西岡よ、自衛隊を愚弄するな!

基本的に音楽は個人の嗜好である。故に好き嫌いで済ませれ
ばいい。好みとはそういうものであり、それを侵害すること
は誰にも出来ない。但しそれが何らかの政治的な思惑を感じ
させるものだったり、特定の職業に言及するものである場合
はその限りではないだろう。というわけで以前書いた沢田研
二の反核歌同様久し振りに怒りを覚えたのが、西岡恭蔵の「
グッバイ自衛隊、ハロー災害救助隊」だ。本人が冒頭で触れ
ているようにベースとなったのは高田渡の(反語的な)「自
衛隊に入ろう」である。西岡は逆にこの改変歌で自衛隊の存
在を肯定している。そこまではまあいい。私の逆鱗に触れた
のはむしろ災害救助隊と名前を変えればいい、という問題の
先送り的かつ曖昧な態度である。西岡はここで震災地へ救助
に当たる自衛隊のあり方なら肯定すると言いたいのだろうが、
まるで町や村の自警隊の応援ソングみたいなこの調子は、き
っと自衛隊の皆さんや家族・親族の共感を得られないだろう。
まして国際社会の観点に立つのであれば「何じゃこりゃ?」
と何の信頼も得られないであろう。むろん敗戦後、東京裁判
を経て新憲法が制定されて以来、自衛隊は常に論議の対象だ
った。精一杯西岡側により添うならば、彼はその曖昧さをそ
のまま持ち込もうとしたのかもしれない。しかしながら私は
この歌を歌う西岡も、それを聞いて喜ぶ聴衆たちも好きにな
れないし、感覚として言わせて頂くのであれば団塊の世代の
一番ダメな部分が現われているとさえ感じてならない。あえ
て言うのだが、こんな連中がイスラエルとパレスチナの民族
紛争に言及するのを見ると反吐が出そうなくらいだ。故人に
鞭打つような言い方になってしまったが、歌に政治を具体的
に持ち出すとはつまりそういうことであり、少なくともこう
して音源が残されている限り、然るべき論議があって当然だ
ろう。なお余談的なことになってしまうが、ここでバックを
務めている関ヒトシ氏については、彼の奏でるジャイヴ音楽
を私は愛していることを最後に添えておく。


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by obinborn | 2014-08-03 07:54 | rock'n roll | Comments(0)  

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