Home Again

デラニー&ボニーは60年代後半のロック・
シーンに於けるトレンド・セッターだった。
ブラインド・フェイスが69年に行った全米
ツアーの際にデラニー&ボニー&フレンズ
をオープニング・アクトとして起用したこ
とをきっかけに、エリック・クラプトンが
この夫妻ソウル・デュオの音楽に夢中にな
り、ブラインド・フェイスを脱退し、デラ
ニーたちのバンドに合流することになった
のはあまりにも有名な話だ。

クラプトンの親友であったジョージ・ハリ
ソンもまた、クラプトンを通じてデラニー
たちの噂を聞きつけ、自分たちビートルズ
のアップル・レーベルから彼らをデビュー
させることを画作した。残念ながらその話
は流れてしまったが、アップルでアセテー
ト盤までは作られたという話はあっと言う
間に広まった。

その確かな証拠が以下の写真というわけ。
この『オリジナル・デラニー&ボニー&
フレンズ』はやがてエレクトラ・レコー
ドから正式にリリースされたわけだが、
ジョージ・ハリソンの音楽観に一石を投じ
たことを雄弁に物語るものだろう。

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デラニー&ボニーのバック・バンドから
エリック・クラプトンのデレク&ザ・ド
ミノスが生まれたこと、デラニーたちの
音楽監督だったレオン・ラッセルがその
後独立してメジャーになったこと、ある
いはレオンがデラニー&ボニーを裏切り、
フレンズの面々を引き連れてジョー・コ
ッカー&マッドドッグス・イングリッシュ
メンの全米ツアーへと鞍替えしたことなど、
当時いかにデラニー&ボニーが大きな影響
力を持っていたかを伝えている。

そういえばエリック・クラプトンもデイ
ヴ・メイソンも最初のソロ・アルバムを
デラニー&ボニー人脈のバックメンで固め
ていたが、かくの如く60年代後半のロック
・シーンはサイケデリアから一転し、アメ
リカ南部に根ざしたブルーズやR&B、ゴス
ペルなど、アーシーな表現へと大きく舵を
切っていったのだった。

最後に余談だが、件のエレクトラ盤でメ
ジャー・デビューする以前のデラニー&ボ
ニーはスタックスにアルバムを一枚吹き込
んでいる。ドン・ニックスやブッカー・T・
ジョーンズ、レオン・ラッセルらが尽力し
たにもかかわらず、このアルバムはオン・
タイムでは発売を見送られてしまった。そ
の理由をデラニー・ブラムレットはこう回
想している。

「マーティン・ルーサー・キング牧師が
暗殺されてからというもの、南部の状況
は一気に緊迫した。ぼくらの音楽に好意的
だったDJやオーディエンスも、ぼくらが白
人だと解ると急にぞんざいな扱いをするよ
うになった。つまり当時はそれほど人種間
の軋轢が強かったんだよ」

発売を見送られたそのアルバムには皮肉に
も、『故郷(Home)』というタイトルが記
されていた。

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by obinborn | 2013-01-05 17:55 | blues with me | Comments(0)  

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