ドン・ヘンリーとデニス・ヨストのこと

ドン・ヘンリーを巡る初期のエピソードにこういうのが
ある。故郷テキサスに沈む夕陽を観ながら、彼はこう誓
うのだった。「いつかカリフォルニアに行って成功して
みせる」彼の願いが後年叶ったことは皆さんがよくご存
知のことだろう。ヘンリーとグレン・フライを二本柱と
したイーグルズはいつしか70年代のトップ・バンドへと
昇り詰めていく。74年の暮れには彼らの「Best Of My
Love」が全米1位に輝き、翌年の6月には「One Of Th
ese Nights」がまたもやアメリカ全土でナンバー・ワン
を記録した。彼らがブレイクスルーを果たした瞬間が、
まさにこの時だった。

そんなイーグルズの音楽的故郷として忘れてはならない
のが、きっとクラシックス・フォーだろう。リード・シ
ンガーのデニス・ヨストを中心に60年代半ばにアトラン
タ州ジョージアで結成されたこのグループ。彼らの「St
omy」を聞けば、イーグルズ「One Of These Nights」
に通じるビートが感じ取れることだろう。

何も私は元ネタを得意げに語りたいわけではない。ただ
当時は自分でも気が付かなかった音楽と時代との連続性
のようなものをやがて学習し、その連鎖に感動したのだ。
とくに下記に挙げたクラシックス・フォーの「Rainy D
ay」の柔らかいソウル・マナーは、姿形を変えながらイ
ーグルズの「Best Of My Love」へと美しく結晶してい
く。

それは何も恥ずべきことではない。音楽というシーンが
各地で同時に生まれ育っていくものであれば、そこでは
相互影響があって然るべきであり、誰かがある日突発的
にオリジナルな表現を生み出したのだ、という神話には
むしろ慎重でありたいくらいだ。

音楽はそうやって時代や土地を繋いでいく。ドン・ヘン
リーであれデニス・ヨストであれ、彼らは同じ南部出身
者であり、若き日のヘンリーはきっとラジオから流れる
クラシックス・フォーを聞いていただろうから。


[PR]

by obinborn | 2013-06-19 00:42 | one day i walk | Comments(0)  

<< 色彩を持たない多崎つくると、彼... 6月16日の午後に >>