もうひとつの人生
ラウンド・ハウスでギグを行っていた。ヘッドライナーでは
なかったけれど、聴衆の反応は上々だった。オープナーだっ
たとしても客たちの上気した顔や満たされた空気が、このバ
ンドの未来を祝福していた。
ステージを終えたウィルコ・ジョンソンが仲間たちとビール
を飲みながら談笑していると、突然スパークスのマネジャー
が現われた。「ミスター・ジョンソン、いいかい? よく聞
けよ。きみにとってこれは大事な選択の時なんだ。スパーク
スに入れば本物のプロフェッショナルになれる。そんなチャ
ンスなんだよ。それともきみはこんなパブに集まっているよ
うなくだらない連中と、いつまでも時間の無駄をしたいのか
な?」
ウィルコはこう切り返したという。「俺たちはこんなくだら
ないパブでくだらない会話をしながら、ずっとずっと無駄な
時間を過ごしていたいんです」
時は流れて数十年。ロンドンのイズリントン地区にあるパブ、
ウィーバーズ・アームズでぼくはあるバンドを待っていた。
寒い冬の夜のことだった。すると黒色のワゴン車がやって来
て、店に横付けされた車のなかからはウィルコ・ジョンソン
が出てきた。彼は自分のギター・ケースをきちんと自分の手
で持っていた。
*このテキストは拙書『UK Records』(09年)で発表した
テキストを改編したものです。あらかじめご了承ください
(facebookとも同期しています)。
by obinborn | 2012-10-14 11:17 | rock'n roll | Comments(0)