トニー・ジョー・ホワイト、26歳の肖像

「60年代のナッシュヴィルでは自作曲を片面に収録したら、
もう片面は他人の曲を歌わなければいけなかった。それが
レコーディング時の契約だったんだよ」トニー・ジョー・
ホワイトの口からこの話を聞いた時、ぼくは永年の謎が一つ
解けたような気がしたものだ。

そう、69年に発表された彼のファースト・アルバム『Black
&White』では彼らしい野性的なオリジナル曲がA面に並び、
盤をBサイドにひっくり返すとカヴァー曲の数々が収められ
ていたから。そのカヴァー曲のなかにはジョニー・テイラー
の「Who's Makin' Love」やスリム・ハーポの「Scratch My
Back」などトニー・ジョーの嗜好を物語るブラック・ミュー
ジックもあるのだが、B面も後半に差し掛かるとまるで帳尻を
合わせるかのようにB.Jトーマス、ジミー・ウェブ、そしてバ
ート・バカラックの歌が3曲続くのだから驚かされた方々も
少なくないだろう。

かといって、いやいや歌わされている感じはしない。それど
ころか甘党のぼくはこんなソフト・ロック路線も楽しめたの
だった。やはりトニー・ジョーのヴォーカルがいい。男臭い
テナー・ヴォイスで呟くように「Little Green Apples」「W
itchta Lineman」「Look Of Love」が歌われていくのだから
そのバランスというか取り合わせの妙に思わず頷いてしまう
ほどなのだ。

でも彼本人にとってはやっぱり不本意だったんだろうな。そ
れが証拠に、同じ69年の次のアルバム『.....Continued』で
は全曲をオリジナルで固めるという意地を見せる。トニー・
ジョーが一気に勝負に出たというところだろうか。デビュー
したばかりの頃は誰だって録音のノウハウなんか知らない。
スタッフに促され、プロデューサーの指示に従いながらいつ
の間にかレコーディングが終わっていたなんてという後日談
が後を絶たないのは、きっとそういう理由からだよ。

人生が選択の連続に他ならないのであれば、誰もが決心を固
めなければいけない時が必ずある。ファーストと同じプロデ
ューサーという環境ではあったけど、トニー・ジョーは勇気
を持って発言することで道を拓いていったのだ。そして自作
の名曲「雨のジョージア」(Rainy Night In Georgia)まで
ものにしていく。彼がちょうど26歳の時だった。

翌年のサード・アルバムではまたカヴァー曲も録音している
けれど、それらにしてもジュニア・ウォーカー、オーティス
・レディング、そしてジョン・リー・フッカーが選択され、
ブラック・ミュージックに寄り添う彼らしい自信に溢れた
仕上がりになっていた。

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by obinborn | 2013-06-17 00:46 | one day i walk | Comments(0)  

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