Songs For Beginners

あれは2007年の秋のことだったと思う。ぼくは思いがけない
形でグレアム・ナッシュの歌を再び聞いた。そう、マイク・バ
インダー監督による映画『再会の街で:Reign Over Me』のな
かでナッシュの「シンプル・マン」が流れてきたから。その映
画自体は9・11事件以降精神を患ってしまった中年男性を描い
たものだが、かつての男友だちと偶然再会し、二人が街に繰り
出し中古レコード店に入った時、主人公がふと手に取ったのが
ナッシュの『Songs For Beiginers』(71年)だったのだ。映画
では符合させながらそのアルバムに収録された「シンプル・マン」
が流れていく。このシーンにぼくは不意打ちのような感動を覚
えたのだった。

それは単なるノスタルジーかもしれないが、注意深く映画を追
いかけていくとヒッピー世代の夢と挫折が仄めかされているし、
もっと個人的な感覚で言えば大人が青年時代を振り返っている
ような痛みを感じずにはいられなかった。”ぼくは単純な男。
だからシンプルな歌を歌うよ。それほど深く愛に関わったこと
がない代わりに、それほど傷付いたこともないから”と歌い出さ
れていくその「シンプル・マン」が、逆説的に若かりし頃のよ
うには無邪気でシンプルな気持ちでいられなくなった現在の状
態を映し出すかのように響く。

『Songs For Beginers』にはナッシュの思いのたけが込められ
ている。当時のヴェトナム・ウォーを思い起こさずにはいられ
ない「狂気の軍隊」(Military Madness)に始まり、シカゴで
の暴動事件を扱った「シカゴ」〜「世界を変えよう」で締めら
れるアルバムの構成がナッシュの社会性を物語る一方で、彼ら
しい素朴なラヴソングの「傷ついた小鳥」や「スリープ・ソン
グ」がもう一つの通低音になっているところが、もう彼らしく
って。何でも「スリープ・ソング」はナッシュがホリーズ時代
に書いた曲らしいが、セックスを暗示させるという理由でレコ
ーディングを他のメンバーから拒否されるという屈辱を味わっ
ている。今から思えば他愛のない、むしろ詩的で微笑ましいく
らいのリリックだと思うのだが、どうだろう? 余談になって
しまうが、ナッシュは73年のセカンド・ソロ『Wild Tales』の
なかで「Another Sleep Song」という続編のような曲をアルバ
ムの最後に置いている。

震災や原発事故のまえまでは心のどこかで他人事だと思っていた。
昨日があったように今日があり、また何となく明日が続いてい
く。そんなことに慣れっこになっていたのかもしれない。とこ
ろがぼくはあの日を境に突如過去を断ち切られてしまった人たち
を沢山知ることになる。もし歌が個人的な動機から始まるもの
なら、被災して家を失くしてしまった友だちのことを考えなが
らナッシュの慈愛に満ちた「ビー・ユアセルフ」を聞くのもい
いだろう。Songs For Beginners〜初心者のための歌とはぼくやあ
なたが何かを取り戻すための意味でもあろう。ぼくも願わくばナッ
シュの歌で失われた何かを取り戻したい。

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by obinborn | 2013-08-12 22:39 | rock'n roll | Comments(0)  

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