震災をもう一度振り返る

2011年の大震災後ぼくの心を占めていたのは、こんなに家に
帰れない人たちが大勢いるのに自分は平穏な日々を過ごして
いていいのだろうかという問いだった。あの頃被災地の人から
「お酒を飲んでいいんですよ、楽しんでください」というCM
が流されたけど、そう言ってくださる彼らの優しさにかえって
複雑な思いを感じたのは何もぼくだけではあるまい。

むろん日々は更新していく。悲しみの総量に溺れてしまうとい
っこうに前に進めない。それが現実の姿だろう。同時に極めて
深刻だったのは震災とそれに伴う原発事故のことで世論が二分
してしまったことだ。これまで少なくとも原子力の供給によっ
て都市生活を享受してきたぼくは、あの日を境に反旗を振りか
ざすことは出来なかったし、東京電力を明確な敵へと定めなが
らデモすることもしなかった。物事とはそんなに簡単に敵と味
方を峻別出来るものではないだろう。そんな苦い気持ちばかり
に覆われた。

誰かの運動に何かを仮託してはいけない。そんなことを漠然と
学んだのはぼくが高校生の頃に読んだ庄司薫の『赤頭巾ちゃん
気をつけて』だったかもしれない。60年代末の学園闘争を舞台
にしながら「ぼく」という一人称の主人公はこう問い掛ける。
「他の誰かの意見に従うのではなく、ぼく自身が本当に感じた
ことを信じたい」およそそんな主題が終盤に仄めかされていた
と記憶する。いわば集団性に寄りかかるのではない個的な思い
の発動だ。

自分で見たもの、感じたことを人に伝えることは難しい。それ
でもぼくは(すっかり中年のおっさんになった今でも)標語と
かスローガンから零れ落ちてしまう何かを大事にしたい。大言
壮語の影で息を潜めている沈黙に耳を傾けたい。

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by obinborn | 2014-01-24 02:12 | one day i walk | Comments(0)  

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