ネッド・ドヒニーの自画像

若さ故に思索し煩悶する時期というのは誰にでもあるものだ。
ソングライターであればなおさらだろう。それが後から振り
返って思わず顔を赤らめたり、照れくささ半分に抹消したく
なるような過去であっても、青年期とはおよそそのような過
程であり、そんな自画像をみんなが内側に抱えている。

ネッド・ドヒニーが73年に残した『ファースト』を聞き返す
と、いつもそんなことを思わずにはいられない。それらの歌
には恋人への問い掛け「Trust Me」があり、自己探求の「Fi
neline」があり、物質社会に疑問を呈した「Take Me Far A
way」があり、グレアム・ナッシュが鮮烈なハーモニーで寄り
添う寓話的な「On And On」がある。それらが甘く、やや舌
足らずといった感じの声で歌われるのだから、まるで若葉の
頃の引っ掻き傷のようなものかもしれない。

ぼくはA面2曲めの「I Know Sorrow」がとくに好きだった。
まだまだ若くはあっても無邪気なままではいられない。どこ
かに諦観が忍び込んでくる。そんな過程を淡い色彩のなかで
スケッチした曲であり、その喪失感はあの「Caloline No」に
も通じるほどだ。また対照的にB面1曲めの「I Can Dream」
では若さそのものが夢見るような、背伸びするような気持ち
とともに描かれていた。こうした若さへの懐疑と肯定という
相容れない要素がアルバムのなかで混ざり合っていることに
も、まるで光と影の関係のようにいちいち頷かされ、溜め息
を付かされた。

ご存知のように、ドヒニーは次作『ハード・キャンディ』の
AOR路線で大成功を収める。もともとブラック・ミュージッ
クのしなやかなリズム感を持っていた人だけに、そうした要
素を洗練させていった結果の見事なまでのブレイクスルーだ
ったが、そのアルバムでは青年期の微妙な陰影のようなもの
はきれいさっぱりと封印されてしまっていた。

『ファースト』と『ハード・キャンディ』のどっちが好き?
昔ロック喫茶でよくそんな論議を戦わせたものだ。昔だけで
はない。今もドヒニーが音楽バーで掛かれば、ふと語り合い
たくなってしまう。2枚の互いに異なる性格のアルバムを比
べること自体が愚かなのかもしれないし、どちらに軍配を上
げるかはその人の個人史や聞いた時のタイミングにも左右さ
れること。だからこれは優劣の問題ではない。踏み絵である
はずがない。まして音楽は勝ち負けや審判ではない。

そうした断り書きをした上で、なおぼくはこう言いたいのだ。
この『ファースト』が一番好きだと。果たして自分が一体ど
ういう音楽が好きで、どういう歌に心を砕いてきたのか。そ
うしたことにはいつまでも正直でいたいと思うから。ここに
は当時25歳前後だったドヒニーの肖像があり、その青臭い歌
の数々のまえでは、どんなに豪華なアレンジやプロダクトも
色褪せて映る。  

締め付けられるような痛みとともに「I Know Sorrow」に耳
を澄ませていたのが、まるで昨日のことのようだ。

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by obinborn | 2013-04-08 10:16 | one day i walk | Comments(0)  

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