震災書簡その5

震災後幾度かに亘って何人かの方たちとメールでやりとりを
し、ここに公開してきた。多くは原子力の是非やデモに関す
る問題提議となったが、今回もまた彼とともに逡巡してみた。
なおこれまでの書簡と重複する部分は省略し、今回はなるべ
くシンプルな形にまとめ、結論も留保している。
 
*       *       *

小尾
こんにちは。原発を含めた政治的なことをネットで議論するの
はやはり限界がありますね。理解以前に悪意を前提に互いがそ
れぞれの主張を競ってみたり、反対VS推進のレッテルを貼られ
るだけだったり。ちょっと距離を置きたいと思っています。

僕は小尾さんの言葉に勇み足を止めてもらった一人です。子を
持つ親として原発反対を頑なに通していましたが、原発関連の
仕事で家族を養う方もいる。事故以前、その恩恵を受け、電気
を使ってきた人々は素知らぬ顔で東電解体とは叫べない。今は
距離を持ち、無理のない発送電分離から学んでいる最中です。

小尾
お返事ありがとうございます。知れば知るほど想像すればする
だけ、いろいろな場所で様々な事情があって人々が暮らしてい
ることに気が付かされますね。そこに善悪の公式を当てはめる
のは無理かつ乱暴過ぎます。それでも反核デモのあり方に疑問
を呈しただけで肩身が狭くなる現実に悄然となったりします。

何かの犠牲の上に自分は生かされていると思うと、世の中そん
な単純じゃないですもんね。小尾さんの深みのある中庸的意見
にはいつも考えさせられます。こんな複雑な状況で、二元論に
頼るには無理があります。わかりやすさに飛び付くのは危険。
みな、考えること、想像することを忘れたのでしょうか。

小尾
震災後世論が二分したように、かつて経験したことがない大き
な事故が起こると、解り易い主張にすがりたくなるのかもしれ
ません。何となく周りのムードや不安に流されて脱原発と言い、
人々と安易に連携することには抵抗があります。むろん日本の
将来を考えた際、今大きな岐路に立っているのですけれど。

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*写真はあくまでイメージです。
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by obinborn | 2013-11-08 12:06 | one day i walk | Comments(0)  

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