキングがワンセットでしっかり結び付いている点が素晴らしいですね。先の”二つで一つ”のお話じゃないですけれど、私はどうやらトータルでアートと呼べるようなものが好きらしいんです。ジョン・ハートなんかステージでのおしゃべりや人柄も含めて彼の音楽であるような気がします。勿論私はヴォーカルのトレーニングをしてギターの練習もしていますが、ここでうまく歌おうとかうまく弾こうとかことさら意識してしまうとやはり駄目なんですね。それよりは自分の頭や体から無意識のうちに出てくるような歌い方がいい。それは地声で歌っていることとも関係してくるのかもしれません。まあ本当はいろいろな声質を自在に使えたらいいのですが、無理のない歌い方という結論に達してからはすごく楽になりました。私は最初ジョニ・ミッチェルに影響を受けて音楽を始めたのですが、どう考えてもジョニの場合、一体どこから声を出しているの?!という超人的な感じがするじゃないですか(笑)。あれを最初の基準としてしまったがために、初期の私はとにかくもがき苦しみましたね(苦笑)。そしてやがてトラディショナル・ソングのシンプルなメロディやフラットな歌い方に出会ったことも転機になりました」



ーー自主制作のファースト・アルバム『Traveler and Stranger』(02年)の
頃と今とでは、中村さんの印象はかなり違いますね。『Traveler』アルバム
には、それこそジョニ・ミッチェルの匂いがします。


「そう、ですからまさに悶々としていたんですよ(笑)。とくにヴォーカルは今とはかなり違いますね。あの頃は音楽を始めたばかりだったので、まだまだ修行中という意識もありましたし、自分がやっていることを誰も解ってくれないんじゃないだろうかと考え込んでしまったり、歌にしても演奏にしても気持ちばかりが先走ってしまい、心と体が全然追いついていかなかった感じですね。今でしたらどうしたらもっと音楽的な表現になるんだろう? などと考えるのでしょうが、あの頃はそれ以前に自分の歌を吐き出すだけでいっぱいいっぱいでした。おっしゃって頂いたように当時の「Complicated」や「Foolish Game」といった歌にはシニカルな面がありますしね。でももう一度同じことをやれ!と今言われたとしても、もう二度と出来ないでしょうね。そんな意味ではこれはこれで自分なりの一本気な記録であり、その時の輝きだったかなとも思っています」


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1. Stranger
2. Let Me Be Dead
3. Too Easy To Give Up
4. Sleep Well
5. Complicated
6. Foolish Game
7. Tomorrow I'll Be Gone
8. All We Have To Know
9. Deserted Woman
10. Don't Think Twice, It's All Right

(02年に発売された記念すべきファースト・アルバム。混沌としつつも、歌に対する
ひたむきさが骨っぽくザクザクと伝わってくる)

ーーライヴ活動では弾き語りをベースにしながらも、その時々の様々な共演
者たちによって微妙に音の色彩感や選曲が変わりますね。そうしたニュアン
スの違いも毎回楽しみにしています。


「ライヴではその日の共演者の方々の個性も考えつつ、毎回テーマを決めます。その日に演奏するカヴァー曲に関しては、いつも新しいレパートリーを増やすというわけにはいきませんが、過去に歌った曲のなかから、この人と一緒に演奏するならこの曲がいいだろうな、あの曲はちょっと違うだろうな、といった選択を含めて、やはり様々なことを考えます」


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☆☆☆☆☆もっともっと歌いたい

ーー中村さんは今年、細野晴臣さんのアルバム『Hosonova』にも参加する
など、より広く注目されてきました。人前で歌うようになってから確か11
年めになるかと思うのですが、音楽活動を始めたばかりの頃に比べて、ご自
身で周囲の環境の変化に戸惑うことはありますか。


「一歩ずつやれる範囲を広げてきたので、戸惑うことはありませんね。これがいきなりメジャーになったとか、急にお金持ちになったとかいうのであれば話はまったく別だと思うのですが、私の場合それほどお金が入ってくるわけではありません(苦笑)。ですからそこそこ上がってきた今がちょうどいいバランスなのかもしれません。やはり苦労しない程度にはお金があったほうがいいですし、お金がないほうがいい音楽を作れるという意見に対
しては、そう単純なものではないだろうと思います」


ーージェイムズ・テイラーの初期の作品に「ジューク・ボックスの歌」があ
ります。その歌詞には『人々がぼくの悲しい歌に共感してコインを入れてく
れるのなら、ぼくはいつも悲しい顔をしてなくてはいけないのかな?』とあ
ります。少しアイロニカルな内容の歌なのですが、ジェイムズがかつて陥っ
たこうした違和感についてはどうでしょう。


「歌うことが苦痛になるような状況になったことが私にはまだありません。
語り部のお話ではないですが、むしろ望まれる歌は進んで歌いたい!くらいの心境です(笑)。確かにあの曲を歌ってください、この曲が好きですといったみなさんの声はありますが、その曲を歌いたければ歌いますし、仮にその日のライヴの流れにそぐわないという理由で歌わなくとも、今のところ誰からも責められないですからね」


ーーところで、ライヴ・パフォーマンスとスタジオ・レコーディングの違い
をどう意識されていますか。



「最初の自主制作盤を含めるとこれまで3枚のソロ・アルバムを作ってきましたが、それぞれにトータルな世界を感じてもらえることを目指してきました。スタジオ録音でもライヴのような弾き語りのトラックというのは、まず前提としてあるんですね。そのこと自体はライヴとそれほど変わりません。でもそこに後から必要に応じてギターでもコーラスでも自由に加えていけるのがスタジオ録音の良さだと思っています。逆にライヴの場合は、限られた時間と人数のなかで出来ることを毎回探していくという感じです」


ーー「Peace Of Mind」の録音で中村さんは効果音的なエレキ・ギターも弾
き、終盤ではシンバルも叩いていますね。

「そうなんです(笑)。やはり自分が思い描く曲のイメージというものがあって、なるべくそれに近いものにしたいと願うわけですから、あのシンバルのひと叩きにしても、何度も一人でやり直しているんです。スタジオではいつもそんなカッコ悪い作業を黙々としているんですよ(笑)」


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☆☆☆☆☆☆いつかもっと素晴らしい曲を生み出したい

ーー大袈裟な手振り身振りの歌が世界には溢れ返っています。中村さんのよ
うに市井の人々の暮らしを見つめたり、日々の小さな営みに光を当てていこ
うとする歌は、どうしても置き去りにされがちです。そうした現状に関して
ソングライターとして、どう思っていらっしゃいますか。


「ときに皮肉を言うくらいにとどめて、私自身はあまり批判的な気持ちはないですね。自分と他人とはやはり違うものですから、どうしてこの歌にこういう側面から光を当てないんだろう?とか他人のことを言っても何も始まらないですし。自分で曲を書いていると解るのですが、ソングライターは誰しも、いい曲を生み出そうと真剣なのだと思います。全員がよかれと思って曲を作ろうとしていると思います。ただ、出来上がった曲には自ずと作者の人間的な器や、物事を見るセンス、表現力が出てしまうだけなのだと思います。ですからむしろそれは私自身に突き刺さってくる問題ですね。私もいつかロン・セクスミスや他の素晴らしいアーティストのような歌を書けたらいいと常に思って書いています」


ーー中村まりという知らなかった歌手の「Night Owls」という歌を初めて聞
いた時、ぼくは自分という棘が収まっていくような感動を覚えました。やは
りぼくも人間ですから、時に邪悪な部分が出てきてしまったり、他人に対し
て剣を放とうとするんです。それでもあの歌を聞くことで、その剣を収める
ことが出来た。まるで砂漠のなかにやっと水脈を発見したような思いがしま
した。


「曲を作るというのはとても孤独な作業なので、そう言って頂けるのは本当に嬉しいです。悶々と悩んでいた初期のお話を先ほどさせて頂きましたが、私は私でしかないので無理をせず、何も気に病む必要はないんだなといつしか思えるようになったんですね。そんな私の歌をあるがままに受け止めてくださる方々が案外いらっしゃるんだなという事実は、すごく大きいことです。
私、震災の後しばらくは自分で歌うのも音楽を聞くことからも遠ざかりたい気分だったんです。結局は歌うことで、自分自身の気持ちが和らいだのですが。あの地震の直後にはチャリティのイベント(バンバンバザールが呼び掛けて3月17日に渋谷のクアトロで行われた『勝手にノース・バイ・ノース・イースト』)で何曲か歌わせて頂いたのですが、出演するまでは今こういう大変な時に必要とされる自分の歌が果たしてあるのだろうか、と考えさせられました。そもそも被災された当事者の方々は音楽を聞けるような心理的状況に置かれていないのですから、ある程度音楽というものが非現実的なものであり、聞く側の余裕を前提にして成り立っているんだな、とも思い知らされました。普段演奏しているレパートリーにしても、ブルースや物事のマイナスの部分を扱った歌が多く、この深刻で生々しい現実に対していかに無責任で甘ったれた内容の歌詞が多いか、また私もそうした曲しか持ち合わせていなかったかと思えてきたんです。そんな中で歌う気持ちになったのがカーター・ファミリーの「Keep On The Sunny Side」やロン・セクスミスの「Former Glory」で、それらの曲が持つ普遍的な底力に驚きました。どんなどん底の状況の中でも聴くに耐えうる歌、差し支えのない歌というものが、最終的に一番必要とされる歌だと思いましたし、今後はそのような曲を書かなければならないと思います」



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ーー今日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。それでは最後
に生涯のフェイヴァリット・アルバムを5枚挙げて頂けますか。



「こちらこそありがとうございました。生涯の5枚ですよね。う~ん、どうしようかな。難しいですね。HMVの『無人島アルバム』のアンケートとも重複してしまいますが、まずは大好きなロン・セクスミスの『Cobblestone Runway』ですね。それからリールタイム・トラヴェラーズの『Livin' Reeltime, Thinkin' Old Time』、アメリカン・ルーツ・ミュージックの教科書として『Anthology Of American Folk Music』も忘れられません。ポール・マッカートニーのアルバムとしては『Ram』ですね。そして私はジョニ・ミッチェルの「Big Yellow Taxi」を聴いたことがきっかけで古い音楽に目覚めたと言っても良いので、最後はやはりジョニを選びましょう。「Big Yellow Taxi」が収録されている『Ladies Of The Canyon』ですかね」



(2011年8月16日 新宿スカラ座にて)
取材・文 小尾 隆

by obinborn | 2011-09-16 11:48 | インタヴュー取材 | Comments(4)  

Commented by ナテ at 2011-09-18 20:34 x
小尾さん、はじめまして。
ミックさんのブログでお邪魔しているナテです。
小尾さんのブログのこっそりファンでございます。
中村まりさんの飾ることない生の声でのインタヴュー、とても興味深く拝読させていただきました。
どうもです。
Commented by obinborn at 2011-09-19 00:26
ナテさん、はじめまして!
ミックさんは以前、彼が東京にいたとき少し接点がありました^0^

中村まりさんの記事を読んでいただきありがとうございます
ぼくなりに彼女の魅力を言葉として残したい! そんな思い
でここ2年ほどライヴに通ってきました
その中間報告としてこの記事を受け止めていただければ
もうそれだけで嬉しいです
アリガト〜ナテさん!^0^

Commented by kofn at 2011-09-20 18:06 x
小尾さん、中村まりさんのインタビュー記事ありがとうございました。
聴き手もいいからこそ素晴らしいインタビュー記事になったと思います。
青山CAYは仕事で行けず残念でしたが、これからも中村まりを応援していきます。
Commented by obinborn at 2011-09-20 18:17
kofnさん、お待ちしていました(笑)読んで頂きありがとうございます 
質問の精度はともかく 文章の長さだけはありますね(笑)
会場でお姿も探したのですが見当たらず残念でした
でもまたどこかの会場でお会いしましょう

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