1972年のグレイトフル・デッド

1972年のデッドといえば誰もが思い起こすのが4月
から5月にかけて行われた初のヨーロッパ・ツアー
のことだろう。ロンドンを皮切りにコペンハーゲン、
ブレーメンやハンブルグそしてパリ、アムステルダム
までに足を伸ばしたこの長い旅は彼らの記念碑となっ
た。若き日のエルヴィス・コステロがどこかの会場に
いたことも今ではすっかり有名になったエピソードだ。

そのヨーロッパ・ツアーを終えたデッドがアメリカに
戻り、8月にオレゴン州のヴェネタで行った野外コン
サートもまたファンにとっては忘れられないもの。
デッドとは古くから付き合いがあり、スピリットの面
で多くを共有してきた友人のケン・ケジーが財政破綻
に陥ったため、彼を救うべく開催されたベネフィット
・ライヴだが、その音源と映像がやっと初公開された。
それがCD3枚と1枚のDVDからなる『Sunshine Day
dream』(Rhino 2013年)だ。先のツアーをレコー
ディングした『Europe '72』は当時発売されたあまり
に有名な名作だが、その地続きの記録として楽しみた
い。

デッドの内部事情としてはヨーロッパ遠征にはかろう
じて同行したピッグ・ベンが病症悪化のためか、既に
メンバーから外れていることが寂しい。朴訥とした彼
の歌声やハーモニカあるいはオルガンがある意味初期
のデッドを支えてきただけに、そのブルージーな個性
が聞けないのは何ともやり切れない。しかしその一方
でキース・ゴドショウのピアノが冴え渡り、彼の姉妹
であるドナ・ゴドショウ(マスル・ショールズでバッ
ク・コーラスをしていたらしい)も、例えばマール・
ハガードの「Sing Me Back Home」後半でシャウトす
るなど、新しいメンバーがしっかりと次の季節へと向
かって羽根を広げているのが頼もしい。

やはり音楽面での両翼はジェリー・ガルシアとボブ・
ウェアだろうか。じわじわとガルシアがソロ・ギター
できらめくようなフレーズを織り成す一方、ウェアは
溌剌としたロック・ナンバーを歌い、リズム・ギター
にシャープな切れ味を見せる。細かいリフを重ねなが
らガルシアのギターが虹を架けていく「Bird Song」
が静ならば、ウェアが「Mexicalli Blues」や「One
More Saturday Night」で示すのはまさに動のロック。
この二人の対照的な個性がデッドを支えてきたと思う
のはぼくだけではあるまい。

白眉はやはり長尺のインプロヴィゼイション「Dark
Star」に違いない。漆黒の闇のなかに星を探し出すよ
うな迷宮のイメージ。それを言葉でなく音楽という行為
のなかでそっと指し出していく彼らの姿が素晴らしい。
延々と続くインプロは当時の常識だった「3分間のポ
ップス」に抗らうものでもあったはず。その長い演奏
が終わり、マーティン・ロビンスのボーダー・カント
リー「El Paso」をウェアが歌い始める。デッドを聞い
きて良かったと思える瞬間だ。

なお映像を見るとステージの設営から集まったヒッピ
ーたちまでが本当に開放的だったことがよく解る。む
ろんその裏にはヴェトナム後遺症なり人種差別なりが
影を落としていたわけだが、パソコンもメールもライ
ンもなかった時代の生きた物語として継承すべき部分
は少なくない。なおアルバム表題にあるSunshine Da
ydreamは、ウェアが歌うロード讃歌「Sugar Magno
lia」から引用されたものだ。

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by obinborn | 2013-12-23 02:30 | rock'n roll | Comments(0)  

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