追悼:クリス・エスリッジ

クリス・エスリッジが23日に息を引き取ったらしい。

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インターナショナル・サブマリン・バンド(ただしレコーディングには不参加?)
からフライング・ブリトー・ブラザーズへ、グラム・パーソンズと活動をともに
したり、ジョー・スコット・ヒルらとLAゲッタウェイなるセッション・バンドを
組んだり、60年代末から70年代前半までのロスのシーンでは中心的なスタジオ・プ
レイヤーでもあった。

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左からクレイナウ、エスリッジ、(デルモ二人を挟んで)パーソンズ、ヒルマン
(サンフェルナンド・ヴァレーで温めたカントリー・ソングの数々はキリスト
教原理主義に怯える「Sin City」、徴兵の知らせを告げる「My Uncle」、
エルヴィス・コステロのヴァージョンでも知られる恋愛歌「I'm Your Toy」
などなど。後年は”屋号出してます”的なバンドになってしまったのが残念だが、
ブリトーズの真髄を聞くならエスリッジ、ヒルマン、パーソンズが揃って
いたこの時代だろう)


ブッカー・T&プリシア・ジョーンズの2枚組やジーン・クラークの
『ホワイト・ライト』で聞けるエスリッジの”語らない”ベースが大好きだ
った。そして彼の何よりも誇らしい仕事として挙げられるのは、ライ・クー
ダーを支えてきたことだろう。ライのファースト(70年)からチキン・アル
バム(76年)までは、南部ロケーションを敢行した『流れ者の物語』(72年)
を除けば、殆どすべてにエスリッジがベースで貢献している(以降ライのベー
シストはティム・ドラモンドになり、やがてホルヘ・カルデロンに)。

つまりライの盟友であるジム・ケルトナーのドラムスと常にセットとなっていた
わけであり、その膨らみのある太く温かいアンサンブルはそのまま初期のライに
とって骨格となるものだった。

余談ですが、「ベースなんてみんな同じくね?」(語尾上げで)と仮にでも
思っている方がいたら、弊log内にあるアラケン(新井健太)さんのインタビューを
ぜひ読んでみてください。多少大袈裟な言い方をすればベーシストの選択にさえ、
その人となりが現れるのでは。

エスリッジもまた歌伴の鑑のようなベーシストであり、そういう質実剛健な
部分がぼくは好きでした。

ご冥福をお祈りします。

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(71年にアトコ・レーベルから発売された『L.A Getaway』は、サンディエゴから
やってきたジョー・スコット・ヒルをエスリッジとジョニー・バーバータ(タートルズ
〜CSN&Y)が囲んだLAスワンプ黎明期の総力戦。ペン、レベナック、トゥーサンなど
広く南部を見渡した選曲に、ブラックベリーズの女声コーラスも魅力的だ。
ゲストの鍵盤奏者はレベナック、オールダム、ネクテルなど。オーバーダブの段階では
クラレンス・ホワイトの”ベンド・フェンダー”も加えられた。なおこの録音が終わっ
てからジョーはキャンド・ヒートとともに欧州ツアーへと旅立つ)

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(『L.A Getaway』に付けられていたブックレットより。エスリッジはときにキーボード
も弾いたが、ヘンリー・ディレツによるポートレイトはそんなこともまた物語る)
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by obinborn | 2012-04-26 15:03 | one day i walk | Comments(4)  

Commented by レシーブ二郎 at 2012-04-25 22:31 x
obiさん、こんばんは。
大変ご無沙汰しております。レヴォン・ヘルムにつづいてエスリッジさんの訃報。悲しいですね。一度は見たかったベーシストですが、90年代に入ると、あまり活動らしい活動はしておられなかったみたいですね。そのころから体調が悪かったのでしょうか。
しばし、ブログを休んでおりましたが、無理のない範囲でがんばっていきたいと思います。
Commented by obinborn at 2012-04-26 00:09
二郎さんご無沙汰でした。貴logがしばらくお休みだったので心配していま
したが、復活おめでとうございます。
私の場合とくにエスリッジ=ケルトナーがセットになっていた時のゆる〜
いグルーヴ感が何とも言えず好きでした(涙)。
Commented by Denny_O at 2012-04-26 20:38 x
小尾さん、DJ、よろしくお願いしま〜す。
ワタシはブログに入れたエスリッジの名は badorf & Rodbeyの off the shelf がありますね、最近では。
ところでブリトーズのフォトセッションでの綺麗どころ(?)は、zappaのところの GTO's らしいですよ。ここにいるのかな? "Chirstine's Tune (devil in disguise)" も彼女らのひとり Christine Frka こと Pamela Des Barres を歌ったんだとか。当時は David Crosby の girlfriend だったという話も…。
GTO's は three dog night の アルバム Suitable for Framing の内ジャケ見開きでもメンバーとともに大きく写ってるんですヨ。LA はローレルキャニオンあたり、当時の交友関係の妙がちょっと見てとれるような。
Commented by obinborn at 2012-04-26 21:19
Denny-0さん、こちらこそ!
何しろ互いにギターはソロよりもオブリやサイドが好きという偏屈者どうしですから^0^今から楽しみです。
ブリトーズのデルモがGTO's(ザッパの取り巻き)だとは知りませんでした。確かGTO'sはクーダーのセッション参加作として昔、誰かに借りたという記憶だけがあります。LAの北側は思えばキャニオンやヴァレーだらけ。クーダーがinto the purple valleyとアルバム表題を付けたのも、ロスっ子ならではでした。ジャッキー・デシャノンのLA録音にも確かローレル・キャニオンというタイトルが付いていましたね。

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