Where the Duck?

以前から私のblogを読んでくれていた人たちには、私がと
きどきアップしていたアヒルの写真は馴染みかもしれない。
バイトの帰り道とかウォーキングの途中とかに寄り道しな
がら眺める彼(彼女?)の姿は、使い古された言葉で言え
ば日々の癒しだった。

最初こそ警戒され逃げ惑うだけのアヒルだったが、次第に
懐いてきて嬉しそうに鳴きながら私に寄ってくるようにな
った。冬の日でも夏の午後でもそうだった。人間側の勝手
な思い入れかもしれないが、犬や猫を飼っている人たちで
あれば、いや動物がお好きな方であれば、誰もがきっと賛
同してくれるに違いない。

そんなアヒルくんが姿を見せなくなったのは2011年の春
を境にした頃だった。最初こそどっかに遊びに行っている
のだろうと楽観していたのだが、日を重ねるうちに暗い気
持ちが押し寄せてきた。一体どこに行ってしまったのだろ
う?

アヒルくんの失踪と同じ頃に起こったのが、忘れもしない
大震災と福島の原発事故だった。因果関係があるのかどう
かは判らないが、私が最後にアヒルくんの姿を見たのは震
災後数日経った頃だった。いつもはぴょんぴょんと跳ねま
わったり、水面を滑らかに泳いだり、また時には悠長に昼
寝をして羽根を休めたりしていた彼(彼女)が、ひどく怯
えてうずくまっていたのが忘れられない。

震災や原発事故で私たちは多くのものを失った。それに比
べてたかがアヒルごときで、と思われる方もいらっしゃる
だろう。しかしたとえ偶然であれ、あの日を境に変わって
しまったことのひとつとして、未だに私の心に錨を下ろし
ている。それが奇想天外の話題や声高に語られるメッセー
ジではなく、普段からまさに日常の光景として接していた
ことだけに、私の心は痛んだ。大なり小なりこうした体験
をされた方が、きっと日本じゅうにいらっしゃるに違いな
い。

J.Dサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(Catcher
in the Rye)は青春小説の古典的名作だが、そのなかでも
主人公が「冬になって池に氷が張ったら、アヒルたちはど
こに行ってしまうんだろう?」と独白するシーンは極めて
印象的だ。私も主人公に倣って思う。一体彼(彼女)はど
こに消えてしまったんだろう? と。

アヒルくんが住んでいた野原と茂みと池。その周りを今日
も私はときどき通り歩く。そしてついその姿を探してしま
う。昨日まであったことが今日はもうない。そんな圧倒的
な喪失感に翻弄されながら、私はふと無口になる。

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*Facebook本日分と同じテキストです。
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by obinborn | 2012-10-12 13:16 | one day i walk | Comments(5)  

Commented at 2012-10-12 15:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by obinborn at 2012-10-12 15:56
すみません。しかし私などでは圧倒的に力不足だと思います。
でもかなりの評判は耳にしていますので、機会を見つけて聞いてみたい
と思っています。
Commented at 2012-10-12 23:26 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2012-10-12 23:27 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by obinborn at 2012-10-13 02:09
小西さま、初めまして。ご意見ありがとうございます。
文意が(彼を含めた多くの人たちに)うまく伝わらなかったことを、
お詫び致します。
たかが一人の聞き手として、バンドに果たして何が貢献出来るのか?
なんて柄にもないことを考えていくと何だか迷宮に陥りそうです。
それでも、いつも思うのは彼らの聞き手でありたい、理解者でありたい、
という雑駁な感想です。この時代にバンドであり続けることはとて
も大変なこと。何しろメンバー個人個人の感情の流れがあり、それを受
けとめながら維持していくこと、クオリティと”売れる”ことの狭間で
悩む姿は。きっと私の想像以上のものでしょう。幾つかの音楽家への
取材やライヴを通して、私がいつも感じるのはそんな当たり前のこと
だったりします(きっと彼らは照れ笑いしかしないだろうけれど)。

あとfacebookはまがりなりにも始めましたので、小西さんもよろし
ければ!^0^








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