通りは陽射しに満ちて
3月から三ヶ月連続して東京および大阪の同会場で行われてきた今回のラ
イヴもいよいよ千秋楽近く。この日私が見たのはセカンド・ショウのほう
だったが、程よい熱気に満たされた一夜となった。
ライヴごとに異なるテーマを設けて、それを二つのバンドを使い分けなが
ら実践する。それが21世紀を迎えてからの佐野元春およその道のりだ。荒削りな
コヨーテ・バンドと手練手管のホーボー・キング・バンドとはいわば対照的とも
言える存在であり、そんな若さと円熟という両極がともにロック音楽の特性である
ことは確かなのだが、今回行われた”Smoke & Blue"ツアーは後者の味わい
を惜しみなく出し尽くすものとなった。ライヴ・レストランという会場設定も
さることながら、佐野自身すべての曲をシットダウン形式で弾き語るなど、寛
いだ雰囲気のなかにキャリアを滲ませるといった趣向が強い。一つの区切りと
なった昨年の30周年アニヴァーサリー・ツアーで壮大な音楽地図を描き切った
彼としては、ここら辺で異なるアプローチを、それもなるべく親密にファンと
触れ合うような形で行いたかったのではないだろうか。
そうした意図は「マンハッタン・ブリッジにたたずんで」や「情けない週末」
といった初期の名曲はもとより、「だいじょうぶ、と彼女は言った」や「七日じゃ
足りない」といったやや脇道に位置する作品をも大胆に組み込んで新たな流れ
を生み出していったセット・リストから十分汲み取れた。熱心なファンへの
サービスといったこと以上に、昨年のセルフ・カバー・アルバム『月と専制君主』
で得られた手応えがまだ生々しく残り、彼自身が古い歌やあまり出番のない曲
を慈しんでいる証なのかもしれない。古い歌の新しい解釈。悪くないじゃないか。
一曲一曲に込められたストーリーがオリジナル・アルバムのシークエンスとして
ではなく、一期一会のライヴでの連なりのなかで、あるいは激しく揺れ動いてゆ
く時代のうねりのなかで、また別の意味を携えていく。そんな場面に立ち会い、
感じ入ることが出来る聞き手たちもまた、もう一人の歌の併走者だ。
しかも今回のホーボー・キング・バンドは、専任ギタリストが欠席するなか佐野自
らギターを弾く機会が増えた。そのせいか編曲も曲の骨格が浮き彫りになるソング
ライター的なものへとシフト。そんな意味では、今回新たに帯同することになった
笠原あやのが奏でるチェロの響きは、確実に歌詞の含みやメロディの揺らぎにまで
接近していった。また昨年のツアーでは「欲望」や「君を連れてゆく」などのシリ
アスな楽曲が震災後の多くの人々の心情に寄り添ったが、今回そうした辛辣な選曲
は雨という暗喩を用いたオープニングの「Please Don't Tell Me A Lie」のみ(自
問的な「ウィークリー・ニュース」が中盤に登場する日もあったが)に留められ、
むしろファッツ・ドミノに会釈するような「君の魂 大事な魂」や、無邪気なラヴ
・ソングが主人公の成長や失意ともにもう少し広がりを持ち始めた「二人のバース
ディ」といった歌が、心に染み込んで手足をじわじわと温め直していく。
人を動かすのが極めてシンプルな動機であるように、美しい曲はどうやら人々を
時間の埋め合わせ的なチープ・トークから救い出し、もっと遥か先を見渡そうと
とする風向きへと手を差し伸べていくようだ。
佐野にとって母親の世代である雪村いづみを特別ゲストに招き、まずは「L-O-V-E」
を、次に佐野が戦後という時代や雪村に思いを馳せて作ったというスウィンギーな
新曲「トーキョー・シック(街に出掛けようよ)」を、そして「恋人になって」を
束ねた終盤の3曲は、まさに今日という日のためのハイライトとなった。スライ&
ザ・ファミリー・ストーンのカバーも印象的だったスタンダード曲「ケ・セラ・セラ」
が本日の最終曲となったが、そこでも佐野は再度雪村を呼びこの歌を分かち合った。
重荷を引き受け、ときに時代の先鋭的な部分を切り取ってきた佐野が、雪村という
昭和歌謡のプリンセスをリスペクトすること。それは懐古趣味でも片思い的回想で
もなく、血の通った人々や無垢なもの、あるいはこれから始まっていく物事に対す
るもっと本能的な部分での肯定だ。とくに「トーキョー・シック」は、佐野の初期作
で活写されていた街のイメージとも確実に響き合うのが面白い。雪村いづみといえば、
ロック世代にとってはキャラメル・ママ(のちのティン・パン・アレイ)とコラボ
レイトした74年のアルバム『スーパー・ジェネレーション』で親しまれてきた人で
もあるが、モダンな佇まいといい、明るくあろうとする心映えといい、この日のわずか
な時間からもそんな思いは伝播していったと思う。事実、聞き手を佐野の新宿ルイード
時代へと連れ戻していくミッチ・ライダーの狂騒的なロックンロール・メドレーと
雪村の歌との間に距離は一切なかった。
大事な思いや愛おしい人々がときに激しい情動によって守られる。振り返ってみれば
佐野元春はデビューした1980年の時点から、そのようなアクティヴな実践者であり、
献身的な守り手であった。たとえ大衆が佐野に冷笑的な態度を示した時でさえ、彼は
いつもの”ちょっと気の利いたやり方”で萎れかけた草木に雨を降らせた。その土地
が枯れているのであれば、誰に頼まれるわけでもなく水を撒いた。佐野がいなければ導
かれることがなかった場所があり、光景がある。私はそのことを今日も思い、明日もま
た発見していくことだろう。
by obinborn | 2012-05-11 01:45 | rock'n roll | Comments(4)
1stでは「ウィークリー・ニュース」と「楽しい時」の替わりに「バルセロナの夜」と「虹を追いかけて」をやってました。
たしか4本ぐらい弾いてたと思いますがギタリスト佐野さんを楽しみましたし、バンドの引き締まった演奏も雪村いづみさんの歌も大満足でした。
今回の”smoke&blue"ツアーでは中盤がその2曲や、ときに
「遠い声」や「明日を生きよう」と入れ替わったようですね。
いわば”another side of mr.lion"とも受け取れる今回の佐野さん
を私も堪能しました!
ダンを偲んで急遽MGズの「Time Is Tight」が3曲めに組み込まれ
た様子です。自分たちの音楽がどういうところからやってきたの
か。またそれをどう思っているのか。そのことの素直な意思表示。
ただただ美しい!
フェイスブックに掲載されました。ありがとうございます!