フォザリンゲィ、1970年

フェアポート・コンベンション脱退後にサンディ・デニーが結成したグループがフォザリンゲィだった。のちにサンディの夫となるトレヴァー・ルーカスをはじめ、ストリング・ベンダーの名手として斯界の注目を浴びることになるジェリー・ ドナヒューが呼び寄せられ、英アイランドから70年に唯一のアルバムを発表した。サンディ自身としてはまだまだ暗中模索の時期だったろうが、これが思わぬ大傑作となった。

楽曲の良さ、伸び伸びとした歌唱、起伏に富んだバンド・アンサンブルなどからしても翌71年にリリースされたサンディの初ソロ作The North Star Grassman and Ravensの前哨戦と言うべきアルバムであり、そのThe North〜にルーカスは勿論、フォザリンゲィのパット・ドナルドソン/ジェリー・コンウェイという強力なリズム・セクションが顔を出していることからも、まるで地続きのようにレコーディングされた連作の如き印象を受ける。

元々Fotheringay という言葉自体、サンディがフェアポートに持ち込んだ曲だった。忘れもしない彼らのセカンド・アルバムWhat We Did On Our Holidays(69年)の冒頭に置かれたこの歌こそはサンディの新たな門出に相応しいものだったが、そんなタイトルを冠したフォザリンゲィというグループに賭けた彼女の思いは並々ならぬものだったはず。

サンディ自身が弾くピアノで厳かに始まるNothing Moreから次曲The Seaへと連なる場面転換がドラマティックだし、それからルーカスが書いたThe Ballad Of Ned Kellyへと、デニーのイメージを決定したかのようなWinter Winds、さらにルーカス/デニーの共作Peace In The Endへと続く。そんなAサイドの流れがまず完璧。対するB面ではゴードン・ライトフットのThe Way I Feel、ボブ・ディランのToo Much Of Nothingを収録するなど、カナダ〜アメリカの同世代ソングライターと共鳴しつつ、最後はイングランドの伝承歌Banks Of The Nileで幕を閉じるといった具合に、英米それぞれの要素が随所に汲み取れる。

思えばフェアポート自体がジェファーソン・エアプレイン的なサイケデリアを感じさせ、またジョニ・ミッチェルやレーナード・コーエンをカヴァーするなどして始まったバンドだったが、フォザリンゲィもまたその遺伝子だったのだろうか。なおデニー/ルーカスの未発表音源集としてはThe Attic Tracks 1972〜1984(豪Raven 95年)が、夭折してしまった二人への花向けとなった。

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by obinborn | 2013-11-22 19:35 | one day i walk | Comments(0)  

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