ジョニー・アランはワトキンスさんがお気に入り!

1950年代に栄華を誇ったのが南西ルイジアナのスワンプ・ポップだ。
クッキー&ザ・カップケイクス、トミー・マクレイン、ウォーレン・ストーム
辺りが日本では比較的有名であろうか。

音楽的には同じルイジアナ州のニューオーリンズR&Bとの関連を考えれば、
その像を結びやすい。そう、ファッツ・ドミノのピアノ3連をよりヴォーカル・
オリエンテッドに置き換えたのがスワンプ・ポップと言えるだろう。
ストームとは高校で同級だったボビー・チャールズにしても、チェス時代の作品
などスワンプ・ポップの流れのなかに自然と収まるかも。



ジョニー・アランもまたそんなスワンプ・ポップを代表する一人。そんな彼が
91年に渡英した際のライヴ盤が英Aceより遂にリイシューされた。ルイジアナの
ピアノ・ロッカー、ウィリー・イーガンズにチャーリー・ハート(ex:スリムチャンス)
が助演したり、ドクター・ジョンのイギリス公演をディズ&ドアメンがサポートする
など、ルイジアナ周辺の音楽家と英パブ・ロック界との強い結びつきが勿論ここでも
聞き出せる。

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(91年の12月4日にロンドンのロイヤル・ナバール・クラブで行われたライヴを収録。
ガルフ・コースト一帯を代表するナンバーが全18曲!)

アランをここでサポートするのはバラム・アリゲイターズのゲレント・ワトキンス
(註1)だ。
彼のピアノやアコーディオンは、アランのもうひとつの声になるほどの親和性を
見せている。またここではドラムスのボビー・アーウィン(ロバート・トレハーン)も
名を連ねるなど、現在のニック・ロウ・バンドに在籍する二人がこのルイジアナ・
シンガーに貢献していることに、パブ・ロックの奥深さを感じずにはいられない。
あるいはここでサックスを吹いているニック・ペントロウも、以前からディズたちの
レコーディングにも参加するなど、パブ・サーキット繋がりを伺わせる。

そのアラン自身も79年のアルバム『Louisiana Swamp Fox』でロウの「I Knew The
Bride」をカバーしている。ジム・フォード作の「Ju Ju Man」にしてもロウが在籍
していたブリンズリー・シュウォーツのヴァージョンを参考にしたと思しきアレンジ
であることなどに興味は尽きない。

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(79年のJin盤は地元ルイジアナ州クロウリーの録音だが、そこはかとなく漂う
”裏バプ・ロック”的な匂いが好事家の心をくすぐる。というかこの家族写真のよう
なジャケットは、所詮アートな鼻持ちならない連中の出鼻を挫くことだろう)

ルーラルな風情や哀愁の3連符バラードとともに、チャック・ベリーの数ある楽曲の
うちからカントリー色の強い「Promised Land」を料理し、このロックンロール巨人
がザディコ〜ケイジャンと親戚であることも自然に浮かび上がらせていく。そういえば
アランはこの曲のシングル・レコードを英国のインディペンド・レーベル、スティッフ
からリリースしていたのだった。

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(アラン・オン・スティッフ! 同レーベルの第一号がロウ「So It Goes」だったこと
も何やら符合めく)

ベリーの曲に感じられるカントリー色(「Plomised Land」「It Don't Take But A Few
Minits」「You Never Can Tell」など)がニック・ロウのそれこそ「I Knew The Bride」
辺りに影響を及ぼしているのではないか? などなどを想像すると思わずニンマリして
しまう^0^のだが、アランを介してベリーとロウの音楽的な共通点を探ってみるのも
あながち間違いではあるまい。

音楽は理屈じゃない。そりゃそうだろう。しかし丁寧に人脈図を追いかけていけば自分
でも思いがけない驚きの光景に出会えることもまた事実なのだった。
そう、あのピート・フレイム氏が書いたファミリー・トゥリーのように!
Roll'em, Mr.Pete !

(註1)ゲラント・ワトキンス
英国のパブ・サーキットで活躍するウェールズ州出身の鍵盤奏者。
古くはロン・カバナ率いるジュース・オン・ザ・ルースに客演するなど地味な存在
だったが、デイヴ・エドモンズ・バンドに参加した80年代前半頃から一般的にも知ら
れるようになり、以降もビル・ワイマンのウィリー&ザ・プア・ボーイズや、ニック・
ロウのインポシブル・バードに参加する一方、自身のルーラルな音楽趣味を活かした
バラム・アリゲイターズを率いるなど、パブ・ロック・ファンの信頼を勝ち得た。
近年ではポール・マッカートニーやヴァン・モリソンといった大物のレコーディング
にも駆り出されるなど注目を浴びている。ガルフ・コーストの音楽に敬意を払った
ピアノやアコーディオンはむろんのこと、温もりのあるハモンド・オルガンにも評価
が高い。


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by obinborn | 2012-04-29 13:50 | one day i walk | Comments(2)  

Commented by フタミジュン at 2012-05-01 23:38 x
obinさん、ご無沙汰しております。
パブ・ロックとスワンプ・ポップ。なんてタイムリーな話でしょうか!
自分が考えるにここを結びつける人物は、おそらくCharlie Gillettではないかと思っています。
彼はDJとして"Honky Tonk"という番組で、
普段聴かれていない良質の音楽を紹介していたようですし、
後にアマチュア・ミュージシャン達のデモ・テープを、といったくだりはご存知ですよね。
彼はOval Recordsというレコード会社のオーナーでもあって、
そこからスワンプ・ポップの名コンピレーション"Another Saturday Night"を1974年にリリースしているのです。
後にAceから再発されていますが、当時リアル・タイムでエドモンズ、ロウやゲラント・ワトキンス等が聴いていたであろう事は容易に想像できます。
ブリンズリーズ時代には"I Worry"というルイジアナ的3連の曲もありますし、
最近ではインポシブル・バーズでカヴァーしていたアーサー・アレキサンダーの"Dream Girl"を
ルイジアナのLil' Band O' Goldもレパートリーにしている事。
こういうのも不思議と符合していきます。
そういう事もパブ・ロックとスワンプ・ポップの結びつきの強さを表しているような気がしています。

Commented by obinborn at 2012-05-02 04:27
フタミくん、お久しぶりです!
そういえばジレットの番組名をそのままタイトルに冠した『Honky Tonk
Demos』というコンピレーションLPにも、グレアム・パーカーらととも
にゲラントの単独演奏が収録されていましたね。確かそこのライナーで
ゲラントがウェールズ出身であることをぼくは知ったのだと記憶してい
ます。
74年の時点でジレットが『Another Saturday Night』を編纂していた
ことはまったく今日まで知りませんでした。なるほど音楽的な共鳴だけ
ではなく、ジレットというより具体的な紹介者がいたからこそ、ブリン
ズリーズ「I Worry」(大好き!)というルイジアナ風味たっぷりの曲
が生まれた可能性が高いのですね。これでジョニー・アランの英stiff
でのシングル盤「Promised Land」が、正確にはoval/stiff名義となっ
ていたことにも合点が行きました! ありがとうございます!
あとご存知かも知れませんが、You-Tuでゲラント関連を追っていたら、
昨年のスリムチャンスのリユニオン・ライブにゲラントが特別参加した
映像を発見しました! 曲はフェイシズ(ロニー・レイン作)の「Debris」
です!

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