エディはどこに?

とある雑誌からの依頼でアメリカ南部を感じさせるロック・アルバムの選盤を
している最中なのだが、それらは編集部のテーマや意向もあり60年代から70
年代いっぱいまでにリリースされたものに限定して欲しいとの旨。そんな要請
のなか、それでは21世紀になってからの南部エポックは何だったかなあ? な
どと考えてみたところ、真っ先に思い浮かんだのが『The Country Soul Review』
(04年)なのだった。

ダン・ペンの総合プロデュースのもと、トニー・ジョー・ホワイト、ジョージ・
ソウル、ラリー・ジョー・ウィルソン、ドニー・フリッツといった60年代から
活躍してきた生え抜きたちが各自の新録音で臨んだこのアルバムは、ヴェテラン
勢ならではの円熟した味わいと過ぎ去っていった日々へのいささかの哀愁がない
まぜになった得難い作品であり、私自身今でも折に触れて聞き直すほど。

わけてもダン・ペンが枯淡の境地を聞かせる「Chicago Afterwhile」と「Rest
Of My Life」は彼の近作とも響き合う独白や回想が溢れ出す佳曲であり、一時は
命が危ぶまれるほどの病から帰還したドニー・フリッツがアーサー・アレクサン
ダーに捧げた「Adios Amigos」を歌う姿とともに、アラバマ白人ソウルの傷だら
けの歴史を物語っている。



ボニー・ブラムレットが歌う「エディはどこに:Where's Eddie?」も涙なし
には聞けない歌だろう。エディ・ヒントンとドニー・フリッツの共作となるこの
曲は、ドニーが来日した際筆者に語ってくれたところによると、二人がメンフィ
スまで一晩中ドライブしてから地元のマスル・ショールズへと帰ってきた際に生
まれたという。旅の興奮からかエディは自分の庭にあった木に登る。ドニーはま
だ夜が明けないなかで、一体エディはどこに行ってしまったんだろう? と心配
する。そんな他愛ない歌だ。

イギリス人の歌手ルルが、70年にマスル・ショールズを訪れた際に吹き込んだ
この「エディはどこに?」には、彼らのそんな若き日の放蕩ぶりが記録されてい
る。誰にだってかくれんぼやキャンプファイヤーの日々があったのと同じような
ものだ。しかしボニー・ブラムレットがここで歌う同曲では、そうした無邪気さ
が消え去り、今は亡きエディを追悼する歌へと変貌している。

そのどちらのヴァージョンが優れているとか、どちらの歌が深く染み入るのかとか、
そういうことを語りたいのではない。ただこの私に言いたいことがあるとすれば、
木登りしたエディも、ドニーと夜通しメンフィスまでドライブしたエディも、もは
や対岸にいるということだけだ。

そんな気持ちを見透かすかのようにボニー・ブラムレットは歌う。
「エディはどこに?」

e0199046_19354666.jpg

[PR]

by obinborn | 2012-05-12 19:33 | one day i walk | Comments(0)  

<< あの太いベースの音がもう聞こえ... 通りは陽射しに満ちて >>