デイヴ・メイソンが辿った道

明日行われる辻堂・ブランディンでのトークDJですが、先ほど
選曲を終えました。今回のお題は「私的名盤20枚」ということ
で計20曲を聞いて頂く予定です。

こういう企画の場合は変に受けを狙ったり、レアな盤を自慢し
たりではなく、一人の聞き手として自分の音楽遍歴を振り返り
つつ素直な気持ちで選ぶのが一番! こういう思いは歳を重ね
るほどに増々高まってきました。

そんな私の音楽遍歴のなかでも、デイヴ・メイソンはやはり
特別な一人だ。66年にスティーヴィ・ウィンウッドやジム・
キャパルディらとトラフィックに参画しつつも脱退や再加入を
繰り返す。やがて単身で母国イギリスを離れ、アメリカ西海岸
を拠点にソロ・アクトとして再出発。それからはキャス・エリ
オットやネッド・ドヒニーとの出会いもあれば、デラニー&ボ
ニーやレオン・ラッセルなどLAスワンプ人脈と知己を得て傑作
『アローン・トゥゲザー』(70年)も残した。

思えばぼくにブリティッシュ・ロックとかアメリカンのそれと
かの枠組みを取り払ってくれた恩人がデイヴ・メイソンだった。
エリック・クラプトンやロッド・スチュワートの歩みに象徴さ
れるように、70年代には英国から米国へと移動し、そうした旅
のなかから自分の音楽を真摯に見つめていく人が少なくなかっ
た。

デイヴ・メイソンはアメリカ移住後に大ブレイク!とくに77年
にリリースされた『レット・イット・フロウ』は、彼の良さが
ある種の輝きとともに押し出された代表作だ。当時行われた野
外ライヴの『カリフォルニア・ジャム』でその勇姿を焼き付け
た方も少なくないはず。
77年の10月には『レット・イット・フロウ』からシングル・
カットされた「We Just Disagree」が全米チャートを駆け巡り、
最高12位までを記録したほど。

ギタリストとしてはとことん不器用な人だと思う。彼の手癖で
ある3連束ね。スロー・ライフを先取したような”遅弾き”。そ
のワン・パターンのフレージングはどこまでも我流なのだから。

しかし、それがデイヴのデイヴたる何よりもの証しだと思う。
柔和なルックスや温かい歌声のこともあって忘れられがちだが、                 この人の確かな息遣いや他の誰でもない肖像が、デイヴのギタ
ーからはどこまでもしなやかに浮かび上がってくる。

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by obinborn | 2013-04-19 18:58 | one day i walk | Comments(4)  

Commented by デニーオク山 at 2013-04-20 13:34 x
obiさん、vanda 送りますからちょいと待ってくださいね。で、このメイスン盤のジャケですが…これはワタシの大大好きな mick haggerty の仕事で、あきらかに横尾忠則の影響によるものです。
Commented by obinborn at 2013-04-21 02:21
全然意識していなかったです。さすが本業のデザイナーさん!
思えばこのデフォルメ〜スーパーリアル感は凄いですよね。
今度またいろいろなことを教えてください。
Commented by りーな at 2013-04-23 00:09 x
デイヴ・メイソンを初めてラジオで聴いたのは、このアルバムに収録されている「Seasons」でした。大好きな曲です。
Commented by obinborn at 2013-04-23 06:03
いい曲ですよね。ぼくも好きなのでこのまえの辻堂DJの時に回しました。ただこの曲はデイヴの作ったものではないという、、、。
しかしギターは完璧です!

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