大きな神話、小さな物語〜戦後69年めの夏に

大きな神話に立ち向かうためには個々の小さな物語が必要だ。
つまり歴史という巨大で手に負えない事象であっても、個々
の体験に照らし合わせて紐解いていけば自ずと道は開けてく
る、というのが私の基本的な考え方だ。私の父は戦時下気象
の実務を得ていたので兵役招集されることはなかった。母は
旧満州に疎開したのち命からがら日本へと帰ってきた。いず
れも戦後すべてが失われゼロになった時点から新たに生計を
立てそれから間もなくして私が生まれた。ちなみに叔母は戦
前と戦後に母を含む計5人の子供を生んだが父親は戦前後で
異なる。それはともかく戦後の復興期を経て高度成長時代と
ともに育った私は典型的なベビーブーマーであり、戦争を知
らない昭和のおよそ第二世代となったが、今こうして享楽の
時代から振り返ると子供の頃は何だか貧乏だった記憶もある。
やがて電気冷蔵庫、自動洗濯機そしてカラーテレビが我が家
にやってきた。その間も両親や親戚からはことあるごとに戦
争の悲惨さを聞かされ続けた。

不幸なことは誰もが皆熱病に冒されたように愛国を信じ込ま
され、日本の勝利を根拠なく夢見て、間違った悪夢へと突き
動かされていった事実だ。実際ノーと言えば非国民扱いされ
る恐怖があったのだから、いかに情報統制された暗い時代だ
ったかが解る。私が集団とか仲間とかいったものと距離を置
き常に「個」でありたいと願う原点はこうした戦時体制と、
もう一つ全共闘世代の妄信だった。この平凡な人生には楽し
いことも悲しいこともあったが、総じて半生を振り返ってみ
れば集団主義への懐疑があったと思う。人と自分では違う。
そのことをまず認識するのがデモクラシーの基本だ。

戦後69年めの夏を迎えた今、不幸だなと思うのは左派と右派
が互いに相容れないままそれぞれの場所で論陣を張っている
点に尽きる。原発問題にせよ靖国問題にせよ、そして戦後の
捉え方にしてもそのように分断された姿が日本という国の複
雑さを象徴しているのかもしれないが、もっと歩み寄れる了
解点があればと願わずにはいられない。大きなものは捉えに
くく、その分一端巻き込まれたら二度と引き返せなくなる。
そんな時、私は昭和の子供だった自分のこと、両親や親類か
ら伝え聞いた戦争体験に立ち返りながら考え続けることだろ
う。

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by obinborn | 2014-08-15 15:18 | one day i walk | Comments(0)  

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