1977年のジェシ・ウィンチェスター

ジェシ・ウィンチェスターのライナー原稿、ようやくゴールが
見えてきました。今回は例の『ファースト』(70年)について
書いていたんだけど、いやあ〜思いのほか難産でした(笑)。
改めて彼のキャリアを振り返ってみて感じたのは、70年代前半
のジェシがトロントやモントリオールなど当時暮らしていたカ
ナダでの録音へと固定されていたのに対し、78年に初めてナッ
シュヴィルに赴いてからは、81年にメンフィスに向かいウィリ
ー・ミッチェルのプロデュースを仰ぐなど、積極的に外部への
アプローチを試みていったこと。

その背景となったのは言うまでもなく77年に実現したカーター
大統領による恩赦だろう。ヴェトナム・ウォーに関する入隊を
拒否しカナダに逃亡していたジェシはやがてカナダ国籍を取得
することになったが、それでも故郷ルイジアナ州への帰郷がや
っと実現したのは並々ならぬ喜びだっただろう。およそ10年ぶ
りにアメリカ南部の空気に触れた彼の心中を、どうか察してみ
て欲しい。

まさにその77年にリリースされたのが彼にとって5作めとなる
アルバム『Nothing But A Breeze』だ。この作品ではロケー
ションこそトロントに留まっているものの、エミルー・ハリス
の理解者として名を馳せたブライアン・エイハーンに制作を委
ねるなど、かつてないほど方向性は外へとシフトしている。そ
の要因を特赦と結びつけて考えるのは少しも不自然ではあるまい。          何よりも全体に漂っているふっ切れた表情、陽性な響きがそれを
代弁しているし、思いっきり笑顔を伝えてくるこのジャケットを
前にすると、ちょっと言葉に詰まってしまう。

先に触れた『本当の戦争の話をしよう』の作者であるティム・
オブライエンとジェシとはほぼ同じ世代。オブライエンは煩悶
しつつも従軍しウィンチェスターは逃亡した。そうした違いは
あるものの、一人の青年の個人史が時代という嵐に翻弄されて
いったという事実は少しも変わらない。だから僕たちはジェシ
の笑顔から彼の抱えてきた日々を思い、彼の明るい歌のなかに
陰の表情をそっと聞き取るのだろう。

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by obinborn | 2013-08-28 22:55 | one day i walk | Comments(0)  

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