佐野元春の新作『Zooey』に寄せて

佐野元春の新作『Zooey』が本日遂に発売された。まずは
やはりおめでとう!と心から言いたい。そのアルバムに関
する原稿も推敲に推敲を重ねた上で、先ほどエムズ・ファ
クトリーのほうに送信した。それに関しては他の執筆者の
方々のテクストとともにいずれMOTOS WEB SITEに掲載さ
れるだろうから、今日はその批評文とは別の観点からぼく
なりに『Zooey』の感想を述べてみたい。

多くの音楽家や表現者たちが3・11以降、創作にどう立ち
向かうかを自問し逡巡を重ねただろう。聞く側のぼくたち
だって、しばらくとても音楽なんか聞く気になれなかった
のだから、あの事件がソングライターたちの心に何らかの
形で影を落とさずにはいられなかったはずだ。

この『Zooey』アルバムに先駆けて配信された「La Vita e
Bella」と「世界は慈悲を待っている」の2曲、いわばリー
ド・トラックとしてアルバムに橋渡しをするかのようなこ
れらの歌に、ぼくはやはり3月のあの日のことを思わずに
はいられなかった。

ただし直接な訴えとか声高な糾弾とかは注意深く避けられ
ている。ここら辺に関しては例えばプロテスト・フォーク
とは方法論がそもそも違うし、好みの問題もあって意見が
分かれるところかもしれない。佐野元春の歌詞はむしろ抽
象度を高めているし、暗喩として聞き手の想像力に委ねて
いる部分が少なくないのだから。

いつだったか東京ローカル・ホンクの木下弦二との対話の
なかで、弦ちゃんが「歌を長持ちさせたい」と熱心に話し
ていたことが忘れられない。彼の情熱に促されるようにぼ
くもその場で語った。そう、例えばボブ・ディランの「激
しい雨が降る」(A Hard Rain's A-Gonna Fall 1963年)
について、ぼくは「もしあの歌がキューバ危機の歌だとは
っきり示されていたら、逆に色褪せていたかもしれないね」
と。音楽は不思議なものだ。ディランの歌うHard Rainとい
う言葉から聞き手はもっと自由にいろいろなことを想像し、
思いを巡らせる。弦ちゃんの「いつもいっしょ」や「目と
手」から、ぼくがシリア情勢や今は亡き友人のことを思う
ように。

佐野元春の新しい歌は全部で12曲。先ほど触れた「La Vita
e Bella」と「世界は慈悲を待っている」以外にも、平易な
言葉たちが音のなかで研ぎ澄まされ豊かに響き合っている。
地震のことも原子力発電の事故のことも直接語られること
はないが、そのぶん歌が伸びやかに弾んでいる。鳥のよう
に羽ばたいている。そして「詩人の恋」と「スーパー・ナ
チュラル・ウーマン」の連なりは、まるで北風と脱ぎ捨て
るコートの関係のようだ。

まさに長持ちする歌の数々。そして勿論これまでもそうだっ
たように、佐野元春には自己憐憫のような歌が一曲もない。
彼の新しい歌がまるで光の束のように届けられたことを、
ぼくはとても誇らしく思っている。

e0199046_1341106.jpg

[PR]

by obinborn | 2013-03-13 13:43 | rock'n roll | Comments(0)  

<< 虹をつかむ人 『永遠の出口』 >>