2月5日

「1962年の秋、ディック・テイラーとキース・リチャードとミック・ジャガーの
友だち三人組は、アレクシス・コーナーのアーリング・クラブでスライド・ギター
を弾くブライアン・ジョーンズを見に行った。そう、この時こそはローリング・ス
トーンズが結成される歴史的な瞬間だった。ブライアンの登場によってディックは
ギターからベースへとコンバートし、彼は数ヶ月の間ストーンズの胎児ともなった
のだが、やがて別れの時はやって来た。ストーンズはブライアンとともにプロにな
ることを決心した。ディックは”セカンド・ストリング・プレイヤー”という立場
に甘んじるよりはアート・スクールの学生であることを選択した。それは62年の暮
れのことだった」

プリティ・シングスのリイシューLPのライナーノーツにはそんな記述がある。
かくの如くディック・テイラーこそはローリング・ストーンズのオリジナル・メンバ
ーだったのだが、この事実が語られることは殆どなかった。そのことをとやかく言う
つもりはない。どんな時代であれ、”人生の選択”とはそのようなものであり、それ
以上でも以下でもないからだ。

それでもディックはやがてフィル・メイ(vo)らとバンドを結成し、64年の始めに
はフォンタナ・レコードと契約を取り交わすまでになる。グループ名はプリティ・
シングス。これは彼らが敬愛するボ・ディドリーのナンバー「Pritty Thing」から
拝借したものだった。マディ・ウォーターズの曲からグループ名を冠したローリング
・ストーンズと経緯が似ている点が面白い。

e0199046_18233338.jpg


プリティーズのファースト(64年)。
名前の由来に恥じないようにか、ボの曲は「Road Runner」「Mama, Keep Your Big
Mouth Shut」「She's Fine She's Mine」「Pretty Thing」と4曲もあり、他にもチャック・ベリーが「Oh BabyDoll」「Don't Lie To Me」が2曲と、やはりカバーが多い。ジミー・リードの「TheMoon Is Rising」を取り上げ、リードとエディ・テイラーによるギター2本の絡みを再現している点にも注目したい。

今やダウンライナーズ・セクトとともにガレージ・パンクの聖典とされているプリティ
ーズ。ブルーズやR&Bを取り上げていても、お勉強の匂いが全然しないところが圧倒的!
この”やさぐれ感”こそはブリティッシュR&Bの真髄なのかもしれない。

むろん青年時代のウィルコ・ジョンソンもプリティーズを聞いていただろう。
[PR]

by obinborn | 2012-02-05 18:57 | blues with me | Comments(0)  

<< 2月6日 2月4日 >>