私の小さな弟は死んでしまった

ボブ・ディランにライ・クーダーと、元祖アメリカーナの新作がたて続けに発売された。
思えばこの二人に直接的な繋がりは殆どないし、あるとしたら以前クーダーがディラン作
の「I Need A Woman」をカヴァーしたことくらいだろうが、両者の音楽に共通して脈々
と流れているのは広い意味でのアメリカへの思いなのだろう。ディランはタイタニック号
の悲劇(tempest)などを題材にしながら死や終末のイメージを語る。方やクーダー
はかなり直截的に政治とコミットする。何しろクーダーの場合、新作のアルバム表題が『
選挙号外』(election special)ときた。次期のアメリカ大統領選を睨んで放たれた”号外”
だ。以前ニール・ヤングにも『Living With War』というイラク戦争への異議申し立てを
正面から行ったアルバムがあったけれど、なるべく早く曲を作りリリースしたいという切
迫感や時事性では、今回のクーダーはヤングのそれに似ているのかもしれない。

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徹底的に共和党のルムニー候補を皮肉った冒頭の「Mutt Romney Blues」もあれば、報
われない労働者たちに団結を呼びかける「The Wall Street Part Of Town」もある。あ
るいは「Guantanamo」では、失ってから始めて気がつく感情が考察される。しかもそこ
ではアラブ系というだけでアルカイダではないかと容疑をかけられ拷問を受けた若者たち
を題材にしているのだから、アメリカ人としてのクーダーの自責の念はいかほどのものだ
ろうか。かなりヘヴィなエレクトリック・ブルーズ「Cold Cold Feeling」ではオバマ大
統領の苦悩が生々しく描かれているし、「Kool-Aid」ではフロリダの白人自警団員が誤っ
て黒人の少年を射殺してしまった事件を扱っているのだが、それを一方的に糾弾するので
はなく、射殺してしまった青年の独白という形でヴァースが進んでいくだけに、何とも
苦い思いが込み上がってくる。

こうして書き連ねていくと、かなり社会的なメッセージに溢れたアルバムだと誰もが強
く思うことだろう。実際その通りであるし、クーダーのギターと息子ヨアヒムのドラム
ス&パーカッションのみで骨格が剥き出しになったサウンドもそうした感情を一層
後押しするものだ。しかしその一方で、本作には「Brother Is Gone」のような寓話的な
ナンバーが収録されている。兄弟二人が二つの道が交差する地点、ウィチタのプレーリ
ー・タウンでサタンと善悪の取り引きをする。そんな歌なのだが、どこかアイリッシュ的
な旋律が古き佳きアメリカの日々を映し出しながら、良心が託された審判の日を待つよう
でもあり、アルバムの多くを占める政治的なナンバーをうまく中和する影絵になっている
と思う。兄が弟に言うのだろうか、「ぼくの可愛い弟は死んでしまった」というフレーズ
の繰り返しがとても印象的だ。アルバムの折り返し地点に置かれた小唄「Going To Tam
pa」同様、ヘヴィなエレクトリック・ブルーズやストレートアヘッドなロックが渦巻く
なか、こうしたアコースティックな歌が鮮やかな場面転換となっているぶん余計に染み
込んでくる。マンドリンの響きが素晴らしい「Brother Is Gone」での映像を喚起させる
広がりのあるサウンドは、まさに多くのサウンドトラック・アルバムを手掛けてきた
クーダーの賜物だろう。

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思えばライ・クーダーという人は忘れ去られた古いブルーズや伝承歌を掘り起こし歌い
ながら、現代という時代に投げかけてきた。それがアルフレッド・リードの不況物語
「How Can Poor Man Stand Such Time And Live?」であれ、ブラインド・ウィ
リー・ジョンソンが採集した宗教歌「Dark Is The Night」であれ、一見私たちの現代
の暮らしとはあまり接点がないような内容の歌を歌うことで、物事の裏側というか、
豊かさの陰に隠れがちな側面を示し続けてきたのだ。そういえばクーダーはウディ・
ガスリーの「Do Re Mi」を取り上げていたが、オクラホマからカリフォルニアへと
新天地を求めつつ挫折する季節労働者の歌を歌うことは、ロスアンジェルスに生まれ
育ったクーダーにとって温故知新であり、自分の立っている場所を確認する作業でも
あったはず。

そんなクーダーがどんどん自作曲を増やしていったのは近年顕著な傾向だ。前作
『Pull Up Some Dust And Sit Down』もほぼ全曲クーダーの書き下ろしだったが、
今回もヨアキムとの共作一曲を含めてすべてがライのオリジナルで占められている
のだから古くからのファンには感慨深い。それは何も曲を作れるようになったから
偉いとか成長したといった意味合いとはちょっと違う。古い音楽の介在者であること
に徹してきた彼が、貧困や差別にあえぐアメリカ、中東で不遜な戦争を仕掛けるアメ
リカに異議を申し立てた曲を書いていることに、のっぴきならない心の動きを感じ取
ってしまうからだ。そういえば公民権運動の尊厳に改めて着目したメイヴィス・ステ
イプルズのアルバム『We'll Never Turn Back』をプロデュースしたことも、クーダー
の創作力を大いに刺激したことだろう。積極的にフォークロアを紹介してきた彼が、
いつしか現代という困難な時代を映し出すフォークロアそのものになろうとしている。
この『選挙号外』を聞いていると、彼の変わらぬリべラリストぶり、弱く虐げられた
人々へ投げかけられた目線の低さとともに、ふとそんなことを考えずにはいられなか
った。

クーダーは繰り返す。「ぼくの小さな弟は死んでしまった」と。極めて簡素に語られ
るフレーズだが、その言葉の広がりに単なるプロパガンダだけではない”音楽する心”
や生傷だらけの心情が溢れ出している。

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by obinborn | 2012-09-23 09:38 | rock'n roll | Comments(2)  

Commented by レシーブ二郎 at 2012-09-25 19:07 x
オビさん、こんばんは。ごぶさたしております。
素敵なレビューを拝読させていただきありがとうございます。おっしゃるとおり、クーダーは7〜80年代、昔のマテリアルを取り上げ、現代の矛盾を浮かび上がらせるという手法をとってきました。それが60歳をすぎて、政治に対してこれほど直裁な表現をとろうとは予想だにしておりませんでした。でも、ディランも、クーダーもウッディ・ガスリーの息子なんだと思えば、ここへ来て、60年代前半のディランのような歌を歌うのも当然かと思います。

なお、1994年に奈良で行われたアムネスティ・インターナショナルのコンサート、『あおによし』で、クーダーはディランの「Ring The Bells」をバックアップしていますし、2009年1月リリースの『The People Speak』というオムニバス盤では、クーダーとヴァン・ダイク・パークスがディランの歌う「Do Re Mi」の伴奏をしております。

それにしても、「Brother Is Gone」は素晴らしいですね。
Commented by obinborn at 2012-09-25 22:23
二郎さん、こんばんは。
私もこのようなアルバムをライが作るとは意外でしたが、ブエナ・ビスタ
以降の彼は、逆に根っこに近ずいていったんじゃないかという思いもあり
ます。あとディラン関連の情報ありがとうございました!そういえば
ウディ・ガスリーのメモリアル・コンサートにはディランは勿論のこと、
ソロ・デビュー以前のライもアーロやジュディ・コリンズのバックで参加
していましたね(忘れていてすいません!)これまた根っこに繋がるお話でした。あと文中では触れませんでしたが、ライの新作では終曲「Take
Your Hands Off It」の力強い8ビートと意志的な歌詞にもシビれました!

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