オクラホマの月

私がグラム・パーソンズの人生に関わったのは、彼
が26歳で生涯を閉じる2年前、1971年のことだっ
た。私たちはグレイハウンドのバスを改造した車に
乗ってツアーをした。両脇には「Gram Parsons」
の文字を入れ、フロントにはGPのイニシャルが輝い
ていたわ。

その車には様々な音楽家、愛と法秩序から逃れてき
た逃亡者たちが大勢乗り込んだ。そうして私たちの
バンド、フォーリン・エンジェルズは全米じゅうの
ホンキー・トンク(安酒場)で演奏し始めたの。

私がグラムの音楽を本当に理解出来たのはその時だ
った。ルーヴィン・ブラザーズ、バック・オウエン
ズ、ウエッブ・ピアース、チャーリー・プライド、
マール・ハガード、そして勿論チャック・ベリー。
知らない間に覚えてしまうレコードのように、グラ
ムの歌は自然に私の元へと飛び込んできた。

オースティンでもシカゴでも、グラムを一目見よう
と多くの人々が集まった。彼の声は潰れ、お世辞に
も良くはなかったけれど、そこには喜びと悲しみが
張り付いていたと思う。ツアーは興行記録を云々す
るものではなかったけれど、いつまでも忘れずにい
てくれる人がきっといるような巡業だった。

アマリオへ向かう途中の大草原でベーシストのカイ
ル・タリスは、隠れる場所がないからこういう草原
は嫌だと言っていた。私もまったく同じ気持ちだっ
た。

でも時折、私はオクラホマをすっぽり呑み込んでし
まったような幸福感に包まれた。見慣れた満月が星
空に昇り、覚えたてのメロディのようにゆらゆらと
漂っていたの。

エミルー・ハリス 1976年

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by obinborn | 2013-01-19 12:09 | one day i walk | Comments(0)  

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