原発を巡るノート。覚え書きとして。

昨日まで利用してきた電気をある日を境にノーニュークス
と叫ぶ。喩えとして適切かどうかは解らないが、これまで
世話になっていた親に突然決別するようなものかもしれな
い。何度も繰り返し言ってきたけれど、反核運動の矛盾は
とどのつまりその一点にあるとぼくは思っている。

普通の感覚を持った人であればそこで自らの消費的な生活
を省みたり逡巡したりするのだが、ある種の左翼的な人々
はどうやらそういうことに全く関心を払わないようだ。原
発要らない、ノーニュークスと旗を振りかざすだけであれ
ば子供にも出来るだろう。しかし社会に生きる大人であれ
ば対案を示すなり、冷静になって異なる価値観を持つ人間
と対話をするなりしなければいけない。

ところが、そういう人たちが連携しているFBを観る限り、
今回の選挙に限って見ても建設的な論議を行っているとい
うよりは、自分と同じ意見を持つ人に安心するといった側
面が強いように感じられてならない。ただひたすら感情的
に自民バッシングをする。異なる意見を排斥する。小尾と
いうめんどくさそうな相手を敵と定め、集中砲火する。彼
らのそうした一番ダメな部分を見る人たちはちゃんと見て
いるのではないだろうか。

エクスキューズするわけではないが、ぼくだって原発なん
てない暮らしを未来への遺産のためにも望んでいる。但し、
それを利用しながら都市的な文明生活を享受してきたのは
紛れもなく私たち自身なのである。そのことから目を逸ら
したディスカッションの何と空疎なことだろう。何と手前
勝手なことだろう。何とエゴイスティックなことだろう。
それはちょっと飛躍するけれども、自衛隊と耳にしただけ
で拒否反応する一部の人々にも似ている。

彼らは簡単に図式化する。意見のクラッシュよりは同じ感
覚でつるんでいるほうが遥かに楽だからだ。彼らは都合良
くぼくに原発推進派のレッテルを貼る。ぼくはその痛みを
けっして忘れたりはしないだろう。

*写真はあくまでイメージです。

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by obinborn | 2013-07-27 12:45 | rock'n roll | Comments(1)  

Commented by 鈴木カツ at 2013-07-27 23:33 x
♪いつものように、小尾さんお得意の逃げ「エクスキューズするわけではないが、ぼくだって原発なんてない暮らしを未来への遺産ためにも望んでいる。」を打っておりますね。でもよく読めば、とどのつまり原発推進派を喜ばすコメントがあふれておりますね。「原発なんてないくらし」をお望みでしたら、もっと具体的な展望をぜひお聞かせください。

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