マナサスの一里塚

マナサスを真剣に聞き直そうと思ったのは中村まりが『マナサ
ス』からJohnny's Gardenをステージで取り上げたことがきっ
かけだったと思う。その後彼女はロンサム・ストリングスとと
もにマナサスのアルバムからBound To Fallをレコーディング
したほどだった。Bound To Fallに関しては正確にはブリュー
ワー&シップレイの作品であり彼らの録音も残っているが、ロ
ンサムたちはマナサス版も聞き込んだことだろう。ロンサム11
年夏のツアーではこの曲が演奏面での白眉となった。

それはともかくスティーヴン・スティルスの一里塚とも言うべ
きこの『マナサス』(72年)に描かれたのは豪胆かつ繊細な音
楽絵巻とでも呼ぶべきもの。LP2枚の分量に亘って壮大な音楽
パノラマ(ブルーズ、ロック、カントリー、ラテンの折衷)が
スリリングに展開されていく。山もあれば谷もあり、高揚する
瞬間もあればレイドバックする場面もあるといった具合に、飽
きることなくその旅は続いていく。どこか骨太な南部テイスト
や埃っぽさが全体を貫いているのが何ともスティルスらしい。

ストーンズの『メイン・ストリートのならず者』と比較された
は単に同時代の2枚組ということだけではなく、ここでもいい
フィドルを弾くバイロン・バーライン(ブリトーズの客演や自
らのカントリー・ガゼット)が当時ストーンズに招かれCount
ry Honkをプレイしたことや、マナサスのアル・パーキンスが
『ならず者』に参加したことも関係するだろう。さらにストー
ンズからビル・ワイマンが『マナサス』に加わったのが決定打
だった。ワイマンというと寡黙なベーシストという印象を持た
られる方が多いだろうが、ストーンズのなかでは最も早くソロ
・アルバムの構想に着手し、ローウェル・ジョージやダニー・
コーチマー、先のバイロン・バーラインにニッティ・グリッテ
ィ・ダート・バンドのジョン・マッキュエーンなど西海岸の精
鋭たちと『モンキー・グリップ』のレコーディングに臨んだの
だった。

英米の音楽家同士が交流を深めて音楽的な成果を残していく。
そんな現象は60年代後半からロック・シーンの趨勢となってい
った。ライ・クーダーやグラム・パーソンズがストーンズとセ
ッションしたように、マスル・ショールズの面々がトラフィッ
クのツアーに帯同したように、ビル・ワイマンもまた英国側か
らアメリカへと飛び込んでいった。そんな時代の断面図として
この『マナサス』を聞いてみると、スティルスが刺激されたも
のの大きさに気が付くことだろう。アルバムはスティルスの独
白のようなBlues Manの弾き語りで厳かに終わる。謝辞として
はジミ・ヘンドリクス、アル・ウィルソンそしてデュエイン・
オールマンの名がまるで忘れ得ぬ墓碑銘のように記されている。

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by obinborn | 2013-10-27 12:34 | one day i walk | Comments(0)  

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