1月11日

ことさら世の趨勢に背を向けているわけではないが
ある程度自分がありのままで自由に動き回れる環境というものを考えるよう
になったのは いつ頃からだったろうか
何かにせき立てられるように暮れなずんでいく冬の日
私は音楽と時間のことを秤にかけてみるのだった

「ブリンズリー・シュウォーツのメンバーで今もフルタイムの音楽活動をし
ているのは僕だけじゃないかな」

ニック・ロウは誇りと自嘲がない混ぜになったような表情でそう語る
実際 驚くべきことにこの男はヒッピー・ロックの時代に音楽を始め
やがてパンク/ニューウェイヴ時代の寵児ともなったのだった
いわば長髪と短髪の二つの時代を見て来た訳だが それは同時に二つの時代が
崩れ去っていく様も眺めて来たということだろう

かつては諧謔のなかに本音を隠してきたこの男は「So It Goes」を「Boys Are
Back In Town」もしくは「Reelin' In The Years」からでっちあげ
また他の曲を「Sho Nuff(Got A Good ThingGoing)から引用していたのだが        音楽のための音楽を本当にやり始めたのは
94年の名作『Impossible Bird』の頃からだった
背中越しにはエルヴィスの影が見えた バック・オウエンズの姿が映った

自らを年老いたヒッピーになぞらえたあの皮肉的な「平和と愛と理解の何が
おかしいんだい?」は 今日では痛みが失われ 直球のような讃歌(註1)
となってカバーされたりもしているが きっとニックは苦笑いしているに違いない
音楽がマーケットに乗る(註2)とはつまりそういうことだから

2011年にリリースされたニックの『The Old Magic』は 初老を迎えた男の自己申告
としてこれ以上のものはないといった正直さを見せる
その肖像は「売り家あり(House For Sale)」に凝縮されていると思う
一人の男が(比喩であれ)かつて暮らしていた家を出ていく そんな歌だ
その年老いた男は終盤「平和と愛と理解」をためらいがちに口ごもる

それは音楽という名のひっそりとした個人史が 円循を描いていくような瞬間だった


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註1:何らかの集会やシンポジウムで同曲が歌われることは多いし シェリル・クロウ
とジャクソン・ブラウンもライヴのアンコールで演奏したことがあるらしいが
多くの場合 ニックの込めた醒めた視点や苦みを伴ったユーモアにではなく 
あまりに表題のイメージに寄りかかり過ぎ 歌が大振りになっているように思える

註2:個人的な動機や一定のカルチャーから生まれた曲が その動機やカルチャーを
必ずしも共有しない多数の人々に受け入れられること その喜びや齟齬も含まれる
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by obinborn | 2012-01-11 14:22 | one day i walk | Comments(0)  

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