あの太いベースの音がもう聞こえない。追悼:ドナルド”ダック”ダン

以前イアン・マクレガンにインタヴューをしてベーシストの話になった時、
彼が「ベースって他の音に隠れるくらいでちょうどいいんじゃないかな」と
語ってくれたことが忘れられない。マック曰く「自分はこんなに巧いんだぞ!
みたいなプレイヤーは好きじゃない」とも。

むろんその音楽の種類やバンドなりユニットなりが目指す方向性によっても
ベースやドラムスといった楽器の立ち位置は自ずと変わってくるだろうが、
マック自身がバイ(脇役)・プレイヤーに徹してきた鍵盤奏者だけに発言には
重みがあったし、寡黙なベーシストへの共感のようなものすら汲み取れたものだ。

大変残念なことに、13日未明ドナルド”ダック”ダンが投宿先で急逝した。
スタックス・レビューとしてエディ・フロイドやスティーヴ・クロッパーたち
と東京で3日間の公演を終えた翌日のことだった。享年70才。

個人的には昔ブルーズ・ブラザーズで来日した時に渋谷公会堂でその勇姿を見た
のが最初で最後になってしまったが、奇しくも明日発売される『レコード・コレ
クターズ6月号』の”20世紀のベスト・ベーシスト&ドラマー100”特集で、
私自身もダック・ダンに一票を投じたばかりのことでもあった。

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(一段列中央に位置する山高帽がボンゾ。すぐその上にダック・ダンが見える)

言わずもがなブッカー・T&MGズの一翼としてメンフィス・ソウルの歴史を一身
に担った大立者であり、その後はリヴォン・ヘルム&RCOオールスターズ、ブルーズ・
ブラザーズなどでも親しまれた。またあまり語られることはないが、エリック・
クラプトンの『マネー・アンド・シガレッツ』アルバム(83年)では、珍しいことに
相方のドラマーとしてロジャー・ホーキンズとコンビネイションを組むなど、ちょっと
した変化球も悪くなかった。あるいはジェシ・エド・ディヴィス『ウルル』(72年)
のボトムを支えたのがダック・ダン&ケルトナーのコンビだったことを誇らしく思い
たい。あのニール・ヤングでさえ2000年のロード・ロック・ツアーで登用したのは
ダンとケルトナーを含めた総力戦であったし、『Are You Passionate?』(02年)でも
ヤングが欲したのは他ならぬダック・ダンのファットな音だった。そんなこと一つ一つ
が次々と思い出される。

スタンド・プレイは皆無だが、アル・ジャクソンの引き締まったドラムスとセット
になったダック・ダンのベースは、いつも温かく柔らかい輪郭を描いた。
オーティス・レディングやサム&デイヴが気持ち良くシャウト出来たのは、MGズ
というでっかい屋台骨があったからだと信じたい。

先のマックの発言に添って言おう。ベースやドラムスといった楽器を単体として
音楽から抜き出すことに私もまた殆ど意味を見いだせない聞き手の一人だ。しかし
もしMGズのあの無駄のないグルーヴにダック・ダンのベースがなければ、その音楽
はずいぶん寂しく、また貧弱なものになっていただろう。


(かのベリー・ゴールドJr.がラジオでも低音ブイブイ!を目指してフロム・デトロイト
R&Bを作り上げたことは有名なハナシ。顔見せで紹介しているとはいえ、You-tuでの
凹凸のない音だと何とも情けないもんである)

その人のありがたみとか体温が、彼や彼女の不在によって証明される。そんなテーゼ
は何もダック・ダンに限ったことではないし、多かれ少なかれ私たちはそれぞれ喪失
を繰り返すことで毎日を噛み締めるのだろうが、先に伝えられたクリス・エスリッジ
(彼にも一票を入れました)やリヴォン・ヘルム(勿論一票!)の訃報といい、
今回といい、時代が音を立てながら激変していることを感じずにはいられない。

音楽再生の変化もまた同じことかもしれない。i-podやパソコンのmp3音源で音楽を聞く
環境が当たり前になってしまった昨今、こうした職人的な演奏家の本当の凄さや腕前が
実感として聞き取れなくなってしまっているとしたら、何とも皮肉で寂しい話ではない
だろうか。ダイナミック・レンジや音圧が重宝されないフラットなエンジニアリングで
は、ダック・ダンのぶっとい音や”ブレ”までは拾えないのだ。


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(L to R:ジャクソン、ジョーンズ、ダンそしてクロッパー)
オリジナルMGズ71年の最終作。表題曲「Melting Pot」が20年後にブレイク・ビーツ
として世界中で使い回されることになるとは、当人たちでさえ予想出来なかっただろう。
弾かないこと、叩かないことがプレイすることと同義である。そんなストイックなまで
に研ぎ澄まされた黙示録として、これ以上のものはあるまい。
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by obinborn | 2012-05-14 12:33 | one day i walk | Comments(0)  

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