rock me on the water (my profile)

e0199046_7312660.jpg

小尾 隆(おびたかし)1958年9月25日東京都生まれ。音楽文筆業。
CDのライナーノーツや音楽雑誌への執筆を90年より開始。
著書に『Songs~70年代アメリカン・ロックの風景』(97年)『US Records』
『UK Records』(ともに08年)がある。なお『Songs』の07年増補改訂版は日本
図書館協会の推薦図書に選出された。他に『栄光のロック50年』(講談社)の
シリーズなどに寄稿するほか、2012年の春には『レコード・コレクターズ』誌
の執筆者30人が選ぶ『20世紀を代表するギタリスト100人』及び同誌『ベーシスト
&ドラマー編』にも参加。2014年夏には久し振りの書籍『パブ・ロックのすべて』
を出版した。
またこれまでインタヴューしてきたのはジャクソン・ブラウン、デヴィッド・
リンドレー、佐野元春、トニー・ジョー・ホワイト、ドニー・フリッツ、ジョージィ
・フェイム、マーク・ベノ、エイモス・ギャレット、マーシャル・チェス、デイヴ・
メイソン、ジョン・セバスチャン、ダン・ヒックスなどなど。
趣味は大衆文学。特技は早寝早起。
性格「自分で言うことではなく、他人が感じたり判断したりすることかも」
好きな映画は大森一樹監督の『ヒポクラテスたち』岩井俊二監督の『Loveletter』
キャメロン・クロウ監督の『あの頃ペニー・レインと』。
座右の銘はいろいろな意味を込めて「昨日よりも若く」(Younger Than Yesterday)。

*    *    *

1958年9月25日 東京都文京区に生まれる。

1962年 幼年期の最も古い記憶は、家に遊びに来た親戚の人々に喜びつつも、
    夜になって別れの時が来ると号泣したこと。今思えば出会いと別れという
    運命が一日に凝縮された最初期の体験だった。当然ながらビートルズが
    この年にデビューしたことなど知る由もない。

1965年 所沢市立北小学校に入学するが、初日の朝から教室にあった花瓶を壊して
    しまい、先生に「帰りなさい!」と叱られて泣きながら家に帰る。はや退学
    かと真剣に悩んだが、母親が教師に抗議して午後からけろっと復帰。朝から
    降っていた雨はいつの間にか止んでいた。

1967年 木馬座が主宰する子供劇を観るのだが、英雄的な主人公よりも悪漢の海賊
    に声援を送ってしまい母親を困らせる。理由なき反抗の萌芽であろう。また
    神宮球場にサンケイ・アトムズと大洋ホエールズの試合を観に行き、松原
    誠選手にサインを貰ったが、そのボールはいつしか失くしてしまった。

1971年 所沢市立小手指中学校に入学。ラジオ全盛時代ゆえに洋楽に目覚め片っ端
    からヒット曲を覚えていく。ミッシェル・ポルナレフ「シェリーに口ずけ」
    を林間学校の最中耳にして、未だ見ぬ大人の世界に悶える。一方でヘルマ
    ン・ヘッセ「車輪の下」を読み、人生の不条理を何となく知る。

1973年 森直也氏がパーソナリティを務めるFM東京の番組「OTTO ミュージック・
    シャウト」にリクエスト葉書が読まれ、これまた興奮する。ちなみに曲は
    何故か「オビくんにはこっちの曲のほうがいいでしょう」とか訳の解らない
    説明をされ、ニール・ヤングの「What Did You Do To My Life?」をかけて
    もらった。ここら辺から本格的にロックにのめり込む。

e0199046_1930775.jpg


1974年 埼玉県立所沢北高等学校に入学。キング・クリムゾンの『太陽と戦慄』を
    爆音で聞いていたら父親に叱責され、暗い青春時代が始まる。
    昼間は級友とエアロスミスの話をして、家に帰ると一人ジェイムズ・テイラー
    を聞くヒネクレ者だった。CSN&Yのライヴ盤『4 Way Street』も当時よく聞
    いていたが、お目当てだった「青い眼のジュディ Suite:Judy Blue Eyes」
    が殆どカットされていて、ひどく落胆させられた思い出も。

1977年 浪人中にも関わらず親に黙ってロリー・ギャラガーを観に中野サンプラザま
    で行き、ひたすら感動する。きっと互いに直情型ゆえ波長が合ったのかも。
    78年にはリトル・フィートの公演に圧倒され、アメリカン・ロックの深みへ
    ハマッていく。79年にはボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの日本公演も
    体験した。

1982年 流されるまま生活のために就職。給料やボーナスの殆どをレコードに費やし、
    コレクションはどんどん増えていった。仕事は辛かったが、それなりに幸せだ
    ったという記憶もある。親元を離れ一人暮らしを始めたのもこの頃。

1986年 結婚。自分のような人間の伴侶となる女性がいること自体が驚きだった。
    なお当時の音楽シーンはMTV全盛時代で疎外感を覚えた。よってブルーズ
    やR&Bや古いロックなどをどんどん遡るように聞いていく。吉祥寺と渋谷
    にあった芽瑠璃堂や青山のパイド・パイパー・ハウス、江古田のクランと
    おと虫、池袋のオンステージ・ヤマノなど、お世話になったレコード店や
    ロック喫茶は数知れず。

e0199046_974626.jpg

1988年 デヴィッド・リンドリー&エル・レイオー・Xのメンバーとして来日したイアン・マクレガンと面談。ジョニー・ジョンソンのアルバムをプレゼントしたら、とても喜んでビールを奢ってくれました。

e0199046_05115098.jpg



1990年 グレアム・パーカーやニック・ロウの記事を『レコード・コレクターズ』
    に書き、メジャー否せいぜい3Aクラスのデビュー。音楽の好き嫌いが激し
    過ぎるのが編集者から見れば使い勝手の悪い原因であろう。あの頃はライ・
    クーダーのほとんど全セッション・ワークを調べた原稿も忘れられない。
    まだネットなど普及していなかったので、担当編集者と泣きながら仕事をした。

1997年夏 初の著書『Songs-70年代アメリカン・ロックの風景』をBNNから出版。
     幸いにも各方面からご好評を頂きました。
e0199046_7351768.jpg


2007年春 時は流れて24年間勤務した会社を退職。いろいろと言いたいことはあるが、
     ごくフェアに振り返れば、「あまりに長いこと同じ会社に居過ぎた」
     この年は絶版になっていた拙書『Songs』が新しい出版社から10年振りに
     復刊されたり、敬愛する佐野元春と初対面したりと、自分の人生の大きな転機
     となった(写真は『Songs』他2冊を担当した編集者のKさんと)

e0199046_914536.jpg


2007年夏 ある日地元江古田の定食屋で親子丼を食べていると、見知らぬ男からの電話
     が鳴る。「はじめまして。ぼくたちのバンドをぜひ聞いてみてください」
     その声の主こそ他ならぬ木下弦二であった。以降、東京ローカル・ホンク
     との親交が始まる(写真は弦二氏と 2010年秋)。出会えて本当に良かった
     と思える、かけがえのないグループ。

e0199046_926291.jpg


2009年正月 父が肺を悪化させ死去。82歳だった。理解しなければいけないのは
      クリムゾンより先に肉親のことだったとようやく気が付く。なお
      書評サイト『Book Japan』の仕事も始めていたが、現在はこちらの都合
      により休止中。

2009年秋 以前から気になっていた中村まりのライヴを初めて見て感銘を受ける。
     ホンク同様に彼女のライヴを追い、随時ルポすることを心に固く誓う。
     以降、雑誌媒体とは別に自主取材も始動させていく。
     (写真は中村さんと 2010年秋)

e0199046_9342186.jpg


2010年春 医者からメタポの厳しい宣告を受け、食生活の改善に努める。また
     毎日90分のウォーキングを自身に課す。結果半年で8kgのダイエットに
     成功。以降多少の変動はあるが現状を維持。体も心も軽いほうがいい。

2010年夏 まったく未知だったドラムズ奏者の中原由貴と出会い、その演奏や人となり
     に深く感動する。彼女も現在最も気になる音楽家の一人(写真は中原さんと
     2012年冬)。とても優れた音楽家、青山陽一ともほぼ10年ぶりに再会。
     

e0199046_2341793.jpg


2011年冬 佐野元春の30周年アニヴァーサリーのライヴDVDに「佐野元春と続けてきた
     長い旅」を寄稿。

2012年春 佐野元春のビルボード公演に「通りは陽射しに満ちて」を寄稿。これ
      は佐野さんのfacebookでも読めます。

2012年夏 江古田クラン・レコード繋がりの方々との再会や出会いが不思議と続く。
     ダグ・サームからクッキー&カップケイクスまで、テキサス〜ルイジアナ
     周辺のルーラルな音楽! いよいよスワンプ・ポップ・サミットの立ち上
     げである。

e0199046_19183117.jpg


2013年冬 NHK-FMの番組『元春レディオ・ショウ』にゲスト出演。
     「音楽をもっと聞こう!」というテーマで佐野さんと約1時間語り合いま
     した。

2013年春 佐野元春の新作『Zooey』が発売。氏のウェブサイトに「思慮深い詩人
     と剥き出しのギター・ロック」を寄稿。

2013年春 ワーナーの「新・名盤探検隊」が始動。ジョー・ママ、ドニー・フリッツ、
     ポール・バタフィールド、トニー・ジョー・ホワイト、ラブ・ノークスなど
     のライナーを執筆している。

2013年夏 オレンジ・カウンティ・ブラザーズの後期2作(『クルージン』と『ジャン
     プ&シャウト』)が待望の初CD化! ここ何年もメンバーの谷口邦夫さんと
     親交を重ねお話しを伺ってきただけに、それをやっとライナーノーツの書き
     下ろしという形で恩返しすることが出来た。個人的にも感慨深い仕事だった。

e0199046_39359.jpg


2014年夏 6年ぶりの書籍『パブ・ロックのすべて』(シンコーミュージック・エンタ
     テイメント)を出版。パブ・ロックの専門書は国内で初めてとなるもの。長
     年温めてきた構想だけに嬉しい。

e0199046_3523926.jpg


2014年夏〜秋 『パブ・ロックのすべて』の販促を兼ねて幾つかのイベント。各地で
        で皆さんと交流出来ました。

2015年秋   地元江古田の愛するレストラン、ハロー・オールドタイマーにピーター・バラカンさんが遊びに来てくれました!

e0199046_19314191.jpg


2016年春 川越のパブロック・ナイトに呼ばれたり、大阪で親睦会を開いたり。こう
     した一期一会を大切に。
e0199046_19144580.jpg


2016年秋 サーディンヘッドの第二回for FREEライブは圧巻でした。
      現在最も気になるインスト・ジャム・バンドです。
e0199046_04271336.jpg

2017年冬 再び活動し始めたラリー・パパ&カーネギ・ママのライブで、チョウ・ヒョンレさんと再会。ぼくが昔書いた原稿のことを彼は覚えていてくれた。
e0199046_04334624.jpg


[PR]

by obinborn | 2010-09-25 07:26 | selfportrait | Comments(0)  

<< 1989年秋のグレイトフル・デ... 虹のような人、佐野元春へ >>