ポンコツ・サウンドの凱旋、匿名性への思い

21世紀に入ってから発売されたディラン3枚のアルバム、つまり『Love And
Theft』(01年)、『Modern Times』(06年)、『Together Through Life』
(09年)を聞いていると、ひとつの連なりのなかで音楽している彼の姿がくっき
りと見えてくる。自身のバンド、装飾を排したサウンド、そして過去のアメリカ
音楽を再発見していこうとする謙虚な心持ち。これらが音のうねりのなかで幾十
にも折り重なりながら、確実にひとつの像へと結びついていく。その像とは一体
何だろう? それをひとことで言い切ってしまうとしたら、雄大に脈々と流れる
アメリカ音楽の底流に自身を投げ込もう、もしくは紛れ込ませようとするディラン
の願いのようなものかもしれない。

そうした延長線のなかに最新作『テンペスト』を並べてみると、このアルバムもま
た『Love And Theft(愛をもって盗む)』から連綿と続く四部作のように思え
てならない。ここにはオクラホマのカントリー・スウィング(「Duquesne Whis
le)があり、アパラチア地方から運ばれてきたような旋律(「Tempest」)があり、
ミシシッピからシカゴへと北上したマディ・ウォーターズをザディコに翻訳したぼ
やき節(「Early Roman Kings)がある。こうした壮大な音楽地図のなかで自分なんか
ほんの一駒に過ぎないんだよ、とでも言いたげなアンチ・ヒーロー的な思いがこの
アルバムを奥深く、味わいのあるものにしている。つまり聞き手はディランを介在
者として音楽巡礼に出掛けるわけであり、聞いているうちにこれはディランのレコ
ードでありながら同時にディランの音楽ではない、といったちょっと不思議な体験
に囚われる。マディの「Rollin and Tumblin'」(『Modern Times』に所収)をディ
ラン作とクレジットしてしまうところに、いささかの不遜や乱暴さを感じないわけ
にはいかないが、こうした換骨奪胎ぶりがこの10年くらいの彼を大きく特徴付けて
いるのではないだろうか。

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むろんこうした匿名性への願いは近年始まったものではなく、過去のブルーズやフ
ォークの数々に多くの恩恵を受けた60年代初期のデビュー時からディランの背骨と
なってきたものだ。自分と相手との関係を辛辣に言い放つ曲(「It's Ain't Me B
abe」であれ「Just Like A Woman」であれ)を書く一方で、彼は結論の出ない
迷宮に誘うような物語歌(「The Lonesome Death Of Hattie Carolle」や「Lily,
Rosemary And The Jack Of Hearts」)を第三者的な視点をもって歌ってきた。
そんなディランの長いキャリアを振り返ってみると、激しい自己葛藤(「All I Real
ly Want To Do」に「It's All Over Now,Baby Blue」)や当てつけ(「Positively
4th Street」)もしくは吊るし上げの極致~お前はかつて女王様だったが今や単な
る物乞いだ〜「Like A Rolling Stone」)だけではない、観察者としての眼差しが見
えてくるのだ。そうした観察者を物語の語り部と置き換えても構わないが、その語
り部はあくまで歌の主人公たちよりも目立ってはいけないのだ。

『テンペスト』でのディランはとても柔らかい。それは何も若く勇敢だった日々を
遠くに置いてきたということだけではなく、自分の音楽を先代の音楽家たちとの
繋がりのなかで探そうとする控えめな態度、過去の音楽遺産に対する限りない
リスペクト、そしてスタジオ・ミュージシャンの手慣れた名人芸に溺れるのではない
自身のバンド(すっかりお馴染みのトニー・ガーニエから久し振りのチャーリー・セク
ストンまで)への信頼の感情ゆえだろう。そういえば21世紀に入ってからのディラン
はすべてジャック・フロスト名義のセルフ・プロデュースだ。ここにはダニエル・
ラノワの幽玄的な音像もなければ、腕達者なナッシュヴィル・ピッカーとの併走も
ないし、まして顔見せ興行的な豪華ゲスト出演もない。「いつもバンドとともに~
Always With A Band」といった気持ちのあり方に、激しく胸を突かれる。

”俺はビリー・ジョー・シェイヴァーを聞いている。ジェイムズ・ジョイスの詩も読
んでいる” これは前作『Tougether Through Life』に収録された「I Feel A Chan
ge Comin' On」からの一絞りだけれども、この主人公が何もディランだけではなく、
多くの人々の暮らしを言い含めていることに気がつく時、きっとボブ・ディランの
音楽はあなたに微笑みかけることだろう。

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(前作『ずっといっしょ:Together Through Life』のジャケット。車という移動の
手段が永遠に宛のない旅を指し示す。そして乗車した名もないカップルの姿には
ディランの匿名性への願いが託されているかのよう)


この『テンペスト』には予期せぬ悲劇に見舞われた旅行者たちを遠近法で淡々と
描写する「Tempest」が暗喩となって、私たちの揺らぐ日々、変化を余儀なくされ
た生活(それが日航機事故であれオウムであれ震災であれ)を映し出す。ジョン・
レノンを慈しむ「Roll On John」が昨日に置いてきたはずの古傷を思い起こさせる。
そして気の置けない、むしろロウ=ファイでポンコツなまでのバンド・サウンドが
ゴツゴツと砂埃を立てながらも優しく語りかけてくる。

これが最後のアルバムになるだろうといった芸能ゴシップ的な話題はともかくとし
て、一連のアーカイヴ・シリーズとともにディランが彼の音楽の総まとめを意識
し始めていることはほぼ間違いあるまい。土から生まれたものはやがて土へと還っ
ていく。円はいつか弧を描きながら閉じ、長い旅もいつの日にか終わる。この
『テンペスト』を含めた四部作を聞くと、ふとそのような感情がこみ上げてくるの
だった。

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by obinborn | 2012-09-16 10:31 | rock'n roll | Comments(7)  

Commented at 2012-09-17 20:35 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by obinborn at 2012-09-18 07:29
お誉め頂き恐縮です。ありがとうございます。やはり最終的に自分がその
音楽に何を感じているのか、どう考えているのかということが音楽を聞く
うえで、あるいは音楽評論と向き合ううえで一番大事なのだと思います。先日『ニューミュージック・マガジン』の74年8月号を読み直していたのですが、平田国二郎さんが煩悶を繰り返しながらニール・ヤングとジェイムズ・テイラーの当時の新作について、かけがえのない”自分の言葉”で
書かれていて胸を突かれました。
Commented at 2012-09-18 11:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by obinborn at 2012-09-19 15:06
件の評ですが一体どんなものかと読んでみましたが、話題の新作について
仕事の片手間にサクサクと書いただけの印象を免れ得ませんでした。内容
にしてもビーチボーイズやストーンズとの不用意な比較に始まり、なかにはもっともな修辞もありますが、それもまさに巧妙な「仕掛け」に過ぎず、総意としては単に71歳のベテラン頑張ってるな〜的なごく軽いノリ。少なくともそこにディランのやりたいことを汲む努力とか、聞き手としての止むに止まれない熱量を感じることは、私も出来ませんでした。残念です。
Commented at 2012-10-14 20:49 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by obinborn at 2012-10-14 22:11
どうかお気になさらずに。

ぼくは拙書『Songs』のあとがきに記したように、その音楽を聞いて
自分が何に心を動かされたのか。そんなことを最も大事にしたいと思
っている書き手の一人です。データの羅列だけではなく、その先に何
か切り拓いていけるものがあったらいいな。いつも漠然と考えている
のもそんなことです。10代の頃、最初に聞いた洋楽のドキドキ感、
何も描かれていないキャンバスをそのまま維持することは難しい
としても、そうした気持ちは忘れたくないものですね。

自分はどういう人たちや音楽たちが好きなのか。どういう態度や
物言いが許せないのか。それらに思いを巡らせていくと心は不思議
と落ち着きます。何故かキャメロン・クロウの自伝的な映画『あの
頃ペニー・レインと〜Almost Famous』を無性に観直したくなり
ました。

こちらこそご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。
Commented by 株の初心者 at 2012-11-01 02:36 x
とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

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