批評に於ける最低限のルール

何でも文壇には作家と批評家との間に不可侵条約のような慣習
があるらしい。それ自体私には不可解なのだが、互いのフィー
ルドを冒さないという暗黙のルールが守られているらしい。と
ころが私の尊敬する桐野夏生さんはそれを自ら破り、批評家と
あえてバトルを繰り広げたことがある。作品があれば批評も生
まれるという大前提を広く理解してもなお、理不尽な内容なも
のと感じたら異を唱える。そんな桐野さんの姿勢を目の当りに
して私はますます彼女のファンになっていった。

アマゾンのレビューなど無視すればいいじゃないかという声も
あるけれど、私も今回は桐野さんと同じ立場である。どんな批
評があっても然るべきだが、ある一定のルールから逸脱したそ
れに対しては大いに声を上げたい。大人気ないだって?それが
大人なら私は子供で結構ですよ(苦笑)とくにアイム・ノット
・ゼアなる人物のレビューは何だか作品の前に悪意のみを噴出
させているようで醜い。とくに犯人探しをする気にはなれない
が、こんなものはレビュー以下ですよ、とここではっきりと言
わせて頂く。「ルールからの逸脱」とは言うまでもなく作者の
意図を汲もうとする努力や理解なしに無意味で否定的な言葉を
並べ立てるような幼児性のことだ。ここにアマゾンだからとか
何でもありだからといった言い訳は通用しない。何故なら言葉
を扱うという一点に於いて、ネットも紙メディアも匿名も実名
もそれぞれ最低限の注意を払わなければならないからだ。

私はここが炎上マーケットになることを望んでいないし、本来
楽しい「音楽の語らいの場」であることを重々承知している。
訪問者の皆さんにも迷惑を掛けたくない。ただアイム・ノット
・ゼア氏のような理不尽な行為に対しては、きちんと異を唱え
ていこう。そして幾人かのレビュワーの方が書いてくださった
言葉や、リアルな世界で声を掛けてくださった方々の思いを糧
にこれからも文章を書いていこう。

小尾 隆
2014年8月
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by obinborn | 2014-08-29 06:44 | one day i walk | Comments(0)  

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