さようなら、ジェシ

ジェシ・ウィンチェスターは1944年5月17日、ルイジアナ州の
シェリヴポートで生まれた。やがてメンフィスに引っ越し青年
期を迎えた彼だったが、67年ヴェトナム・ウォーのために徴兵
される。ジェシが23歳の時だった。しかし戦場に行くことを拒
否した彼はアメリカから追放され、遥か彼方のカナダへと渡り
モントリオールで逃亡生活を送る。その頃に出会ったのがザ・
バンドのロビー・ロバートソンであり、ジェシはレコード・デ
ビューの手掛かりを掴んだ。

転機が訪れたのは77年のこと。ジミー・カーター大統領の特赦
により国外追放の禁を解かれたジェシは、久し振りに故郷ルイ
ジアナの土を踏んだ。そんな環境の変化も手伝ってか、以前は
トロントやモントリオールで持たれることが多かったレコーデ
ィングも初めてナッシュヴィルで行われたり、彼にとって第二
の故郷とも言うべきメンフィスで為されたりと実りある時期を
迎えた。とりわけウィリー・ミッチェルのプロデュースのもと
メンフィスのロイヤル・スタジオで録音された『Talk Memph
is』(81年)の柔らかい響きは心を打つ。

故郷ルイジアナの川に沿いながら草むらを歩いていると、春の
風とともに懐かしい風景が広がってきた。そこに佇んでいる男
はもはや60代後半だ。すでに対岸に渡ってしまった旧友もいれ
ば、今もジョークを飛ばし合う仲間もいる。ジェシはある時、
自分が23歳だった日のことを思い起こす。徴兵を命じられた時
の自分には他にどんな選択肢があったのだろう。ヴェトナム・
ウォーには参加したくなかった。知らない土地の知らない人た
ちを銃で撃ちたくはなかった。だからぼくはカナダに逃げた。

ジェシとほぼ同世代の作家にティム・オブライエンがいる。彼
もまたヴェトナム・ウォーという嵐に青年期を奪われた人だっ
た。オブライエンはこう回想している。「私はただベースボー
ルとハンバーガーとチェリー・コークが好きな青年だった。私
が望んだことと言えば、生まれついた通りの、ごくまっとうな
人生を送ることだった」

ジェシ・ウィンチェスターの生涯を追っていくと、オブライエ
ンと同じように運命とは何と残酷なことかと思う。個人という
ちっぽけな存在がある日、時代という渦に吞み込まれていく。
彼の明るい歌のなかにある悲しみとは、きっとそういうことだ
とぼくは思っている。

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by obinborn | 2014-04-07 20:18 | one day i walk | Comments(2)  

Commented by 安藤 at 2014-04-15 18:49 x
イアン・マシューズが、ジェシのBiloxiを取り上げていた。それを聴いたときに、あらためて、いい曲だなぁって思った。もの悲しいけど、暖かい。誰かがカバーしたのを聴いて、その作品の素晴らしさに気がつくことがあると思う。ジェシはそんな地味なSSW だったと思う。
Commented by obinborn at 2014-04-15 22:22
確かSomeday You Eat Bears〜のアルバムに収録されていましたね。
あのヴァージョンもすごく好き。そうなんです、誰かのカバーで作者版
の本当の良さに気が付くことがぼくにもあります。

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