2月17日

デヴィッド・ブロムバーグに関するエッセイを考えつつ、
マイケル・ブルームフィールドがタコマ・レーベルに遺したアルバムの
ライナーノーツを書き始める。

ブルームフィールドといえば一般的には『スーパー・セッション』や
『ライヴ・アドベンチャー』での白熱するレスポール・サウンド、
あるいはもっと遡ればポール・バタフィールド・ブルーズ・バンドに在籍
していた60年代後半の実績が語られることが多いのだが、キャリアの後半
となる70年代半ば以降のソロ作品が実は胆となっている。

79年にトム・ウィラーがブルームフィールドを訪ねた際のインタヴューが、
今となっては数少ない貴重な証言になってしまった。

「昔の私がやっていたことを覚えていて私のソロを聞きにくる聴衆が殆ど
なのさ。どのギグでも必ず『スーパー・セッションをやってくれ!』と叫ん
でいる客がいるからね。そんな風に言われるとどうして!?って本気で腹が
立つよ。私はステージに一人座ってフィンガー・ピッキングをしている男な
んだよ。そんな男がどうしてスーパー・セッションを出来るんだい? オル
ガンはどこだ? ホーンズはいるのか? そう、きみならどうするんだい?」

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ギター英雄という名声を捨て、ミル・ヴァレイに居を構えたブルームフィールド
が掌に引き寄せたのは、ロニー・ジョンソンやエディ・ラングからブラインド・
レモンに至る広大なアメリカ音楽地図への視座だった。一枚のコマーシャルな
アルバムを挟んでタコマに遺した『Analine』(77年)と『Michael Bloomfield』
(78年)の2作品は、人生を選択し続けた男がようやく辿り着いた一里塚。
彼曰く「私はユダヤ人の音楽学者なんだよ」
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by obinborn | 2012-02-18 00:25 | blues with me | Comments(0)  

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