昨日の記憶のように、今日の歩みのように。

14日は学芸大学のチェロキーにて”弦克”こと木下弦二と佐藤克
彦のデュオ・ライヴを。わずか一週間前にも観たこの二人の歌
と演奏をどう表現したらいいのだろう。それはあまりにも漠然
としているけれども、普段の生活の延長のようにこうして足を
運び、とても軽やかな歩みで帰路に着けるのだから、その歌た
ちのありかを確かめずにはいられない。

思えばソングライターとしての弦二は、ことさら大上段なメッ
セージを放ったり、声高く社会を糾弾してこなかった。しかし
それでも彼が日々感じ、写し取る絵には個人的ではない悲しみ
や諦観の表情がひたひたと張り付いていた。まるで古傷のよう
に、昨日のように。それが彼の内気から来るのか、彼の品の良          さがもたらすものなのかは知る術はないけれども、そうした含
みは少なくとも彼らの音楽的な語彙を保証するし、言葉であれ
旋律であれ、弦克は今日も出口を探し、自由なまま歩みを止め
ることはない。まるで自分が裸になっていくような「生きもの
について」から始まり、静謐なインストゥルメンタル「冬の便り」        へと頁を閉じていく。ぼくたちはそうして日々を更新していく。


人は何故歌うのだろう。人は何故歌を聞くのだろう。結論が用
意されているわけではない。まして模範解答があるわけでもない。        それでも弦ちゃんは歌を作り、克ちゃんのラップ・スティールと
ギターがしっかりともう一つの声となっていく。音楽を聞いてき
て良かったと思えるのは、いつもこんな瞬間だ。


まるで昨日のように、まるで今日のように、そして明日のように、        私は東京ローカル・ホンクや弦克を聞いていくだろう。澄んだ水
を求める兵士のように。太陽の温もりを今日もまた感じながら
微笑む人々のように。
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by obinborn | 2013-07-15 01:30 | 東京ローカル・ホンク | Comments(0)  

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