スティーヴ・ウィンウッドの光と影。

 昨年末に観たエリック・クラプトンとスティーヴ・
ウィンウッドのジョイント・ライヴは素晴らしいもの
だった。といってもぼくの場合は完全にウィンウッド
がお目当てだったのだが、彼のしなやかな身のこなし
がその音楽をも言い含めているような気がした。

 何というか大御所っぽいところがまるでなく、音楽
好きの青年が雨風に耐えながらそのまま歳を重ねてい
ったような姿がすごく印象に残ったのだ。それは単に
過日と変わらぬ音域でハイトーン・ヴォイスを届けて
いたからとか、温もりのあるハモンドB3サウンドを響
かせていたからといった理由だけではなく、彼のあく
なき音楽的な探求心ゆえに込み上がってくる気持ちだ
った。

 その探究心を一言で表現するならば、リズム・アプ
ローチの多彩さということに尽きる。元々トラフィッ
ク時代からロックのフォーマットから逸脱しながら第
三世界のポリリズムに興味を示していた人であり、実
際レミ・カバカらとサード・ワールド(アイランドか
らデビューした同名のレゲエ・グループとは異なる)
というユニットを組んだり、ファニア・オールスター
ズと共演したりと、かなり意識的にリズムへの取り組
みを示してきたのがウィンウッドだった。

 そんな彼の長年に亘るアプローチが歳月を経て一気
に花開いたのが08年の傑作『ナイン・ライヴス』だっ
た。自分とは音楽的なバックグラウンドが異なるホセ
・ネトのようなミュージシャンを探し出し、心を開い
ていった勇気。アフリカ的な8分の6拍子をケルティ
クな旋律と溶け合わせていく才気。それらがこのアル
バムに血を通わせているのだと思う。

 むろんウィンウッドにも欠点はある。例えば(少な
くともぼく個人にとっては)商業主義と妥協したよう
な『バック・イン・ザ・ハイ・ライフ』のような作品
も残しているし、明らかに手数が合っていないナラダ
・マイケル・ウォルデンをプロデューサーとして招き
入れたこともある。それでもそうしたコマーシャリズ
ムとの狭間のなかで、きちんと自分の音楽を温めてき
た結果が、細やかな数々の支流がやがて大河へと辿り
着いた河口が、この『ナイン・ライヴス』だ。

 そういえば彼の場合、歌詞は他人に頼ることがかな
り多い。60年代から天才と謳われてきたウィンウッド
だが、そんな彼でさえ自分の音楽に歌詞を付けること
に関しては苦手なままだ。自分の描いた音楽に自分で
言葉を与えられないのは、果たしてどんな気持ちがす
るのだろう?

 ふと、そんなことに思い至った時、ウィンウッドが
こちらを振り返りながら笑みを交わした。異なる光と
影がひとつの束となって重なり合っていった。

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by obinborn | 2012-11-02 23:49 | one day i walk | Comments(0)  

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