思慮深いギター弾きのために

わっ、やっぱりいいなあダニー・コーチマーは!

ザ・シティからジョー・ママを経た彼が満を持して発表した
73年の初ソロ作にはR&Bの躍動感が思いっきり詰め込まれて
いる。それも泥臭さよりは東海岸出身の白人らしいアーバンで
粋なテイストがまぶされているのが何とも彼らしい。

この73年には既にフライング・マシーン時代からの盟友である
ジェイムズ・テイラーのバック・バンドとしてザ・セクション
も始動させているから、まさにコーチマーにとっては新しい時
代に向けて伸びやかに羽ばたいていく時期だった。またキャロ
ル・キング一連の作品でもほぼレギュラーとして参加し信頼を
どんどん高めていった。

思えば幾多のギター・ヒーローとはまた違う文脈から忽然と登
場したのがクーチだった。過剰なまでのソロ・ギターではなく、
リズムの刻みやちょっとしたオブリに真価を発揮する”歌伴ギタ
ー”。今でこそこういうギターにも光が当てられているが、当時
は何とも地味な存在だったと記憶する。

このソロ・アルバムでもクーチは自身の歌をメインに据え、ギ
ターはあくまでもそのための背景となっている。面白いのはザ
・セクションの連中はクレイグ・ダージのキーボードに留め、
クーチが自分でベースとドラムスをこなしていること。彼によ
れば「グレイトな彼らをわざわざ呼ぶのは忍びなかった」との事。                そんな控えめな姿勢にも彼らしい抑制された美学を感じてならない。               きっとそれはバック・ミュージシャンとして培ってきた直感とか                 思慮深さ故なのだろう。しかしキーボードに関してはクレイグ以外
にも黒人のウィリアム”スミティ”スミスを呼び寄せるなどのこだ
わりを示しているのだから、単なるホームメイド・アルバムとも
また違う。

時は流れて2010年の春。キャロル・キングとジェイムズ・テ
イラーのリユニオン・ライヴがこの日本でも実現した。むろん
バックを務めたのはクーチを始めとするザ・セクションの面々
(ダージは不在だったが)だ。曲のエンディングに大きな拍手
が巻き起こる。まさにその瞬間にクーチがほんの一瞬だけ、ド
キリとするようなフレーズを繰り出す。それをぼくは聞き逃す
まいと必死だった。ここで聞き逃したら一生後悔するとさえ思
ったほどに。

主人公をステージで輝かせるのはいつも脇役あってこそ。クー
チのギターはキャロルとジェイムズの歌の佳き伴侶となり、歌
のありかを導き出すかのようだった。そんなギターの聞き方を
教えてくれたのは、他の誰でもなくまさにダニー・コーチマー
その人だった。

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by obinborn | 2013-04-24 19:18 | one day i walk | Comments(0)  

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