今宵はヘンリーを想って眠れない。

 ヘンリー・マカロックという人は欲がない
のだろうか、それとも単に運に恵まれないの
だろうか。あれほどの才気を感じさせながら
も、どこかこじんまりとした印象を拭えない。
ジョー・コッカーとともにウッドストック・
フェスに出演したり、ポール・マッカートニ
ー&ウィングスに加入したり、いくらでも全
国区へと羽ばたくチャンスはあっただろうに、
そういう野望には自然と背を向けてしまうよ
うなところがあった。これはその人の性格的
な部分にも関わってくるデリケートな問題だ
ろうが、きっとヘンリーには野心とは無縁に、
アイルランドやロンドンの仲間たちと毎晩の
ギグを楽しめればそれでいいや、という思い
が心の片隅にあったのではないだろうか。

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 84年にひっそりとドイツのマイナー・レ
ーベルであるLineから発売されたヘンリー
のセカンド・アルバム『Hell Of A Record』
も、そんな彼らしい作品だ。唯一欲を出した
といえば久し振りにアメリカへと出向いてレ
コーディングしたことだろうが、それもロス
やニューヨークではなく、オクラホマ州のタ
ルサだったというところにヘンリーならでは
の確かな息遣いが感じられる。

 言うまでもなくタルサはジェシ・エド・デ
ィヴィスやレオン・ラッセル、あるいはロジ
ャー・ティリソンやJ.Jケイルらを輩出してき
た土地である。彼ら南部出身者たちが音楽産
業のメッカであるロスアンジェルスへと出向
き花を咲かせていったことから、いわゆるLA
スワンプという造語が出来たほどだった。そ
れはともかく、タルサにあるエイフェル・タ
ワー・スタジオへと旅立ったヘンリーにとっ
て彼らの名前がまったくあずかり知らないも
のだったとは言い切れまい。むしろレオンな
どは現実面でもジョーと多くの時間を過ごし
たわけだから、どこか意識していた土地なの
かもしれない。

 そんなレコーディングに参加したミュージ
シャンのなかで一際目を引くのが、キーボー
ド奏者のディック・シムズだ。エリック・ク
ラプトンのファンであれば、彼の『461オー
シャン・ブールバード』に参加していたこと
を覚えていらっしゃる方も少なくないだろう。
もともとエリック・クラプトンは、いち早く
J.J.ケイルの「After Midnight」を取り上げ
たり、ケイル同様にタルサ出身であるカール
・レイドルを自分のバンドに加えるなどのこ
だわりを見せてきた。70年代の終わりには
そんな日々を慈しむような「(Living On
The) Tulsa Time」というダニー・フラワー
ズたちの曲をアルバム『Buckless』の最後
に配したほどだった。しかもこのアルバムが
レイドルにとってクラプトンとの別れの挨拶
になってしまったのだから、どこか因縁めい
てもいた。

 話をヘンリーに戻すと、この『Hell Of A
Records』はそうしたタルサのミュージシ
ャンたちと合い塗れたという意味でも価値
ある記録だ。いつになくカントリー音楽の
匂いを感じるのはそのためかもしれないし、
実際の楽器編成を見てもシェルビー・エイチ
ャーのフィドルやヘンリー自身が弾くマンド
リンをフューチャーするなど、カントリー色
を後押ししている。ちょっとアルバート・リ
ーの「Country Boy」を思い起こさせる冒頭
の「Here We Go Again」がそうだし、J.J
ケイルにも似たブルージーな「Tears On Yo
ur Face」にしてもシェルビーのフィドルが
舞うことで何とも言えない音楽的なミクスチ
ャーを醸し出している。そしてディック・シ
ムズのオルガンがさり気なくロング・トーン
で後方を彩る「Shining Star」では、ソング
ライターとしてのヘンリーがなかなかいいバ
ラードを書けることを証明していく。エルヴ
ィス・プレスリーで広く知られる「好きにな
らずにいられない Can't Help Falling In Lo
ve」のレゲエ仕込みもなかなかのものだ。

 アルバムをB面にひっくり返しても、ヘン
リーのギター・ソロやシムズのピアノが弾む
「Down In The Amusements」や、女声コ
ーラスとの掛け合いがエリックとイヴォンヌ
・エリマン、あるいはエリックとマーシー・
レヴィのそれを連想させる「Foolish Heart」
を手始めに快演が続く。グリース・バンド時
代の「To The Load」を彷彿させる「Too
Upset To Say Goodbye」もいいし、有名
な「Just Because」をブルーグラスにリア
レンジした解釈もさすがだと思う。

 そして本作のクライマックスは何と言っ
ても最後の二曲だ。ハンク・ウィリアムズ
の「Cold Cold Heart」が短く奏でられて、
ちょっとインタールード的な役割を果たすと、
そこにヘンリーの自作曲「Couldn't Sleep
For Thinking Of Hank Williams(今宵はハ
ンクを想って眠れない)」がそっと重なり
合っていく。北アイルランドに生まれたヘ
ンリーがアメリカ音楽へと踏み込んでいく
姿をこれほどシンボリックに切り取った場
面もそうあるものではない。

 アルバム・ジャケットはいかにも手を掛
けていないトホホなものだし、メジャー・
カンパニーのレコーディングのような予算
が取れた訳でもないだろう。それでもこの
『Hell Of A Record』は彼の長い旅のなか
でもかなりの秀作に違いない。エリック・
クラプトンやデイヴ・メイソンのように大
規模なアメリカ進出は為されなかったとは
いえ、本作にはひっそりとアメリカに思い
を寄せるヘンリーの人となりが感じられる。
そのことの尊さをぼくは今日も考えている。

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by obinborn | 2012-11-09 23:13 | one day i walk | Comments(0)  

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