ガルシアによって運ばれたディランの歌。

 ボブ・ディランのアルバムの数々を聞いて
いてふと思うのは、この人は完成されたもの
を求めてはいないな、ということだったりす
る。ファンであれば先刻ご存知の通り、ライ
ヴの場で原曲が大幅にリアレンジされていた
り、スタジオ録音にしてもテイクによって表
情はがらりと改められるなど、その振幅はか
なり激しい。

 恐らくディラン自身のなかにいつもその時
その場で思い付いた気持ちを大事にしたい、
という音楽観が自然と宿っているのだろう。
夢の途中で書き留めたような歌詞や、ふと浮
かんだ旋律を衝動のままにレコーディングし
てしまいたい、改変であればその後いくらで
も出来るではないか、そんな思いがあるので
はないだろうか。

 振り返ってみれば他人のカヴァー・ソング
によってディランを知るという機会がぼくの
場合は昔から少なくなかった。だいだいディ
ランと同世代のジョーン・バエズやピーター・
ポール&マリーからしてそうだった。ロジャ
ー・マッギン率いるザ・バーズがそうだった。
やや遅れたものの、イギリスでもホリーズや
サンディ・デニーやマクギネス・フリントが
そうだった。ジョン・レノンに至ってはディ
ランに触発されて自作の「悲しみはぶっとば
せ You've Got To Hide Your Love Away」
を書いたほどで、ジョンの弾くざらついたギ
ターや苦み走った歌声にはまさにディランの
姿が影絵のように張り付いていた。

 こうした一連のカヴァー・ソングによって
ディランの曲の思わぬ美しさ、メロディ・ラ
インの清冽な響きにハッとさせられた方々も
少なくないだろう。ロッド・スチュワートや
ヘロンが取り上げた「オンリー・ア・ホーボ
ー」など、個人的にはその筆頭格に挙げたい
出来映えなのだが、何しろ本人の場合は例に
よって嗄れ声であえて整合性を無視した、そ
れ故にブルーズ・フィーリングが漲るシンギ
ングを身の上にしているので、ディランの歌
を聞いている限りではなかなか気が付きにく
い。それでもそんな本人版でさえ「北国の少
女 Girl From North Country」や「ラヴ・
マイナス・ゼロ(ノー・リミット)」には、
歌詞の上手さと釣り合うようなメロディがし
っかりと聞き取れるのだから、他の多くの曲
の場合この人はメロディの素直な響きに照れ
ているのではないか、と思わせるくらいだ。

 グレイトフル・デッドのジェリー・ガルシ
アもまた、ボブ・ディランに魅せられた一人
だった。もともとザ・バーズ同様にディラン
とは同世代だった故に、互いに共振する部分
や背景となる骨格は同じようなものだったの
かもしれないが、87年に両者がジョイント・
ツアーを敢行して以来、その絆はより深まっ
たように思えてならない。ライヴ・レコーデ
ィングが残されたこのツアー自体には、ディ
ランとデッドそれぞれの良さを引き出せてい
ないのではといった意見もあるのだが、まあ
そう早とちりは禁物だ。というのもここで撒
かれた種はジェリー・ガルシアのソロ活動へ
と確実に引き継がれていったのだから。

 ガルシア・バンドが行った90年のライヴ
を収録した『ジェリー・ガルシア・バンド』
は、テンプテーションズのR&Bやピーター
・トッシュのレゲエに加えてビートルズ、
ザ・バンド、ロス・ロボスを、あるいはブ
ルース・コバーンやアラン・トゥーサンの
曲をセレクトするという五目飯状態なのだ
が、わけてもディランの3曲「運命のひと
ひねり Simple Twist Of Fate」「アイ・
シャル・ビー・リリースド」「ブルーにこ
んがらがって Tangled Up In Blue」を取り
上げた演奏がここでは俄然光っている。

 もともとデッドという大いなる母船を離
れてソロ活動へと向かう時のガルシアは、
気ままにカヴァー曲をプレイする比重が高
くなるとしても、ディランの曲を3つも演
奏するとは、思いも寄らない出来事なのだ
った。ガルシアならではの澄んだトーンで
大空を高く高く駆け巡っていくようなギタ
ー・ソロをふんだんに味わえるこの3曲を
聞いていると、言葉の豊かさやメロディの
輪郭の美しさもさることながら、ガルシア
がギターという楽器でディランの曲の違う
側面を映し出しているように思えてならな
い。あまりにも知られ過ぎた故に手垢に塗
れてしまった「アイ・シャル・ビー・リリ
ースド」のような名曲でさえ、ガルシアの
ギターはまるで朝露のように、初めて聞い
た歌のように、窓辺の風景をそっと塗り替
えていく。だからぼくはこれがディランの
曲であることをしばし忘れてしまうのだっ
た。

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by obinborn | 2012-10-30 21:13 | one day i walk | Comments(0)  

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