ニコレッタ、26歳。

 あれは79年の夏休みのことだった。
ぼくは近所のスーパー・マーケットで
アルバイトをしていた。仕事は搬入ト
ラックから荷物を受け取り、いったん
倉庫にしまい込み、そこからさらに売
り場まで運び、次から次へと牛乳や卵
を棚に並べていくというもので、次第
に要領は覚えていったのだが、社員の
方にしてみれば何とも心もとない労力
だったのかもしれない。それはともか
くとして、お店のBGMとして当時ひっ
きりなしに流れていたのが、ニコレッ
タ・ラーソンの「ロッタ・ラヴ」だっ
た。正確にはその曲をイージー・リス
ニング風にリアレンジしたものだった
と記憶しているが、朝から夜まで延々
流され続ける音楽のなかでも、その「
ロッタ・ラヴ」は一際強い印象を残し
た。

 その前年の78年にニコレッタ・ラー
ソンはソロ・デビューした。それまで
もジェリー・ジェフ・ウォーカーやコ
マンダー・コディ&ヒズ・ロスト・プ
ラネット・エアメンのバック・コーラ
スの一員として歌っていたり、ブルー
グラスのコンテストで注目を浴びたり
していたようだが、彼女は晴れてワー
ナー・ブラザーズと契約。件の「ロッ
タ・ラヴ」を78年の12月に全米で8
位の大ヒットへと送り込んでいった。
その曲の作者は言わずと知れたニール
・ヤングであり、彼自身も78年のアル
バム『カムズ・ア・タイム』のなかで
歌っている。ニールのこの作品集では
なかなかの割合でニコレッタが澄んだ
いいコーラスを聞かせていたこともあ
って、当時彼女はまさに時の人となろ
うとしていた。

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 実際デビュー・アルバム『ニコレッ
タ・ラーソン』には瑞々しい輝きがあ
った。彼女の場合いわゆるシンガー・
ソングライターとは違い、基本的には
リンダ・ロンシュタットと同じくシン
ガー一筋ではあったけれど、ケレン味
のないその歌いっぷりは、ぼくに素直
という言葉を思い起こさせるほどだっ
た。一途とも言えるその声でマーヴィ
ン・ゲイの「ドント・ドゥ・イット」
が、サム・クックの「ユー・センド・
ミー」が、バート・バカラックの「メ
キシコ式の離婚」が歌われるのだから
たまらない。ニコレッタと同世代のソ
ングライターの作品としてはジェシ・
ウィンチェスターの「ルンバ・ガール」
や、グレン・フライがジョン・デヴィ
ッド・サウザーとともに作った「ラス
ト・イン・ラヴ」があった。そこにビ
ル・ペインが夫人と共作した「ギヴ・
ア・リトル」を加えてもいい。そして
ニコレッタがカントリー音楽とともに
育った証として、ルーヴィン・ブラザ
ーズの「エンジェルズ・リジョイスド」
がきちんと収録されてもいる。ハーブ
・ペダーソンとともに朝露のようなク
ロース・ハーモニーを聞かせ、アルバ
ート・リーのマンドリンがそっと寄り
添うこの曲は、本作でのもうひとつの
果実なのかもしれない。

 他人の歌がいつしか自分のものにな
る。そんな言説はいささか手垢に塗れ
ているだろうか。それでもなおニコレ
ッタの歌を耳にすると、60年代の中盤
から始まった西海岸ロックの歴史がこ
こに凝縮されているような感慨さえ覚
える。これはまるでローウェル・ジョ
ージのスライド・ギターではないか、
とつい勘違いしてしまう「ドント・ド
ゥ・イット」でのポール・バレルの素
晴らしいギターを聞きつつ、「ロッタ・
ラヴ」でのプラス・ジョンソンが吹く
フルートに魅せられながら、そう思う。

 アルバムのジャケットを見て欲しい。
そこはロスアンジェルスの天井が高い
レストランだろうか。やっとデビュー
した嬉しさからか、厚底のサンダルを
履いてポーズを取るニコレッタは屈託
ない笑顔をこちらに向けている。テー
ブルの白い布地のクロスや、何気に置
かれた赤い花が、これから夕べにかけ
て催されるパーティの予感に満ちてい
る。後方に少しだけ姿を見せる給仕は
打ち合わせに追われている。壁に飾ら
れた大時計は午後2時を少し超したば
かりだ。そして大きく間取りされた窓
からは、26歳になったばかりの彼女を
祝福するかのように陽射しがまっすぐ
に、まっすぐに降り注がれている。

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by obinborn | 2012-10-21 15:35 | one day i walk | Comments(4)  

Commented by エル・テッチ at 2012-10-21 10:34 x
obinさん こんにちは
ニコレット・ラーソン 懐かしいです。
当時、ウエストコースト・ロックなんか軟弱だ、なんて友人には言っていたのですが、一方で女性ボーカルは好きで、同じころ、密かに聴いていたのが、ニコレット、カーラ・ボノフ、クリスタル・ゲイルでした。
ニコレット・ラーソンは、最近、"Say What"、"Rose of My Heart"が2in1で初CD化されましたね。
やはり1stを代表とする初期の瑞々しさが一番ですが、ファンとしては入手せずにはいられませんでした。
Commented by obinborn at 2012-10-21 10:43
エル・テッチさん、こんにちは。
西海岸サウンドはぼくも懐かしいです。78年頃だと何となく陰りが
見えてきた時期でしたが、カーラ・ボノフやリッキー・リーのデビュ
ー作ともども忘れられない大事なアルバムです。
Commented by noah at 2012-10-21 23:53 x
小尾さん、今晩わ、大好きなシンガーの、思い出のアルバムです。何だかひさびさに棚から引っ張り出して聞いてみました。ああ、憧れのカリフォルニア!
Commented by obinborn at 2012-10-22 06:14
noahさん、お久しぶりです。
ぼくも改めていいアルバムだと思っています。この時期のプロモ用
の『Live at Roxy』(確かオフィシャルにCD化されたと思う)とと
もに好き!

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