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明るい歌の悲しい響き〜ジェイムズ・テイラーのこと

昨日のDJでジェイムズ・テイラーを回したら、あとで同世代と
思しき男性から声を掛けられた。彼曰く「いや〜ぼくも節目節
目にJ.Tを聞くんですよ」およそそんな会話だったと思うけど、
嬉しかったなあ。69年の12月にロスのサンセット・スタジオ
で録音され翌年にリリースされた彼の『Sweet Baby James』
はとかく時代背景とともに語られがちだけど、それを抜き取っ
たとしてもSunny Skies、Blossom、Anywhere Like Heaven
などいい曲、瑞々しい演奏が並んでいる。

面白いのは当時を知らない世代の音楽家がジェイムズを敬愛し
ていることだ。昨晩の主役である中村まりさんとおおはた雄一
さんにしてもそう。中村さんは笹倉慎介さんと共演する時に
よくSweet Baby Jamesを取り上げるし、おおはたさんは昨日
の終演後「いやあ〜、ダニー・コーチマーが好きなんです!」
とおっしゃっていたっけ。J.Tやジョー・ママ辺りのホワイト・
ソウル的な部分はきっとおおはたさんの栄養にもなっている
はず。そういう意味でもやはり時代を超える名作なのかな。

但し先ほど触れたように時代を代弁するような作品でもある。             Fire And Rainでジェイムズはこう歌っている「燃える炎を見            てきたよ、降り注ぐ雨も見てきたよ。でもスーザン、またきみに           会えるとずっと思っていた」この歌は彼のガールフレンドが自
殺してしまった頃に書き上げられたらしい。また火や雨といっ
た単語が激しく揺れ動いた学園闘争や反戦運動の時代のメタフ
ァーであることは論を待たないだろう。そうした季節のなかに
あって、それでも最後に「スーザンに会いたかった」と告白す
る主人公の偽らざる個人的な姿に人々は共鳴したのだった。

思えばぼくが二十歳の頃はまだ学園闘争の余塵みたいなものが
あった。信じて貰えないのかもしれないけれどセクトから逃亡
してきた女の人が身を隠すべくぼくの近所にあった森に逃げて
きて、それを匿った父の姿はぼくにはあまりに強烈な体験だっ
た。ぼく自身もキャンパスや街頭で政治セクトから新興宗教ま
でにオルグされまくったっけ。田舎から上京してきたばかりの
まだ友だちもいない寂しい若者にとって、それは甘い誘惑だっ
た。

それでもぼくは大勢の仲間より一人ぽっちの自分を(意識しな
いままに)選んだのだと思う。どんなに高邁な思想であれ、い
かに立派な主張であれ、それが他の誰かを傷付け排除するよう            な運動であるならば何と空しいことだろう。そんな集団に翻弄
されるのであれば、メソメソとガールフレンドの行き先を案じ
たり、彼女があえて選択した残酷過ぎる結末を歌に託したジェ
イムズのほうがよほど人間らしいのではないか。昔も今もぼく
が考えているのはそんなことだったりする。

このアルバムではCountry Roadの旅への誘いや、12月に初め
て降る雪と新しい生命に思いを馳せたSweet Baby Jamesも好
き。明るい陽射しのなかに悲しみを聞き取る。そのような音楽
体験をしたのは、ぼくはジェイムズ・テイラーが初めてのこと
だった。

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by obinborn | 2014-01-26 20:05 | rock'n roll | Comments(0)  

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