係累として死者たちを悼む

今年のお盆は自宅でのんびりと過ごした。
うだるような暑さのせいもあって外に出たくなかったし、のん
びりと家で高校野球を観戦したり読書するのも一興だと思えた
からだ。この時期はさすがに掛かってくる電話もチェックすべ
きメールも数少ない。父の墓参りが出来なかったのは心残りだ
けど、これは彼岸までに済ませればいいだろう。

思えば終戦記念日は本来であれば静かな儀式であるべきだった。
黙して亡き人を追悼する。遥かな声を聞き取る。そういう儀式
のはずだった。ところが近年、ぼくが意識するようになってか
らもずいぶん騒がしいものへと変わってしまった。左右の立場
とかどういう歴史観に立つかとかいろいろな思惑はあるのだろ
うが、ちょっと静かにしてくれないかなというのがぼく個人の
偽らざる心境である。

顧みれば68年前の8月15日。日本が降伏宣言を発さなければ、
このぼくは生まれていなかったかもしれない。ぼくの父は当時
国の関連施設に職を得ていたので幸運にも特攻を免れたけれども、          父は事あるごとに特攻で命を落とした仲間たちのことを話していた。         それがまるで生き残った者としての贖罪であるかのように。

親類にしてもまったく同じような境遇だった。旧満州(日本の
植民地)に疎開していたぼくの叔父や叔母たちは終戦とともに
船に乗り、幾日もかけて不安な航海をしながら、やっと日本に
帰ってきた。当時はまだ叔父や叔母も少年や少女であったから、
そうした熾烈な体験はより生々しくくすぶり続けるのだろう。
戦後彼らは手探りのままに職を得て、結婚し、家族を作りなが
らそれぞれの生をまっとうした。もう亡くなってしまった人も
いるし、ご健在な方もいらっしゃる。それはそれとしてぼくが
彼らや彼女らの係累であることに何ら変わりはない。

イデオロギーからはみ出してしまった時は、このように個人の
体験に立ち返ってみるのもいいだろう。お盆の夜にふと見上げ
た空には綺麗な満月が浮かんでいた。その月はまるでぼくの心
を見透かすようだった。

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by obinborn | 2013-08-19 03:19 | one day i walk | Comments(0)  

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