佐野元春 聖なる夜に口笛吹いて

あれは2010年冬のクラブ・サーキット・ツアーだった。
若く勇敢なザ・コヨーテ・バンドとともに旅に出た佐野
元春は、初心に帰るべく臨んだライブハウスでまたもや
ぼくたちの度肝を抜いた。ザラザラとした粗めのギター・
ロック。身体を震わせるようなラウドな音圧。黙示録のよ
うな傑作アルバム『COYOTE』を携えた彼らは全国の小さ
な会場を熱気で満たしていった。

そのツアーのなかで用意されたのがあの「Christmas Ti
me In Blue〜聖なる夜に口笛吹いて」だった。大胆なま
でのダブ・サウンドが施され、それ故にメロディの輪郭が
映えるラヴァーズ・ロックだ。覚えている方も多いと思う
が、天井から降り注ぐ雪の演出も忘れることが出来ない。

祝うべきクリスマスが"ブルーの見解"であるというちょっ
ぴり苦い思い。1985年にリリースされたこの曲が訴える
のはおよそそのような認識だ。ひどく残念なことにこの曲
が仄めかす複雑さやアンビバラントな感情は、その後もっ
と増してしまった。ことさら時事的な問題を持ち出さなく
とも、能天気に浮かれ騒いでいる気分じゃない。

黙して語るというのは佐野が一貫して掲げてきたソングラ
イティングの大きな特徴だ。聖なる夜に繰り出す恋人たち
が時代の迷子になっていることを、ぼくはこれまで以上に
感じるようになった。「平和な街も 闘っている街も」と
いった歌詞がより現実味を帯びて迫ってくる。

それでもすべてを諦めたわけじゃない。少なくとも諦観や
冷笑は佐野元春の音楽とは程遠いものだろう。経験の歌を
重ねたぼくたちはまた新しい気持ちで「聖なる夜に口笛吹
いて」を歌うことだろう。荒野に佇むコヨーテやズーイと
いった架空の人物。それは『COYOTE』と『ZOOEY』と
いった優れたアルバムの根幹を成す。誰もが共有出来るそ
んなコヨーテやズーイはいつの間にかぼくの暮らしに紛れ
込み、知らないうちにぼくの隣人となった。

今夜コヨーテやズーイとともに、遠くサンフランシスコに
行った彼や、闇のなかで怯えているレイナという名の彼女
とともに、ぼくは「Chistmas Time In Blue」を歌おう。
出来るだけ軽やかに口笛を吹きながら。

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by obinborn | 2013-12-24 12:10 | rock'n roll | Comments(0)  

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